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中古車販売店の生き残り戦略「中古車を資産として海外へ」

写真提供:株式会社遠州自販(SPACEAUTO)

「DX というと、画期的な新システムの導入や組織の大改造を考えてしまいがちです。そうなると、『自分の会社も DX しなければ』と、DX 自体が目的になってしまうのかもしれません」

そう語るのは、静岡県浜松市にある中古車販売店「SPACEAUTO」のバイヤー・宮崎 章暢さんだ。

 

若者の自動車離れ、大手中古車販売チェーン店の勢力拡大などの逆風の中、小規模中古車販売店は生き残りをかけた熾烈な環境に置かれている。

しかし、いまある仕事を視点を変えて見ることで、目的が変わる。目的が変わることで、リーチするターゲットが変わり、他社と差別化できる。そんな風にして状況を打破できる場合がある。

 

コロナ禍で対面販売が制限される中、マインドセットの変革と DX で苦境を乗り越え、同社が売り上げをコロナ以前より30%延ばした経緯について、宮崎さんに話を聞いた。

株式会社遠州自販(屋号:SPACEAUTO)取締役・宮崎 章暢さん

宮崎 章暢(みやざき あきのぶ)さんプロフィール

1973年生まれ、愛知県一宮市出身。大手自動車ディーラーで営業を担当後、退職して単身カナダへ渡る。夢であった大陸ドライブのため、現地で購入した中古のマスタングで北アメリカ大陸を放浪する。

帰国後、1999年に株式会社遠州自販(屋号:SPACEAUTO)に入社。現在は同社の取締役兼オークションバイヤーを務める。

20年以上前から在庫管理にクラウドを活用

SPACEAUTO が DX に取り組んだのは、なんといまから20年以上前。ペーパーベースの在庫管理が当たり前だった2000年代に、クラウドを導入したという。

 

「そのころはまだ『クラウド』なんていう言葉もありませんし、もちろん DX しているなんて意識もありませんでした。ただ必要だったから導入しただけなんです。ちょうどインターネットが電話回線からブロードバンドに移行したころでした」

 

SPACEAUTO はもともと BtoB 専業の中古車業者だった。2000年代、まだカーオークションはオンライン化されておらず、車を買うためには全国各地のオークション会場に足を運ばなければならなかったという。会社の規模もまだ小さく、買い付け担当者はオークションと在庫管理のバックオフィス業務を同時進行する必要があった。

 

「当時は全国各地のオークションに行かなければならなかったので、オークションを担当する社員はほぼホテル暮らしでした。会社に戻れないので、会社にサーバーがあっても意味がない。そこで、インターネット上のクラウドに管理システムを作ってもらい、社員全員がどこにいても在庫管理ができるようにしたんです」

 

10年ほど前、BtoC への転換を機にいまの場所へ会社を移転した。在庫管理だけでなく顧客情報もクラウド上で管理するようになり、そのころから当時利用していたサーバーのセキュリティに不安を感じ始めたという。

 

「顧客情報の漏えいは企業の死活問題です。そこで、2015年にサーバーをさくらインターネットさんに乗り換えたのです。そのときには社員も増えていましたので、誰にでもわかりやすい構造が必要でした。そして、何よりもセキュリティ対策がしっかりしていることが選んだ理由ですね。今年で8年目になります」

現在のインターネットオークションの様子。一番奥の画面が在庫管理システム。

BtoC を始めてぶつかったニーズの違いの壁

店舗を構え、BtoC を始めたものの、地元からの集客はあまりよくなかったという。

 

「じつは当社の得意分野は、90年代にデビューした日本の中古車なんです。とくにランサー、スカイラインGT-R、RX-7 など、いわゆる『走り屋』が好んだ車です。当時の日本車は世界一の技術を誇っていて、国も産業として力を入れていた。まさに、日本の技術を惜しみなく詰め込んだ車たちです」

 

しかし、得意とする分野は、車が生活手段である地方都市の顧客ニーズにはマッチしない。なんとか地元顧客を獲得するため、燃費や居住性がよく市場規模の広い人気の車種に力を入れ始めるも、ここで小規模事業者の限界を知ることとなる。

浜松市内に大型中古車販売チェーン店の進出が相次いだのだ。地方都市の需要に焦点を絞ったラインナップで、地元顧客は一気に大型店に流れていった。

 

