「日本のバリアフリーは世界に誇れる水準」と語る、ミライロ代表の垣内俊哉さん。
垣内さんは生まれつき「骨形成不全症」という魔法にかけられ、車いすで生活しながら学生時代にミライロを設立。そんな垣内さんが一般社団法人日本インターネットプロバイダー協会主催のイベント「JAIPA Cloud Conference2021」に登壇されました。その内容をまとめてお届けします。
垣内 俊哉(かきうち としや)さん プロフィール
1989年生まれ。2010年、立命館大学経営学部在学中に株式会社ミライロを設立。障害を価値に変える「バリアバリュー」を企業理念とし、デジタル障害者手帳「ミライロID」の開発や、ユニバーサルデザインのコンサル事業を展開。一般社団法人日本ユニバーサルマナー協会 代表理事や、日本財団パラリンピックサポートセンター アドバイザーも務める。
「バリアバリュー」
私たちが暮らす日本は、他国に類を見ない速度で高齢化が進む超高齢社会、高齢化先進国です。この現実は決してネガティブなものではありません。
高齢化と向き合う中で新たな製品が、サービスが、イノベーションが生まれています。これから私たちが、誰と向き合い、何に取り組むべきなのかお伝えします。
最初に「バリアバリュー」という言葉を紐解きながら、障害とは何か、私の人生をたどってお伝えします。
骨が弱く折れやすい魔法にかけられ、私は生まれました。幼少期には、歩きたい、走りたい、普通になりたい、と願い続けていました。けれど足で歩くことは叶わず、新たな道を歩むことにしました。
病室を出て、まずは自身でできることを探そうと大学へ進学しました。それから、歩けないから、障害があるからこそできることを見つけられました。
自身が気づいたことを世界中へ広げていこうと志し、20歳のときに起業して今年で12年経ちます。今では東京、大阪、福岡と拠点を構え事業をおこなっています。
これまでを振り返ると、障害があることで不便も不自由もありましたが、不幸ではありませんでした。
視点を変えれば障害があることが強みに、プラスに、価値に変わる瞬間もある。バリアは必ずバリューへと変えていける。今はそう確信しています。
多様性と向き合うことが必要
企業が向き合うべきこと、取り組むべきことについてお話をしましょう。
みなさんも感じられている通り、障害がある方の社会参加が著しく進みました。みなさんが日頃利用される交通機関、1日に3000人以上の乗り降りがある駅・空港は、バリアフリーにしなければいけないません。結果、障害者、高齢者、子育てをされている方、多様な方の外出機会が増えました。
たとえば、大阪の高槻市。
JR高槻駅、阪急高槻駅とありますが、このうちエレベーターがあったのは阪急だけでした。しかし法律が変わり、4000万円を投じてJR高槻駅にもエレベーターを設置しました。その結果、多様な方の利用が増え、JR高槻駅を中心として半径1.5キロ圏内で年間2億円の経済効果があったのです。
この例から考えても、多様性と向き合うことは社会貢献の文脈だけで語られるべきではなく、これからはビジネスとして語られることは明らかです。
つまり私たちは、その方々と向き合う際の環境と、心の準備を進めていかなければいけません。
障害とは、人ではなく環境にある
日本を見渡せば、多様な方が暮らしています。昨年の総務省の発表によると、高齢者は3589万人、全人口の28%。障害者は964万人、全人口のうち7.6%。高齢者・障害者を合わせると4000万人を超えます。
そして先にお伝えした通り、子育てをしている方にも日々の不便があります。じつは、世界で一番バリアフリーが進んでいる国は私たちが暮らす日本です。たとえば、駅におけるエレベーターの設置率は、大阪100%、東京96%、札幌98%、福岡100%。対して、フランス パリ3%、イギリス ロンドン18%、アメリカ ニューヨーク25%と低い数字に留まっています。
日本は世界一外出しやすい国ですが、外出したくなるかどうかは別です。なぜかといえば、社会における障害者・高齢者への対応が、無関心か過剰の二極化しているからです。
なぜ二極化するのか、それは私たちが多くの違いについてまだ知らないからです。
ここで1つ代表的な違い、「利き手」についてお話ししましょう。駅の改札口や自販機の硬貨の投入口を思い出してください。どちらも右にあります。9割の人が右利きだからです。
このように社会は、大多数の人に合わせて作られてきました。左利きであること、それはもちろん障害ではありません。私は歩けませんが、歩けないことも障害ではありません。
なぜ段差や階段があるかといえば、右利きの人のほうが多いように、歩ける人のほうが多いからです。歩けないことも、目が見えないことも、耳が聞こえないことも障害ではありません。障害は持っているものでもなければ、抱えているものでもない。障害は人ではなく、環境にあるものです。
この社会を変えていくことが、私たちに求められています。
向き合うべき3つのバリア
それでは、どのようなバリアが存在するか。大きく分けると3つあります。「環境」、「意識」、「情報」です。
環境のバリア
まず環境について。段差があればスロープ、階段しかなければエレベーターといったバリアフリー化をもっと進めていかなければいけませんが、スペースもお金も必要で限界があります。これから意識すべきは、バリアをなくすのではなく、作らないことです。
企画設計・コンセプトの段階から十分に配慮しておけば、バリアフリーは実現できます。これからは、お金をかけずにできることを探していかなければいけないでしょう。
意識のバリア
1人ひとりが変えていけること、それが意識のバリアです。障害者や高齢者に対して自信を持って接することができない、町中で手を差し伸べることができない。なぜかと言えば、知らないから、わからないから、経験がないからです。
