自然というサードプレイス 自然 x IoTで仕掛けるNature Serviceのキャンプ場DXとワーケーション拠点開発

キャンプ場の写真

キャンプ場のDXを仕掛けた人がいる。オンラインで予約し、キャッシュレスで事前決済する。チェックイン、チェックアウトもオンラインで非対面で可能だ。高速Wi-Fiを導入し、焚き火をしながら仕事もできる。Salesforceを導入しCRMで顧客管理をおこなった。一方、豊かな森の長野県の信濃町(しなのまち)にワーケーションができる施設も行政と共同で作った。自然 x IoTで目指す世界とは? 特定非営利活動法人 Nature Service の赤堀 哲也さん、網野 葵さんに話を聞いた。

 

赤堀さんのプロフィール写真

赤堀 哲也(あかほり てつや)さん プロフィール

1976年埼玉県生まれ。英国国立ウェールズ大学トリニティセントデイビッド経営大学院 経営学修士(MBA)。2002年にマーキュリープロジェクトオフィス株式会社を起業。企業のWebサイト・映像制作やマーケティング支援をおこなう。2012年に特定非営利活動法人 Nature Serviceを設立。自然体験を通じて人や企業のメンタルリスク対策に取り組む。2016年に『やすらぎの森オートキャンプ場』を再生。2019年にワーケーション施設「信濃町ノマドワークセンター」を開設。信濃ロボティクスイノベーションズ合同会社 代表社員。Nature Service Consulting 株式会社 CIO。特定非営利活動法人 Nature Service 共同代表理事(現職)。

網野さんのプロフィール写真

網野 葵(あみの あおい)さん プロフィール

特定非営利活動法人 Nature Service マネジメントチーム/長野県エリアマネージャー。大学卒業後、Nature Serviceに新卒で入社。長野県信濃町に移住する。長野県エリアマネージャーとして、信濃町ノマドワークセンター、やすらぎの森オートキャンプ場の管理運営を担当する(現職)。

そもそも、なぜキャンプ場を作ったのか

雄大な黒姫山と妙高山をのぞむ長野県信濃町に「やすらぎの森オートキャンプ場」はある。広大なフリーサイトや電源も完備したサイトは豊かな緑に囲まれている。赤堀さんがキャンプ場を始めたきっかけは何だろうか?

やすらぎの森 オートキャンプ場の広大なフリーサイト

きっかけについて、赤堀さんは話してくれた。仕事仲間が約16年ほど前、うつ病になったそうだ。「なぜ赤堀さんはうつ病にならないの?」そう聞かれて思い当たることがあった。小さい頃からハイキングやキャンプを重ね、生活の中に自然体験があったのだ。

 

「自然体験に解決策がありそうだ。キャンプをしてみようと。でも知識も道具も仲間もいない人たちが多かった。当初はキャンプイベントの企画など、草の根的に活動していました。自分が関われるキャンプ場を探しているうちに、長野県信濃町の公共のキャンプ場の話が舞い込んだのです。『やすらぎの森オートキャンプ場』は当時閉鎖され、整備もされていませんでした。キャンプ場再生の話を提案し、議会の承認を経て指定管理者になり、キャンプ場の再生を始めることになったんです」赤堀さんはそう話す。

DXでキャンプ場の無人オペレーションを目指す

埼玉県にある赤堀さんの会社から信濃町まで車で3時間はかかる。従来の方法では管理が難しい。リモートで管理できないかと、DX化の取り組みが始まった。赤堀さんがキャンプ場を始めた2016年当時、DXという言葉はまだまだ一般的ではなかった。

 

赤堀さんが経営している会社は、インターネット関連のコンサルティングやマーケティングオートメーションなどを手がけていた。ITに強く、キャンプ場の運営にも知見を活かせる。

太陽光パネルとネットワークカメラ

「オンライン予約とキャッシュレスの事前決済、セルフチェックインシステムを導入しました。CRMにはSalesforceを導入し、利用状況をリアルタイムに可視化しています。データ分析にはGoogle AnalyticsやDataDeckを利用しています。現地の状況はネットワークカメラでモニターし、予約がないときは野生動物をよせつけないようにラジオを流す仕組みも作りました。野生動物は人の声に敏感で近づかないんです」赤堀さんはそう話す。

 

高速Wi-Fiも導入した。美しい風景の中で仕事ができる。EVのテスラ用の充電設備もある。電気自動車で山奥にきても、自宅に帰れる安心感は心強い。

EVのテスラ用充電施設

赤堀さんは続ける。

「地方には人材が少ない。求人を出しても人が集まりません。サービスレベルを落とさず安全に施設を運用するには、情報提供をしっかりおこなう必要があります。加えて、コロナで非接触のニーズが高まりました。ポストコロナでは、人と接触しないゼロコンタクトの運営を目指しています」

 

キャンプ場の運営には赤堀さんのITの知見が満載されている。

「お客さまがどのような手順で利用するのかを考えています。プロセスエンジニアリングの考え方でオペレーションをデザインしています。ご利用の流れの中で、お客さまの疑問がおきないようにすることが大切。わからないことは顧客満足度を下げてしまう。ストレスなく気持ち良く利用していただくことがリピートにもつながります」

自然の中で働くワーケーション、信濃町ノマドワークセンター

信濃町ノマドワークセンター

やすらぎの森オートキャンプ場に隣接して、開放的なガラス窓の建物が建っている。信濃町ノマドワークセンターだ。もともと信濃町の公共施設だったが、2017年に赤堀さんがワーケーションの場作りを提案した。信濃町が賛同しリノベーションされた。

 

