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岸田奈美さんに聞く「生きづらい世の中を生きていく方法」

岸田奈美さんの文章は、ユーモアにあふれ、多くの人に愛されています。ユーモアだけではなく、笑って泣けて救われる、人の感情を揺さぶる文章です。10月15日に発売された新刊『傘のさし方がわからない』にも、そんなエッセイがつまっています。

書籍の内容と関連して「人とのすれ違いが起きたときの対処方法」や「生きづらい世の中を生きていく方法」などを岸田さんに聞きました。

岸田奈美さんプロフィール写真

岸田奈美さん プロフィール

1991年生まれ、兵庫県神戸市出身。在学中に株式会社ミライロの創業メンバーとして加入、10年に渡り広報部長を務めたのち、作家として独立。 世界経済フォーラム(ダボス会議)グローバルシェイパーズ。 Forbes 「30 UNDER 30 Asia 2021」選出。 2021年10月15日に新刊『傘のさし方がわからない』(小学館)が発売。

タイトルが『傘のさし方がわからない』に決まったエピソード

タイトルが『傘のさし方がわからない』に決まったエピソード

ーー10月15日に新しい書籍『傘のさし方がわからない』が出版されましたが、どうしてこのタイトルになったのでしょうか?

 

最初、今回の書籍タイトルは『優しさを受け取るのは優しさ』で進んでいました。でも、装丁を手がけてくださった祖父江慎さんから「岸田さんっぽくないですね」というお言葉をいただいたんです

「岸田さんっぽいってなんでしょうか?」

「もっとドタバタ感があるっていうか、もっと具体的なほうが良いっていうか……。もう一回考え直してみてください」

うーん、どうしようか……と考えていたら「最近体験したことで、一番心にじわりと残ってるエピソードはないですか?」と聞かれて、母が「傘のさし方がわからない」と言っていたのを思い出しました。

母は、車いすで生活をしています。私が車いすを押す必要があるので、豪雨の日にはいつもお母さんに傘をさしてもらっています。私が腰をかがめて傘に入りながら、お母さんの車いすを押しています。

お母さん、傘をさすのが超ヘタなんです。風向きに向けて風を受けたりするのでビショ濡れになるんですよ。

「めっちゃヘタやん。こんな傘さすのヘタな人おるん?」

「傘のさし方、わからんねん」

冗談だと思って笑っていたんですけど、あとから聞いたら本当でした。母はおへそから下がまったく動かないので、体幹のバランスを失っています。なので、片手で車いすをこげないし、傘をさすのも難しい。人との手のつなぎ方もわからないそうです。

「あなたも良太も、ちっちゃいときは手をつないでどこへでも行ってあげられたけど、いまはできない。手のつなぎ方を忘れちゃったってすごく悲しいから、考えないようにしてる」

「でも私が手をつながなくても、この子らは立派に歩いていたから良かったのかもね」

このエピソードをお話ししたときに、タイトルが『傘のさし方がわからない』に決まりました。

『傘のさし方がわからない』って、これだけ見るとダメな人じゃないですか。でも、ちゃんと話を聞いて想像力をふくらませると、その人なりの理由があったりします。

世界の見え方がちょっと変わって、生きづらい世界がちょっと生きやすくなるようなお話をたくさん書きました。

ワクチンを打ったら「ワクチン打つな」のメッセージが来た

ーー想像力は大事ですよね。書籍の中にはワクチン接種のエピソードもあります。ワクチン接種をTwitterに投稿したら「ワクチンを打つな」とメッセージが来たお話です。このような、人とのすれ違いが起きたときの対処方法ってありますか?

