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「子どもは天然のクリエイター」教育DXでiPadがひらく世界

「ブーン」という音とともにドローンが浮き上がった瞬間、子どもたちの笑い声が弾けた。キラキラと瞳を輝かせ、飛翔する物体を見上げる。その瞬間の表情は忘れることができないものだった。

 

海老沢 穣(えびさわ ゆたか)さん プロフィール

海老沢 穣(えびさわ ゆたか)さん プロフィール

1969年生まれ。東京学芸大学大学院修士課程修了。特別支援学校の教員を25年務め、アーティストとのコラボレーションやICTの積極的な活用をおこない、子どもたちのアイデアや表現を引き出す授業実践に取り組んだ。2017年にAppleのテクノロジーを活用した教育分野のイノベーターである Apple Distinguished Educatorに認定された。東京都教育委員会2019年度職員表彰受賞。2021年4月に一般社団法人SOZO.Perspectiveを設立し代表理事に就任。NPO法人芸術家と子どもたちアドバイザー、NHK for School番組委員、東京都杉並区立桃井第三小学校学校運営協議会委員などを務める。

海老沢さんは教育分野でのiPadを使ったICT(Information and Communication Technology)の普及に努めながら、新渡戸文化小学校でICTデザイナーも務めている。冒頭のドローンのお話は当時、東京都立石神井特別支援学校の教諭として勤務していた時のこと。ドローンとiPadを使った学校紹介の動画作りは子どもたちに大ヒットしたという。

 

ドローンとipad

提供:SOZO.Perspective

 

高校時代、海老沢さんはカウンセラーになりたいと思っていた。人に寄り添っていくことで、その人が困ったり、不安になった時に心が変化していき、前向きになるというプロセスに興味をもったそうだ。

転機は2つある。1つは21歳の時におこなった自閉症療育のボランティアだった。自閉症の人とコミュニケーションを取るのは難しいが、辛抱強く待っていると、つながれる瞬間がある。そんな細かい変化にやりがいがあると思い、この道でできることがないだろうかと考えた。

2つ目の転機は妹の強いすすめでタイに出かけた時。山岳民族の、壮大な生活改善プログラムに取り組む、タイのNGOの人たちとの出会いだった。自分にも何かできることはないかと考えた。それで障がいがある子どもと途上国での活動ができないか、と思ったそうだ。

仕事をして専門性を身につけたほうがいい、そのためにはまずは職務経験を積んだほうがいい。当初はカウンセラーを目指していたので、教師になるつもりはなかった。だが、障がいがある子どもたちが毎日通ってくるのは学校だった。毎日関わりたいし、子どもの成長にも寄り添える。そう思い、養護学校の教員になった。 

 

養護学校の外観

提供:SOZO.Perspective

 

2003年から休職し、JICA青年海外協力隊として、マレーシアの特別支援学級にも赴任した。イスラム文化圏で、日本人はポツンと1人だけ。現地では「それはありえない!」ことが起こり、今まで過ごしてきた日本の「あたりまえ」が通用しないことにカルチャーショックを受ける。ものごとを俯瞰的に見る必要性を、強烈に感じたという。

その後、東京都立石神井特別支援学校に赴任した。海老沢さんは話してくれた。

 

「特別支援学校の子どもたちは言語にできない部分とか、なんらかの言語のハンディを持っています。だからこそというか『感じられる世界や表現できる世界を持っているな』と思っていました。その世界は、効率化とか集団行動が先にたつと見えなくなってしまう。でも、『じつは素敵な世界を持っているんだね』と子どもの視線に立って寄り添うと、信頼関係が生まれてくるんです」

 

2014年にはiPadが初めて導入され、海老沢さんはiPadを使ったICTに積極的に取り組むことになる。iPadには、子どもたちの表現を引き出してくれる可能性を感じていた。

身体表現のアーティストに学校へ来てもらい、ワークショップをおこなったことがある。彼らは教員が思っている世界とまったく違う世界を、子どもたちから引き出してくれた。言語にできない部分で上手にコミュニケーションすると、面白い表現や魅力的な表現がアウトプットされた。先生たちも「子どもたちの魅力ってそのような形で引き出されるんだ」と感じたそうだ。

