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現代の日本において、人手不足は急務の課題である。2023年における正社員の人手不足企業の割合は52.1%にも上り、業界を問わず深刻な人手不足が続いている状態だ*1。なかでも建設業の人手不足は顕著で、1997年の685万人をピークとして、2022年には479万人にまで就業者数が減少している*2。「1人の技術者に負担が集中しすぎてしまう」「ベテランの技術を新人にうまく伝えられない」といった問題が各所で生じているのが現状だ。
このような建設業をはじめとした現場における問題解決のために開発されたのが、株式会社クアンド(以下、クアンド)が手掛けるリモートコラボレーションツールの「SynQ Remote(シンクリモート)」だ。現場と遠隔地をオンラインでつないでコミュニケーションが取れるだけでなく、視覚的に正確な指示が可能になるポインタ機能やお絵描き機能、音声テキスト化機能など、充実した機能がそろう。代表取締役CEOの下岡 純一郎さんに、開発背景や現在の成果について聞いた。
下岡 純一郎(しもおか じゅんいちろう)さん プロフィール
北九州市出身。九州大学/京都大学大学院卒業後、P&Gにて消費財工場の生産管理・工場ライン立ち上げ・商品企画に従事。その後、博報堂コンサルティングに転職し、ブランディング・マーケティング領域でのコンサルティング業に従事。2017年に地元福岡にUターンし、株式会社クアンドを創業。製造業や建設業などの現場向けに、遠隔からプロフェッショナルな判断を可能にするリモートコラボレーションツールSynQ Remote(シンクリモート)を開発・提供。家業の建設設備会社の取締役も兼任する。
建設業の現場における非効率なコミュニケーションに着目
SynQ Remoteは、現場と遠隔地をつなぐリモートコラボレーションツールだ。現場にいる作業者と遠隔地にいる管理者をビデオ通話でつなぐことで、双方向のスムーズなコミュニケーションが可能になる。移動時間ゼロで現地調査や検査ができるため、管理者やベテラン作業者が現場に赴かなくても、まるで現場にいるかのような指示を出せることが特徴だ。「現場版のZoom」といえば、わかりやすいかもしれない。
だが、SynQ Remoteはただのビデオ通話ツールではない。「把握するための機能」「重要箇所を記録する機能」「ナレッジ機能」の3つの機能がそろい、現場におけるコミュニケーションをよりスムーズなものにしている。具体的には、対象物を指しながら会話ができるポインタ機能や、騒音が激しい場所でも発言者の音声をテキストで確認できる音声テキスト化機能、写真に絵や線を簡単に記入できるお絵描き機能などだ。そして、これらの機能によって記録した画像や映像は、クラウド上に保存・管理が可能。保存したデータはいつでも簡単に確認できるため、過去の現場の状況をスピーディーに探し出し、参考にすることもできる。まさに、痒いところに手が届くツールといえよう。
では、なぜ下岡さんはリモートコラボレーションツールを開発しようと考えたのだろうか。着想のきっかけは、建設設備業におけるベテラン技術者の作業負担に注目したことだという。
「私の実家は建設設備業を営んでおり、以前から現場における問題を目の当たりにしてきました。さまざまな問題のなかでも顕著だったのは、技術者の不足です。現場では技術や経験があるベテラン技術者にのみ仕事が集中してしまい、特定の人だけがどんどん忙しくなってしまっていたのです。これは実家に限らず、業界全体の問題となっています。建設業は労働者数の減少が著しい一方で、今後も仕事の需要が増加することが予想されます。また、同時に短納期や高クオリティを求められるため、限られた人数でより多くの仕事をより効率的に回す必要があり、それが年々深刻になっているのです」
下岡さんがとくに問題視したのは、レガシーなやり方により、ベテラン技術者の貴重な時間が現場の移動や確認に費やされていることだった。
「なぜベテラン技術者がこんなにも忙しいのかと疑問を持った私は、仕事内容に注目してみることにしました。すると、現場の移動や確認に多くの時間が費やされていることに気がつきます。『確認ならベテランでなくてもよいのでは』と思うかもしれませんが、技術や経験のある人以外にはよしあしを判断できないため、結果として1人の技術者に仕事が集中してしまっていたのです。この建設業や製造業における現場の移動・確認は作業全体の約30%を占めており、100人程度の部署で平均年収が630万円の場合、年間に約1.89億円が非効率的なコミュニケーションに充てられていることになります。また、現場での指示は口頭のみのためナレッジが残らず、人が育ちにくい環境になっていることも、ベテラン技術者に仕事が集中する原因であると気がつきました。
これらの問題をどうにかしたいと思い、最初はZoomなどのビデオ通話ツールの導入を試みました。しかし、一般的なビデオ通話ツールの活用は想像よりもはるかに難しく、うまくコミュニケーションが取れなかったのです。たとえば、遠隔地にいる管理者が『このバルブを閉めてください』といっても、現場には数多くのバルブがあり、どれを指しているのかすぐに理解することは非常に困難でした。また、ビデオ通話ツールは画質があまりよくなく、細部の状況の確認が難しいこともあり、現場での作業には使えないことがわかります。そこで、あらゆる現場で使えるリモートコラボレーションツールを作ろうと考え、SynQ Remoteの開発に着手しました」
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画質のよさとシンプルな操作性を追求
SynQ Remoteがほかのリモートコラボレーションツールと一線を画す点は、画面上で細かな部分まで確認できる画質のよさと、シンプルな操作性だ。アプリのインストール等は一切不要で、普段使っているスマートフォンやパソコンで簡単に使用できるほか、ビデオ通話時の画面ではメジャーの目盛や、対象物の細かな質感まで確認できる。
