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請求書に記載した金額が間違いなく入金されているかを確かめる作業「消し込み」は、経理部門の初歩的な業務の1つだ。決まった金額が決まった相手から決まった日にちに入金されるのならばさして苦労はない。しかし、複数の請求書分が一括で入金されたり、請求先と入金元が一致しなかったり、処理件数が増えたりすると、その負担は担当者に大きくのしかかる。
老舗料理店「人形町今半」のグループ会社で、お届け弁当やケータリングなどを担う株式会社人形町今半フーズプラント(以下、人形町今半フーズプラント)では、かつて毎月約1,600件の消し込み作業をたった2人でこなしていた。売上情報と入金情報が印刷された紙を睨みながら、文字通り1行ずつボールペンで消していく地味な手作業だ。丸々1か月を要する作業に限界を感じ、業務改善に踏み切った吉田美雪さんと杉村絵里さんに、消し込み専用ソフトの導入背景について聞いた。
吉田 美雪(よしだ みゆき)さん プロフィール(写真右)
ケータリングサービスソリューション部管理課長。前職で飲食関係の事務を経験後、2007年に派遣から株式会社人形町今半フーズプラントに社員登用された。以来、管理課で経理一筋。経理業務のかたわら課全体を取りまとめる。
杉村 絵里(すぎむら えり)さん プロフィール(写真左)
同部管理課長代行。2006年に新卒で株式会社人形町今半に入社後、当時の量販営業部門でグロサリー商品などの営業を経験後、現部署に異動。経理業務を経て、現在は総務業務に従事する。
仕入れる黒毛和牛は年間約2,500頭
人形町今半は1895(明治28)年、東京・本所に牛鍋屋として創業。「今半」という名前は一説によると、牛鍋という、当時最先端の料理を扱っているという気概と誇りを込め、現代風を意味する「今様(いまよう)」の「今」と創業者、半太郎の「半」にちなんで命名されたという。
「社名は今様の『今』のほか、政府公認の食肉処理場があった今里町にあやかったという説もあります。まだまだ衛生事情の悪かった当時、安心・安全な今里の肉を使っているということを訴えるには好都合であったと思われます。素材へのこだわりはどこにも負けません」(吉田さん)
人形町今半では「目利き」のプロが肉の脂の質やきめ細かさなどを見極め、一頭買いする。産地や銘柄、格付けよりも、脂の照りやクリームがかった色など「おいしい牛肉」の条件を満たしているかどうかで購入を決める。仕入れるのは雌(メス)の黒毛和牛のみで、年間の購買数は約2,500頭分に及ぶ。
「人形町今半では、仕入れ担当者が芝浦の東京食肉市場に足を運んで、一頭一頭、厳しく品定めします。それはお客さまに最高の牛肉を召し上がっていただきたいという気持ちの表れだと思います」(杉村さん)
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お客さまのご要望から始まったお届け弁当
人形町今半は高度経済成長期、近くのマージャン店から、すき焼きをすぐに食べられる状態で届けて欲しいと依頼があり、出来立てのすき焼き陶器の器にアツアツの状態でお届けした。これが話題となり、丸の内界隈の企業からも注文が入るようになり重役弁当として評判を呼び、弁当の注文が急増。100~1,000個単位のオーダーを受けるようになると、飲食店の調理場だけではさばききれないため、1975年、現在の本部ビル(中央区日本橋蛎殻町)の場所に最初の工場を立ち上げた。その後拡大、移転を繰り返し、2008年に「白河第一センター」(江東区白河)を稼働した。人形町今半フーズプラントも同所に本拠を置いている。
「大規模な工場を構えることで、おもてなし弁当やパーティー料理、ケータリングサービスなどにも応えられるようになりました。大量の商品をつくり、指定された時間にお届けする。人形町今半のグループ会社として当社に委ねられた役割の1つです」(吉田さん)
今半は外食(6業態)、中食・内食(精肉店、惣菜店、弁当販売店、調味料などの製造・販売)、お届け(弁当、料理、精肉などの宅配)などの事業を展開。「空腹を満たすための食事ではなく『特別な日』や『誰かのため』に選ばれるような商品・サービスの提供」を共通の目的に掲げる。
