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「自分が楽しいと感じるほうに行くべき」会社員ライター・しりひとみさん

インターネットを中心に、ユーモア溢れる文章で人気を集める会社員ライターのしりひとみさん。2022年9月には、初の著書となる育児エッセイ『ママヌマ ママになったら沼でした』(大和書房)を出版した。

しりひとみさんは長年「文章でどうにかなりたい」と願いつつ、なかなか世に出るチャンスを手にできずに足掻いてきたという。転機が訪れたのは2019年。noteの記事がバズったことがきっかけで執筆の依頼が来るようになり、出版の機会にも恵まれた。

そんなしりひとみさんに、諦められない夢を追い続けた過去と、夢を叶えた経緯について伺った。

しりひとみさんプロフィール
会社員ライター。才気煥発な企画力と、笑いを巻き起こす文章力で人気を集める。2019年にnote記事「住んでるマンションを退去したら被告になった話」がオモコロ杯で佳作を受賞し、SNSで話題となる。その後、数々のメディアで執筆。ペンネームは「ひとみしり」を並び替えたものだが最近克服しつつあり、「本当に人見知りなんですか?」と聞かれるたびに「すみません」と思っている。

小説を新人賞に送るも、落選ばかりの日々

――文章を書き始めたきっかけを教えてください。

高校生のときにmixiが流行って、日記のようなエッセイのような文章をほぼ毎日書いていました。授業中の面白エピソードを書いたりとか、教科書の挿絵に「この文脈でこれは変だろ」とツッコミを入れたりとか。公開範囲はリアルの友達限定で、友達がコメントをつけてくれたり、翌日に学校で「昨日のmixiさ~」と話題にしてくれたりするのが嬉しかったです。

――しりさんの文章は思わず笑ってしまうユーモアが特徴ですよね。

育った家庭の影響かもしれません。小さいときって『クレヨンしんちゃん』や『ドラえもん』を見て育つと思うんですけど、私は姉と年齢が離れているから、幼稚園くらいからダウンタウンのバラエティ番組を観ていたんですよ。だからお笑いに関してはちょっと早熟で、小学生のころは松本人志さんに憧れていましたね。

――書くことだけではなく、文章を読むことも好きだったのでしょうか?

好きです。伊坂幸太郎さんに憧れて、大学1年のときにミステリーのようなものを書いてみたんです。それを小さな文学賞に応募したら、賞をもらえました。

――すごい!

それで「mixiに書いているブログ的な文章より、小説を書いたほうがいいのかも?」と思って。私は文学部の日本文学科だったんですけど、文芸創作のゼミに入りました。文芸批評家の方が先生で、書いてきた作品をみんなで批評しあうゼミです。

最初はエンタメ作品を書いていたんですけど、そのうち長嶋有さんや津村記久子さんの小説を読むようになって、純文学に憧れるようになりました。自分でもそういう文章を書きたくて、純文学を書いて新人賞に応募するようになったんです。

――応募した結果は?

年に1作は必ず応募していたんですけど、一次選考も通らなくて。いつの間にか、出すことが目的になっていましたね。途中からはもう規定も守れなくなって、規定枚数に達していない原稿を送ったり(笑)。

――落選するたび、悔しくはありませんでしたか?

あまりにずっと落選続きだったから、途中から諦め半分になっちゃって、ちゃんと悔しがることもできない感じでした。

――それでも書きつづけたのはなぜでしょう?

一度賞をもらえたことに執着してしまったんだと思います。「まぐれで賞をもらったことがある人」で終わるのが嫌だった。もう一度賞をもらえたら、「あれはまぐれじゃなくて、私には本当に才能があったんだ」って認められる気がして。誰かに認められたいとかじゃなくて、自分自身が認めたかったんです。

だけど思うように書けないし、文芸創作ゼミはすごい作品を書く人ばかりだし……。なかば惰性と義務感で書きつづけていました。

諦めるのが面倒くさいから10年続けた

――そのうち就活の時期がやってきますよね。

プロの小説家になれる自信はないし、かと言って会社員として生きていくのも嫌で……。その結果、ものすごく適当に就職しました。とにかく「休みが取りやすそう」って理由だけで会社を選んで。

――就職してからも、小説を書いていたのでしょうか?

途中までは毎年応募していたんですけど、途中からは応募しない年があったり、半年間まったく書かない時期があったり……。どんどんモチベーションが下がっていきました。

その状況を打破したくて、働きながら大学院で創作の授業を受けたりもしました。でも、大学院は文芸誌に作品が載った人とか、大学のゼミよりもさらにすごい人がたくさんいて。「自分はもう無理なんだろうな」とうっすら思いつつ、諦めることもできずに足掻いていました。

――諦めてもおかしくない状況ですよね。もともと粘り強い性格なんですか?

いえ、かなり面倒くさがりやです。たとえば転びそうになったとき、足を踏ん張るのが面倒くさくてそのまま転ぶような子どもだったんですよ。

だから私の場合、粘り強いというよりは、諦めるのが面倒くさいって感じでした。すでに小説が自分の軸になっていたから、また新しく軸になるものを見つけるのが面倒くさくて。

――結局、何年間くらい小説を書いていたのでしょう?

学生のときからトータルで10年です。一次選考すら通過しないのに、10年間も諦められずにいました。

――焦りはありませんでしたか?

焦った結果、途中で転職しました。

新卒で入った会社はあまりにも楽だったんです。最悪、仕事しないで座っているだけでもなんとかなるような会社で。だから、「このまま文章で大成しなかったら、30代、40代になったとき、マジで何もできない人間ができあがるな」という焦りがありました。それで、大手企業に転職したんです。

noteを始めてすぐにバズを経験。その反響は……?

