低コストで導入できるいちご収穫ロボット「ロボつみ」が、農家の減少をストップ!

福岡県のいちご生産量は、栃木県に次ぐ全国2位。*1なかでも県産ブランドの「あまおう」は、全国区の人気を誇る。一方で、県が2017年に実施した調査では、あまおう農家の高齢化率(65歳以上)は37%。後継者不足から農家数の減少傾向が続き、2021年度は10年前から約13%減り、1,474戸となっている。*2

 

そんななか、福岡県久留米市の株式会社アイナックシステム(以下、アイナックシステム)が、いちご収穫ロボット「ロボつみ」を開発した。AIでいちごの色を自動判別し、ロボットアームで収穫、等級ごとにトレーに仕分けしていく。驚くべきは、その価格。すべてを自社開発したことから、1台200万円前後のロープライスを実現したという。いちご収穫ロボットを開発した経緯について、代表取締役の稲員 重典さんに話を聞いた。

稲員 重典(いなかず しげのり)さん プロフィール

1966年生まれ、福岡県八女郡広川町出身。「農業を自動化する装置を作りたい」という夢の実現のため、計4社に勤めた。それぞれの会社で製造、保全、PCプログラミング、PLCプログラミング、装置開発、営業、事業部立上げなどを経験。2008年に株式会社アイナックシステムを創業し、代表取締役に就任。

労働者不足が招く負の連鎖

「いちごの需要はあるのに、農家が減っているんです。それは、休みがない、時間がないといった状況を引き起こす、労働者不足が原因です」

 

稲員さんは、いちご農家の次男として生まれ、子どもの頃から農家の仕事をそばで見てきた。両親は仕事で忙しく、「家族でたまに出かけることがあってもすぐに帰らなければいけなかった」という。

 

いちごの栽培工程には、摘果(てきか)という作業がある。余分な実を摘み取り、残った実に栄養がいくようにするためのもので、大きく甘いいちごを育てるためには欠かせない作業だ。

 

「収穫時期は実がどんどんなるので、人手が足りないと摘果が追いつきません。すると、小さい実がたくさんなって、収穫する手間が2倍・3倍と膨れ上がってしまうのです。だからといって、小さい実を収穫せずそのままにしておくと、腐って畑がダメになってしまいます」

 

摘果が遅れると、収穫するだけで精一杯になり、次の摘果に手がまわらない。そしてまた、たくさんの小さい実がなる“負の連鎖”に陥ってしまうのだという。

 

「こうなると体力的にきつくて、収穫をあきらめてしまう農家さんもいます。たとえば、本来なら5月末まで収穫できるところを、4月末までで止めてしまうということが、実際に起こっています」

 

このような負の連鎖を断ち切るために、稲員さんは「ロボつみ」を開発した。

 

「収穫ロボットを導入することで、農家のみなさんの負担が減り、畑の手入れをきちんとできるようになれば、収穫期間が延びて収益も増えます。この流れができれば、農家の減少や後継者問題も解決に向かうと考えています」

いちご農家の負担を減らしたいとの思いから作られた「ロボつみ」

農家のニーズに合ったロボットを作りたい

「ロボつみ」の開発を始めたのは、2018年。稲員さんは、農家がどんな収穫ロボットを求めているのか、真剣に考えた。

 

「安価であることを第一に考えました。高齢の方が多いなかで、いまから多額の投資をするのは、大きな負担になります。そこで、『複雑な構造をやめる』『自社ですべて開発する』という方針を決めました」

 

まずは台車、アーム、カメラといった、最小限のもので1号機を試作。いちごの茎に対して、横からハサミを入れるよう設計した。ところが、この方法ではあまおうの収穫に問題があった。

 

「一般的ないちごは、茎にぶら下がるようになるので、いちごの真上に茎があります。そのため、横から茎を切るようにプログラムしました。しかし、あまおうは実が大きく、果重で茎が折れないように下にネットを敷いて栽培するのです。すると茎は、いちごの真上ではなくなります。そこで、試作2号機では、いちごを上からカメラで見るようにし、ハサミも上から入れるように改良しました」
 

他品種よりも実が大きいあまおうを収穫する「ロボつみ」

独自の技術で、機能と価格を両立

いちごを収穫したときに、茎が長く残っていると、ほかのいちごを傷つけてしまう。そこで「ロボつみ」は、まず棚から収穫するときに茎を長めに切り、ケースに収納する前に余分な茎を切り落とす2段階カットを採用。この技術で「果実収穫ハンド」という特許を取得している。

 

「収穫に既製品のロボットアームを使うと、1,000万円近くかかってしまうと思います。価格を抑えるためにも、ソフトもハードもすべて自社開発にこだわりました」

 

価格を抑える工夫は、ほかにもある。「ロボつみ」は、ロープに沿ってハウス内を移動するのだが、そのロープはホームセンターで売っている市販のものでよい。機能面においても、二次元コードを読み取って進路を決定するように設計されており、進行方向の変更も利用者で簡単にできるという。

 

「どうしたら、お金をかけずに農家のみなさんに使ってもらえるロボットができるだろうかと考えた結果、たどり着いたプロダクトです」

開発側の意見の押しつけにならないように

開発をはじめて5年。2023年4月23日から、いよいよ「ロボつみ」の注文受付が開始された。現在は11月以降、順次提供できるよう生産を進めているところだ。

 

「農業支援を続けていくには、ビジネスとして成立させなければなりません。これからが、勝負どころです」

 

将来はいちご栽培に限らず、畑の手入れや力作業を助けるロボットを作りたいと意欲を燃やす稲員さん。大事にしているのは、「開発側の意見を押しつけないようにすること」だという。

 

「スマート農業という言葉をよく聞きますが、『なんのためのスマート農業なのか?』が大事ですよね。農家さんが求めていないものまで、提供する必要はありません。農家さんに『なにか困っていることはありませんか?』と声をかけて、話を聞きながら開発に取り組んでいます」

果実収穫ハンドの特許証と稲員さん

軸はぶらさずに、新しいことを取り入れていく

稲員さんは中学3年生のとき「技術者になって、農業を自動化する装置を作りたい」という夢を抱いた。それから、エンジニアとして4社で研鑚を積み、2008年5月にアイナックシステムを創業。現在は、売上の約10%が農業用製品によるものとなっている。

 

「テクノロジーの業界は、移り変わりが激しく技術者は流行言葉に右往左往させられてしまうところがあります。だけど、自分が一旦やりはじめて完全に熟していない技術があれば、わたしは継続していくべきだと思います。たとえば ChatGPT も、以前からある技術を継続して突き詰め、OpenAI なりに作り上げたことで、いま脚光を浴びているのではないでしょうか。そういうわたしも、つねに新しいものを取り入れようとしていますけどね。途中でやめたら失敗ですけど、やめなければ失敗ではありませんから。続けることで、夢を叶えていきたいです」

 

確固たる思いのもと、軽やかに時代の波を乗りこなす稲員さん。ぶれない軸を持っている人は、ちょっとやそっとでは、あきらめない。

 

株式会社アイナックシステム