冷凍パンとDXで地域経済の活性化を狙う。「パンフォーユー」が目指す未来とは

日本人のパンの年間支出額は年々増えている。総務省の家計調査によると、2人以上の世帯におけるパンの平均年間支出金額は、米(コメ)の年間消費額を抜いた2011年が約28,000円、2015年には約30,000円となり、2022年には約32,000円まで増加した※。ここ数年では高級食パンブームも起こり、確実にパン市場が伸びている。

※出典:総務省家計調査(2011年、2015年2022年

 

堅調するパン市場を支えるのが、地域のパン屋だ。全国各地にはその土地ならではの名店が存在し、その地域の食文化を豊かにしてくれている。しかし、パン屋のほとんどが個人経営の店舗のため、商圏を広げにくく、安定した売上を確保しにくいという課題を抱える。

 

そんな地域のパン屋の課題解決に奮闘するのが、「新しいパン経済圏を作り、地域経済に貢献する」をミッションに掲げる株式会社パンフォーユーだ。

 

パンフォーユーは、冷凍パンと IT をコアに4つの事業を手がける会社だ。その事業の中でも中核となるサービスが、冷凍パンのサブスクこと「パンスク」。2022年には、日本サービス大賞の農林水産大臣賞を受賞し、一時は登録待ちが発生したほどの人気サービスとなっている。

 

パンフォーユーは、どのように地域の課題を解決しようとしているのだろうか。創業の軌跡、地方のパン屋が抱える課題、目指す未来について、代表取締役の矢野 健太さんに話を聞いた。

矢野 健太(やの けんた)さん プロフィール

株式会社パンフォーユー代表取締役。1989年東京生まれ、群馬県太田市育ち。京都大学経済学部卒業後、電通に入社。2014年に退職後、教育系ベンチャー企業を経て、群馬の教育系NPO法人に入社。おいしい冷凍パンとの出会いと「魅力ある仕事を地方に作りたい」という思いが重なり、2017年にパンフォーユーを設立した。著書に『失敗の9割が新しい経済圏を作る』(かんき出版)。

オーダーメイドパンの失敗をきっかけに広がった冷凍パンの可能性

パンフォーユー創業のきっかけは2016年に遡る。

 

当時、教育系のNPO法人で事務局長を勤めていた矢野さんは「ビジネスを通じて経済循環を作り、地域を活性化させたい」という思いから起業の計画を練っていた。そんなときに、地元のおいしい冷凍パンとの出会いがあり、パンフォーユー起業のきっかけになったという。

 

「起業を考えているときに、地元のパンメーカーが製造している冷凍パンに出会ったんですよね。『こんなにおいしいパンが身近にあったんだ』と衝撃を受け、パンへの価値観が大きく変わりました。そして、その冷凍パンを製造しているメーカーの社長と交流があったため、『事業パートナーにしてほしい』とお願いしたんです。その結果、パンメーカーとの合弁会社の設立へと繋がりました。また、肝心の冷凍パンの活用方法について、以前から考えていたアイデアがありました。それはパーソナライズです。当時食品の世界では、自分好みの食品を作るオーダーメイド式のサービスが流行していました。そこから着想を得て、冷凍パンとパーソナライズを組み合わせた『オーダーメイドパン』の事業で起業しました」

 

こうして、冷凍のオーダーメイドパンを主力事業とするパンフォーユーが誕生した。

 

しかし、パンフォーユーのオーダーメイドパン事業はうまくいかなかった。クラウドファンディングの成功により、初月の売上は180万円を記録するも、リピーターの獲得に至らず、翌月の売上は20万円にまで落ち込む。その後も苦戦が続き、事業は頓挫。5か月でサービス撤退となり、パンメーカーとの提携も打ち切りとなった。

パン工場の冷凍庫には、溢れるほどのパンが残った。その数量は200個にも上る。販売先がないため、このままではパンが廃棄になる。「せっかく作ったパンを捨てるのはもったいない」と考えた矢野さんはある行動を取った。

 

「工場に残っているパンの販売先はもうありません。せめて誰かに食べてもらいたい。そう考えて、以前パンを『おいしい』と評価してくれた知り合いの会社に無断で送ることにしました。それも200個、全部です。もちろんパンが届いた翌日、知人からは怒られましたが……。ただ、ここで予想外のいい結果を得られました。怒られた10分後に、知人から『全部なくなった』と連絡を貰ったんです。このとき、オフィス向けの冷凍パンをお届けするサービスのニーズがあると気づけました」

 

この出来事をきっかけに、パンフォーユーの新しい事業である「パンフォーユーオフィス」が誕生する。

 

「パンフォーユーオフィス」は、冷凍パンの購入価格を企業が半額負担し、社員が好きなときに安く購入できる福利厚生サービスだ。2018年10月にサービス開始となり、2023年現在、大手の会社からベンチャー企業まで300社以上が導入するサービスへと成長している。

 

こうして軌道に乗り始めたパンフォーユーは、企業向けだけではなく、消費者向けの冷凍パンのサブスク「パンスク」を開始する。このサービスが、メディアで話題を呼び、パンフォーユーの大きな躍進へと繋がる。

