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食品や機械部品などの製造ラインには、検査・検品、仕分け、組み立てといった複数の工程が存在する。そのなかでも、とくにコストがかかるのが検査・検品作業だ。各工程に複数の人員を配置したり、24時間体制でシフトを組んだりしているケースも珍しくない。
製造業における外観検査の自動化に着目したのが株式会社フツパー(以下、フツパー)だ。独自のAI技術を活かして外観検査AI「メキキバイト」を開発し、製造ラインの業務効率化を実現している。製造業向けAIサービス開発のきっかけや創業時の様子について、代表取締役兼CEOの大西 洋さんに聞いた。
大西 洋(おおにし ひろ)さん プロフィール
兵庫県出身。広島大学工学部卒業。専攻テーマは製造プロセスの最適化。新卒で日東電工株式会社に入社し、ICT部門の法人営業に従事。退社後はWebサービス開発に取り組み、イスラエルで起業を試みたことも。その後、工場向けAI/IoTベンチャーの事業開発グループリーダーを経て、株式会社フツパーを設立。MENSA会員。
製造業のDXを加速する外観検査AI「メキキバイト」
「メキキバイト」は、外観検査に特化したAIソリューションだ。製造ラインの現場環境に合わせて光学設計をおこない、カメラや照明を設置。検査対象の撮影データを蓄積してAIに学習させ、完全に自動化できるところまでワンストップでサービスを提供している。
「ベルトコンベアなどで自動搬送される製品、いわゆるインライン検査を得意としています。端末自体に人工知能を搭載したエッジAIにより、生産スピードを落とすことなく検査できるのが特長で、個体差がある物体でも安定的かつ高精度に判定可能です」
インターネットを経由してクラウド上で処理するのではなく、エッジAIを搭載したメリットも大きい。たとえば、ローカルで判定処理をおこなうことで処理速度がアップ。さらに、汎用の小型コンピューターを利用するためコストも抑えられる。初年度はAI構築費を含め、月額298,000円から(ハードウェアは別途見積もり)、2年目以降は月額98,000円から提供している。高精度なAIを、契約期間の縛りがない月額課金方式で提供する理由について、大西さんは以下のように語る。
「実際に試してみないと効果がわからないサービスに対して、多額の初期投資は決断が難しいと思います。ですから、導入ハードルを下げるために月額課金方式にしました。サービスに価値があれば継続していただけますし、中小企業でもスモールスタートを切れるのではと考えたんです」
フツパー独自の高効率な再学習機能は特許も取得している。判断レベルの高い画像を繰り返し学習させることで、よりAIの精度が上がりカスタマイズされていく。管理アプリケーションの活用によって、不合格品の発生原因分析や品質改善にも役立つとなれば、副次的な効果も見込めるだろう。
>>さくらインターネットの生成AI向けクラウドサービスとは?
製造ラインの業務効率化と人件費削減に貢献
導入先企業の業種は、食品や金属、繊維、電子部品など多岐にわたる。たとえば焼き菓子の製造ラインでは、メキキバイトの導入により人件費2名分を削減。いままでは作業員が目視で検査していた菓子の焼け具合や異物混入などを、自動的に判別・除去できるようになった。まさにその名のとおり、AIが「目利きをおこなうアルバイト」としての役割を果たしている。
AIで外観検査が自動化できるとはいえ、現場から不安や反発の声はなかったのだろうか。
「AI導入に懸念を示されるかと思いきや、『人件費がかかる検査作業を自動化できるなら』と期待を持つ声が多かったですね。まずは、そもそもAIとは何か、AIで実現できることから、できないことまで正直に説明しました」
大西さんの誠意と熱意が伝わり、無事にメキキバイトの導入が進められた。最初の検証先は、大西さんの前職のお客さまで、2社目もお客さまの紹介により導入につながったそう。初年度は5〜10社ほど、2年目は20〜30社、翌年は50〜60社と倍増し、これまでの導入実績は150社にものぼる。工場の1ラインに導入後、さらに4ライン追加導入する事例もあったという。
「そもそも、製造業界は人手不足です。『面倒でつらい検品作業を自動化できるなら、AIでもなんでもいい』というお声をよく耳にします。早朝から深夜まで、現場に3〜4人を常駐させることを考えれば、検品業務の自動化は必然ではないでしょうか」
