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村井純氏 ✕ 登大遊氏 ✕ 田中邦裕 in 未踏会議2022「世の中を動かす人たちの原動力」

村井純氏 ✕ 登大遊氏 ✕ 田中邦裕 in 未踏会議2022「世の中を動かす人たちの原動力」

 

「天才が天才を育てる」という発想のもと、数々のクリエータを発掘・育成し、世の中に送り出してきた「未踏」。経済産業省所管である独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が主催し実施しています。2000年からはじまったこの国家事業によって、多くのクリエータが育成されています。

未踏による「未踏会議2022」が、3月10日に開催。スペシャルディスカッションに、村井純さん・登大遊さんが登壇。モデレーターをさくらインターネット代表の田中邦裕が務めました。

村井純さん プロフィール

慶應義塾大学教授 内閣官房参与 (デジタル政策担当)。

工学博士。1984年日本初のネットワーク間接続「JUNET」を設立。1988年インターネットに関する研究コンソーシアム「WIDEプロジェクト」を発足させ、インターネット網の整備、普及に尽力。初期インターネットを、日本語をはじめとする多言語対応へと導く。内閣官房参与、デジタル庁顧問、他各省庁委員会主査等を多数務め、国際学会等でも活動。2013年ISOCの選ぶ「インターネットの殿堂(パイオニア部門)」入りを果たす。「日本のインターネットの父」として知られる。著書に「インターネット」(岩波新書)他多数。

登大遊さん プロフィール

ソフトイーサ株式会社 代表取締役、独立行政法人情報処理推進機構 (IPA) 産業サイバーセキュリティセンター サイバー技術研究室 室長、NTT東日本 特殊局員。

2003年 (筑波大学1年)、IPAの未踏事業でSoftEther VPNを開発し創業。 世界中で数百万人が利用している。最近はIPAやNTT東日本にも入社して活動している。

田中邦裕 プロフィール

さくらインターネット株式会社 代表取締役社長。1996年に国立舞鶴工業高等専門学校在学中にさくらインターネットを創業、レンタルサーバ事業を開始。1999年にはさくらインターネット株式会社を設立し、月額129円から始められる低価格レンタルサーバ「さくらのレンタルサーバ」の開発に自ら関わる。その後、最高執行責任者などを歴任し、2007年より現職。インターネット業界発展のため、各種団体に理事や委員として多数参画。

日本のICTの課題

田中邦裕(以下、田中):登さんと村井先生という濃いキャラおふたりをお迎えして、どのように進めていこうか悩ましいところですが、けしからん話をしていければなと思います。登さんにプレゼン資料をご用意いただいたので、それをもとに進めつつ、村井先生に突っ込んでいただきます。まずは、日本のICTの課題についてです。

 

日本のICTの課題

登大遊さん(以下、登):OSやクラウド、通信やセキュリティといったプラットフォーム技術や産業を自ら生み出せる人材がいないという課題が、日本にはあります。アメリカは、もう50年くらい前から自分たちでこれらを作っていて、最近は中国でもこれらを自分たちで作れる人が増えてきました。日本人にもこれらを作れる人が増えてほしいです。10年くらいで1万人くらい作れるようになったらいいなと思っています。

そういう人材を育てるために重要なものが2つあります。1つはコンピュータ・プログラミング環境。もう1つはネットワーク環境です。ネットワーク環境が自由で、しかもそれが押し付けられたものではなく、自分たちで作る状況になることが重要ではないでしょうか。

 

田中:これについて、村井先生はどう思われますか?

 

村井純氏

 

村井純さん(以下、村井):IaaSという言葉があるように、インフラチャレンジをバーチャルマシン上でできるようになりました。以前は、実機を大量に買っていました。お金もかかるし、箱から取り出す作業が大変だという笑い話があったくらいです。そう考えると、いまは以前と比べてやりやすい環境にあります。

それなのに、登さん以外でチャレンジしている人はあまりいないですよね。それが不思議です。楽しくて仕方がないのになあ。もっとチャレンジする人がたくさんいてもいいと思うんですけど、どう思います?