会員登録3万人以上。冷凍パンのサブスク「パンスク」

「パンフォーユーオフィス」の手応えを感じた矢野さんは、2020年2月に一般消費者向けに冷凍パンを販売する「パンスク」のサービスを開始した。

 

パンスクのサービス面での特徴は2点。冷凍パンのサブスクリプションサービスであること、パン屋とパンを選べないようになっていることだ。

 

パンスクでは、ワクワク感を楽しんでもらうために、世界観が作り込まれている。

 

パンが届く1週間前にはパンの到着予定日が知らされ、届いた箱や袋のデザインには統一感があり、それらを通してパンの世界へ誘われるようになっている。楽しむための仕掛けが多く、情緒的な価値を味わえるサービスだ。

 

メディアや口コミを通して、パンスクの評判はみるみるうちに世間に広まった。2023年1月の段階で会員登録者数は3万人を超え、登録待ちが発生するほどの人気を博している。パンスクが提携しているパン屋は85店舗。北海道から沖縄まで全国にまたがる。

 

パンスクの魅力は、冷凍パンのおいしさにもある。トースターや電子レンジで冷凍パンを温めると、焼き立てパンと同じ香りが鼻をつき、食べてみるとフワフワでモチモチの食感と、新鮮な小麦の旨味が口いっぱいに広がる。

 

このおいしさの理由は、現在、国際特許を出願しているパンフォーユー独自の冷凍のタイミングと高品質な袋の組み合わせにあるという。技術の詳細は企業秘密だが、パンフォーユーが実施した一般社団法人日本食品分析センターの検査によると、パンフォーユーの冷凍パンは、1日常温で置いたパンよりも品質が高いという結果が出ている。

消費者に新しい体験をもたらしてくれる「パンスク」は、パン屋の課題も解決していると矢野さんはいう。

 

「街のパン屋さんの課題として、店頭ビジネスのため、売上が安定しないことが挙げられます。機会損失を防ぐために多くのパンを作らなければならないのですが、その結果、廃棄するパンが増加し、経営を圧迫しています。『パンスク』では、必要な数量を予めお伝えして、製造していただくので、廃棄がでることがありません。毎月一定数を契約しているので、売上の予測を立てやすい。そのため、パン屋さんの経営基盤になるんです。パンスクの売上割合が、店舗の売上の数十%にのぼるパン屋も多く、『売上が安定してよかった』という声をいただく機会も増えました。冷凍パンの製造にショックフリーザーなどの専用設備は不要です。当社から支給する専用の袋にパンをパッケージングして、冷凍庫で凍結させるだけで、おいしい冷凍パンを製造できます」

 

店頭で販売をする以上、客足が落ち着く時間帯などどうしても手待ち時間は発生する。その時間を利用して売上の基盤を作れる「パンスク」のサービスは、パン屋にとってもメリットが大きいといえるだろう。

パン屋さんが楽しく経営できる世界を目指したい

パンスクのサービス開始時には、パン屋の業務面での課題をパンフォーユーで洗い出し、スマホ1台でパンスクの出荷にともなう業務を管理するシステム「パンフォーユーモット」を開発した。

 

「自社で『パンフォーユーモット』というシステムを開発し、パン屋さんと提携しています。パンスクはパン屋さんと個人の方を結ぶサービスです。パンの出荷先が個人の自宅になるため、小口での出荷作業が多く発生するんです。パンを出荷するには、注文情報管理・出荷管理・発送伝票管理・食品情報の作成などの業務が付随します。送付先が増えると、これらの仕事が多くなり、パン屋さんの本業である『パンを焼く』という業務を圧迫してしまいます。パン屋さんに『パンを焼く』業務に集中してもらうために、『パンフォーユーモット』を開発しました」

 

パンフォーユーのサービスは、地域のパン屋を支えるために開発されたシステムだ。ただ、今後サービスを広げる可能性もあり、システム拡張の余地を残しているという。

 

さらに、成長を続けるパンフォーユーは、全国のパン屋で使用できる日本初のパンギフト券である「全国パン共通券」やパンビジネスを包括する「パンフォーユーBiz」の事業も手がけるようになり、現在も飛躍を続けている。

パンフォーユーはどういった世界を目指しているのだろうか。最後に、矢野さんが語ってくれた。

 

「地方にあるパン屋さんが立地に左右されることなく、楽しく経営できる世界を作りたいですね。地方にあるパンはとてもおいしく、その土地の文化でもあります。冷凍の技術と IT を使って、商圏を広げていきたいです。さらに、パンの新しい可能性を開くために、高級パンがワインなどと同じような嗜好品として楽しめる世界を作っていきたいと考えています」

 

現在、パンは単なる主食から嗜好品への過渡期にある。嗜好品としてのパンの価値が広まれば、地域のパン屋の評価も確固たるものになり、パンそのものの価値が高まる。パンの価値が高まれば、地方のパン屋の経営が安定し、長く店舗を続けられるようになるだろう。

 

パンフォーユーが目指すパン屋と地域の未来はきっと明るい。