「仕入れた牛は飲食店、精肉店、惣菜店、弁当など、各部門で部位を効率よく使い分けます。飲食店ではおもにロースやヒレなどを多めに使用し、すき焼き弁当には冷めても柔らかく食べられる部位をもちいるといった具合です。一頭を満遍なく使うことで、それぞれの商品に適した部位を味わっていただくことができるからです」(杉村さん)
「思っていた仕事とはずいぶん違う」
人形町今半フーズプラントの2023年度の売上高は約40億円。吉田さんと杉村さんはかつて、そのすべての入金管理に携わっていた。2019年10月に同社は消し込み業務に特化したクラウドタイプのソフトを導入し、著しい業務改善を図っているが、それ以前はアナログな対応を余儀なくされていた。それは、会社設立時から、連綿と引き継がれてきた方法だからだ。
ソフト導入以前の消し込み作業は、請求書の発送後に売掛金と銀行への入金額が一致しているかどうか手作業で確認するものだった。
「実際の作業では、経理の基幹システムから出力した売掛と、銀行からの入金の情報とをそれぞれに打ち出した紙を手作業で突き合わせます。目視、目視、目視です。しかも、その結果を表計算ソフトに書き込み、仕訳データを会計システムに手入力しなければなりません」(吉田さん)
2019年春の時点で、2人が処理する消し込み作業は入金ベースで約1,600件に及んだ。
「2種類の紙を前に、並ぶ数字に目を凝らして1行ずつ消し込んでいくのです。来る日も来る日も同じことの繰り返しです。同じ会社であっても担当者が違うために数字が合わないことは日常茶飯事。人形町今半に入社したのに、思っていた仕事とはずいぶん違うなぁと戸惑いました」(杉村さん)
目視と手作業に頼る地味な作業は丸1か月を要する。忍耐力を鍛えるのには格好の作業だ。やっとの思いで当月分を締めると、ホッとする間もなく、翌日から新たな月の消し込みが始まる。とくに繁忙期には時間が足らず、仮受金扱いで処理することも珍しくなかった。
消し込みに特化したソフトの導入を決断
取引先によっては、複数分の金額を一括して振り込む場合がある。これは、1件ずつ処理するより手間もコストも省けるからだ。同じ経理担当として気持ちはわかるものの、2人にとっては、悩ましい。
「たとえば、お客さまから100万円の入金があり、それが50件分だとすると、仕分け処理上、案件ごとの金額を確定しなければなりません。目視と手作業では、大変に骨が折れます。しかも、そういうケースは1社や2社ではありません。そこで、ご担当者ごとに個別の振込口座を設けて、案件と入金とが必ず一致するような仕組みを提案し、理解と協力をお願いしたこともあります。しかし、それは結局、当社都合であるため、やむなく元に戻さざるを得ませんでした」(吉田さん)
2人の一方が休みを取ればその分の負荷は間違いなく他方にかかる。目視と手作業による消し込み作業の限界を強く感じた2人は、システムの合理化に乗り出し、消し込み専用ソフトの導入を決めた。
「請求書の発行から入金まで一気通貫でできるソフトもありましたが、あれもこれもできるソフトだと、基幹システムの改修が必要だし、他部署の業務にも響くため、消し込みに特化したソフトを選びました。ともかく、地獄のような作業から解放されたいという一心でした」(杉村さん)
消し込み専用ソフトが存在するということは、同じ悩みを抱える経理担当者の「声なき声」がいかに多いかを物語る。実際、ソフトウェアメーカーの担当者は、導入前はもちろん、導入後も現場に出向いて、さまざまな相談に乗ったり、操作方法のコツを教えてくれたりしたという。
属人化していた作業から解放された
2人が消し込み業務から解放されなかった理由の1つに、作業が属人化していたことがある。しかし、ソフト導入から3か月後、消し込み業務は後任1人に引き継がれ、2人は本来の職務に戻ることができた。
「かつて2人で月間のべ200時間かかっていた消し込みは、担当者1人で2週間ほどで済むようになりました。作業に要する時間はざっと半分です。導入ソフトはAIによる学習機能や照合ロジックを活用して消し込みを自動処理します。お客さまごとの事情を把握し、経験に基づいて判断するといったアナログ時代の属人性がないので、誰が操作しても簡単に結果を出せるのです」(吉田さん)
