「社会にある”聞こえないバリア”を減らし、誰でも同じぐらいの情報量を得られる社会を作っていきたい」
そう語るのは株式会社ミライロで働く福島直人さん。両親の耳が聞こえず、手話を第一言語として育ちました。
思春期には手話で話すことが恥ずかしいと感じ、使わなくなってしまったそうですが、大学生時代にあらためて手話の勉強をはじめた福島さん。どうして手話を学びはじめたのでしょうか。心境の変化やミライロでおこなっているお仕事、情報保障の話などをうかがいました。
福島 直人(ふくしま なおと)さん プロフィール
1989年大阪市生まれ。聴覚障害者の両親を持つCODA。手話でのコミュニケーションが日常的な家庭で育ち、幼い頃から手話通訳者や聴覚障害のある両親の友人と深く交流。大学生時代、基礎から手話通訳技術を習得するための勉強をはじめ、23歳で手話通訳士試験に合格。2018年、聴覚障害者の社会参加を進め、住みやすい社会を形成するために株式会社ミライロに入社。
両親の耳が聞こえず、第一言語が手話だった
ーーまずはじめに、福島さんがミライロで担当しているお仕事について教えてください。
ビジネスソリューション事業部でコネクトチームのチーム長をしています。音声言語を手話や文字に変換することで、聴覚障害者に情報を届けることを意味する「情報保障」を、障害者雇用やサービスを提供する場で整えるためのコンサルタントをしています。
ーーどうしてミライロで情報保障に関する仕事をはじめたのでしょうか?
私の両親は耳が聞こえません。両親のひとり以上に聴覚障害があって、自分自身は耳が聞こえる子どものことをCODA(Children of Deaf Adults)と呼びます。私が生まれたときは、第一言語が手話でした。
小さいころから両親の耳が聞こえないことで悩んだり、大変な思いもしてきました。なので、聴覚障害者や手話に携わる業界には行きたくないと思っていました。でも大学時代に、自分にしかない強みはなんだろうと考えて、あらためて手話の勉強をはじめました。
大学で手話を勉強するにつれ、手話に関わる仕事をしたい気持ちも芽生え始めていました。しかし手話通訳者は給与が低く、安定した生活を送ることができないのではという不安もあり、大学卒業後はブライダルの会社に就職しました。
ただ、やっぱり働いているうちに手話に関わる仕事がしたいという気持ちが強まったため、手話通訳者の派遣などをおこなう情報提供施設に転職しました。それが前職ですが、そのときにミライロから手話通訳者派遣の依頼をもらい、ミライロのことを知りました。
企業と聴覚障害者を繋ぐ架け橋のような事業を始めたばかりだったミライロに惹かれて、2018年に入社しました。
「ミライロ・コネクト」で3つのバリアの解消に取り組む
ーー福島さんがミライロでおこなっていることを、もう少しくわしく教えてください。
「ミライロ・コネクト」というサービスを展開しています。ミライロ・コネクトは、「環境」「意識」「情報」の3つのバリアの解消に取り組んでいます。
環境面の取り組み
環境面の取り組みとしておこなっているのが、団体向け手話講座の開催です。職場内や店舗で使う専門用語をどのように手話で伝えるか、頻出用語などをカスタマイズして、同僚やお客様とスムーズにコミュニケーションがとれる環境づくりをお手伝いしています。
また、手話で問い合わせができる環境を整える取り組みもあります。最近はコロナの影響もあって、手話通訳者が現地には行かずに遠隔対応するケースも増えています。行政の窓口やワクチン接種会場にタブレットを置き、現地にいる聴覚障害者とスタッフの会話を遠隔から通訳できるようにするといったものです。
コロナ以前は、遠隔からの通訳は手話が読み取りづらいからと、否定的な意見が多かったのですが、感染対策として急速に進みました。今は行政や銀行の窓口などで導入しているところが多いです。
意識面の取り組み
次に意識面です。この部分については、主に聴覚障害者を雇用している企業に対して、社内の情報保障を整えるお手伝いをしています。具体的には、まず聞こえる社員と聞こえない社員のそれぞれにヒアリングをし、課題を明確にします。そして、その課題をどう解決していくのがいいのか、企業と当事者の双方の視点を取り入れて提案しています。
また、こうした個別の対応のほかに、全社研修や新入社員研修にて、聴覚障害についての理解を深めるための研修もおこなっています。聞こえないことを理解していない、どうコミュニケーションを取っていいかわからない方が多いので、障害についての基礎的な内容や接し方などを伝えています。
情報面の取り組み
最後に情報面です。企業の研修や面談、団体が主催するセミナーなどに手話通訳者や文字通訳者を派遣しています。環境面の取り組みと同様、通訳者派遣もコロナ禍でオンラインが増えました。