 

「ICTも同じようなアプローチでとらえていました。子どもたちは表現するものを持っていますが、自分でもそれが上手に認識できずに、アウトプットすることが難しい。特別支援学校の子どもたちは言語でのコミュニケーションにハンディがある。

でも、『iPadを使って映像を作ったらすごくクリエイティブな表現が出てくるとか、もっとできる事があるんじゃないか』そこが出発点でした。今の学校教育は文字主体ですよね。言語で思考するので、どうしても言語でアウトプットされることが主になるのですが、言語化されない部分の良さや価値などが面白いなと。その文脈でICTを捉えると面白いのではないかと考えていました」

 

iPadを使って学ぶ子ども

提供:SOZO.Perspective 

 

「最初にやったのがレゴとiPadで自分の物語を作ることでした。手を動かして、とにかく形を作って、それを撮影して物語をつなげていこうというのをやったんです。言葉は後からのせました。そうすると、シュールで不思議な物語を子どもたちは作ったりするんです。子どもたちが持っている感性とかクリエイティブなものを表現することに、とても可能性があるのではないかと思いましたね。

子どもたちは作った物語の中でやりとりしたりをしています。私たちがみている世界はある一面にしかすぎないのだなと思います。ある中学部の女子生徒は自分が持っている物語をそれまで形にした事はなかった。

でもレゴとiPadを使って表現することができた。それは彼女にとって大切なものになったんだと思います。印刷して冊子にしてあげたら、肌身離さず大切に持ち歩いていました。別の保護者も『子どもにもっといろいろな可能性があるんじゃないか』と感じてくれているようでした」

 

レゴを使って表現

提供:SOZO.Perspective

 

iPadはクリエイティブな事ができるツールだ。その可能性に、学校の教員も、保護者もまだ気づいていない。でも、学校も家庭も地域も含めて、子どものすごく面白い部分や感性を見つけるという視点で使ったら、もっといろいろな発見があるのではないだろうか。

保護者も一緒にできるようになると、それはインクルージョンやダイバーシティといった共生に繋がる可能性があるのではないだろうか。障がいのある子どもたちのアイデアや表現が表にでることで、それを1つの個性として捉えることができれば、子どもたちも親も変わってくるのではないか。海老沢さんはそう考えた。

 

子どもはクリエイティブを持っている

提供:SOZO.Perspective

 

大人の私たちも多分、クリエイティブなものを持っている。でも、大人になるにしたがって、いろいろな常識が作られていき、そこへの水脈がなくなってしまう。クリエイティビティにたどり着けなくなってしまうのだろう。これからの時代はクリエイティブな部分がとても大切になってくるだろうし、それはイノベーションにも繋がることも大きいだろうと思う。海老沢さんはそう話してくれた。

 

新しい出会いがあった。新渡戸文化学園で新しいことをやってみないか、と声がかかった。一方、iPad活用の功績で、ADE(Apple Distinguished Educator)にも認定されていた海老沢さん。「創造・想像を多様な視点(Perspective)からデザインする。そしてワクワクしながら未来を創っていきたい」そんな思いを実現するため、2021年、東京都の教員を退職し、一般社団法人SOZO.Perspectiveを立ち上げた。

 

「子どもって、天然のクリエーターなんですね。新渡戸文化小学校の子どもたちもそうです。彼らのクリエイティビティは想像を超えます」

 

新渡戸文化学園の正門前で。アーチには季節の花が咲いている。

新渡戸文化学園の正門前で。アーチには季節の花が咲いている。

 

教育は、いまとても変化してきている。新しいコンセプトの学校も生まれている。海老沢さんがICTデザイナーをしている新渡戸文化学園は1927年創立の歴史ある学び舎だ。子ども園、小学校、中学校、高校、短大が東京都中野区内のキャンパスにある。

旧5000円札の肖像としても有名な新渡戸稲造は、前身の「女子経済専門学校」の初代校長だった。新渡戸文化学園は伝統をしっかりと継承しながら、「Happiness Creator」、「『しあわせ』をつくる人になろう」をビジョンに掲げ、先進的な取り組みをおこなっている。

 

