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愛知県と岐阜県に路線網を展開する、名古屋鉄道株式会社。1日に約100万人が利用する、中部圏で唯一の大手私鉄だ。同社は2023年より、メタバースを活用したコンテンツ「バーチャル名鉄名古屋ステーション」を期間限定で展開。初年度から国内外1万4,000人以上の利用者を集めるなど、順調な滑り出しを見せている。
なぜ名古屋鉄道はメタバース活用に踏み切り、多くの人々から好評を博すことができたのか。バーチャル名鉄名古屋ステーションの事業化に取り組む名古屋鉄道 事業創造部の相川さんと、メタバース構築・開発を担当した株式会社アオミネクスト 代表取締役の中村さんに話を聞いた。

相川 鳳希(あいかわ はやき)さんプロフィール(写真右)
名古屋鉄道株式会社 事業創造部所属。2020年に名古屋鉄道に入社後、駅係員・乗務員を経て2021年より岐阜乗合自動車(岐阜バス)に出向し、経営企画に携わる。2023年4月より現在の部署に配属となり、メタバースの事業化検討プロジェクトに参画。名古屋鉄道を含めたグループ各社とスタートアップ企業のオープンイノベーションの推進などをおこなっている。
中村 真護(なかむら さねもり)さんプロフィール(写真左)
株式会社アオミネクスト 代表取締役。高校時代からVR業界で働き始め、当時世界最大のVRイベントのディレクターを勤めた経験もある。2022年1月に株式会社アオミネクストを設立。現在は社員とともに、メタバース事業の企画・構想から開発・構築、イベント立案などをおこなっている。
名鉄名古屋駅を忠実に再現

バーチャル名鉄名古屋ステーションは、名古屋鉄道の主要駅である名鉄名古屋駅を、メタバース空間内に高精細に再現したものだ。
ユーザーは自身のアバターを操作し、空間内で駅の係員となって運賃の精算や沿線施設への案内などをおこなったり、電車の発着のアナウンスをしたりといった体験ができる。また、メタバース空間内での写真・動画の撮影も可能だ。
利用料金は無料で、パソコンのアプリケーション「Planeta」上で入場して体験する。VR機器を使っての体験も可能だ。
バーチャル名鉄名古屋ステーションは、企画を名古屋鉄道が、ディレクションや開発をアオミネクストが担当した。2023年8月に第1弾を実施したところ非常に好評を博したため、より内容を充実させて、2025年1月に第2弾を実施した。
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コロナ禍で生まれた新たな挑戦
名古屋鉄道がメタバースの活用に踏み切ったきっかけの一つとなったのは、コロナ禍で人々の移動が減ったことだった。
「名古屋鉄道は移動を生業とする企業なので、移動ができなければ新しいサービスも提供できません。そのため2021年ごろから『移動を伴わない、新たなサービスが作れないか』と考えていたのです」(相川さん)
そこで注目したのが、メタバースの活用だった。その後、当時の名古屋鉄道側のプロジェクト担当者がメタバースの展示会「メタバース総合展(現・XR・メタバース総合展)」に参加。そこで出展していたアオミネクストの中村さんと意気投合し、バーチャル名鉄名古屋ステーションの実現に向け、協業を開始した。
「私自身も電車が好きなので、『ぜひやりましょう』と。アオミネクストのスタッフにも鉄道関係が好きな者がいますが、彼らも水を得た魚のようでした(笑)」(中村さん)