昨年4月にオムロンさんからお話をいただき、オンラインでおこなわれていた新卒採用に手話と文字の通訳者を派遣しました。ZoomやTeamsといったオンライン会議ツールに通訳者もログインし、リアルタイムで通訳をするサービスです。最近では、情報保障として手話と文字の両方をつける企業や団体が少しずつ増えてきました。
ミライロ・コネクトが目指す世界
ーーミライロ・コネクトが目指す世界を教えてください。
情報が十分に届かない人をいかに減らせるか。これが大きな目標のひとつです。社会にある「聞こえないバリア」を減らし、誰もが同じぐらいの情報量を得られる社会を作っていければと思っています。
ーーミライロの企業理念に「バリアバリュー」があります。福島さんが実感したバリアをバリューに変えられたエピソードを教えてください。
大学受験で志望校に落ちてしまったことがきっかけで、人と違う自分の強みを考えました。それまでは、もう手話はやりたくないと思っていたのですが、強みとして思い浮かんだ手話を本格的に勉強してみようと思いました。
思春期の頃から手話で話していなかったので、最初は入門レベルの手話教室に通いはじめたのですが、先生から「ナチュラルな表現力を持っているね」と褒めてもらいました。両親が聞こえないので、自然と表現力が身についたんだと思います。長年マイナスに捉えていた家庭環境でしたが、手話を学びたい人からしたら恵まれた環境にあると言われて、はっとさせられました。
人と違う環境にコンプレックスを感じていたことが自分にとってのバリアでしたが、今ではCODAであることが私の最大のバリューになっていると感じます。最近は手話通訳をする私を見て、「あなた、本当に耳が聞こえてるの?」と言われることが多いです。これはナチュラルな手話表現ができているということなので、手話通訳者としては最大級の褒め言葉だと思っています。
手話通訳者の育成
ーー手話通訳者の育成事業もしていますが、どうして育成事業もおこなっているのでしょうか。
手話通訳士の資格を取得するための講座を開いています。現在、手話通訳士の資格を取得している人は、全国で3831人しかいません。合格率も毎年10%前後と難しく、試験に受かるには5年~10年くらいかかると言われているので、まずは手話通訳士の数を増やしていきたいと思っています。
もう一つの理由は、せっかく手話通訳士の試験に受かっても、通訳の仕事だけで生活していくのは難しいという現実もあります。それは、「手話通訳は福祉」という考え方がまだ強く残っているからです。ミライロ・コネクトでは、情報保障の必要性から企業や団体に伝え、手話通訳が導入される場を増やすことがメインの事業でもあるため、将来的に自社や社会全体で活躍してもらえる通訳者を育成する、という目的もあります。
ーーさくマガのコンセプトが「やりたいことをできるに変える」なのですが、福島さんが今後やりたいことと、それをできるに変えるためにおこなっていることを教えてください。
今後やりたいことは、企業に勤めている聴覚障害者の働く環境をより良くしていくためのコンサルティングです。
改正障害者差別解消法によって、3年以内に民間企業も合理的配慮の提供が義務化されます。今では多くの企業で聴覚障害のある社員への情報保障がおこなわれていますが、弊社でアンケートを取った結果、聴覚障害者が求めている情報保障と実際に企業が実施したものは異なることがわかりました。
アンケートを取った74.1%の方は、手話をつけてほしい、文字をつけてほしいといった要望を社内に伝えていました。ただし、情報保障に満足できているかというと半分くらいの方が満足できていない状況でした。
それはなぜかというと、社内では筆談や口話がメインの取り組みになっている一方で、当事者が求めているものが手話通訳や自動音声認識のシステム導入だからです。
障害者差別解消法の中にある「合理的配慮」は、筆談や口話で十分だと思われてしまいがちですが、そうではないことがわかります。
聴覚障害者が本当に求めている合理的配慮について多くの企業に理解していただき、手話や文字による情報保障も導入いただけるよう、提案していきたいです。
こうした環境を整えることで、聞こえない方と聞こえる方との間にあるバリアを解消するきっかけに繋がります。情報保障を整えることで個々の「本当の力」を発揮できる環境づくりをお手伝いしていきたいと考えています。
そのためには、聴覚障害者に限らずいろいろな方のお話を聞く機会が多いので、コーチングスキルなどをしっかり高めていきたいと思っています。
ーー福島さん、ありがとうございました!
執筆
鎌田 真依
2015年6月にさくらインターネットに中途入社。 ES(人事)部所属。 これまで、スタートアップ支援や学生支援などのブランディング活動に従事し、現在は新卒採用を担う。
※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。
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