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フェムテックという言葉が注目を浴びている。フェムテック(Femtech)とは、女性(Female)とテクノロジー(Technology)をかけあわせた言葉。生理・妊娠・更年期など、女性の各ライフステージにおけるさまざまな課題を解決できる製品やサービスのことを指す。近年認知度が向上しつつある一方で、企業における活動はまだまだ模索中だ。そうした中、2021年にリリースされたのが、働く女性の健康をサポートする国内初のフェムテック福利厚生プラットフォーム「carefull」だ。今回はこのサービスを提供する株式会社nanoni の代表取締役、張 聖さんに話を聞いた。
1990年、中国生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。Google Japan 広告営業部にてカスタマーサクセスや SNS・ウェビナーのローンチを担当。発案した企画は APAC 全体で展開され世界で上位5%の評価を得る。その後、部門初の女性社員として顧客開発部に移り、新規営業を担当。部のダイバーシティー推進に貢献した。世界最大級の起業家支援NPO Endeavor の日本支部立ち上げを経て、2020年、株式会社nanoni を創業し代表取締役に就任(現職)。
フェムテックと顕在化していない健康課題
フェムテックとは女性の健康課題をテクノロジーで解決する製品やサービスを指す。妊娠、妊活、避妊、育児、生理用品、産後ケア、婦人科系疾患、セクシュアル・ウェルネス、更年期など多岐の領域にわたる。起源は1960年代、経口避妊薬が初めて開発され、女性自身による避妊ができるようになったことに遡る。その後、デンマークの女性起業家のイダ・ティンらがフェムテックを普及させたといわれている。
日本では女性の活躍が大きな社会課題となっている。フェムテックは、働く女性の妊娠・出産・更年期障害など、ライフイベントに起因する、望まぬキャリアからの離脱を防ぎ、ウェルビーイングと仕事の両立を実現する手段として注目されている。企業での活用を推進するために、経済産業省のフェムテック等サポートサービス実証事業や健康経営の加点項目になるなど、政府の後押しも進んでいる。
2022年、株式会社nanoni は経済産業省の実証事業者として、フェムテック利用動向調査をおこなった。企業の健康経営や女性活躍促進、フェムテックの導入状況に関するアンケートを実施。300社以上から回答を得た(2022年9月時点)。
張さんは、こうした取り組みの中で見えたものがあるという。
「今回の調査では、過去に女性活躍推進に関して政府などから公的な認証(えるぼし認定、なでしこ銘柄、健康経営銘柄など)を受けている企業を中心にアンケートを依頼しました。国内で一定の女性活躍に理解のある企業を対象にしたにも関わらず、現状6割以上の企業が『女性の健康課題』を経営上の課題として捉えていませんでした」
「一方で、そうした企業でも『女性の健康課題以外の人事課題』を聞くと、『女性の○○』とつくような課題が多く挙げられる傾向が見られました。たとえば『女性の育成』『女性の出産』 『女性の定年』などです」
「『女性活躍推進』を経営上の重要課題と認識している企業の多くが、『女性の○○』といった個別の事象への対策を打つことに留まっていました。女性活躍推進の根幹となる課題の特定と、課題を解決できる人事戦略の立案に苦労していることがわかりました。個別の事象を解決するフェムテックサービスに加えて、企業の女性活躍推進を後押しするグランドデザインを支援するようなサービスのニーズが高いと考えられたのです」
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弱音を吐けず、我慢してしまう
「『弱音を吐けない』という声も多く聞きました。生理痛の痛みや不妊治療、育児などで大変な思いをしても、『周りが頑張っているから自分も乗り越えなくては』と思っている女性が多かったのです」
身体の小さな異変や不調に気づいても我慢し、必要なタイミングで検査を逃してしまう女性もいるという。
一方、福利厚生の制度上の運用課題もあると張さんは話す。たとえば、人事制度上は生理休暇があっても、実際に取得する女性がいないケースもある。周囲が取らないため、我慢してしまう。上司の理解が得にくいと考えられる中、自分1人だけ取得することは難しい。そもそも、そうした女性特有の課題に対する認知と理解が浅いため、声を上げづらい。制度がありながら使えない。制度を形骸化させないためには、職場の理解の醸成も必要だ。
大事には至らなかったが、張さん自身も20代に女性特有の健康課題に直面した。
「子宮に関わる疾患は、現在妊娠を望んでいない方にとっても、将来妊娠できないのではといった不安につながります。仕事を続けるうえで大きなストレスとなり得ます。不妊治療をされている方の中には、同時に心療内科に罹る人もいます。小さな異変を感じたとき、我慢せずに適切なタイミングで検査を受けられ相談できる環境が、重症化を防ぎ将来的な健康課題のリスクや負担を減らせると考えています」
一方、知識があれば、回避できる健康リスクもある。
「いまの日本の学校教育では、自分の身体をいたわる知識の提供はまだまだ少ないと思います。家庭においても両親からリプロダクティブヘルス(※)に関する十分な知識を教えてもらう機会はあまりないのではないでしょうか」