ないんじゃないかな……。人は基本的に読みたいように読むし、情報を取りたいように取ります。人によって見え方や意味が全然違うので、すれ違いは起きて当然だと思うんです。

私はワクチンを打つけど、打たない考えの人がいるのも、わからなくはないんですよ。でも、他人にわざわざDMで「ワクチン打つな」と送ってきたり、リプライで攻撃をしてくることに対しては「なんでこんなことするんだろう?」と思っていました。

その中のひとりがあまりにも必死だったので、ちょっとお話を聞こうと思って連絡しました。そうしたら、以前に配偶者をがんで亡くしたそうなんです。余命宣告をされていて、お医者さんからは「抗がん剤が効いているから頑張りましょうね」と言われていたけど、実際は亡くなってしまった。

これは医療の話にとどまらず、人生の話になってきますよね。何が正解かって多分ないと思うんです。

あのとき、お医者さんの言うことを聞かなければ、配偶者がつらい治療を受けなくて済んだのに。もっと幸せな道があったかもしれないのに。

そう思っているから、ほかの人に同じ思いをさせたくなくて「ワクチン打つな」と言っている。そう考えたら、なんかわかるんですよ。

人にとっては、それぞれ見えているものが真実です。すれ違いは絶対起きるし、対処方法もないと思います。

ほとんどの人にとって、この世界は生きづらい

ーー生きづらい世界がちょっと生きやすくなるようなお話をたくさん書いたということですが、岸田さんが考える「生きづらい世の中を生きていく方法」を教えてください。

ほとんどの人にとって、この世界は生きづらいと思います。

「なぜ自分ばかり」と思った瞬間に、ものすごくつらくなるんですね。でも、つらいのは自分だけではありません。

マツコ・デラックスさんが、テレビでぽろっと「みんな虚勢張って生きてんのよ」と言っていたのをすごく覚えています。SNSもそうですけど、人に見てもらいたい「いい面」だけを見せてみんな生きているじゃないですか。みんなが見ているのは、その人の一面でしかないんです。私だって泣いたりイライラすることもあります。

どんなに社会の制度が良くなっても、どんなにお金が手に入っても、次の生きづらさが絶対やってくるはずです。

生きづらい世の中でも、自分を励ましながら生きていく方法を持つと楽になれます。私の場合は「もうあかんわ」と思った瞬間に「もうあかんわ」と口に出して、一度前向きに諦めます。

自分ならではのやり方を、いくつか自分の中に持つと良いと思います。

岸田奈美さん、岸田ひろ実さん、岸田良太さん

ーー岸田さんのお母さま、ひろ実さんは大動脈解離の後遺症によって下半身麻痺となり、車いすで生活しています。弟の良太さんは生まれつきダウン症で、知的障害があります。岸田さんは、障害のある方が暮らしやすくなるにはどうしたらいいと思いますか?

どうしたらいいんだろうな……。私と遠い友達になってもらうしかないですかね。私にとっての遠い友達は、noteやTwitterを読んでくれて、近況を言わなくても知ってくれている人です。

普通に生きていたら障害者について知ろうとは思わないですよね、多分。

真剣に考えるときって、障害者と仲良くなったとか、家族に障害を持つ子が生まれたとか、なにかきっかけがあると思うんです。

そのきっかけのひとつとして、岸田奈美について知ってもらって、本を読んでめっちゃ身近に感じてほしいです。私のことを知ってくれている人が飲食店をやっていたら、車いすの方が来ても追い返したりしないと思うんですよ。だから書き続けている部分もありますね。

お金を手にした弟が買ってきたもの

前著と同じく、今回の書籍もノンブル(ページ数)を良太に書いてもらいました。前著がきっかけで、ほぼ日さんから良太にデザインのお仕事依頼があったんです。お仕事なので、報酬もいただきました。

その中から1万円くらいを「ICOCA」にチャージして良太に渡したんです。お母さんは「盗られたり、落としたりしたらどうするの!?」とビビっていましたが。

「お金落とす経験をして、はじめて社会人やろ。親が心配することやない」とめちゃくちゃな理論で渡しましたが、ぶっちゃけ良太が何を買うのか見たいというのもあったんです(笑)。

「ゲームほしい」とよく言っていたので、買うんだろうなと思っていたら、2日連続で私とお母さんにマクドナルドのハンバーガーを買ってきてくれました。

良太が前に買ってくれたことがあって、そのときに私とお母さんが大げさに喜んだことを覚えてくれていたみたいです。

お金を持っていなかった弟がようやく自分で使えるお金を得ても「人のために使いたい」「誰かに喜んでもらいたい」が先にくるんだと驚きました。ゲームを買いまくる、と思っていた自分が恥ずかしくなりましたね。

