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『銭湯図解』著者 塩谷歩波さんが救われた「ケの日のハレ」

建築図法「アイソメトリック」を用いて描かれたイラスト『銭湯図解』。浴室とお風呂でくつろぐ人の様子を緻密に描いたイラストの著者が、塩谷歩波さんです。『情熱大陸』(TBS)に取り上げられ、2022年2月には塩谷さんの人生をドラマ化した『湯あがりスケッチ』が配信されるなど、注目を集めています。

そんな塩谷さんにパラレルキャリアで良かったことや今後やりたいことについて、話を聞きました。

 

塩谷 歩波(えんや ほなみ)さん

塩谷 歩波(えんや ほなみ)さんプロフィール

1990年生まれ。設計事務所、高円寺の銭湯・小杉湯を経て、画家として活動。

早稲田大学大学院(建築専攻)を修了後、有名設計事務所に勤めるも、体調を崩す。休職中に通い始めた銭湯に救われ、銭湯のイラスト『銭湯図解』をSNS上で発表。それをまとめた書籍を中央公論新社より発刊。レストラン、ギャラリー、茶室など、銭湯にとどまらず幅広い建物の図解を制作。TBS『情熱大陸』、NHK『人生デザイン U-29』など、数多くのメディアに取り上げられている。好きな水風呂の温度は 16度。

休職中、銭湯に救われた

休職中、銭湯に救われた

 

――塩谷さんは設計事務所で働いていたときに体調を崩して休職し、銭湯に救われたとうかがいました。銭湯のどういったところに救われたのでしょうか?

 

休職して1か月くらいしたとき、大学のサークルの先輩が私と同じ感じで休職していたんです。その方が「最近、銭湯にハマっているから、よかったら一緒に行こうよ」と誘ってくれて銭湯に行ったのが最初でした。

会社を休まざるを得ない状況だったし、同級生にも打ち明けづらかったので自分の居場所がなかったんですよね。そんなとき、先輩に誘われて銭湯に行ってみたらとても気持ちが良くて驚きました。昼間の銭湯ってすごくピカピカ光っていてきれいで、お風呂が本当に気持ちいいんですよ。

さらに、そこで目が合ったおばあちゃんと「今日、暑いわね」とか、たいしたことない話をしたんですけど、そういう話をしたときに”受け入れられた”と思ったんですね。銭湯に長年通っているような方が、こんな若い知らない人間に声をかけてくれるのってすごくいいな、と思いました。心がふさがっていたので「私、ここにいていいんだな」と思い、救われた気持ちましたね。

銭湯は「日常の中の非日常」

――塩谷さんの考える銭湯の魅力を教えてください。

 

銭湯は「ケの日のハレ」とよく言っています。ケとハレは民俗学の言葉で、ケが日常でハレが非日常という意味合いです。

ケのお風呂は家風呂で、ハレのお風呂は長いお休みがあったときに行く温泉だとすると、銭湯は日常的でもなければ非日常的でもない、ちょうどその中間。つまり、「ケの日のハレ」的な存在が銭湯の魅力だと思います。週の半ばとか仕事終わりに「ちょっと疲れたから行こうかな」っていうテンションで行けるのが、銭湯のいいところです。

都会以外だと違う話になるかもしれませんが、少なくとも私が東京に住んでいる中で感じたのはそういう魅力です。実際に銭湯で働いているときもそういう利用者さんがすごく多かったんです。エンジニアの人とかは1日中パソコンに向き合っているから、デジタルから離れたいといって銭湯に来てくれます。

 

――確かにデジタルデトックスにもなりますね。

 

家風呂でもスマホで動画見たり音楽聞いたりする人いますよね。銭湯は、浴室も脱衣所もスマホ禁止なので、良いデジタルデトックスの場所になっているんですよね。今、そういう場所って逆に貴重な存在です。

『銭湯図解』を描くきっかけ

――塩谷さんは、小杉湯で番頭をしながら『銭湯図解』を描かれていました。こうした銭湯のイラストを描こうと思ったきっかけを教えてください。

 