親から子どもへ知識の連鎖が必要だ。自身に子どもができたとき、必要な知識を学ぶ機会がないのだ。
※プロダクティブヘルスとは、性と生殖に関する健康のこと
女性の健康課題を解決したい
「仕事を続けたい女性はたくさんいらっしゃいます。しかし、そうした方々のなかには、不妊治療や更年期障害で離職したり、雇用形態を変更せざるをえない方もいます。フェムテックを活用し、そうした労働の損失を改善した際の経済効果は、経済産業省の調査によると年間約2兆円と推計されています。
従来、ライフイベントに起因する健康課題は個人の問題とされていましたが、これは大きな社会課題です。知識を得て、自分の健康状態をよくすることはウェルビーイングにもつながります。キャリア形成にもプラスに働くと考えています」
「女性の健康課題に関する知識を伝える必要がある。知識習得の領域に踏み込めないだろうか」。 Google の法人営業をしていた張さんは、そんな想いで nanoni を起業した。
「不調が出る前から個人がヘルスケアに意識を向けることは難しい。それなら全員が必ず話を聞く場で知識の啓発ができないか。その発想から、企業の研修に組み込みこんでいきたいという想いで、サービスを立ち上げました。当初は、法人のニーズや課題を正しく捉えるために、企業の経営者や人事の方にヒアリングして回りました。当時、フェムテックという言葉がよく聞かれるようになった頃でもあったので、具体的な活用を検討する企業では、『ライフステージごとに変わっていく女性の健康課題を月経から妊活、更年期まで包括的にカバーするサービス』が求められていました」
クラウド上で「carefull」をリリース
そうしたニーズに基づき、張さんは女性の健康課題に対応するクラウドサービスとして「carefull」をリリースした。
「carefull」を契約した企業の従業員は、PCやスマホからいつでもサービスにアクセスできる。女性の健康課題に関する知識を習得でき、言いにくかった相談をすることもできる。上司や男性社員も、女性の健康課題について学ぶことができるプラットフォームだ。そんな「carefull」にはおもに3つのサービスがある。
1つ目はセミナー。
ニーズに合わせて企業のダイバーシティ推進に必要なトピックを選べる。医師や各分野のエキスパートによるセミナーを実施する。セミナーの内容はアーカイブ化され、自分の都合に合わせて受講が可能だ。
2つ目は匿名掲示板。
コミュニティ内で匿名で悩みを相談できる機能。生理、不妊治療、妊活、子育て、キャリア、更年期障害など相談しづらい悩みを SNS感覚で名前を明かさずで相談できる。専門の医師にも相談可能だ。
3つめは従業員特典。
あらゆるライフステージに対応した、フェムテックに関わる企業各社のサービスの割引特典を受けられる。サービス提供の契約をしているのは10社以上。従業員の健康課題を公平かつ包括的にカバーできる。
「carefull」が生み出した新たな価値と変化
張さんは、「carefull」を導入した企業で生まれた価値を話してくれた。フェムテックの領域について、いままでは従業員から声が上がらなかった。顕在化しないため、課題を認識しにくい側面があったが「carefull」の導入により、少しづつ従業員が声を発し変化が生まれたという。
「『生理休暇を取りやすくするように名称変更する』という実例がありました。ある企業で、『マネジメント必見!キャリア & ライフプランニングに欠かせない健康知識』というテーマでセミナーを実施したところ、参加者から『生理休暇が取りづらいのでどうにかしたい』という声があがったのです。
そのセミナー自体、男女に関わらず関心が高く約8割ほどの従業員が参加しました。加えて、『そもそも生理休暇という名称が直接的』との意見を受けて、名称を変更。更には生理だけでなく、不妊治療や更年期の症状などにも対象範囲が拡大されました。性別や年齢問わずさまざまな従業員が活用できるような制度になりました」
一方、従業員個人に変化があったケースもある。婦人科検診を受診していなかった従業員が、「carefull」の匿名掲示板を見て、自分の知識のなさに不安を感じた。知識がないと疑問も生まれない。投稿を読んだことから、婦人科検診を受診。乳がんを早期に発見できたそうだ。
張さん自身にも変化が起きた。
「20代は私自身が一当事者として、会社の制度に不公平感を抱いていました。なぜ、育児休暇など特定の女性だけを優遇する制度があるのか。未婚の社員である私からすると、ライフイベントを経験した女性の苦労を想像できなかったんです。でも、少しづつ自分自身にも知識が増えてきたことで、なぜあの人たちだけ? という気持ちが変化しました。ライフイベントと仕事の両立を図る方々を応援したい気持ちが芽生えたのです。自分が経験のないことでも関心を持ち、知ることは大切だと思います」。張さんはそう話す。
ライフイベントに関わらず働ける環境を目指して
かつて、何かを得るためには何かを失うしかなかった。男女による分断、上司と部下の分断、ライフイベントによる分断。いまは人生100年時代。張さんは、分断されていた女性の働き方を、健康課題を解決する知識の連鎖でシームレスにつなげようとしている。
「フェムテックは女性特有のものと思われがちです。確かに月経は女性にしかありません。でも妊活には男性も半分関わります。更年期の不調は女性だけでなく男性にも起こります」
女性も男性も、等しく女性から生まれてくる。1人ひとりの女性を大切にできる環境と理解が、フェムテックの本質なのかもしれない。