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エンジニアから絶大な支持を得る paiza。代表の片山良平さんが目指す社会とは?

企業の DX への取り組みが進む一方で、IT人材の不足とその育成が課題になっている。また、人材の流動性が高まる現在では、企業と人材ともに適切なマッチングをおこなうプラットフォームも求められている。そんななかで、IT人材の育成、適切なマッチングの両面を担うプラットフォームを構築する企業がある。paiza株式会社(以下、paiza)だ。その原点には同社代表取締役社長 CEO の片山  良平さんのキャリアがある。

片山 良平(かたやま りょうへい)さん プロフィール

1975年6月生まれ、東京都出身。都立小金井北高校卒業後、1999年、株式会社アニー入社。2007年、ネットイヤーグループ株式会社、2011年、株式会社エムアウトを経て、2012年に株式会社スタートアップパートナーズ(現:paiza)を設立。2013年にギノ株式会社へ、2020年に現社名へ変更。

垂直統合型サービスによる「異能」が生まれる仕組み

「異能をのばせ。」

これが paiza の掲げる企業コンセプトだ。同社は 2012年にスタートアップパートナーズとして設立(2013年にギノ、2020年に現社名へ変更)し、翌年に現社名となる転職サービス「paiza (現:paiza 転職)」をリリース。現在では新卒向けの「paiza新卒」や若手・未経験向け転職支援サービス「EN:TRY」のメディア事業のほか、「paizaラーニング」などのオンライン学習事業を展開している。人材育成からスキルの可視化、就職・転職までを一気通貫でサポートする垂直統合型サービスとして国内最大規模を誇り、累計登録者数は60万人を超える(2023年5月時点)。

paizaの提供する人材育成から就職・転職までをサポートする垂直統合型サービスの全体像(提供:paiza)

「当社サービスはスキルを可視化できるプログラミングスキルチェックがベースとなっています。オンライン上でプログラミングの問題を解くことで S から D までのランクがつきます。具体的には、実際にコードを書いて解く問題が全部で 500問ほどあり、正しく動作すれば難易度に応じたランクが付与されるというものです。そのランクに応じて、求人のマッチングをおこなっていきます。

 

一方で、当社はただプログラミングスキルチェックをおこなうだけでなく、eラーニングによるスキルアップの機会も提供しています。それがプログラミング学習や ITエンジニアのスキルアップを支援する学習サービス『paizaラーニング』です。1,700本以上の講座があり、動画を見ながらどこでもプログラミングを学べる環境を提供しています。こちらには Java や Python、Ruby、PHP などのプログラミング言語の講座を網羅的に用意していて、毎週講座を追加しています。このように、スキルチェックと学習、そして企業とのマッチングを一気通貫でおこなう当社のサービスによって、より社会で活躍できるIT人材が生まれる仕組みになっているのです」

 

そう説明するのが、同社の創業者であり代表取締役社長 CEO を務める片山さんだ。展開するサービスには、「異能をのばせ。」というコンセプトが随所に反映されている。

 

「プログラミングスキルチェックや paizaラーニングは、転職を考えている方だけが使うサービスではありません。自分のスキルを知りたいと思った方や新しい言語を学びたい方、プログラミング自体を学びたいと思う方などにもご利用いただいています。こういった方たちの多くは、いまは転職・就職を考えていなくても、潜在的には転職や就職のニーズを持っています。また、自分からプログラミングを学びたいと思っていたり、エンジニアの仕事がとても好きで自分なりの想いを持っていたりと、学習意欲が非常に高い人たちが多いことに特徴があります。そのためユーザーには、新卒や中途に限らず、学習意欲が高くポテンシャルの高い人材が集まるようになっているのです」

paizaラーニングの講座一覧の画面(提供:paiza)

「実力で生きていく」ことを模索した3年間

企業、そして求職者からも高い支持を集める同社をつくり上げた片山さんだが、そのキャリアにも「異能」の片鱗が見える。

 