新渡戸文化学園内のPC LOUNGE カフェやコワーキングスペースのように快適な空間だ。

新渡戸文化学園内のPC LOUNGE 
カフェやコワーキングスペースのように快適な空間だ。

 

その1つが情報の授業だ。新渡戸文化小学校では小学校1年生から6年生まで、1人1台のiPadを授業で活用している。通常、情報の授業は高校からだ。小学校1年生からはきわめて進んでいる。海老沢さんは隔週でおこなわれる情報の授業で、iPadをツールとして利用し、自分のアイデアを形にしたり、表現していくことを体感できる取り組みをしている。

 

「1年生にKeynote(キーノート)というiPadに入っているアプリを使って物語を作ってもらいました。Keynoteはプレゼンテーション作成用のアプリです。でも、表現のツールとして可能性がすごくある。図形を組み合わせたり、背景を変えたり、それを動画に書き出したりして表現できます。

情報の授業でKeynoteを学んだ3年生は、俳句を考え、それをKeynoteで表現しました。背景として書いた絵がアニメーションになるなど表現はさまざまです。いきなり国語の授業でiPadを使ってもすぐには表現できません。iPadはアイデアを引き出すツールだと体感することが必要です。ここの子どもたちが6年間学んだら、どこまで表現できるようになるのか、楽しみですよね。映像や音楽の表現がネイティブでできるようになると思います」

 

海老沢さんは新渡戸文化小学校の情報・クラブ(デジタル・クリエイション)の講師とVIVISTOP NITOBEでものづくりのフォローも担当している。

 

海老沢さん

 

VIVISTOPとは、最新のクリエイティブツールや、リサイクルマテリアルのようなクリエイティブを刺激する材料を備えたラーニングスペースだ。

3Dプリンターやレーザーカッターなどの最新のデジタル工作機械が並び、創造力をいかんなく発揮してモノづくりができる環境となっている。シリコンバレーのIT起業家が、初めてプロダクトを作るガレージ工房のようなワクワク感がある。

 

新渡戸文化学園のファブラボ:写真中央右手、iMacの隣に並んでいるのが3Dプリンター

新渡戸文化学園のファブラボ:写真中央右手、iMacの隣に並んでいるのが3Dプリンター

 

ここでおこなわれた2020年度の授業では、小学5年生と高知県佐川町のデザイナーがプロジェクトを組み、高知の木材とデジタルツールを使って椅子を制作した。デザインを考え、レーザーカッターで材料を切断し、まずは小さなプロトタイプから作られた12脚の椅子は、2021年キッズデザイン賞で内閣総理大臣賞(最優秀賞)を受賞した。どの椅子も個性豊かで、工夫を凝らしたデザインと機能を持ち、見ていても楽しい。

 

生徒と高知のデザイナーで作り上げたムーンチェアー  背もたれが曲がった形状で体にフィットし、リラックスして座れる

生徒と高知のデザイナーで作り上げたムーンチェアー
背もたれが曲がった形状で体にフィットし、リラックスして座れる

 

ワクワクするVIVISTOP NITOBEの空間で海老沢さんは、これからの未来に期待することについて、穏やかでありながら熱く語ってくれた。

 

「子どもたちが小中高の12年間、iPadを使っていくことになった時、もっといろんな変化が起きてほしいですね。ウェルビーイングも社会のキーワードになってきています。効率性や利便性よりも大事になってくる。

個々人もコミュニティーも地球もすべてが幸せになることを目指す、そういう世の中になっていくと思います。ICTを1つのツールとして活用することで先述の女子生徒が表現したように、こんな世界観や表現もあるんだねと広がっていく。そんなことが社会の豊かさや、課題解決につながっていけば良いと思っています」

 

海老沢さんの、人に寄り添い、その人が前向きに変化していくことに対する思い。iPadを使うことで、子どもたちの表現力が開花し、見えなかった世界感は、日本を越えて世界に広がる将来のイノベーションにつながっているのかもしれない。 

 

一般社団法人 SOZO.Perspective

学校法人 新渡戸文化学園

 

執筆・編集

さくマガ編集部

さくらインターネット株式会社が運営するオウンドメディア「さくマガ」の編集部。

※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。

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