「ロボットとの共存が地域の課題を解決する」自動運転の草刈りロボットで進める農業DX

長野県北部、ナウマンゾウの化石が発掘された野尻湖や雄大な黒姫山、妙高山に抱かれた信濃町。冬は積雪が2mを越える特別豪雪地帯でもある。人口は7,739人(令和2年国勢調査の結果*1)。人口減少と高齢化が進み、消滅可能性都市と言われるこの町で、先進的な自動運転草刈りロボットの実証実験が完了した。地域の担い手が減る中、草刈りのサブスク実現を目指し、農業のサービス化の先端を走ろうとしている。信濃ロボティクスイノベーションズ合同会社(以下、SRI)代表の赤堀さんに話を聞いた。

赤堀 哲也(あかほり てつや)さん プロフィール

1976年、埼玉県生まれ。英国国立ウェールズ大学トリニティセントデイビッド経営大学院 経営学修士(MBA)。2002年にマーキュリープロジェクトオフィス株式会社を起業。企業のWebサイト・映像制作やマーケティング支援をおこなう。2012年に特定非営利活動法人 Nature Service を設立。2016年に長野県信濃町の「やすらぎの森オートキャンプ場」を再生。2019年にワーケーション施設「信濃町ノマドワークセンター」を開設。2019年5月に信濃ロボティクスイノベーションズ合同会社を設立。代表社員(現職)。

放置すると大変!草刈りは地味でワクワクしない

草刈りと聞いて、どんなイメージをもたれるだろうか。重労働、腰が痛くなる。雑草は放っておくと害虫がわく。小さな庭でさえ大変な草刈りは、農業の現場では負担が大きい。斜面の作業は危険をともなう。夏の炎天下、熱中症におびえながらビーバーといわれる草刈り機を左右に振りながらの草刈りは高齢化が進んだ農家にはきつい。

雑草を放置すると影響は大きい。イネにはさまざまな害虫がいる。7月に発生するカメムシはイネの穂からコメの汁を吸い、斑点米というダメージを与えてしまう。品質が低下し収穫量も低下する。農薬を増やせば、コストアップになる。草刈りをしないと、まわりまわって農家の収益に影響するのだ。

 

自分たちの圃場(農作物を栽培する場所)だけではない。越境する害虫たちは、お隣の敷地にもやすやすと侵入し、ご近所づきあいに影響する。草刈りをしないと近所迷惑どころか、お隣さんの年収も下げかねない。地域の全体最適のためにも草刈りは必要。病気や虫害を避け、安定的な収穫量を得るために必須の作業なのだ。

 

平均的な草刈りはシーズン中に3回。1反=10a(約302.5坪)の草刈りにかかる時間は約2時間かかるという。外注すると10haあたり約15万円もコストがかかるという(実証実験の実測による)。草刈りにかかりきりだと、ほかの農作業はできない。人手不足の農家はできることなら避けたい。普段、何気なく口にしているお米には私たちには見えない雑草との戦いがある。

 

都会のオフィスにいるだけでは農家の現実はわからない。赤堀さんは信濃町の農家にヒアリングした。

 

「『地味でワクワクしない繰り返しの作業は何ですか?』と。農家の人たちにとって、コンバインによる収穫作業やトラクターの作業は楽しいそうです。収益につながるからです。一方、草刈りはやりたくない作業の筆頭でした」

 

たかが草刈り、されど草刈り。ため息がでるような地味な草刈りに、最新テクノロジーを掛け算し自動草刈りロボットで解決に挑むのが、SRIだ。

 

■SRI提供:実証実験で水田のあぜ道を走行する自動草刈りロボット(動画)

田舎の社会課題を解決する「イナカテック」

「私たちはイナカテックのトップランナーを目指しています。田舎の課題をテクノロジーで解決する。いま、地域の担い手が不足し、インフラや産業の維持が困難になっている。いまの暮らし方を変えずに生活や経済の持続性を維持した田舎を作っていくことを目指しています。特に、信濃町は豪雪地でもあるなど社会課題先進地でもあります。その環境の中で様々な課題を解決する技術開発と社会実装が進んでいく事で信濃町は『イナカテック先進地』となっていく可能性があると思っています」

 

IoT、ロボティクス、AIで地域課題の解決を目指すSRIは「信濃町地域IoT実装計画 ~IoT・ロボティクス導入による中山間地域の農業生産性向上~」をおこない、自動草刈りロボットの実証実験が2022年3月に完了した。

