宇宙工学研究者×作家の久保勇貴さんに聞く「好きなことを仕事にする」ヒント

好きなことをスキルとして確立し、仕事にしていくにはどうすればよいのでしょうか? 今回は、JAXA宇宙科学研究所の研究員として働きながら、2022年3月に『ワンルームから宇宙をのぞく』で作家デビューも果たした久保 勇貴さんにインタビューを実施。宇宙とエッセイ、研究と執筆――。好きを仕事にしてパラレルキャリアを叶えた久保さんのお話から、「好きなことを仕事にする」ヒントを探ります。

久保 勇貴(くぼ ゆうき)さん プロフィール

1994年、福岡生まれ、兵庫育ち。JAXA宇宙科学研究所研究員。

2017年に東京大学 工学部 航空宇宙工学科を卒業し、同大 大学院 工学系研究科 航空宇宙工学専攻に進学。2019年6月、JAXA理事長賞を受賞。2022年、博士号(工学)を取得し、JAXA宇宙科学研究所に入所。研究員としてさまざまな宇宙探査プロジェクトに携わるなか、2023年3月には『ワンルームから宇宙をのぞく』で作家デビューを果たした。

宇宙飛行士に憧れて東大へ進学

――別のインタビューで「物心つくころには宇宙飛行士になりたいと思っていた」とお話しされていましたよね。宇宙飛行士のどんな部分に惹かれているのでしょうか?

「国民のヒーロー」「人類の代表」のようなイメージを宇宙飛行士に持っていて、最初は純粋にそういったカッコよさに惹かれたのだと思います。

あとは、今回出版したエッセイ『ワンルームから宇宙をのぞく』にも書いてますが、僕は”死”に対する恐怖心を子どものころからずっと抱いているんです。そういう感覚があるからか、「生きているうちに、まだ自分が足を踏み入れたことのない世界を見てみたい」という欲求が強いんですよね。「宇宙に行って生活してみたら、どういうふうに価値観が変わるだろう?」という知的好奇心が、宇宙飛行士への憧れにつながっているのだと思います。

 

――実際に、宇宙飛行士を数多く輩出している東京大学の工学部航空宇宙工学科に進まれていますね。

高校受験を考える時期から、その進学先はずっと頭にありました。大学入学後もマジメに勉強をしながら、工学部航空宇宙工学科に入り、大学院に進んで、修士、博士とだんだんめざしていた宇宙の世界に近づいていった感じです。

 

――大学院ではどのように過ごされていたんですか?

ずっと宇宙や工学の研究をしていましたね。大学が JAXA(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構)と提携していたため、JAXA のプロジェクトにも学生が積極的に参加できて、自分が解析した内容がプロジェクトの成果として反映されるような恵まれた環境でした。

じつは修士課程を終えるころ、ほかの学生たちは着々と就職活動を進めていたのですが、研究ばかりしていた僕は「あれ、みんな就職するの?」みたいな感じで(笑)。それくらい、目の前の研究に純粋に熱中していたんだと思います。

 

――博士課程の1年目には、JAXA理事長賞も受賞されていますね。

はい。ISTS(宇宙技術および科学の国際シンポジウム)という2年に1回開催される学会の、学生の研究セッションで JAXA理事長賞をいただきました。変形する宇宙機を使った制御に関する研究だったのですが、コンセプトの新規性や独自の着眼点が評価されたのだと思います。

 

――博士課程のときには、13年ぶりに実施された宇宙飛行士選抜試験に参加されたとか。

はい。募集を知ったときは「本当に始まるんだ」と、とまどいを感じました。応募はしましたが、選考の初期段階で脱落してしまって、悔しいとも言えないくらいの結果でしたね。いつになるかわかりませんが、もし次回があればまた応募すると思います。というか、応募しないと気が済まないかもしれない(笑)。

ただ最近は、研究や執筆の仕事がライフワークとしてフィットしてきている実感があります。初めにお話ししたように、宇宙飛行士への憧れの根底にあるのは、「新しい経験によって、自分の価値観はどう変わるだろうか?」という知的好奇心です。いまの仕事でも、同じようにそれが叶えられている気がしているので、最近は必ずしもその手段が「宇宙飛行士」でなくてもいいんじゃないかなと思い始めています。

純粋な興味や好奇心が研究の原動力

――それだけ研究や執筆のお仕事が充実しているということなんでしょうね。JAXA ではどんな研究をされているのでしょうか?