調整を重ね、2023年8月にバーチャル名鉄名古屋ステーションの第1弾を公開。公開期間は、約2週間だった。名古屋鉄道にとってメタバースは未知の事業ということもあり、実施前は「本当に反響があるのか」と不安だったと、相川さんは話す。
しかしふたを開けてみれば、公開期間15日間で約1万4,000人が来場する盛況ぶり。東海地方のみならず、関東・関西、海外からの来場者も見られた。さらに体験者に実施したアンケートでも、97%の人々が「次回もぜひ参加したい」または「機会があれば参加したい」と回答。名古屋鉄道の社内からも、高く評価されたという。
あえてのマニアックな内容がファンに好評
鉄道会社がメタバースを活用する例は、すでに多数ある。たとえばJR東日本では2022年3月より、秋葉原駅とその周辺をバーチャル空間に再現した「Virtual AKIBA World」を展開。忠実に再現された駅の中を散策したり、電車に乗ったりできる。ほかJR西日本、JR九州、近畿日本鉄道、西日本鉄道なども同様のメタバース事業に取り組んでいる。
そんななかでも、バーチャル名鉄名古屋ステーションに多くの来場者が訪れ、支持を集めたのはなぜだったのか。その理由について中村さんは「内容がマニアックで、ファンの心をつかめたからではないか」と考察する。
名鉄名古屋駅は、国内でも有数の”忙しい駅”として知られている。1日の利用者数は、約27万人。しかし線路の数は、上下線合わせてわずか2本。そこに「普通」「特急」など7種類の種別、28の行先、2~8両の電車が発着する。
1日に発着する電車の数は、上下線合計で約900本。1つの線路に、1日約450本の電車が発着する計算だ。一日を通して、最短2分間隔で電車の発着がある。
参考までに、東京駅に1日に発着する電車の数は約4,000本。しかし東京駅にはホームが28本あり、1つのホームに発着する電車の数は平均142本ほどに留まる。名鉄名古屋駅は線路に絶えず電車が発着する、日本でも有数の“忙しい駅”なのである。
字面を見るだけでも、駅職員の忙しさは想像に難くない。乗るべき電車がわからない利用者の案内や、発着電車のアナウンスをするのも一苦労だろう。そう思うと同時に、どこか「どれほどの忙しさなのだろう、一度は体験してみたい」という気持ちも沸き立ってくるのではないだろうか。

とくに注目したいコンテンツとして相川さんと中村さんが挙げたのは、第2弾から登場した「運賃精算マスターになろう!」と題された体験だ。名鉄名古屋駅の精算窓口の係員となり、訪れる人々に乗車駅をヒアリングして、運賃表を見ながら運賃を精算する。この企画は、第1弾の参加者からの要望を受け、考案した。
ルールだけ見れば、非常にシンプルだが、そこは日本屈指の多忙さで知られる名鉄名古屋駅。あまたの路線の運賃表をめくり、200を超える膨大な数の駅の中から該当するものを見つけ、正しい金額を見つけて回答する必要がある。

筆者も実際に「運賃精算マスターになろう!」を体験してみた。目の前に人(アバター)がいる状態で目当ての駅を探し、運賃を把握し、乗車駅からの金額を正確に答えるのは、メタバース空間内とは思えぬ相当な緊張感があった。
だが、終了後は不思議と「もっとやりたい」という気持ちも芽生えていた。それほど鉄道愛が深くない筆者でもこのように感じたので、鉄道ファンであればなおさらだろう。
「『運賃精算マスターになろう!』は、開発が非常に大変でした。ただその分、ゲームとして非常にやりこみ要素のあるものに仕上がったと思います。我々が一番にお客さまとしてとらえているのは、やはり鉄道ファンのみなさまです。ぜひ何度も挑戦していただいて、期間終了後は名鉄の路線や運賃にくわしくなっていただきたいですね」(相川さん)
「JRの路線の運賃は、国内旅行業務取扱管理者試験の問題でも出題されることがあるため、ある程度覚えている人もいるでしょう。しかし名古屋鉄道の運賃をマスターしている人は、非常に少ないと思われます。アオミネクストの社員にはほかの鉄道関係のメタバース事業に携わった者もいるのですが、『本当に鉄道ファン向けですね』と驚いていました」(中村さん)
単独事業化を目指し、基盤整備に努めたい
バーチャル名鉄名古屋ステーション、そして名古屋鉄道におけるメタバース活用の今後の展望を相川さんに聞くと、次のように返ってきた。
「名古屋鉄道も含め、メタバースを使ったコンテンツの事業化ができている鉄道会社は現状ほとんどありません。ですから単独での事業化も視野に入れつつ、まずは全国の鉄道ファンのみなさまに来場いただけるよう努めたいですね。いまはまだ実証実験段階ですが、今後はユーザー参加型の企画や、バーチャル名鉄名古屋ステーション限定のアイテムなどの考案を進めて、メタバース空間内で多くの人々が集まれるようにできればと思っています」
メタバース空間でありながら現実の空間を忠実に再現したコンテンツは、確実にファンの心をつかんでいる。今後、名古屋鉄道のメタバース空間から、どのような新しい鉄道文化が生まれてくるのだろうか。