「じつは、高校を卒業してから 3年ほど『自宅警備員』をしていました。いまでいうところのニートですね(笑)。私が高校2年生だった当時は、バブルが崩壊して少し経った時期。大手企業の倒産や金融機関の破綻が毎日のように新聞で取り上げられていた頃でした。有名大学に入り学歴を取得すれば、大手企業に入社できて将来安泰というルートはもはや過去のもの。これまでは年功序列で昇進でき、定年まで勤められる終身雇用の企業に入社するパスポートとして、大学進学を目指すのが定石でしたが、その意味がなくなってしまった。そうであれば、学歴ではなく実力で生きていく方向に舵を切ったほうがいいと思ったんです。それで、高校3年生に上がるタイミングで、受験勉強をやめました」

 

ポストバブル。長い就職氷河期が始まろうとしている時期だったが、同級生は基本的に大学進学を目指した。そんななか、大学に進学しないという選択肢をとった片山さんは、「実力で生きていく」ことを模索。音楽や絵など、アートの世界で生きていくことも考えた。そんな矢先、日本にインターネットが普及し始めた。

 

「1995年頃からインターネットが利用され始め、徐々に一般に普及していきました。私は高校生のときから PC を使い始めていましたが、その頃はいわゆるパソコン通信で、個人間でやり取りする、地域性のある“草の根ネット”のようなものでした。それがインターネットの登場によって世界中と通信できるようになった。それがとてもおもしろく感じたんです。そうしてインターネットを使っているうちに、Webデザイナーの求人が出ているのを見つけました。そのときに『これを仕事にしたい』と思って、迷わず飛び込むことにしたんです」

 

こうして片山さんは IT業界へと足を踏み入れた。

事業を担い見えてきたスケールの課題 起業を決意

Webデザイナーとしてキャリアをスタートした片山さん。入社してまもなく、Jリーグのサッカークラブの担当になった。当時としては珍しく、ホームページに注力し、試合情報などの更新をおこなうチームで、やがてほぼ 1人で実務を担うようになった。まだオープンソースの CMS が公開されていない時代。ホームページは PHP と MySQL でシステムを組んでいた。

 

「当時は更新依頼が入ると、こちらが手作業で更新する必要がありました。そこで、改修のタイミングで、お客さんが自分の手で更新できるようにシステムを拡張したんです。そうすることで自分の仕事もどんどん自動化され、劇的に生産性を上げることができました。自動化されたシステムを提供できれば、毎月のシステム利用料も徴収できます。自分で見積もりなどの勘定にもかかわっていたからこそ、こうした収益面でのメリットにも気づけました」

 

プログラミングがもたらすインパクトを実感した体験だった。片山さんは自らフレームワークをつくり、ホームページ内のコンテンツ更新の内製化を実現するパッケージに仕立てた。システムにより自動化され負担が減ったぶん、片山さんが担う領域は横に拡大していった。営業面でも頭角をあらわし、やがて事業部長にも近しいポジションになっていた。起業を意識しはじめたのも、ちょうどこの頃だった。

 

「少しずつ事業構造や収益の上げ方などがわかりはじめてくると、会社の経営課題にも目が向くようになりました。たとえば、当時勤めていた会社は 20〜30人ほどの規模でしたが、社員が 30人ほどになると人が辞めていき、また社員数が減ってしまうという問題がありました。そういったことを繰り返しているのは、組織的な課題があるためです。そのときには MBA の書籍も読んでいて、自社をマネジメント面から見てみると『もっとこうしていきたい』という想いが強くなり、経営者とぶつかることが多くなったんです」

 

「だったら自分で会社を立ち上げようか」と、起業を具体的に考え始めた片山さん。ただ、事業をスケールさせるノウハウなどは身につけつつあったが、まだ起業するには足りないピースがあることも認識していた。足りないピースを埋めるために必要なことはなにかと自身に問い、片山さんが選んだのは転職だった。

 

「在籍していた会社の社長は、学生時代に起業した方でした。大きな企業で働いた経験がないため、組織づくりの方法論を知らないまま会社を運営していたのです。もう少し大きな企業を経験しなければ、その方と同じ過ちをしてしまうと思ったんです」

 

当時、片山さんは20代後半。ここから 10年は「修行」と捉え、その間にいま足りてないピースをすべて埋める。そのあとに起業しようと決意した。片山さんは「まずはより規模の大きな企業でマーケティングスキルを身につけよう」と、デジタルマーケティングを手がけるネットイヤーグループに転職。従業員規模は前職の10倍以上だった。

 