 

自動草刈り機はさまざまあるが、厳しい作業環境で要件を満たすマシンはなかなか少ない。

 

「芝生を刈るのと、雑草を刈るのとでは次元が違う。芝と雑草は別物です。たとえるならば芝生はもやし、雑草は針金です。とくにイネ科の雑草は繊維質がとにかく硬い。ヤワな芝刈り機だとすぐに停止します。加えて、あぜ道の斜面も安定して走行できるベース車両が必要でした」

 

赤堀さんが世界中の草刈り機を探して、ベース車両として白羽の矢を立てたのが、牛越製作所のラジコン草刈り機「カルズラー KZ-05」(以下、カルズラー)だ。一番能力が高くサポート体制がしっかりしている。同じ長野県の会社だったことも理由の1つだ。

 

赤堀さんは、カルズラーに位置制御とセンシング、マシンの制御をおこなうシステム「Symphony_Base®」を実装し、自動運転の部分を後付けで自動運転草刈りロボットを作った。

SRI提供:自動草刈りロボットのベースとなった牛越製作所のカルズラー

衛星で位置情報を取得し、斜面も走る

「斜面を踏ん張って、真っ直ぐ進むのはとても難しいんです。走行しているうちに水田のあぜ道を谷の方へ転がっていって、水の中に落ちてしまう。姿勢制御の仕組みや、カウンターを当てて進路を補正や予測をしながら走行する必要がありました。方向転換もできないと、水の中に落ちてしまう。技術的に高いハードルでした」

自動運転の実現には「自分がどこにいるのか」自己位置推定と向きや負荷の把握や予測が必要だ。

自動草刈りロボットの位置情報は、総務省が打ち上げた凖天頂衛星「みちびき」の測位データなどを主に利用しRTK-GPS(Real Time Kinematicといわれる相対即位の衛星測位システム)を実現する。

 

カーナビにも使われてきた従来のGPSの誤差は約5m-10mだが、RTK-GPSは極めて高精度。誤差はわずか数cm、500円玉ほどの大きさだ。「みちびき」の衛星測位データの取得のため、信濃町に基準局が設置された。

 

自動草刈りロボットは、あぜ道に到着すると「みちびき」からの位置情報を測位する。加えて4G回線経由でクラウドと通信し位置情報の補正データを取得、スマホからの操作で自動運転を開始する。幅約90cmのあぜ道を幅70cmの草刈りロボットが走行する。

SRI提供:水田の狭いあぜ道を走行する自動草刈りロボット

「あぜ道の両側は水田で、踏み外したら水中に落下します。衛星からの精密な位置情報にもとづいた自動運転が必須でした」

 

自動運転を実現するプラットフォームが、SRIが開発した「Symphony_Base®」*2だ。

複数台のロボットを遠隔監視運用(Telemetry over Internet)ができ、クラウドには草刈りロボットの状態(マシーンデータ)が蓄積される。スマホから草刈りロボットの状態を確認しながらの操作や、技術スタッフによる遠隔メンテナンスもできる。将来、5G化が進めば、搭載されているカメラの映像を遠隔で確認できるFPV(First Person View:一人称のカメラ目線)​​​​や、遠隔からの手動操作の実現を目指している。

SRI提供:「Symphony_Base®」の概念図

ロボットとの共存が地域の課題を解決できる

実証実験は苦労した。自動草刈りロボットはモーターとエンジンのハイブリッドだ。移動はモーター、草を刈る刃はエンジンで動かす。

 

「自動草刈りロボットはコーナーリングのとき、自分のエンジンノイズで向きがわからなくなり水田に落ちるんです。何をやってもノイズ対策がうまくいかなかった。ため息しか出ませんでした。信濃町議会で認められるためには、実証実験を成功させねばならない。プレッシャーの中、地獄でしたね」赤堀さんはそう笑う。

 

現在はある程度ノイズ対策ができたが、根本的な解決策としては、自動草刈りロボットの全電動化を急ぐ必要があるそうだ。

 

苦労した反面、農家の人たちからは嬉しい声をもらった。

「『最初から完璧でなくても良い。あぜ道の両側の斜面をすべて刈れなくても、真ん中だけでも大変助かる』と言っていただけました。残った場所は人がやっても、負担は格段に減る。ロボットと協働することで、人の負担を減らせます」

