熊本市にある金剛株式会社は、オフィスや文化施設で使われる棚の製造をおこなう企業だ。図書館や省庁など普段あまり目にすることがない、けれども誰にとっても大切な場所で、文化財を守る棚は今も社会を支える。重いものを支える丈夫さと、災害にも経年劣化にも負けない堅牢性を備えた棚。もしも自分の部屋にあったなら、どんなものを守れるだろうか。同社は人々に長く愛用してもらえる棚をつくろうと、個人向け家具「16-shelf」を開発。直販サイト「STEEF」では、スマホで家具の試し置きができるWeb ARも実装した。金剛株式会社が取り組む新たなチャレンジについて、代表取締役社長の田中 稔彦さんに話を聞いた。
田中 稔彦(たなか としひこ)さん プロフィール
1960年生まれ。佐賀県伊万里市出身。熊本大学工学部卒業。熊本県民テレビにて各職を経験後、報道制作局編成企画室長、営業局次長などを務める。2008年、金剛株式会社へ入社。2009年10月より同社代表取締役社長(現職)。一般社団法人熊本県工業連合会代表理事会長。
BtoB向けスチール製棚の需要は、デジタル化でどう変わる?
金剛は創業以来、BtoBを主力に成長してきたスチール製棚のメーカーだ。会社を代表する製品は「丸ハンドル式移動棚」。文化資料や書籍の保全・保管をおもな目的として、図書館や官公庁などの公共施設でも広く使われている。
社会のデジタル化が進むなか、図書館で電子書籍を導入する自治体も増えてきた。さらに紙の書類もオフィスから少しずつ、しかし確実に消えつつあるのが実情だ。本や書類を公共の場所で保存するための棚。金剛がこれまで力を入れてきたBtoB向けの市場は、縮小傾向にあると田中さんは指摘する。
「デジタル社会になりつつあるいま、私たちが得意としてきたプロユースの棚の市場は縮小傾向にあります」
場所に縛られないリモートワーク、いつでもどこでも読める電子書籍。会社に行かずともリモートで仕事ができる社会はすでに現実となっている。物理的な保管場所がいらない電子書籍が、コストや資源の節約にも貢献する時代だ。
「紙の資料、モノに対する人々の価値観そのものが変化していると感じます。昔なら事務所のキャビネットに収められていた書類も、今はデータで管理する時代になりました。だからといって、書類が世の中から完全に消えたわけではありません。働く人が多くの時間を過ごす場所、つまりカフェや自宅など、身近な場で保管すべきものが出てきたはずです。
重要書類や精密機械など大切なモノを、個人がしっかり管理する。新たな時代のニーズはそこにあると考えています」
社会や価値観の変化に対応するため、これまで官公庁や企業で使われてきた金剛の棚を、個人宅にも取り入れやすい形へ再構成する必要がある。BtoC市場への参入は、金剛の経営戦略上も軽視できない課題だと田中さんは考える。
若手社員ら企画の新製品、コンセプトは“主役を引き立たせる”
金剛はBtoC向けのセミオーダーラック「16-shelf(イチロクシェルフ)」シリーズを開発。自社のオンラインショップ「STEEF(スチーフ)」で一般の消費者への販売を始めた。
「16-shelf」の企画は、20代、30代の若手社員を中心におこなわれた。Z世代とも呼ばれる彼らの価値観を、商品開発に取り入れる狙いだ。彼ら自身が欲しいと思えるデザインで、なおかつ一般の消費者が現実的に購入できる価格帯を意識した。デザインのコンセプトは「乗せるものが主役になる棚」。主張が強いデザインを避け、棚そのものの機能性を追求したいという“金剛のものづくり”へのこだわりが詰まったプロダクトだ。
ひとつのものを大切に。新しい価値観に対応したい
田中さんは16-shelfを「使い捨ての家具にしてほしくない」と願う。
「私たちにとって、これまでプロユースで培ってきた技術力が何よりの自慢です。国立国会図書館でも金剛のスチール棚が採用されていますし、40年前に納めた棚だって熊本県庁でいまも現役で使われている。多くの方たちに安心してもらえる、大切な資料を任せてもらえる高品質の棚をつくってきた。その事実が会社の誇りでもあります」
2016年4月に発生した熊本地震では、当時上熊本にあった金剛の工場も被災した。さらに、地震後の災害ゴミが溢れる光景にも胸を痛めたという。
「地震のあと、大型家具が山のように捨てられていた光景は見ていてつらかったですね。木製家具は焼却やリサイクルの道もありますが、不要なスチール家具は埋め立てるしかない。環境に大きな負担がかかります。
見た目が気に入らなかったり、寸法が合わなかったり。そうした理由で次々と捨てられたら、“もの”は社会にとって何の価値もありません。一生懸命つくったものが、人にも環境にも迷惑な存在になるのはやるせない。大量生産、大量消費のサイクルから、メーカーも消費者も卒業すべきときが来ているのではないでしょうか。
SDGsが社会の目標となったいま、ひとつのものを大切に長く使うこと、それにふさわしいものづくりが求められていると思います。使ってくれる人に長く愛される棚、一生ものだと思ってもらえる家具をつくりたい。それこそが私たちの願いです」