インターネットは困っている人にはやさしい場所

ーー岸田さんにとって「インターネット」とはどういう存在でしょうか。

私は7歳のころからインターネットを使っています。そのころはテキストサイトが流行っていました。私が最初ブラジャーの記事を書いたとき「懐かしい!」という感想が結構あったんですよ。それは私が、テキストサイトを見て育ったからだと思います。

学生時代、学校には友達がいないけど、インターネットには同じような趣味の友達がいました。でも学校の先生からは「そんなの友達じゃないよ。危ないよ」みたいなことを言われました。

確かにインターネットって、ちょっとずつ怖い側面も出てきたんですよね。なりすましとか、殺人予告が出てしまったりとか。最近は炎上もよくあって、ボコボコに袋叩きにされることもあるじゃないですか。

私にとってはすごく便利で良いんだけど、人によっては怖い場所であるのは理解しています。でもインターネットって、困っている人にはやさしいと思うんです。

お父さんが心筋梗塞で意識がずっと戻らなくて、今日死ぬかもしれんという状態が2週間続いたときに、つらすぎて2ちゃんねるにずっと書き込んでいたことがありました。

すごく言葉づかいは悪いんですけど、全然知らないどこかの人たちが励ましてくれたんです。最近は、noteやSNSで直接応援してくれたりして、やっぱり私が信じていたインターネットのやさしい世界はあるんだなと思えました。

岸田奈美さんが「やりたいことをできるに変える」きっかけとなった出会い

岸田奈美さんが「やりたいことをできるに変える」きっかけとなった出会い

ーーさくマガのコンセプトは「やりたいことをできるに変える」です。岸田さんがやりたいことをできるに変えられたエピソードを教えてください。

人との出会いが大きいです。

私は本当におっちょこちょいで、普通の社会人としては絶対誰も受け入れてくれないと思っていました。

でもコルク代表の佐渡島庸平さんが「岸田さんの文章は、多くの人が傷つかないのに面白いからすごい」と言ってくれたんです。

「自分に障害のある家族がいたり、うまく社会でコミュニケーションが取れないことにたくさん傷ついてきたから、人がされて嫌なことに敏感で配慮ができている」とも言ってくれました。

投資家の藤野英人さんにお会いできたことも大きいです。お話をうかがった際に「岸田さん、この世で一番リスクが低くてリターンが大きい投資は『ありがとう』と言うことですよ」と教えてくれました。

「たとえばコンビニ店員さんの時給を10円上げるのはとても大変だけど、時給が10円上がったところで、そんなにモチベーションは上がりません。でも『ありがとう』の一言で自分の仕事は人の役に立っていると思えて、モチベーションはとても上がります」

「岸田さんは人よりも『ありがとう』と言ってきた数が多いんじゃないかな。それが返ってきて、巨大な資本になっている。あなたは好きに生きたらいいと思います」と言ってくれたんです。

自分のことさえ好きでいられる場所にいれば、なんとかなるやって思えました。

多分、私は人への頼り方がすごく下手だったんです。だけど、苦しいことを苦しいと言っていい、つらいことをつらいと言っていい。エッセイを書く中で、そのことをすごく受け入れられました。「助けて」と人に頼ることが、ちょっとうまくなったんですよね。

新刊を持つ岸田さん

ーーさいごに『傘のさし方がわからない』の読みどころを教えてください。

この本に書いてあることって、誰も経験したことがない話ばかりだと思います。でも、どこか「わかる」と思えるところがあるはずなので、そこを見つけてほしいです。

日常の中で感じる、誰にも言えないモヤモヤやつらかったことが、ちょっと楽になると信じて書いているので、そこが伝わればうれしいです。

ーー岸田さん、ありがとうございました。

 

 

 

執筆

川崎 博則

1986年生まれ。2019年4月に中途でさくらインターネット株式会社に入社。さくマガ立ち上げメンバー。さくマガ編集長を務める。WEBマーケティングの仕事に10年以上たずさわっている。

編集

武田 伸子

2014年に中途でさくらインターネットに入社。「さくらのユーザ通信」(メルマガ)やさくマガの編集を担当している。1児の母。おいしいごはんとお酒が好き。

※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。

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