ロボットとの共存が地域の課題を解決できると赤堀さんは話す。

 

自動草刈り機が稼働中はほかの作業ができる。1人で2人以上の働きができるのだ。同時に3台ないしは4台まで動かせるので、地域の担い手不足の解決になる。

SRI提供:自動草刈りロボットを運用中に収穫作業ができる

目指すのは交通ルールのない場所の自動運転

あぜ道には交通ルールはない。雑草がはびこり、ヘビが横切り、カエルが飛び出す無法地帯だ。道幅は狭く両側は水。

 

「SRIが目指しているのは、公道の自動運転ではありません。交通ルールがない場所での自動運転。信号や白線といった道路の標準化ルールがないからこそ、別の視点で自動運転の難易度は高くなる局面もあります。環境の変化や変数が多いあぜ道の走行は至難です」

 

現地で実際に手を動かしながら地域の課題解決を目指す企業はまだまだ少ない。SRIの先進的な取り組みが注目され、国土交通省の研究機関や、大手自動車メーカーからも問い合わせが入りはじめた。自動運転の技術について研究依頼のオファーがきた。河川の土手の草刈りなど、応用範囲が広がる可能性があるそうだ。

 

「信濃町は先進的な取り組みが進む場所になる可能性があるんです」

ロボットで草刈りをサブスク化

2022年3月に完了した実証実験では、人が刈るよりも自動草刈りロボットのほうが低コストとなる検証ができた。

 

将来的には、サブスクリプションのビジネスモデルを作り、サービス提供することで、草刈りの悩みを減らしたいそうだ。従来、農家はローンを組み自前で農機具を購入していた。サブスクリプションで農業の課題を解決する考え方は、いまはまだ極めて新しい。

 

「今後、安全性能が高まれば、自宅でお昼を食べながら、スマホで自動草刈りロボットへの指示ができるようにしたいです。メンテナンスも遠隔でおこなえるようにして、将来的には在宅勤務でロボットオペレーションをおこなうことも目指していきたいですね」

 

信濃町は農林水産省の政策に則り、農業のサービス産業化の推進を考えている。草刈りをサブスク化する、未来の農業のあり方を実証実験で検証し、ノウハウや知見を蓄積したいと考えているそうだ。

 

「やりたいことをできるに変える」SRIが描く地域の課題解決

SRIでは、自動草刈りロボットだけでなく、雪下(ゆきした)野菜のセンサリングや巨大なドローンを利用した山小屋への物資輸送開発にも取り組む。

 

厳寒期の信濃町の降雪は2mを越え、国の「特別豪雪地帯」にも指定されている。一方、雪は豊かさをもたらしてくれる自然のめぐみでもある。雪の中は温度や湿度が一定に保たれ、野菜の長期保存が可能になる。雪の中で寝かせたみずみずしく甘い野菜は「信州 信濃町 雪まち野菜」のブランドで販売されている。

 

「SRIでは汎用技術を使い、雪の下の保冷環境をリアルタイムでセンシングし、野菜の品質向上に貢献しています」

SRI提供:SRIの地域社会での役割

昨今、アウトドアブームで登山人口が増加した。一方で山小屋に食料や物資を荷揚げをする人たちは減っている。ヘリコプターのパイロットも高齢化で減少している。こうした課題にドローンによる課題解決を目指す。

 

”技術”と”社会”をマッシュアップ(混ぜ合わせること。複数の異なる技術やコンテンツを複合させて新しいサービスを作ること)し社会課題を解決する」がSRIのコンセプト。

 

赤堀さんは、課題解決のためには2つのポイントがあると話す。

「1つめは、地域の継続性の実現。担い手がいなくなっても続けられること。2つめは、付加価値をあげて、労働時間は変えずに生産性をあげることです」

 

■SRI提供:ロボティクス技術で地域の社会課題を解決する信濃町モデルを広めたい(動画)

 

イナカテックの実現を目指すSRI。「いまのリズムで、住み慣れた場所に暮らし続けられる未来」。あぜ道でロボットが動き回る風景は、そう遠くない未来かもしれない。

 

信濃ロボティクスイノベーションズ合同会社

*1:令和2年国勢調査(長野県県政情報・統計のサイト)より引用

*2:Symphony_Baseは®は信濃ロボティクスイノベーションズ合同会社の登録商標です。