「自分たちでも大手販売店に偵察に行くなどして、気づいたんです。この土俵では大手には勝てない、と」

 

SPACEAUTO はここで、1つの決断をする。顧客規模の大きい市場で大手と戦うのではなく、自分たちの強みを活かした事業展開を図ることにしたのだ。小規模事業者が大手と競うには、網を広げすぎてはいけない。むしろ、市場規模が小さいために大手が力を入れない「ニッチな需要」にこそ、勝機がある。

 

そこで、Instagram や YouTube など、インターネット広告に力を入れ、ホームページもリニューアル。LINE からの問い合わせフォームも作り、全国各地に情報発信した。

そしてその戦略が功を奏し、全国各地から車マニアが来店するようになった。会社が高速道路のインターチェンジ近くにあることも追い風となり、評判とともに客足も伸びてきた、その矢先。

 

2020年、誰もが予想しなかった事態が起こった。

SPACEAUTOのラインナップ。(写真提供:SPACEAUTO)

コロナ禍で顧客8割減。来店不要の自動車販売店への転換

「コロナ禍で県をまたぐ移動が控えられるようになったことは、うちにとっては大きな痛手でした。あのときはどこの小売店も苦しんでいましたが……。とくに当社は、県外からのお客さまが8割以上を占めていたので、文字どおり8割のお客さまを失ったのです」

 

地元の顧客への販売を強化するにも、地元顧客はすでに大手が掴んでいる。いまからシェアを獲得することは簡単ではない。

 

「緊急事態宣言が解除されても、県をまたぐ移動に対する自粛ムードは続きました。当然県外のお客さまは当社に来店できません。でも、私たちのお客さまは、その車だけを長年探しまわっていたような方が多いんです。だから、ときには写真だけで購入を決める方もいらっしゃいました。その特長を活かして、Zoom や FaceTime などの映像機能を使って、『来店不要の自動車販売店』に転換することにしました」

 

いままで蓄積した車への知識があってこそ、ポイントを押さえた説明が可能になると、宮崎さんはいう。壊れやすい場所の把握やこだわりのポイントが純正仕様になっているかなど、顧客の要望を把握しているからこそ、映像だけでも車に対して十分な説明ができる。

 

そして、営業ツールをインターネットに集中させたことから、もう1つの変化が起こり始めていた。Instagram を通じて、海外からの要望が届き始めたのだ。

SPACEAUTO 全景

日本の中古車を「資産」として海外へ

日本の90年代の中古車は、いまや車ではなく「資産」として海外の富裕層に求められている。

 

時代はガソリン車から電気自動車へ移り始め、EU は2035年までに新規ガソリン車の製造を禁止すると発表した。若者の自動車離れもあり、ガソリン車、とりわけスポーツカーは日本では一部のマニアを除き、忘れられつつある。

 

しかし、新規に製造できなくなれば、台数は減る一方。高度な日本の自動車技術が詰め込まれた90年代のスポーツカーは、その「資産価値」に海外から注目が集まるようになっていた。

 

「海外から注目されるようになって、Instagram を英語に切り替えました。Instagram やメールで毎日のように問い合わせが届きます。当初社内では、日本の中古車を海外に輸出することに抵抗の声も上がっていました。二度と作れない限りある資産を、海外に売ってしまっていいのか、と。でも、彼らの車への愛着を知り、会社の方向性が変わりました。多くの国では日本ほど厳しい車検制度がありません。だから、古い車でも故障した部分を直しながら長く大切に乗ってくれるんです」

 

現在、海外からの需要は伸び続けている。取材の日も、このあと香港在住の顧客との商談が入っているとのことだった。実際、海外需要が増えたことで、売り上げはコロナ以前よりも30%アップしている。

 

「DX という言葉ばかりが有名になっているので、会社で何か斬新なシステムを入れなければ、大規模な組織改編をおこなわなければ、と思ってしまいがちです。しかし、当社のように組織規模が小さい会社だと、それだけにリソースを割かれてしまう。だから、まずは会社の進むべき目的を設定し、それを達成するために必要なシステムを試していきたいと、当社では考えています」

 

株式会社遠州自販(屋号:SPACEAUTO)

執筆

宮﨑 まきこ

フリーライター・リーガルライター。静岡県浜松市在住。13年間パラリーガルとして法律事務所に勤務。ライターとして独立後はインタビュー取材や法律メディアを中心に活動中。

※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。

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