月面との通信が意外に難しい理由

近年多くの国や民間企業が、月面探査に向けて月面着陸を試みています。このような挑戦は科学的知識の向上だけでなく、人類の居住圏の拡大や資源利用、地球の環境悪化対策などを促進する重要な活動であり、冷戦時代に顕著だった国際的なプレゼンス確保を目的としたものよりも実利を求めるものです。*1

また月の先には、火星などのさらに遠い惑星を見据えています。月はそのための重要な一歩でもあるのです。

このような背景のなかで月面着陸のための試みが多くなされていますが、これまでのところ成功しているのは限られた国のみで、月面着陸の難しさがわかります。じつはその原因のひとつに、月との通信の難しさがあります。

本稿では、月面着陸や月での活動に用いられる通信について解説します。

月面と地球との通信方法

月面と地球との通信は地上の携帯電話で使われているような無線でおこないます。しかし月ならではのさまざまな事情があり、それをたくみに解決することで安定的な通信を可能にしています。月面との通信の難しさについて、いくつか代表的な要因を見ていきましょう。

月も地球も動いている

月は地球を公転しており、月も地球もともに自転しています。両者はたえず動いており、通信したいときにいつでも月が上空にあるとは限りません。

このような問題を解決するために、NASA(アメリカ航空宇宙局)はディープ・スペース・ネットワークという大型アンテナ群を運用しています。アンテナは、アメリカ、スペイン、オーストラリアに設置されています。

地球をおおよそ 3等分するような経度に配置され、必要に応じて最適なアンテナを選択することで時間を問わず月面や探査機と安定した通信ができるのです。

ディープ・スペース・ネットワークに用いられるアンテナの設置地点
出典:NASA「Space Communications」

月は遠い

最近では、国際宇宙ステーションからの映像などを頻繁に見ることができます。そのため月との通信もそれほど難しくないと感じるかもしれません。

国際宇宙ステーションと地球の距離は約400km です。これは東京から京都ほどの距離ですから、国際宇宙ステーションは、地球の表面スレスレを周回しているといえます。

一方の月と地球との距離は約38万km です。これは国際宇宙ステーションより 1,000倍の距離です。そのため通信電波が到達するのに片道で 1.3秒かかります。通信ができているかを知るには、電波が行って戻ってくる必要があるため、2.6秒かかります。

地球からの月までの距離と国際宇宙ステーションなどの高度の関係
出典:防衛省「平成29年版防衛白書 宇宙利用のイメージ」p.355

たとえば月面着陸に際して、着陸船に搭乗している宇宙飛行士が操縦するならば遅延はゼロですし、その場でさまざまな対応ができます。しかし近年のように地球から遠隔操作する場合には、この通信の遅延は大きなトラブルの原因になります。また、月面で収集される画像データなどは容量が大きいため、送受信する際の遅延が大きくなります。

月には表と裏がある

もうひとつの問題は、月が地球から見ていつも同じ側を向いていることです。これは、月の自転周期と地球の公転周期がほぼ同じであるために起こります。これにより月の裏側に電波を送るのは困難です。

月が地球に対していつも表を向けている理由
出典:日本科学未来館「月の裏側には何がある!?」

 

月の裏側と通信をおこなうために、通信衛星を使用して地球と月の間の電波を中継します。通信衛星は、地球と月の間で信号を受信し別の地点に送信することで、地球から見えない月の裏側への通信を確保するのと同時に、通信遅延を減少させます。

中継衛星による通信のイメージ
出典:日本科学未来館「"光"通信で宇宙をつなぐお仕事」

通信の課題と解決策

月との通信を確保するために、前述のようなディープスペースネットワークや中継のための通信衛星を利用しますが、他にも解決すべきさまざまな問題があります。

地球の大気の影響による通信の課題

宇宙空間と地上で通信をする場合、 電離圏と呼ばれる層で電波が反射や吸収されるなどの影響を受けます。

電離圏は高度約60km から 1,000km以上にわたって存在し、太陽光の強度や大気の状態によって時空間的に常に変化しています。そのため電波が強く影響を受ける日もあれば、影響が少ない日もあり、その場所も絶えず変化するのです。