「そこではナショナルクライアントのデジタルマーケティングを担当し、30〜40名ほどのマネジメントも経験させていただきました。ただ、じつは転職したばかりの頃には『私は起業するので3年で辞めます』と公言していました。いま思うと生意気ですよね(笑)。結局、ネットイヤーグループには 4年間在籍しました」

 

2011年、片山さんは同社を退職。起業に向けた、次のステップへと足を踏み出したのだった。

エンジニアにとっての「通行許可証」になる

同年、片山さんの姿は新規事業創出を手掛けるエムアウトにあった。起業に向けた最後のピースであり、はじめの一歩ともいえる事業開発に乗り出すためだ。入社からほどなくして、毎週のように開催される新規事業プランの社内コンペに案を出し続けた。

 

「11人ほどのメンバーが毎週役員のもとに通い、ビジネスプランをプレゼンしました。最終週に結果が出て、幸いにも私は 1位通過することができました。ただし、それは 1次選考のようなもので、そこからチームを組成し、どのようなビジネスをつくり出すかを考えていきます。そこで 4人でチームを組み、具体的な事業戦略を組み立てていきました。そのうちの 1人はいまも当社の取締役をしています」

 

こうして 2012年、片山さんらメンバーは paiza の前身となるスタートアップパートナーズを設立した。しかし、当初の事業構想が現在の同社を形づくっているのではない。エムアウトからは 1つの制約事項が設けられていた。それは「スタートアップの成功確率を高めることを目的とした事業をおこなうこと」だった。

 

「設立から半年ほどやってみても、事業がなかなかスケールしなかったんです。そのため、事業は一旦クローズして、ピボットするという意思決定をおこないました。ただし、設立以前からの期間で、次へとつながるヒントは得られました」

 

スタートアップのニーズを把握するため、片山さんたちは多くのスタートアップを訪ね、ヒアリングを実施していた。そのなかで一様に抱えている課題は、エンジニアの採用だった。

 

「人事の方々と話していると『エンジニアと会えない』というんです。選んでもらうという以前に、そもそもエンジニアとの接点がない。『転職意欲の有無は問わずとも、まず接点を持てるようなサービスはないか』という声もありました。一方で、私はこれまでのキャリアからエンジニアと接してきましたが、自身をプレゼンテーションすることが苦手な方も多いことを知っていました。エンジニアは企業にとって重要にもかかわらず、その存在はあまり脚光を浴びることがない。この両者がともに成長できる環境をつくることができれば、より多くの可能性が生み出せる世界になるのではないかと思ったんです」

 

そのアイデアからは、一線の光明が差すようにはっきりとした未来が描けた。しかし、片山さんを含め、創業メンバーに人材業界を経験した者は 1人もいなかった。事業構想はまさにゼロからのスタートだった。

 

「当初、私たちにとっての『顧客とは誰か』ということに熟慮を重ねていました。私たちがおこなう事業は IT人材と企業のマッチングビジネス。両方が顧客であるものの、どちらがコアイシューであるかを決めなければ、意思決定にブレが生じてしまいます。

 

そこで、現状課題になっているものを考えると、やはり IT人材の不足が前提にあります。やはりエンジニアが集まるサービスでなければ意味がありません。また、終身雇用がなくなりつつある現在、IT人材に限らず現在のキャリアオーナーシップはビジネスパーソンが持っています。そういった点からも、これからの時代に求められるのは、求職者に寄り添うサービスだという結論になりました。こういったところから、現在のビジネスモデルが生まれていったんです」

 

2013年、サービスの第1弾として「paiza(現:paiza転職)」がリリースされた。現在の社名でもある paiza(パイザ)は、モンゴル帝国時代におこなわれていた駅伝制度(ジャムチ)で使用された通行証に由来する。なぜそのようなネーミングを選んだのだろうか。

 

「サービス開始からのコアコンセプトとして、私たちがITエンジニアのスキルチェックをおこない、ランクをつけたうえでマッチングさせる仕組みがあります。いわばスキルチェックによってついたランクが、エンジニアにとってのやりたいこと、目指したいキャリアへの ”通行許可証” になる。そんな存在でありたいと考えて、paiza という名前にしました」

「プログラミングの原風景となる」

paizaが提供するプログラミングゲーム『エンジニア騎士とクエリの魔女』(2022年8月リリース、提供:paiza)

