現存する日本最古の私鉄として知られ、鉄道事業を中心に、運輸業、不動産業、流通業、レジャー・サービス業、まちづくりなど、さまざまな事業を展開する南海電気鉄道株式会社(以下、南海電鉄)。2022年からは、eスポーツを推進する事業部を創設し、新たな一歩を踏み出している。なぜ関西を代表するプラットフォーマーである同社が乗り出すことになったのか。その想いについて、経営戦略グループ eスポーツ事業部長の和田 真治さんに話を聞いた。
和田 真治(わだ しんじ)さん プロフィール
1963年、兵庫県姫路生まれ。1987年、大阪市立大学商学部を卒業後、南海電気鉄道株式会社入社。経理部、グループ事業室、経営企画部などの企画関係部門を担当。2016年に新設された「なんば・まち創造部」に在籍し、大阪市から道頓堀川の遊歩道(リバーウォーク)の管理運営を受けているほか、2017年に 80周年を迎えた御堂筋の在り様や、なんば駅前の広場などを地域の人々とともに作り上げた。現在は、eスポーツ事業を推進する経営戦略グループ eスポーツ事業部長を務める。
南海電鉄にとって新たな希望となる事業
新たに eスポーツに取り組むことになったのは、現状に対する大きな危機感が理由だという。人口減少や高齢化が進むことで、事業の中心であった鉄道事業の収益は先細りになっていく。この状況を打破するためにも、中期経営計画「共創140計画」で掲げる、新たな事業の開拓が喫緊の課題であった。その中で目を付けたのが、若い世代を中心に熱い注目を集めていた eスポーツだったと和田さんは話す。
「世界ではすでに、身体を使い汗を流すスポーツを『フィジカルスポーツ』、ダーツや囲碁、将棋など頭脳を使うスポーツを『マインドスポーツ』と呼び、eスポーツは立派な競技として認知されています。eスポーツ文化を確立することで、若い世代に対するタッチポイントになり、世界から観光客を呼び込む大きな力にもなるはずと考えました」
新たな文化の発信拠点として、南大阪最大の繁華街である難波を選んだ。
「このエリアは、昔から芝居やお笑い、映画などの文化の発信拠点としての歴史があります。また、オリンピック競技にも選ばれたスケートボードや、ブレイクダンスなどの若者文化も盛んです。新しい文化を生む土壌がある難波こそ、eスポーツ文化を受け入れ、発信していく最適な場所だと考えました」
eスポーツへの理解と、確かな手応え
eスポーツに対する「たかが、ゲーム」「不健全な遊び」というイメージを払拭するためにも、難波でなければいけなかった。戦後、大阪球場を建設し、当時のプロ野球を盛り上げたチーム「南海ホークス」の本拠地があったからだ。
「現在では約700チームが参加する日本少年野球連盟の総本山である事務局もこの地にあり、現在も当社ビルに入っています。この連盟では、小学生に変化球を投げさせないことや投球回数を決めるなど、青少年の健全な育成のため健康を気遣ったルールを定めました。こうした歴史の背景を受け継ぎ、eスポーツ事業を推し進めていくことが、この事業の健全性や正しい理解につながっていくはずです」
社内においても、事業推進において理解を得ることになかなか苦労したという。その大きな突破口となったのが、2021年7月に南海なんば駅直結の複合施設「なんばスカイオ」内に eスポーツ体験型ショールーム「eスタジアムなんば Powered by NANKAI」を開設したことだった。
「“公園のような場所”をめざして作ったこの場所には、近隣の学生や親子連れなどが、次々と訪れるようになりました。また、200を超える企業や自治体などからの問い合わせや、現地施設への利用の申し入れがあり、『南海さんは、一体ここで何をするんですか?』と、みなさんおっしゃっていました。eスポーツ事業を推進するうえで大きな手応えや可能性を感じ、社内での応援の声も若手を中心に増えていきましたね」
この eスポーツ体験型ショールームは、現在では南海沿線を中心に、岐阜や佐賀などで5店舗まで広がっている。
和田さんが、「この企画でより確信を得られ、さらなる可能性が広がった」と話すのが、南海本線沿線のりんくうタウン駅に隣接する「泉佐野オチアリーナ」で開催された、eスポーツキャンプだ。参加費 6万円(交通費別)という条件にも関わらず、全国から 44人の高校生が参加し、3泊4日にわたる練習と大会の合宿がおこなわれた。
「おそらく、合計10万円ほどの出費となるこのキャンプに、全国各地から大勢の高校生たちが集まってくれたことに驚きを隠せませんでした。最初こそ、初対面でぎこちなく遠慮がちだった高校生たちも、2日目からは声をだして大盛りあがり。この事業の大きな可能性を感じられました」
大阪や日本の未来を明るく照らす事業へ
eスポーツキャンプでは、青少年の健全育成に関わる競技としての魅力を顕在化でき、さらには、社会が抱える課題解決の糸口も見えてきた。それは、参加した高校生の親から、家族での会話が増え、以前にも増して子どもが積極的に行動するようになったという声を聞いたことだった。
「『なにか1つでも自信を持てることや、一心不乱に取り組めることを見つける。それが、その人の生きる大きな力になると思うんです』。その高校生の親御さんの言葉を聞いて、eスポーツにもその力があることを確信できました。この魅力を広めていくと、一人ひとりが自律的にやりたいことや、それを認められる社会が実現でき、青少年に関わる日本全体の課題にもアプローチできると思いますね」
さらに、高齢者が病気などに負けない体力づくりを進めるフレイル予防の一環としても、eスポーツは活用されている。一例として、佐賀県大町町の福祉施設では、高齢者の方々に、人気のゲームソフト「グランツーリスモ」をプレイしてもらう官民連携の取り組みをおこなっている。
「指先の動きや認知の訓練にもなると思い実施させていただきました。結果としては、ご参加いただいた方々から、『あきらめない気持ちが芽生えた』『孫との会話が増えた』といった、とても前向きなご意見をいただきました」
この成果から、高齢化と医療費の逼迫という自治体が抱える社会課題を乗り越えるうえでも、今後 eスポーツが活躍することだろう。
そして、日本全体をより盛り上げる1つのきっかけとして、同社は 2025年に開催予定の大阪万博に向け、eスポーツ事業の施策を展開している。2023年3月には、タクティカルFPSゲーム「VALORANT」の公式大会をインテックス大阪にて開催。S席8,000円、A席6,000円という価格にも関わらず、チケットは発売開始から約4分間で完売した。
「この勢いは本物だと感じました。今回は 1日 3,000人規模でしたが、今後は会場を移し、1万人規模で開催を検討していきたいです。関東圏が中心だった、こうした熱狂を全国各地の会場で生み出すことで、日本全体を大きく盛り上げられるはずです」
大阪・難波の歴史や風土を活かし、eスポーツの可能性をどこまでも高めようとする南海電鉄。これまでも、まちの人々とともに支え合い、道頓堀の遊歩道の運営事業や、なんば駅周辺の道路空間再編などにも取り組んできた。新たな文化である eスポーツにおいても、地域に根ざした文化を形作ろうと奔走している。これから、さらにどのような魅力を備え、地域を明るく照らし、日本の課題を突破する文化に育っていくのか、期待が高まる。
執筆
橋本 未来
大阪府出身。
広告制作を中心に、書籍の企画・編集や記事の執筆などを行うコピーライター。
関西屈指の編集者・高田強が所長を務める、コンテンツプロダクション「エース制作所」で、各種コンテンツの企画・制作などにも従事している。
note:https://note.com/7891m/
※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。
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