宇宙科学研究所の「宇宙飛翔工学研究系」というところにいて、僕が所属する研究グループでは、ロケットの軌道や宇宙機の姿勢制御について研究しています。PC に数式を入れてシミュレーションを重ねていくようなイメージですね。

 

――今回出版された本では、宇宙研究と戦争の関係など踏み込んだテーマにも触れられていました。久保さんは宇宙研究の意義についてどのように考えていますか?

「未知の天体に行って人類の知見を広げていく」「いろいろな人に元気や勇気を与える」など、いろいろな観点があると思います。

ただ正直に言うと、僕は人類の知識を広げたいとか貢献したいという気持ちがそこまで強いわけではないんです。結果として人の役に立てれば誇らしいことだなと思いますが、どちらかというと、自分がおもしろいと感じるか、ワクワクするかということを大事にしているような気がします。

――研究以外の業務として、研究所の広報活動にも取り組まれていますよね。相模原キャンパスのイベントのために制作されたという『天体観測』(BUMP OF CHICKEN)のパロディ動画は、クオリティが高くておどろきました!

ありがとうございます(笑)。JAXA の相模原キャンパスでは、毎年1回「特別公開」という外部向けのイベントがあって、講演会や展示をおこなっています。それがコロナ禍になって会場での開催ができなくなり、「オンラインでもおもしろいことをやろう」と、若手研究員が中心になって考えた企画の 1つでした。

 

――こういった研究以外の活動については、どういった想いで取り組まれているのでしょうか?

もう純粋にただ楽しいからやっています(笑)。でも、それが周りに結構ウケるんですよね。研究も同じで、「楽しい」「好き」「やりたい」という気持ちがないとキツい仕事なので、実際そういった自分の純粋な興味や好奇心を、研究の原動力やモチベーションにしている人が多いように感じます。

 

――研究者としての展望はどのように考えていますか?

依然「おもしろいことをやっていきたい」というのはあって、それ以外あまりないというか(笑)。研究者として偉くなるとか、キャリアアップしたいという考えはないんです。ただ、おもしろいことをやるためには、それなりに結果を残していかなければならないという現実もある。だから、まずは目の前の研究に実直に取り組んで、足元を固めていきたいと思っています。

学生時代に書いたエッセイをベースに書籍化

――文章を書き始めたのはいつごろだったのですか?

学部4年生のころですね。そのころの僕は、頭のなかにいろいろなモヤモヤが渦巻いていて、それを外に吐き出す手段を探していました。そんななかで偶然出会ったのが、哲学研究者の永井玲衣さんのブログでした。永井さんのブログを読んで、個人的な体験談でもこんなにおもしろい読み物になるんだと気づいたんです。試しに書いてみたら、しゃべるのがあまり得意ではない僕にとって、エッセイは結構肌に合ったようで、そこからはモヤモヤした気持ちをエッセイとして昇華するようになりました。

 

――太田出版さんからのデビューのオファーについて、経緯を教えてください。

本として出版することを前提に、太田出版の Webマガジン『OHTABOOKSTAND』での連載をオファーいただきました。『ワンルームから宇宙をのぞく』には、ここで連載していたエッセイと、東京大学のオンラインメディア『UmeeT』で書いていたエッセイが一緒に収録されています。

 

――担当編集者がついたことで、過去に書いた文章を見直すこともあったと思います。どんなアドバイスを受けましたか?

担当編集の方から、2章ほど大きな改稿を提案いただきました。その方いわく、僕のコラムは「日常から宇宙へ話が飛躍するのがおもしろい」んだそうです。その点をもう少し濃く出したらどうかというアドバイスでした。「なにが読者にウケるんだろうか?」「でも迎合しすぎてもよくないしなぁ……」と悩んでいたので、客観的な指摘はありがたかったですね。改稿したことで、自分としても満足の出来になりました。

――「書くこと」が仕事になったことで、プレッシャーを感じたりスランプに陥ったりすることはなかったですか?

