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身近に聞くようになったAIサービス。今回取り上げるのは、動画の翻訳サービス「AI動画翻訳くん」だ。このサービスは、30分の動画データを最短2営業日で翻訳でき、料金も5万円と低価格だ。「AI動画翻訳くん」を開発した株式会社オフショアカンパニー 代表の野呂 健太さんに、同サービスの特徴やこだわり、ニーズについて聞いた。
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野呂 健太(のろ けんた)さん プロフィール
国立理系大学院卒業後、NTTドコモや損保ジャパンで事業創出を経て、オプトデジタル設立と同時に代表取締役に就任。AI領域やLINEを活用したプロダクト創出を推進。
株式会社ベクトル(東証プライム上場)グループCTO 兼 株式会社オフショアカンパニー代表取締役を務める。
自社開発の翻訳ツールで、高精度かつ安価なサービスを実現
システム開発をメイン事業としている株式会社オフショアカンパニー(以下、オフショアカンパニー)。AI開発の案件を手掛けたことで得た知見をもとに開発したのが、「AI動画翻訳くん」だ。
さまざまな分野でAIの利活用が進められるなか、「AI動画翻訳くん」の優位性はどこにあるのか。野呂さんは「価格と精度」を挙げる。
「類似サービスは30分のデータを翻訳するのに60万円ほどかかるのが一般的です。一方、『AI動画翻訳くん』は5万円での提供が可能なのです。とにかく圧倒的に安いことが強みです」
低価格を実現させている理由が、もう1つの強みである精度の高さだと野呂さんは説明する。他社のツールは、その多くが海外産のグローバル翻訳ツールをベースに使ったうえで、人力でチェックをおこない翻訳を進めているという。このグローバル翻訳ツールは日本語翻訳に特化したものではないため、ベースとなる翻訳の精度がいまひとつとなり、その分、人による翻訳が必要となっているのだ。試しに他社が使用している翻訳エンジンを検証したところ、「これは使えない」と判断。「AI動画翻訳くん」で使う翻訳ツールは自社開発することになった。そのため、日本語翻訳の精度が高く、それが提供価格の引き下げにつながっているのだ。
「『AI動画翻訳くん』も最後は人が関わっていますが、介入度合いが他社サービスとは異なります。元の精度が高いため、人が手直しするのは最低限で済みますから、原価を抑えられるのです。そのため、手ごろな価格での提供が可能となっています」
「AI動画翻訳くん」は、2025年現在50か国語に対応。英語、中国語、韓国語など主要10か国語をメインに、幅広い言語に対応している。
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ビジネス利用できるクオリティを担保する納品型サービス
「AI動画翻訳くん」の開発を決めたのは野呂さんだ。オフショアカンパニーのグループ会社である株式会社ベクトル(以下、ベクトル)は、PR事業を手掛けており、野呂さんは同社のCTOも兼務している。ベクトルは、近年、とくに動画を使ったPRに力を入れているという背景があり、自社で動画を使ったプラットフォームを有するなど、動画と親和性が高い。そのグループ会社ということが、野呂さんが「動画」について考えるきっかけとなり、動画×翻訳×AIという発想につながった。
開発に着手したのは2024年7月。エンジニアは5名ほどで、開発に要した期間は約3か月だ。野呂さんは「スピード感を大事にしている」と語る。
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「システム開発をメイン事業とする会社であり、私自身がゼロイチ開発やクイックな開発を得意としています。7月に思い至った段階で『ちゃちゃっとできるのでは?』と思っていました。料理と同じですよ。作り慣れている方なら、段取りや完成までにかかる時間の予測を立てられる。私の開発も同じで、これまでに何十個も作ってきた経験があるため、見通しを立てやすいんです」
強いて課題を挙げるとするならば、「日本語の精度だった」と野呂さんはいう。既存の翻訳ツールは日本語の精度が低いことが課題だったが、そもそも英語から日本語への翻訳ツール自体あまり存在しないのだという。それだけ、日本語が複雑な言語だということでもある。
意識したのは、サービスとして求められる範囲内でのクオリティの高さだ。エンジニアは職人気質の人が多いため、ときには消費者に求められる範疇を超えたこだわりを持って開発に取り組んでしまう傾向が見られるのだという。今回の場合、それはリップシンクに現れた。
「リップシンクとは、くちびるの動きに音声を合わせることを指します。ここまでこだわると話すスピードの調整が難しくなりますし、精度も落ちかねません。重要なのは、話している内容が伝わることと翻訳精度。口の動きに合わせることではありません。プロダクトの本質からぶれないよう、エンジニアに丁寧に説明し、依頼しました」
野呂さんは理系の大学院を卒業しているが、「エンジニアというよりも、新規事業を生み出してきた経験がバックボーン」だという。ビジネスサイドの視点を持って開発要件の重要度を判断できるのは、野呂さんならではの強みだ。
逆にこだわったのは、話者の声質の再現だ。「AI動画翻訳くん」で翻訳された音声は、元の話者がそのまま話しているようなものとなる。ここにこだわったのは、話者の雰囲気が重要な動画があると考えたためだ。
「たとえば通販番組など、『このプレゼンターが話すからこそ売れる』のは、声質やトーンが肝となっています。ただ機械的に翻訳するだけでは『売れる』まで聞き手のテンションを上げることはできません。声質やトーンもそのままに言語だけを変えることが大切だと考え、そこに非常にこだわりました」
もう1つのこだわりが、「ツールではなくサービス」を売ること。AI翻訳ツールとしてSaaSサービスの形で売ることは初めから考えておらず、あくまでも納品型サービスを目指した。