接点が少ないことで距離ができる、壁ができる、溝ができる。当たり前のことです。そういうことを解消すべく、ユニバーサルマナーという1つの技術、コミュニケーションのあり方を提唱しています。障害者や高齢者に対する向き合い方、接し方を、「できたらちょっとかっこいいよね」くらいのマナーにしていく必要があります。
仮にハードを変えられなくても、ハートは今すぐ変えられます。私たちの意識や行動を変えていくことで、多様な方と向き合うことが求められるでしょう。
情報のバリア
そして3つ目が、情報のバリア。一番解消を進めていかなければいけないのがこちらです。障害のある方やご高齢の方の外出・消費を促進すべく、新たな取り組みを進めています。
障害者の外出に必要な身分証として、「障害者手帳」があります。
この障害者手帳は国・自治体によって異なるため、日本では265種類もあり、事業者がおこなう確認作業が負担となっていました。その負担を解消すべく障害者手帳のデジタル化をおこないました。SDGs、DX(デジタルトランスフォーメーション)の流れもあり、今では3000社の企業が参画、障害者や高齢者と積極的に向き合っていくムーブメントができつつあります。
Webアクセシビリティ向上の必要性
障害者における情報のバリアを深掘りしていきましょう。2014年に総務省が障害者のインターネット利用率を調査しています。調査の結果によると、視覚障害・聴覚障害の方々の利用が9割以上あります。
視覚障害があってもボイスリーダーなどの機能を使えばほとんどの操作ができますし、聴覚障害があっても字幕で文字が保証されるのであれば、十分に情報を得られます。今後、そうした配慮、つまりWebアクセシビリティの向上が求められます。
たとえば、アメリカではADA法、日本においては障害者差別解消法が、2016年に施行されました。障害者に対してしっかりと配慮することが明文化されたので、多くの日本企業もアクセシビリティに対する関心を高めています。
そして2021年9月1日、デジタル庁が発足し、「誰一人取り残さない、人に優しいデジタル社会を実現する」というミッションを掲げています。また、デジタル庁の重点施策のうち、アクセシビリティに関する記述もあります。
Web上のバリア
障害者におけるWeb上におけるバリアとして上がるのは以下の3点です。
Webアクセシビリティは障害者に限ったものではなく、ご高齢の方への配慮という観点でも、重要度は高まっています。なぜかというと、加齢にともなう視力・聴力・体力の低下は、障害者が持っているニーズを統合した状態であるからです。そのためのアプローチとして、大きく2つのことに取り組む必要があります。
1つが、Webアクセシビリティに関するJIS規格。これに準拠しているか、定期的に評価・改善をおこなっていく必要があります。加えて、障害者の声をしっかりと反映することが重要です。
手前味噌になりますが、私の会社ミライロでは、障害のある5,000人の方々に実際にWebサイト、アプリなどを使っていただいて、どこに課題があるのかを抽出し、アクセシビリティが向上しました。今後数年の間で、ほとんどの企業で十分にアクセシビリティを達成されることを期待しています。
多様性を新たなビジネスチャンスへ
「環境」「意識」「情報」。これら3つのバリアを解消することは、大きな社会貢献です。そしてそれだけでなく、これからは大きなビジネスチャンスです。
最後に、市場性、経済性についてお伝えしましょう。
ここまで繰り返し「障害者」とお伝えしてきましたが、一言で障害者といえど、さまざまな特性があります。
まず、国内では大きく身体障害、精神障害、知的障害の3分類があります。ほかに、発達障害や指定難病などさまざまな症状があります。
そして世界で暮らす障害者は19億人。
共に暮らす家族や同僚といった方々の購買力を合わせれば11兆ドルものマーケットがありますが、十分なアプローチができている企業は5%ほどです。95%の企業はまだ何もできていない状況であるからこそ、チャンスといえます。
また、2000年頃からの労働人口の減少により、障害者・高齢者の雇用に対する機運が高まってきており、ダイバーシティはますます加速していくでしょう。ダイバーシティ&インクルージョンの推奨が叫ばれて久しいですが、その流れが顕著になったのは、先にお伝えしたような法整備はもちろん、さまざまなきっかけによるものです。
たとえば、オリンピック・パラリンピック、2025年の大阪・関西万博。SDGsの障害者に関連する目標に向けて、こうした取り組みを進めていくことは、世界へのPRに繋がることはもちろん、新たなビジネスチャンスへと繋がっていくことでしょう。
実際にアメリカでの調査では、障害者・高齢者などのマイノリティに対して、適切な商品・サービス・雇用を積極的におこなっている企業は、そうでない企業と比べて売上高・利益率が30%程度高いという結果が出ています。
従来は、多様性への配慮は社会貢献にとどまっていましたが、経済的なメリットも享受できる状態であるからこそ、多様性と向き合う中で新たなビジネスへと繋げていくことが重要です。
バリアをバリューへ
日本のバリアフリーは、世界に誇れる水準であるとお伝えしました。これからは、そうした日本の素晴らしいところをもっと世界へアピールしていきたいです。また、障害のある方々の声をしっかりと反映し、彼らの視点・経験・感性を活かしながら、バリアをバリューへと変え、世界に類を見ないDXを日本で、みなさんと一緒に実現できたらと願っています。
執筆
浅田 秋恵
2019年4月にさくらインターネットに中途入社。 社長室所属。これまでは社長・役員秘書を務め、現在はブランディングを担う。
※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。
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