出版社として無名の作家に投資いただいているわけで、その期待に応えなくてはというプレッシャーは大きかったです。Webマガジンの連載中は毎月1回の締め切りに追われながら、それでも毎回渾身の原稿を出したいと思って、日々エッセイになりそうなネタを必死で探していました。書きたいネタがあるときに書けばいいというわけではないですから、いつかアイデアが枯渇しちゃうんじゃないかという不安や恐さはありましたね。

 

――無事に出版されたときの気持ちはいかがでしたか?

「あ、もう出るんだ」という感じで、正直あまり実感がわきませんでした(笑)。でも、家族や知人、同僚からの反響は大きかったですね。とくにエッセイは書き手の思想みたいなものがモロに出るので、僕を知っている人が読むと味わい深いものがあるんじゃないかなと思います。逆に僕を知らない人が読んだら、どんな感想を持つんだろうか? と少し心配ではあります(笑)。この本を手に取ってくれた方に、僕の考えていることが少しでも届いていればうれしいですね。

 

――今後、作家としてはどのような展望を考えていますか?

具体的な話はまだありません。ただ、次回作があれば、もう少し「夕方っぽい」エッセイを書いてみたいですね。

 

――「夕方っぽい」?

はい。今回は装丁デザインのような朝から昼にかけてのイメージで、内容にも結構キャッチーさを出しているんです。次は文芸としての深みや味わいをもう少し濃くしたエッセイを書いてみたいと思っています。もう少し時が深まった、でも夜中ではないぐらいのディープさというか……。あとは、エッセイのような自分の話に限らず、フィクションにも挑戦してみたい気持ちもあります。

好評発売中の久保さんのデビュー作『ワンルームから宇宙をのぞく』(太田出版)。装丁はワンルームの部屋からさまざまな想いやアイデアが溢れ生まれていく「おもちゃ箱をひっくり返したような」イメージでデザインされている

好きなことをやっていたら、それがいつの間にか仕事になっていた

――研究業と作家業。パラレルキャリアによるシナジーを感じることはありますか?

直接的なシナジーはあまりなくて、違うことを並行しておこなうことでの気分転換という意味合いが強いです。

あとは、キャリア観への間接的な作用はあるかもしれません。「エッセイを書く」って、自分のパーソナリティを掘り下げ、自分の人生を見つめ直す内省的な行為でもあるんですよね。だから、研究者としてのキャリアを考えるうえでも、作家の仕事をしていることが、多少影響してくるんじゃないかなとは思っています。

 

――『さくマガ』のコンセプトは“「やりたいこと」を「できる」に変える”なのですが、これからチャレンジしたいことや目標はありますか?

研究業にしても作家業にしても、自分がおどろくようなもの、自分が見て楽しいと思えるものに取り組みたいです。

作家としては、いつか小説にチャレンジしてみたいですね。ただすぐに出版できるようなクオリティのものが書けるわけではないので、最初はブログで修業みたいな感じになるかと思いますけど(笑)。

研究者としては、「この分野だったら僕が一番!」と自信を持って言えるような専門分野を作りたいですね。研究者として実績を積めば自分の研究室を持てるようになるので、それをめざしつつ、日々の研究に取り組んでいきたいと思います。

――久保さんは、自分の「好き」や「興味」を仕事にして、充実した人生を送っているように見えます。自分の将来やキャリアに悩んでいる方へ、なにかアドバイスをいただけないでしょうか?

僕は好きなことをやっていたら、それがいつの間にか仕事になっていたというか……。好奇心の赴くまま突き進んでいたら、「そういえば、お金を払う側からもらう側になってるな」ぐらいの感覚なんですよね。学生時代、周りが就職活動をしていることにも気づかなかったほどで、そもそも賢いキャリア設計をしてきたタイプじゃないんです。今回の本にも「生きる知恵」みたいなことはまったく書いていません。

だからアドバイスはできないのですが、のらりくらりと生きてきて現在に至る僕の話を通して、「そんな感じでもなんとかなるんだ」ということが伝わればいいかなと思っています。まずは「このままでも大丈夫なんだ」と肩の力を抜いてもらって、それがみなさんの「好きなことを続けるエネルギー」につながればうれしいですね。

 

(撮影:ナカムラヨシノーブ)