電離圏の電波伝播への影響
出典:国立研究開発法人情報通信研究機構「電波伝播と電離圏効果」

たとえば太陽フレアは、太陽が強い X線を放出する現象です。太陽フレアが起きると、地球の上空にある電離圏の一部が乱れてしまい、通信に使う電波が吸収されてしまいます。

太陽フレアの様子
出典:国立研究開発法人情報通信研究機構「太陽・太陽風」

つまり、宇宙と地球との間で通信をおこなうときには、大気や太陽の影響を考えて、適切な通信方法を選び、問題が起きたときにどう対処するかをあらかじめ考えておく必要があるのです。おもな対策としては、最適な中継衛星に切り替えることで電離層の影響を避けて通信をおこないます。

地球上の電波によるノイズ

宇宙から地球に向かう信号は非常に微弱なため、電波を送受信する際には多くのノイズ(雑音)の中から目的の信号のみを適切に選別する必要があります。このようなノイズには太陽や電線など外部から入り込むものと、受信装置内から発生するものがありますが、近年の携帯電話などの普及で地上のノイズが増加傾向にあります。

宇宙からのノイズの種類
出典:宮憲一「7.衛星中継におけるノイズ」p.37

このため、宇宙と地球との間で通信する際には、受信した微弱な信号からノイズと目的のものを適切にふるい分ける必要があります。このようなノイズ対策の 1つが、ノイズリダクション技術です。最近ではノイズリダクション機能の付いたヘッドホンが多く使われていることから、それにたとえるとイメージしやすいかも知れません。電波も音波も波ですが、波は逆位相のものと重なると打ち消しあう性質があります。このような性質を利用してノイズを減らすのです。

このようにして、宇宙と地球との間で通信する際に発生するノイズの影響を最小限に抑えるための技術や装置が活用され、宇宙からの微弱な電波を効率的に受信します。

通信の速度と信頼性を向上させるための技術

宇宙と地球との間での通信において、電波より情報量が多く、より信頼性の高い通信を実現するために、宇宙光通信技術の研究開発が進められています。

光データ通信のイメージ
出典:JAXA「光衛星間通信システム「LUCAS」

JAXA(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構)と NEC(日本電気株式会社)は宇宙光通信技術により 1.8Gbps で動作する光通信機を開発しており、技術試験衛星9号機 (ETS-9) に搭載する計画です。これにより宇宙環境での性能評価がおこなわれ光通信が実用化されていく予定です。

人工衛星に積載される光通信装置
出典:NEC、JAXA光衛星間通信システム「LUCAS」向け衛星用光通信装置を開発(NEC)

また、NTT(日本電信電話株式会社)と JAXA は、静止軌道や低軌道にいる衛星同士や、地上と静止軌道衛星との通信に必要な光通信技術を研究開発しています。

とくに、今後の通信需要に対応するため、100Gbps を超える超高速かつ大容量の通信を実現するための技術開発をおこなっています。

現在開発中の光通信ネットワーク技術
出典:JAXA「NTTとJAXA、地上と宇宙をシームレスにつなぐ超高速大容量でセキュアな光・無線通信インフラの実現に向けた共同研究を開始」

光通信では、電波よりも限られた範囲にエネルギーを集中することができるため、より多くの情報を送受信できる利点があります。一方で月と地球は遠く離れており、さらに月と地球はたえず動いているので、送信側と受信側双方の送受信装置をより精密に制御する必要があるため高度な技術が求められます。

こうした技術革新の結果、宇宙と地球との間の通信容量や信頼性が向上し、より高度なコミュニケーションが可能になる見込みです。それにより効果的な宇宙探査や通信がおこなえることが期待されます。

まとめ

月は人類の進歩と科学的知識の向上だけでなく、資源利用や居住圏の拡大、環境対策にも重要です。そのため多くの国や企業が月面着陸を試みていますが、いまのところ 4か国しか成功していません。その要因の 1つに通信の問題があり、高度な通信技術がミッションの成功の重要な要素です。

月面と地球の通信は、月の遠さや移動、通信遅延、月の表裏などにより難しさをともないます。一方で宇宙光通信技術の進化により、高速で信頼性の高い光通信が実現され、効果的な宇宙探査や通信が期待されています。月においても地上のインターネット並の通信速度が確保できるようになれば、将来の月面生活の可能性も高まることでしょう。