 

登:日本の組織では、やりたくてもできないという方が多数います。制約があって「これ危ないんじゃないか」と言われたりするわけです。なので、押入れコンピューティングや自分の家とかで、組織とは無関係にやっている方が多数いると思います。

「インチキ」で行政を支える

田中:登さん的にはソフトウェアで作るけれども、作ったものが使われてすごく普及してきたら、インフラ面までそれに合わせて作り変えていく。ソフトウェアでまず作ることも重要だし、それを支えるインフラの部分も実は一体化して作らないといけないという課題意識が背景にあるんですかね。

 

登:そうです。われわれは、結構インチキな手法でバーッと作っているところがあるんですよ。行政的システムでそういうことをやる人は、あまりいないんですけど、やってみたら成功しました。

 

怪しいパソコンサーバー置き場

 

1990年くらいの大学の中には、こういう怪しいパソコンサーバー置き場みたいなものがありました。われわれもそこで勉強したのですが、最近はだいぶ少なくなっています。

 

田中:昔の研究室はこんな感じでしたよね。村井研究室はどうですか?

 

村井:いまでもこんな感じです(笑)。

 

登:村井先生のネットワークは実験用目的のものが多いです。多くの日本企業では、実験目的のネットワークはわずかしか残っていません。業務用ネットワークしか残っていないのです。そこでどうやって行政向けのテレワークシステムを作ったのかを説明します。

未踏のプロジェクトで「SoftEther VPN」というシステムと「VPN Gate」という外国政府の検閲用ファイアウォールを無効化するシステムを作っていました。これをベースに「シン・テレワークシステム」や「自治体テレワークシステム for LGWAN」を作ったのです。

 

7万名くらいの公務員の方々が、このテレワークシステムを使っております。

 

7万名くらいの公務員の方々が、このテレワークシステムを使っております。新聞記事ですと、真面目な報道がされていましたが、じつは裏側はインチキ・システムです。神棚が置いてあったりして、すごく見た目はけしからんです。

 

1本のファイバー芯線

 

これが実験用システムであることに、われわれは誇りを持っています。1本のファイバー芯線があるのですが、この1本で7万人を支えているのです。これが切れると全部止まる、というスリル満点でやっております。こういう楽しさが昔はどこにでもありました。でも最近は、何でも安定を求めて冗長化しています。冗長のプログラムが原因で、余計不安定になっていたりするのですが…。

われわれは、村井研究室のぐちゃぐちゃな部屋を十数年前に見て非常に感動しました。ついにはIPAの中に、村井先生がやっていたようなぐちゃぐちゃを作ったんですよ。

 

村井純氏

 

村井:本当だ(笑)。

GoogleとUNIXの話

田中:ぐちゃぐちゃの意味するところは何なんでしょうね? 僕はエントロピーなのかなと思うのですが。整理された部屋ってエントロピーが低くて、熱量が低いのでチャレンジが起こりにくいのかなと思います。ぐちゃぐちゃが本当に良いのかは別として、エントロピーはありますよね。

 

村井:面白いことを思いついて先にやると、絶対に部屋の中って汚くなります。

 

登:ぐちゃぐちゃの有用性を示している資料をお見せします。Google社が1998年にスタンフォード大学内に構築したサーバーです。

 

学外の建物を借りて分散

しばらくして大規模ユーザーがついたので、学外の建物を借りて分散しました。多分、サーバーを買うお金がなかったのでしょうね。どれがダウンしても大丈夫なようにLinuxを動かしてたくさんのシステムを統括する、いまでいうクラウドのシステムを自分たちで書いたんです。

そうして大量のユーザーからのアクセスを超高速に捌くことで、結果的に従来のシステムよりも安定して低コストで作れました。これを24時間365日保守の考えで作れといっても、新しいものは生まれません。

 