この施設は自然の中で仕事ができるようにデザインされた。BtoBで企業の一時的(日・週・月単位)な貸し切り利用を提供している。快適なワーキングスペースに慣れた都会の人たちが使っても、違和感を抱かないデザインとクオリティを提供する。

エグゼクティブ向けのワークスペース

取材がおこなわれたのは、2021年にできたばかりのエグゼクティブ向けのワークスペース。落ち着いたダークブラウンの内装は、地域の木材を利用した地産地消のインテリアだ。間接照明の書棚が洗練されている。大きな窓の向こうには豊かな森が広がる。企業の経営者や役員に利用してもらうことを想定し、この部屋を作ったそうだ。

長野県エリアマネージャーの網野さん

「鹿が窓の外を歩いていることもあるんです。地方の人は自然が当たり前で、それに対しての価値を感じられない方もいらっしゃるのですが、都会は逆にそうではない。むしろ地方のほうが快適かも。そんな流れができたらいいなと思っています」長野県エリアマネージャーの網野さんはそう話す。

ワークスペースとリラックススペース

館内にはデスクやカウンターの並ぶワーキングスペースがある。インキュベーション利用者用の個室スペースもある。「自然との境界を曖昧にする」建築コンセプトで、どの部屋の窓からも豊かな緑を感じられる。3Dプリンターやレーザーカッターのデジタル工作機械を揃えた工作室もあった。緑の中から生まれたアイデアで、試作品も作れそうだ。都会と変わらずシームレスにストレスレスに働ける場所がここにある。

スタッフやインキュベーションに利用するインキュベーションスペース

自然は第三の場所、アフターコロナのワークスペース

「コロナでテレワークが普通になりました。ただ、自宅に居続けて働くと労働強化の状態になってしまう可能性があります。休みなくオンライン会議が入り、普段以上にものすごく働いてるような状態。働く場所の選択肢が増えたなか、自然とつながって働くワーケーションも大切と考えています」赤堀さんはそう説明する。

やすらぎの森オートキャンプ場のベンチ

「森の中は気持ち良い」そんな感覚に、科学的なエビデンスがではじめた。簡易脳波測定器を使うことで、森の中でも脳波が測定できる。信濃町は林野庁が進めてきた「森林セラピー」(*1)の先進地でもあった。赤堀さんは実証実験をして脳波の裏付けをとった。

 

(*1)森林セラピーとは医学的エビデンスを基礎とした森林の快適性増進効果・癒し効果等を、健康維持・増進等に活かしていくという、新たな取り組みの総称で、特定非営利活動法人 森林セラピーソサエティの商標登録です。

提供:Nature Service 森林セラピー中の脳波の活性化状態

「自然には直線がありません。直線のない世界が、視覚情報に入り脳に伝えられたとき、脳がリラックスした状態になる。脳波測定でわかってきました」赤堀さんはそう話す。

 

サラリーマンだった頃、赤堀さんは東京の原宿駅を利用していた。都内ながらも自然と都会のはざまにある駅では、明治神宮の森から流れる風と反対側の都会から流れる風のクオリティは全然違っていたという。

 

「西洋医学の父、ヒポクラテスが『人は自然から遠ざかるほど病気に近づく』といっていました。

都会の人たちには、「自然の中に入る」というライフスタイルの選択肢を持っている人が少ないと感じています。日本は先進国でありながら国土の約70%が森林なんです。それに加えて国境の100%が海に囲まれています。自然という選択肢が身近にあるんです」

赤堀さんはアフターコロナのワークスペースとして、自然という第三の場所があると話す。

画像:イメージ

あえて「ヨソモノ」として地方と関わる

「こんにちは、ヨソモノです」

Nature Serviceの機関紙「JOURNAL」を差し出したとき、行政機関の責任者はのけぞったという。「なんかやらかしそうだな」赤堀さんはそう思われたらしい。

 

「そもそもキャンプ場は、ヨソモノを呼ぶための施設じゃないですか。変化をつくり、それをわかりやすく伝えることはとても重要だと思っています。DXは、地方の人も知っていたけれど、やろうとはしなかったこと。それを実際に事業に実装して結果を出していく仕組みが重要かなと思っています」赤堀さんはこう話す。

 

地方にはヨソモノの視点が必要だ。地方に溶け込む努力も必要かもしれない。しかし、最初からカミングアウトして、あえて「ヨソモノ」として関わっていく。地方の視点では気付かない価値の原石がたくさんある。IoTやDXのテクノロジーを使うことで磨かれて活きてくる。地方と都会、自然と都市という対立軸ではなく、シームレスにつなげられる。

「やりたいことをできるに変える」キャンプ場のAirbnbをつくりたい

「現在、私たちが運営する全てのキャンプ場の収容規模は最大約650名です。でも、もっと小規模のキャンプ場を複数運営しても面白いんじゃないかと思っています。新しくオープンした千代田湖キャンプ場では、無人運営の実績ができました。この仕組みを横展開し、絶景の場所に完全オフグリッドの極小規模なキャンプ場を作る。日本のそこかしこに作ってみたいですね。キャンプ版のAirbnbのイメージです」

提供:Nature Service 千代田湖キャンプ場

あの広場を何かに活用したいけれど、キャンプ場としては採算にのりそうにない。でも、デジタルの仕組みを使えば基本的には採算にのせられる。

 

「自然に入ることを、もっと自然に」をテーマに活動するNature Service。「ヨソモノ」として課題を発見し、解決していきたい。地方に眠る豊かな自然を活用し、社会課題の解決を進める赤堀さんの想いは大きい。

 

特定非営利活動法人Nature Service