自らも製造業を経験。課題解決のためにAIサービスを開発
大西さんは新卒で製造業に入社し、2社目も取引先が大手製造業だったという。当初から起業を視野に入れていて、工場向けのAIやIoTサービスを提供する子会社の立ち上げにも携わった経験を持つ。これまでの経験が、製造業向けAIサービスの開発へとつながったのだろうか。
「プログラミングを始めたのが2018年ごろで、それ以前からAIに興味がありました。独学でWebサービス開発に取り組み、短期間ですが起業大国のイスラエルに行ったことも大きなきっかけです。当時のイスラエルでは、すでにAIが当たり前のように活用されていました。膨大なデータを処理するには今後AIが欠かせない、やらない理由はないと思いました」
製造業はGDPの2割を占め、日本の経済を支える中心的な産業だ 1。とはいえ、なぜ外観検査の自動化に着目したのか。その理由をこう語る。
「製造ラインのなかでも、必要以上に工数がかかっているのが検査業務です。受け入れから中間、最終工程など、各工程に人員を配置するケースも多い。これらを自動化できるAIサービスなら、企業規模の大きさに関係なく展開できると考えました。上場企業を見ても製造業が占める割合は大きく、つねに人手不足という問題を抱えています。とくに当社のある大阪は製造業の割合が高いので、AIを活用して課題解決をサポートしたいと思っていました」
検査工程の自動化により、人件費の削減はもちろん、検査品質の安定化も見込める。自らも製造業を経験し、その課題をよく知る大西さんだからこそ、ダイレクトな形で課題解決に向けたサービスを実現できたのだろう。
コロナ禍に創業し、資金調達とエンジニアの確保に奔走
コロナ禍の2020年4月に創業したフツパー。同社は、大西さんと同じく広島大学工学部出身で、学生時代からの友人である黒瀬さん(現・COO)、弓場さん(現・CTO)と3人ではじめたスタートアップだ。先行きが見えないなか、どのように思っていたのか。
「周囲からは、『どうなるかわからないからやめとけ』といわれましたね。結果的には資金集めがリモートでおこなえたので、起業してよかったです。通常は1社で何度も面談があり、その度に大阪から遠方に足を運ばなくてはなりませんが、すべてWeb上で完結しました。いいタイミングだったと思います」
2020年5月、資金調達に関するプレスリリースを出すと、アメリカの半導体メーカー「NVIDIA」の目に留まる。AIスタートアップ支援プログラム「NVIDIA Inception Program」のパートナー企業に認定され、開発を進める大きな後押しになったという。
一方で、サービスの要となる独自AI技術の開発には、各ジャンルに精通したエンジニアの確保も重要となる。当時の様子について大西さんは次のように語る。
「最初は創業メンバーの3人のみで、エンジニアは弓場だけでした。インターン生や外注エンジニアを2〜3名採用して開発していましたね。資金を調達してからは、前職のインターン生から紹介してもらったり、自分のいとこの知り合いを誘ったりと、いいエンジニアがいないか周囲に聞いているうちに必要なスキルを持つメンバーが集まりました。当時は大変でしたがいろいろな出会いがつながり、いまではいい思い出です」
ワンストップかつ幅広いサービスを提供したい
最後に、今後の展望について大西さんに聞いた。
「多くの製造現場で使っていただくことでノウハウやデータを蓄積し、安価なパッケージとコア技術を活かしてよりよいサービスを提供していきます。いずれは自動車の半導体など、業界大手にも参入できるよう可能性を広げていきたいですね」
AIに対する製造現場の期待値は大きい。メキキバイトだけではなく、行動分析や需要予測、最適化などをおこなうデータ分析AI「Hutzper Analytics」の導入実績も増えているという。2024年7月には、工程ごとに必要な有資格者やスキルを加味した人員配置を自動化できる「スキルパズル」もリリースした。
「現場実装系ならフツパーさんがいいよねといっていただけるよう、これからも製造業に特化したワンストップかつ幅広いサービスを提供し続けます」
さらにフツパーは、2025年、大阪・関西万博の「大阪ヘルスケアパビリオン」において、大阪に拠点を置くスタートアップとして「デジタル技術で変わる、大阪のモノづくり」をテーマに出展する予定だ。最新テクノロジーを体感することで、製造現場の未来の姿をより身近に感じられるかもしれない。