村井:だいたい、そういうとこから新しいものが生まれるんですよね。

 

登:もうひとつ、UNIXも同じだと勉強しました。

UNIXの起源

 

AT&Tという、日本でいうNTTのような会社があります。保守的な会社ですが、その中におもしろ社員が数名いらっしゃいました。「スペース・トラベル」という惑星間宇宙飛行ゲームを自作して遊んでいたら、会社にコンピュータを撤去されそうになったそうであります。

別のワークステーションに移植しようとしましたが、いちいちプログラムを移植するのは面倒だから、一旦書いたら他でも動くOSレイヤーを作ってしまおう。さらに他のCPUでも動かせるコンパイラーも作ろうと考えました。この瞬間にUNIXとC言語が生まれた、といろいろな文献に載っているんです。

生まれる前の出来事なので、実際に見たことはないんですけど。これもやっぱり計画的に何かやるみたいな感じではなかったそうです。

村井純先生とデニス・リッチーのエピソード

村井純先生とデニス・リッチーのエピソード

 

村井:写真の右側の人物はデニス・リッチーですよね? 彼のことは良く知っています。ここには何度も講演しに行きました。当時、ビットマップディスプレイができたばかりで「日本語のフォントを出すのは大変なんだよね」みたいな話をしました。

本家本元UNIX野郎と戦うためには「お前ら知らないだろう」みたいな話を持っていかないと興味を持たれません。当時は「英語しゃべらない人って地球上に居るの?」みたいな奴がアメリカにはいたわけです。そこで日本語の話をして「お前ら知らないだろうけど、地球上にはいろいろな奴が住んでるんだ」と話をしました。

次の年に行ったら、デニスが「見ろよ純!」と言ってビットマップディスプレイに日本語のフォントを出したんです。「こんなこと誰がやったの?」と聞いたら、「俺が作った」と言うんです。「いつから作ってるの?」と聞くと「去年、純が来て話をしてからずっと作っている」と。

UNIXやC言語を作ったデニス・リッチーが、俺の話を聞いて面白そうだと思ったから、そのシステムだけに長時間取り組んでいました。「それは大丈夫なのか? ベル研究所では、論文書いたり研究のサマリーを書かないで怒られないの?」と聞いたら「いや、怒られないよ」と言うわけです。

ベル研究所にもいろいろありますが、OSでは好きなことを好きにやらせていましたね。

原動力は「好きなこと」+「人の役に立つこと」

原動力は「好きなこと」+「人の役に立つこと」

 

田中:すごいお話ですね。そう考えると、原動力は「好きなことをやる」にあるんですかね? おふたりはいかがですか?

 

登:好きなことプラス人の役に立つことではないでしょうか。田中社長も同じだと思いますが、高専のインチキサーバーでインチキホスティングをしていたわけじゃないですか。他の方をサーブするのがめっちゃ楽しいのだと思います。

 

田中:そうですね。いまだに楽しいです。どこどこのサイトがさくらのサーバー使ってくれている、と聞いたらみんなですごく喜びます。ビジネス的にはトラフィックが増えると原価が上がって良くないと思われがちですけど、トラフィックが増えるとテンション上がります。

原価が上がるうんぬんではなく、これだけ使ってもらえたらうれしいなと思いますよ。最近はクラウドをやっているので、たくさん使ってくれると金額も上がってビジネスにもつながります。自分たちも楽しいし、お客さんのビジネスもうまく行って儲かるので、そういうのが一致しやすい社会になったのかなと感じます。

サン・マイクロシステムズとジョージ・ルーカスのエピソード

サン・マイクロシステムズとジョージ・ルーカスのエピソード

 

村井:インチキで思い出しました。古い話だけど、俺が話さないと誰も話さないので話します。俺の友だちにビル・ジョイっていうサン・マイクロシステムズの創業メンバーがいます。