2人がかりでおこなっていた作業時間が半減したことで、1人あたりの負担は4分の1に削減。さらに、作業時間以外でも、ソフトの導入は大きな効果をもたらした。
「再請求件数が格段に減りました。“地獄時代”は入金内容がわからなくても月末になると無理やり締めるのがつねでした。そのため、翌月は残務を抱えながら当月の処理をしなければなりません。何か月も前の請求について電話をしたり、書面を郵送したりすると『いまさらいわれても』とあきれられたものです。DXが進んだおかげで紙の無駄遣いも減りました」(杉村さん)
消し込みソフトの導入で起きた変化
同社が導入した消し込み専用ソフトはクラウドサービスであるため、自社で専用サーバーを用意する必要がない。クラウド型第1号でもある同ソフトはどのような変化をもたらしたのだろうか。
「社内的には、上長にクラウドの利点や効果を説明するのに時間がかかりました。幸い、現場の厳しさは理解されていたので、最後は熱意で押し切った感じです。導入当初はうまくいくかどうか不安でしたが、結果的には杞憂に終わりました。それは導入前後の数字の変化で明らかです。人形町今半がクラウドの導入に慎重だったのは、おもにセキュリティ―面での事情があるのですが、経理業務のうえでは既存の基幹ソフトとの連携で、仕事の効率化に弾みがついたと思います」(吉田さん)
時代の大きな流れは着実にペーパーレス化に向かっている。その一環として、同社は請求書の電子化を進めている。取引先にそのための説明をすると、2つ返事の会社があれば、受け入れ態勢や企業文化などを理由に慎重になる会社も少なくないという。経理業務全体のDXは待ったなしだ。
「人形町今半から転じて、消し込みを任されたとき、正直にいって作業のアナログさに当惑しました。日々疑問を抱えながら、これではいずれ業務が立ち行かなくなると思ったタイミングで出合ったのが消し込み専用ソフトです。歴史ある会社なので伝統を変えることは難しいと感じましたが、結果的には私たちの心の負担を減らすことができたばかりか、お客さまや会社にも迷惑をかけず小さな改革を成し遂げた思いです」(杉村さん)
価値創造につなげる視点問われるDX
消し込みに特化したクラウドサービスの導入は、同社の業務全体のデジタル化を促す契機となった。そのうえで「ただ効率を上げるためのデジタル化ではなく、いかに価値創造につなげるかという視点が問われる」と同社はみる。消し込み業務のDXは2人の働き方をどう変えたのだろうか。
「経理を預かる立場で痛感しているのは『数字は生(なま)もの』だということです。数字が示す意味を正しくつかんで結果を導く。そのためには、スピード感をもって職務にあたることが大切だと思います。客観的で確かな数字はさまざまな判断を下す際にも役立つでしょう」(吉田さん)
「現在籍を置く総務では、従業員に快適に働いてもらうことに心を砕いています。当社は外国籍の方が多いので、彼らが不安や疑問を感じたら些細なことでも相談に乗れる仕組みを整えています。お客さまに接するのと同じように、会社を支えてくれる従業員一人ひとりを大切にすることに努めています」(杉村さん)
130年に迫る歴史を重ねる老舗でありながら、先端のDXを取り入れる。伝統に寄りかかり過ぎず、今日的な業務革新を受け入れる。和牛一頭一頭の仕入れに妥協を許さず、お客さまに最善の商品やサービスを提供する。人形町今半の企業文化には牛肉の味にも業務にもお客さま本位が根付いているようだ。
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執筆
伊藤 公一
新聞記者、雑誌編集者を経て現在はフリーランスのジャーナリスト。紙やWebのさまざまな媒体を舞台として医療、製造、経営を主力に取材・執筆活動を続ける。実践的な文章セミナーの講師や各種出版物の編集受託、自費出版のコンサルティングなどにも携わっている。
※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。
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