16-shelfは「主役を引き立たせる棚」がコンセプト。あえて「脇役」に徹することで、ユーザーの好みやライフスタイルが変わっても、愛用されつづける家具を目指す。耐久性や耐用年数を高める技術力はBtoB市場で磨いてきた。熊本地震後に移転した新工場では、生産ラインの効率化を図るため一部工程を自動化。細かなオーダーにも対応できる生産体制も万全だ。次は一般消費者に、自社製品の価値を理解してもらいたいと田中さんは考えている。
イメージ違いをWeb ARで解決。本物そっくりな棚が部屋に出現
気楽に注文できることがネット通販のメリットだが、一方で実物を見ず購入することに不安を覚える人も多い。オンラインショップSTEEFでは、AR(拡張現実)を活用して家具の試し置きを実現した。スマートフォンのブラウザから直接起動できる「Web AR」を採用。専用アプリなしで家具の試し置きがおこなえる。
Web ARで使われる16-shelfのモデリングは、ゲーム好きの若手社員が担当した。製品仕様を細部まで再現することはもちろん、塗装の質感や光の反射加減など、ディティールのリアルさにもこだわったという。
「16-shelfはセミオーダーラックです。サイズは198種類ありますから、店頭に並べるだけでも大変。ましてや家具は大きいですから、イメージ違いは避けたいです。サイズ選びや部屋に置いた時の圧迫感も気になりますよね。
デジタル空間に家具を再現することで、好きな時間、好きな場所での試し置きが可能になりました。スマホの画面を通して16-shelfを置いた部屋のイメージを知ってもらって、安心してご注文いただけたらと思っています」
16-shelfシリーズはまだ生まれたばかり。出荷数は発売直後から3ヶ月で147%伸びており、手ごたえを感じてはいるものの、「始めたばかりで認知度が低く、売上に反映されるのはまだ先のこと」と田中さんは語る。これから16-shelfを主軸に一般向け製品のブランドを地道に育てる方針だという。
熊本をものづくりの街にしたい
熊本のものづくりを担う人たちが、いまとても楽しみにしていることがある。2021年11月に台湾の半導体メーカーTSMCが、熊本に新工場を建設することを発表した。日本政府も後押しするこの計画で、熊本が活気づく未来を田中さんは期待する。
「私はいま、熊本県工業連合会の会長も務めています。TSMCの日本進出を期に熊本に拠点を置きたいなど、ビジネスに関する問い合わせがとても増えています。彼らを迎える側の人間として、地元企業の人たちと協力して手助けできるコミュニティをつくりました。現在は国内外から寄せられる相談に応じているところです。ボランティアでの活動ですが、熊本という地域社会の国際化が進む様子を日々感じています。これまで東京が経済活動の中心でしたが、これからは九州にもっと人が集まるようになる。国籍だけではなく、価値観も多様性のある街に熊本は成長していくと考えています」
熊本のものづくりを担う人たちが、いまとても楽しみにしていることがある。2021年11月に台湾の半導体メーカーTSMCが、熊本に新工場を建設することを発表した。日本政府も後押しするこの計画で、熊本が活気づく未来を田中さんは期待する。
「私はいま、熊本県工業連合会の会長も務めています。TSMCの日本進出を期に熊本に拠点を置きたいなど、ビジネスに関する問い合わせがとても増えています。彼らを迎える側の人間として、地元企業の人たちと協力して手助けできるコミュニティをつくりました。現在は国内外から寄せられる相談に応じているところです。ボランティアでの活動ですが、熊本という地域社会の国際化が進む様子を日々感じています。これまで東京が経済活動の中心でしたが、これからは九州にもっと人が集まるようになる。国籍だけではなく、価値観も多様性のある街に熊本は成長していくと考えています」
熊本のものづくりを担う人たちが、いまとても楽しみにしていることがある。2021年11月に台湾の半導体メーカーTSMCが、熊本に新工場を建設することを発表した。日本政府も後押しするこの計画で、熊本が活気づく未来を田中さんは期待する。
「私はいま、熊本県工業連合会の会長も務めています。TSMCの日本進出を期に熊本に拠点を置きたいなど、ビジネスに関する問い合わせがとても増えています。彼らを迎える側の人間として、地元企業の人たちと協力して手助けできるコミュニティをつくりました。現在は国内外から寄せられる相談に応じているところです。ボランティアでの活動ですが、熊本という地域社会の国際化が進む様子を日々感じています。これまで東京が経済活動の中心でしたが、これからは九州にもっと人が集まるようになる。国籍だけではなく、価値観も多様性のある街に熊本は成長していくと考えています」
人の価値観が多様化しても、それに合わせたものづくりをしていきたい。確かな品質のものを届けたい。多くのメーカーがその願いを実現できる街にするため、田中さん自身も奔走する毎日だ。
執筆
桑原 由布
1987年生まれ、熊本県出身。フリーライター、編集者。企業、観光、医療などをテーマに地元で暮らす人たちを取材している。趣味は写真撮影、生きがいは愛猫たちと過ごす時間。
※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。
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