現在、同社では「paiza ラーニング」のほか、楽しみながらプログラミングを学習できるゲーム『エンジニア騎士とクエリの魔女』(2022年8月リリース)など、幅広いアプローチからプログラミングへの接点を増やしている。そして、代表となった現在においても、片山さんはサービス開発の現場にかかわりつづけているという。

 

「先ほどお話したとおり、私は『顧客とは誰か』という問いにおいて、エンジニアであるという意思決定をしました。そうであるからには、私自身がどれだけエンジニアのことを理解しているかが、事業成功の肝になると考えています。エンジニアの方々は自身のプレゼンテーションを苦手とする方が多い傾向にありますが、技術に対してはとてもピュアな探究心を持っている、愛すべき方々だと感じています。そういった方々がもっと世の中で認められて、そして必要とされているところにつながるようにしていきたいと考えています。そのためには、エンジニアが好むものや、心地よいコミュニケーションをつねに探求していかなければならない。だからこそ、当社は人材会社であるにもかかわらずゲームを開発したり、オウンドメディアなどで積極的な情報発信をおこなったりと、エンジニアと同じ目線でサービスを提供していきたいと考えています」

 

現在日本における IT人材の不足は顕著になっている。新たなエンジニアの育成も課題だが、マネジメント層をはじめ幅広いレイヤーの人材が供給されることが求められている。paiza としては今後の事業にどのような展望を持っているのだろうか。

 

「1つは、当社は IT人材と企業がともに成長できるような成長プラットフォームをつくることをコアとしているので、そのなかでマッチングの選択肢をいかに増やしていくかが重要と考えています。たとえばフリーランスと企業のマッチングや、ハイクラス人材のマッチングなどといったシステムはまだないので、そういった幅広いレイヤーのニーズに対応できるようにサービスを拡充していきます。

 

また、新たなエンジニアの育成については、当社が提供している『paizaラーニング』は学生向けのフリーパス(サービス名:paizaラーニング 学校フリーパス)を設け、累計で22万名の学生に無償提供しています。学生のうちからプログラミングの楽しさを知っていただいた方のなかから、将来上場企業の CTO が生まれるようにしていきたいです。実際、『paiza転職』を利用していただいたエンジニアからは CTO が輩出されているので、今度はゼロスタートからの CTO が生まれてほしいですね」

 

「paizaラーニング 学校フリーパス」は社会貢献事業として無償提供している。片山さんは同サービスに、もう 1点期待していることがあるという。

 

「現状、ITエンジニアの男女比率は男性にかなり偏っています。今後女性も積極的に目指したいと思える職業になれば、ITエンジニア不足の課題解決、ひいては人口減少下における日本の成長力の改善につながると考えています。『paizaラーニング 学校フリーパス』を使ってもらうことで多くの女性にプログラミングに触れてもらい、エンジニアという働き方に興味を持ち、IT業界を目指す女性を増やす。そうすれば、日本の生産性向上や女性の活躍推進にもつながるはず。そういう意味でもこのサービスは意義があると考えています」

 

paiza が掲げる目標の1つ目は「プログラミングの原風景となる」だ。それは経験の有無や性別にかかわらず、同社のサービスを通して誰もがプログラミングに触れ、自身のやりたいこと、目指したいもののためにスキルを習得できる場所だ。最後に片山さんに同社が目指す未来について語ってもらった。

 

「誰もが自分のスキルを磨ける環境をつくり、そういった人材をしっかり社会とつなげる。昔からそういった未来をつくりたいと考えていました。スキルを磨くということも、ある意味ではチャレンジです。実際は自分自身で限界を決めてしまい、その枠にとらわれてしまうことも多い。しかし、一歩踏み出して挑戦していくうちに、気づけば昔の自分が感じていた限界を超えていることも多いんです。だからこそ、私たちが提供するサービスは挑戦への背中を押し、応援するものでありたい。自分の新しい可能性にワクワクしている方が増えていけば、世の中に新しい可能性を生み出せる社会になる。それが結果的に、日本経済を活性化させることにもつながっていくと考えています」

 

paiza株式会社

 

執筆

川島 大雅

編集者・ライター。ビジネス系のコンテンツ制作をメインに行っています。大学では美術史専攻。一時ワイン屋に就職してたくらいにはワイン好き(詳しくはない)。

※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。

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