――そんなしりさんが文筆家になれた転機は?

2018年頃、転職と前後してnoteを始めたことです。当時、noteは今ほど有名なプラットフォームではなかったんですが、前職の知り合いに教えてもらって。このときから、「しりひとみ」を名乗るようになりました。

――noteを書き始めて、反響はありましたか?

noteを始めて2記事目に「住んでるマンションを退去したら被告になった話」という記事を書いたのですが、この記事がTwitterでバズったんです。生まれて初めて、バズを経験しました。糸井重里さんがコメントをくださったり、好きなバンドのメンバーがフォローしてくれたりして、反響の大きさを実感しましたね。

――バズったときの心境は?

今バズったらもっと怖さを感じると思うんですけど、当時はnoteのこともバズのこともあまりわかっていなくて、「noteってみんなバズるものなのかな」と。いわゆるクソリプ的なものも来ましたが、そこまで嫌な思いはしませんでした。

――バズをきっかけに、書く仕事の依頼が来るようになったりは?

なりました。「〇〇について、しりさんっぽい文体でコラムをお願いします」という依頼がいくつかのwebメディアから来て

その後、noteで「LINE MUSIC」のコンテストがあり、グランプリを受賞しました。それがきっかけで、音楽系の記事の依頼も来るようになりましたね。年に数本なので、「会社員ライター」を名乗るのもおこがましいんですけど。

――小説の新人賞とnoteでは、読者数も反響もまったく違いますよね。そこに違和感はありませんでしたか?

むしろ、「私はこっちが向いていたんだ!」と気づきました。新人賞に応募していたときは、書き上げても誰からも反応をもらえなかったんですよ。だけどnoteは、記事をアップしたらいいねがついたり、コメントをもらえたりする。

あと、note内でいろいろなコンテストがあって。小説の新人賞よりは結果も早く出るし、とにかくコンテストの数が多いから、1回ダメでもすぐ次にいけるんです。

――反応もチャンスもスピーディーなんですね。

noteを始めて、自分が楽しいと感じるほうに行くべき、と気づきました。

私は小説という山に途中まで登っちゃったから、「ここまで来たからには山頂を目指さなきゃ」と10年もしがみついていたんですけど、それは自分にとって楽しいことではなかったんです。いったんその山を下りてnoteを書いてみたことで、mixiを毎日書いていたころの、純粋に書くことが楽しかった気持ちを思い出しました。

――mixiやnoteは、しりさんにとって楽しいことなんですね。

自分が楽しんで書いたもののほうが、読む人も楽しんでくれると思うんです。だから楽しくないことを修行のように続ける必要はないんだって、10年かけてようやく気づきました。

出版社から声がかかり、産後4ヶ月から執筆

――『ママヌマ ママになったら沼でした』出版の経緯を教えてください。

大和書房の編集者さんが私のnoteを読んでくれて、「本を出しませんか?」と声をかけてくれました。それで本を書くことになったんですけど、テーマがなかなか決まらなくて……。

そのうちに私が妊娠して、出産当日の記録をnoteに書いたんです。編集さんがそれを読んで、「テーマは出産・育児にしましょう!」と。それが産後4ヶ月くらいのとき。そこから一年かけて、子育てしながら原稿を書きました。

――本の前半部分ではまだ息子さんが産まれていませんが、そこは記憶で書かれたのでしょうか?

そうです。いつか書こうと思って印象に残った出来事などをメモしていたので、それをもとに書きました。

産後の話は、そのときの状況をリアルタイムで書いています。産後クライシスの真っ最中は夫への憎悪が激しすぎて、編集さんに「ちょっとこれは……」とNGを出されたりもしました(笑)。

――初めての育児をしながらその経験をリアルタイムで書くって、なかなかできることではないと思います。

がむしゃらだったんで、執筆当時の記憶があまりないんですよね。とにかく息子が寝たらパソコンに向かうのがルーティンになっていて。だから全部の原稿を書き終えたとき、息子が寝たあとに何をしたらいいのかわからなくて呆然としました。そのくらい、書くことが生活の一部になっていたんです。

――出版後、本の反響は?

「勇気をもらいました」と感想のメールをくれた方がいて、とても嬉しかったです。右も左もわからない中で育児している方や、これから出産を控えて不安になっている方に届いたらいいなと思って書いたので……。届けたい相手にちゃんと届いたことが、素直に嬉しいですね。

――本を出して、「夢を叶えた」という実感はありますか?

発売日の後に本屋さんで『ママヌマ ママになったら沼でした』が積んであるのを目にしたとき、夢が叶ったことを実感しました。

ただ、「もう叶ったからOK!」とは思っていないです。今はようやく実績ができたところなので、これから何をしようか考えています。

――しりさんは会社員ですが、文章一本にする予定は?

それはないです。会社辞めるのも面倒くさいし。会社員としてのルートも確保しておきたいから、書くこととの両立を頑張っています。

――「文章で世に出たい」「本を出したい」と思っている方に向けて、メッセージをお願いします。

本を出すことは「狭き門」というイメージがありますが、ルート次第だと思います。たとえばnoteではたくさんコンテストをやっていて、日々バズるチャンスがある。たくさんの人に読んでもらえる可能性があるし、広く読まれれば、私のように出版社から声がかかることもあります。10年前よりは確実に見つけてもらいやすい環境が整っているので、諦めずに書きつづけてほしいなと思います。

執筆

吉玉サキ

エッセイも取材記事も書くライター。 北アルプスの山小屋で10年間働いていた。著書に『山小屋ガールの癒されない日々(平凡社)』『方向音痴って、なおるんですか?(交通新聞社)』がある。

※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。

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