ビルとは同級生で、博士も一緒に取ろうねと話していたんだけど、ビルはサン・マイクロシステムズのためにドロップアウトしました。サン・マイクロシステムズがはじめて作ったワークステーションは非常にボロくて、触ろうとすると「壊れるから触るな」と怒られるくらいでした。それをインターロップに出していたんです。

でもそれが、ジョージ・ルーカスの目にとまって『スター・ウォーズ』の2作目『スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲』で大量に使われました。エンドロールのスタッフ紹介にサン・マイクロシステムズにいる友だちの名前がたくさん出てくるのが、楽しくて仕方がなかったです。

ルーカスは熱心に使ってくれました。なぜルーカスが、未開発のボロい、それこそインチキなワークステーションを使おうと思ったのか。それは、面白いものを作ろうとしている奴を信じて、サポートする気持ちがあったからだと思います。そうやってサン・マイクロシステムズは立ち上がったのです。あれは印象的な歴史でした。

 

登:いまの話は素晴らしいですね。

 

村井:面白いことをやろうと思っても、パチンといじめられちゃうこともありますからね。それが続くと、面白いことをやる前に身を引いてしまいます。

 

田中:社会全体の話ですよね。

 

村井:そうそう。社会を動かすようなソフトウェアを作っていくときに、ルーカスみたいに応援をする人もいます。一方では、それが何か悪いことにつながるかも、というリスクに集中して芽を摘んでしまうことが起きています。社会全体で芽を摘まないように考えたほうがいいです。

世界を変えていく人が日本から生まれるために必要なこと

世界を変えていく人が日本から生まれるために必要なこと

 

田中:世界を変えていく人が生まれるために必要なことについてうかがいたいです。登さんの話の中に制約をかけてくる人が出てきましたが、こういう人がいなくなることでうまくいくと思いますか?

 

登:自分は保守的な方々が制約をかけてくることを含めて、重要な環境だと思います。

「完全に自由にやってください」という環境Aと、いまの日本みたいにいろいろな人がわけわからんことを言ってくる環境Bがあるとします。環境Aと環境Bでやってみて、両方が成功したときにどちらのほうが価値が大きいかを考えます。

すると、複雑な状況をくぐり抜けてリスク管理に成功した環境Bのほうが価値は大きいです。複雑な環境への耐性やマーケティングや他の方を説得する高尚なテクニックなどが、人材の価値として生じます。

自分の意見としては、いまの日本的な非常に頭の固い中で力をつけることは、価値が高いと考えます。

 

田中:環境Bだと、誰でもできるようにはならないですよね?

 

登:そもそも、誰でもできることではないと思います。相当な覚悟を持って、痛いことが発生すると十分承知したうえで、なおやるべきことです。時間もすごくかかりますし、大変な責任感もあります。

大多数の方々は、インフラの上の領域でアプリケーションとかをお作りになります。人数比でいうと95%対5%くらいになるのではないでしょうか。

 

村井:「世界を変えていく」ことをやろうとすると、必ず抵抗感のある人や体制を説得しなければなりません。そういう人たちを、説得して仲間に引き入れなければなりません。敵を喜ばせるというのでしょうか。そこには、ずる賢さのようなものも必要です。

 

田中:登さんからは、人数比で5%くらい。村井先生からは、抵抗勢力を説得するようなノウハウの話がありました。非常に難しいとは思いますが、それでも世界を変えるような人たちが生まれるためにはどうしたらいいと思いますか?

 

登:子どもが親から、何かやれと言われるとやらなくなります。やれと言われるよりも「本当は禁止だけど、ちょっとならやってもええよ」と言われると、自然とやり出す若い方々が増えるのではないでしょうか。

 

村井:現状の問題点というのは、つねにあります。それを「俺が直すんだ!」と思ってくれれば、世界を変えていく人はどんどん生まれてくると思います。

 

田中:インチキだったとしても、それを周りが否定せずにいかに応援できるかが重要だと感じました。

執筆・編集

さくマガ編集部

さくらインターネット株式会社が運営するオウンドメディア「さくマガ」の編集部。

※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。

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