「ビジネスで使える高品質な翻訳サービスを提供するには、SaaSでは不十分だと考えました。当初から納品型しかないだろうと思っていたんです。『AI動画翻訳くん』では各国出身のネイティブスピーカーチームがクオリティチェックをおこない、質の高い翻訳を最短2営業日で提供しています」
展示会への出展が受注のきっかけに
「AI動画翻訳くん」は2024年10月にリリース。ただ、当初は「どこに売ればいいのかわからなかった」という。また、日本語に特化したサービスがないことから市場価格がなく、価格設定の参考となるものもなかった。
「日本にベンチマークが存在しないのは、ビジネスとしての勝算が見えないためでしょう。その点、弊社はメイン事業がシステム開発であるため、ニーズの有無を考える前に、まず作ってみて、ダメならやめればいいという考え方なんです。同じことを大企業が新規事業としてやる場合、ニーズ調査から始まり、1本いくらでマネタイズして……と検討を重ねることに時間を費やし、いつまで経っても進められないことも多いんです。開発チームが自社にあり、思い立ったら作ってみることができるのは、弊社の強みですね」
結果、5万円という価格を野呂さんはどう考えて決めたのか。
「会社説明動画を1本作るのに、安くても20~30万円かかります。そこにプラス5万円
で英語版が作れるとしたら、『じゃあ、作っておこうか』と考えるのではないかと思ったんです。オプションで5万円は絶妙なラインではないでしょうか。弊社は開発支援会社ですから、この事業でしっかり儲けようとは思っていなかったという事情もありました。そうして決めた価格ではありますが、ちゃんとニーズがありましたね」
ただ、最初から順調に売れたわけではない。「売り先がわからない」ところからスタートしたこともあり、当初はベクトルグループやPR担当者に商材として扱ってもらおうと考えたが、導入事例がない状態から売るのは難しかったという。
転機となったのは、2024年11月に開催されたAI展示会「AI・人工知能EXPO 秋」への出展だ。「それほど大きくはなかった」という同社のブースには、1日150社以上が訪れ、約500社と連絡先の交換ができたという。この成果は、野呂さんの自信にもつながった。
「1週間後には受注の話がトントン拍子に進みました。間違っていなかった、これだけニーズがあるんだと思えましたね。実績ができれば、同業者の方から興味を持っていただけるようになり、次の受注につながります。『AI動画翻訳くん』の着想前に『一応AI関連のブースだけ押さえておこう』と予約した展示会でしたが、いい機会となりました」
同時期に別のAIサービスも提供。さらなる新サービスの予定も
「AI動画翻訳くん」は、映像制作会社からのニーズが非常に高いという。また、外資系の大手IT企業が日本で展開する際のマーケティングにも活用されている。アメリカから日本にやってきたあと、さらに韓国に展開するといった例もあり、「世界をつなげるHUBのようなソリューションになり得るのかもしれない」と野呂さんは語る。
「ある製造業の会社から、インドの会社と商談をおこなうにあたり、自社サービスの紹介動画を英語にしたものを流したいという依頼を受けたことがあります。5分~10分の動画ですが、それがあるだけでその後の商談の活気が変わります。なお、この事例では納期の速さも重要でした。『来週、商談があるんですけど』というスケジュール感のご依頼でしたが、最短2営業日で納品できるからこそ引き受けられたのです。
ほかにも、YouTubeアカウントの外国版開設という事例もあります。すでに日本語の動画が100本あるチャンネルを保有している会社だったのですが、1か月後には英語版、中国版チャンネルの開設にこぎ着けました。クライアントのビジネスをスピードアップする後押しができるサービスだと自負しています」
今後、とくに力を入れていきたいと考えているのは、病院など医療機関への導入だという。
「インバウンドが増えてきている影響で、医療機関でも外国人患者向けに説明が求められるシーンが増加しています。美容クリニックに来院する目的で訪日される方もいます。外国人向けの広告用途、治療案内など、『AI動画翻訳くん』を使えるシーンは多い。医療DXに動画からアプローチする例はまだあまりありませんが、現場を知ることで、動画で解決できるものが見えてくるはずだと思っています。ぜひ医療DXに貢献していきたいですね」
今後も、AIを活用した開発をおこなっていきたいという野呂さん。すでに、「AI動画翻訳くん」と同時期に「AI縦型動画」という企業向けツールもリリースしている。これは横型動画から話者を切り取り、縦型動画に編集できるもので、現状、横向きの映像とYouTubeなどのショート動画用の縦型動画のために2度撮影している企業に対し、1度でタテヨコ2種類の動画を作れるようにしたものだ。
「ベクトルのCTOとしても、世間のニーズにアンテナを張っています。『AI縦型動画』も、中国などでの縦型ショートドラマの流行を見ていて、ビジネスシーンでもさらにニーズが高まるだろうと見込んで開発しました。今後も自社でのAI開発を予定していまして、現状であと3つほどサービス化できそうなものがあるので、ぜひ今後の展開も楽しみにしていてください。とはいえ、メイン事業は開発事業ですので、今後もAIの開発支援をプロダクトベースでやっていきたいです。自社プロダクトの開発経験を活かして、クライアントのサービスの発展を支援できればと思っています」
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執筆
卯岡 若菜
さいたま市在住フリーライター。企業HP掲載用の社員インタビュー記事、顧客事例インタビュー記事を始めとしたWEB用の記事制作を多く手掛ける。取材先はベンチャー・大企業・自治体や教育機関など多岐に渡る。温泉・サウナ・岩盤浴好き。
※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。
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