「ビデオ通話機能の開発において困難だったのは、画質をちょうどよいレベルに保つことでした。現場では、天井など少し離れた場所から、手元に置いたメジャーの目盛まで、正確に確認できる画質が求められます。しかし、細部まで確認できるようにと画質を上げすぎると、通信容量をたくさん消費するほか、遅延が発生してしまうのです。どうすべきかと悩んだ末に、ビデオ通話中に現場の写真を撮影できるような仕組みを取り入れました。撮影した静止画の共有時は画質を上げ、ビデオ通話の際には画質を少し落とすことでバランスを取っています。双方がストレスなくコミュニケーションを取れる状態になるまでには、時間を要しました」
操作性に関しては、とにかく誰でも簡単に操作できるようにすることを心がけたという。パソコンでの使用時にはブラウザにて操作できるほか、スマートフォンやタブレットで使用する場合も、QRコードを読み込むだけで簡単に通話画面を表示できる。セキュリティの問題で会社から支給された端末にアプリを入れられない場合も、問題なく使用できる仕組みだ。
「とくに製造業や建設業の現場においては、パソコンをはじめとしたデジタルデバイスの操作に不慣れな方がたくさんいらっしゃいます。アカウントを作成する、IDやパスワードを入力してログインするなどの何気ない操作でも、難しいと感じる方がいらっしゃるのが現状です。そのため、SynQ Remoteの開発時には、ダウンロードや会員登録などの作業を可能な限り省くことや、なるべく操作しやすいユーザーインターフェースにすることを心がけました。
また、特別な機材を使用しないことも、注力した点のひとつです。スマートグラスをはじめとしたウェアラブル端末は非常に便利ですが、現場の人数分用意するとなると、かなりなコストが発生してしまいます。そのためSynQ Remoteは、すでに手元にあるデバイスで使用できるよう設計しました。実際に年齢層が高い方からも、『普段から使い慣れているスマートフォンを使用できてわかりやすい』『難しい作業やダウンロードが不要ですぐに使える点が気に入っている』などの声をいただいています」
建設業や製造業に限らない幅広い業界で導入
SynQ Remoteは2024年現在、約60の企業や自治体に導入されている。導入企業は建設業や製造業、食品製造業、鉄道事業、電気通信業まで幅広く、それぞれの企業からは「1回往復90分の移動時間を1か月あたり3回削減できた」「見積り提出までの時間を最大10日間削減することに成功した」などの喜びの声が集まっている。
「SynQ Remoteは製造業や建設業に限らず、ありとあらゆる現場における負担の軽減に役立っていると感じています。とくに、生産性の向上に関する声は多く寄せられていますね。たとえばハウスメーカーからは、1人の現場監督が管理する物件数の増加につながったとの声をいただきました。ハウスメーカーでは、1人の監督が何軒もの物件を担当するケースがほとんどですが、物件同士の距離が遠い場合は、一度に3軒ほどしか管理できません。しかし、SynQ Remoteの導入後は、社内やほかの物件からでも確認作業をおこなえるため、一気に6軒ほど担当することが可能になったと聞いています」
SynQ Remoteの導入効果はそれだけではない。新人教育や、ベテランの技術をほかの技術者に伝えることにも役立っているという。
「ベテランの技術者の数は限られているため、すべての現場をベテランが担当することはできません。そのため、若手を現場に派遣したり、外部業者に管理を任せたりすることがありますが、知識不足による誤った判断が事故につながってしまうこともあります。SynQ Remoteを導入すれば、現場の若手と、別の現場にいるベテラン技術者をつなげられるため、ある程度の品質と安全を守った状態での現場管理が可能になるのです。実際に導入企業からは、『いままでは上司や先輩が現場に駆けつけるまで進められなかった作業がスムーズにできるようになった』『安心して若手を1人で現場に派遣できるようになった』などの声が寄せられています」
「個人ではなくチームで、勘ではなくデータで」の実現に向けて
現場と管理者、現場と現場との距離をグッと縮めたSynQ Remote。だが、遠隔支援はあくまで1つの入り口であり、今後は蓄積されたナレッジを活用することで、属人的な作業を全員で取り組めるものに変えていきたいと下岡さんは語る。
「SynQ Remoteにはナレッジ機能があり、画像に書き込んだメモや、音声からテキスト化したメモまで保存できます。すると、さまざまな現場でSynQ Remoteを使うことで、ベテラン技術者のナレッジをどんどん蓄積していくことができるのです。いままで伝達が難しかったノウハウも、チームメンバーで共有し合うことで、属人的な仕事を少しでも減らしていけるのではないでしょうか」
また下岡さんは、SynQ Remoteは新たな雇用を生み出すことにもつながるはずと語った。
「ノウハウやスキルは、現場でバリバリ働いているベテラン技術者だけが持っているものではありません。豊富な知識や技術を持っているにもかかわらず、障がいなどの物理的な制約によって移動が困難なため、活躍する機会を失っている方もたくさんいらっしゃいます。このような方にもSynQ Remoteをご活用いただければ、人手不足の解消と雇用創出の両方を実現できるのではと考えています」
あらゆる現場において発生している諸問題に、一筋の光を与えたSynQ Remote。将来的には、現場とベテラン技術者による国を超えたオンラインコミュニケーションや、ナレッジ共有が当たり前になる時代が来るのかもしれない。
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執筆
タケウチノゾミ
福岡市在住のフリーライター・編集者。インタビュー記事や顧客事例、プレスリリースなど幅広く執筆。趣味は観劇と美術鑑賞、猫を揉むこと。
HP:https://fukuoka-kurashi.com/
※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。
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