休職中に銭湯に出会って以来、すっかりその魅力にとりつかれてしまい、「もっと色々な銭湯に行きたい!」とネットで調べ回っていました。そうすると、自分が思っていた以上にいろいろな種類の銭湯があったんですね。露天風呂がとてつもなく大きい銭湯や、ハンモックで寝られる銭湯、看板猫がいたり、待合室で鉄道模型が走っているところもあって、驚きました。それが面白くて、毎日ワクワクしてめぐっていたんですね。

そうやって銭湯巡りにハマっていたとき、ちょうど大学の友達とTwitterで、交換絵日記みたいなのをやっていたんです。その日にあった楽しかったことを絵で描いて、それを送ってリプライで返すみたいな。

その時期はもう銭湯のことで頭がいっぱいだったから、その友達にも銭湯の魅力を伝えたくなりました。そんな時になんとなく浮かんだのが、大学1年生のときに習ったアイソメトリックっていう建築の描き方です。アイソメトリックは建物を斜め俯瞰図的に描いた書き方で、建物の構造が一目でわかるので、銭湯に行ったことない友達にも面白さが伝わるんじゃないかな、と思って描きました。それが『銭湯図解』のはじまりですね。

 

『銭湯図解』小杉湯(高円寺)

『銭湯図解』小杉湯(高円寺)
▲出典:『銭湯図解』(中央公論新社)より

 

――『銭湯図解』はとても細かいところまで描かれていますが、描く際に意識していることを教えてください。

 

細かいことの積み重ねで絵が出来上がっているので、細かいところまで手を抜かないことを意識しています。ちょっと楽したいときもあるんですけど、楽するとそこの部分だけ欠落している感じになってしまいます。

あとは俯瞰して見ることも大事です。細かいところをやり続けていると、そこだけ色が濃くなったりもするので。俯瞰して見ることの大事さは、仕事全般で言えるかもしれません。

パラレルキャリアを実践して良かったこと

パラレルキャリアを実践して良かったこと

 

――塩谷さんは現在、画家として活動中ですが、以前は番頭をしながらイラストレーターをされていました。パラレルキャリアを実践していて良かったと感じたことはありますか?

 

思いもよらないところで線がつながることがあります。例えば、番台で年配の方や小さい子や普段関わりのない職業の方など、いろいろな方とたくさんお話をしていたので、お仕事の商談やメディアに出た時に、どんな人に対してもすんなり話せるようになっていましたね。番台でのおしゃべりが、お仕事のコミュニケーションにつながっていたのには驚きました。

でも、番頭とイラストレーターは、パラレルキャリアとは思っていませんでしたね。やり方が違うだけで、同じお仕事と感じていました。

他にも、思いもよらないところで技能が役立つことはよくあります。私はエッセイも書いているのですが、文章と絵ってぜんぜん違うことをやっているように見えて、根本は同じなんです。自分が感じていることをどう出すかっていう表現媒体が違うだけなので。

 

――設計事務所での経験も画家の活動に活かされていますか?

 

私の絵って建築とイラストのちょうど中間くらいだと思うんです。建築設計の仕事をやっていないといまのような絵は描けないし、建築だけやっていても描けない。だから、希少性が高いのかもしれません。

 

――そう考えると、建築設計のお仕事も後に活きてくるんですね。

 

もちろん活きていますし、いまの道を選んで良かったなと満足しています。ひとつの業種に入ったからといって最後までそれを続ける必要はないから、紆余曲折はありましたが、建築設計から銭湯を経て、画家という自分らしい生き方を自分で見つけ出したのは誇らしいと思っています。

銭湯以外の図解を描くことも増えた

――現在、塩谷さんが熱量を持っておこなっているお仕事を教えてください。

 

やっぱり絵ですね。絵のことは毎日ずっといろいろ考えています。図解もどこまで進化させられるかを考えていますね。昨年の6月にフリーランスになって、銭湯以外の図解を描くことも増えています。いまは、ホテルだったり銭湯以外のお仕事のほうが多いですね。

 

――フリーランスになって1年が経ちましたが、いかがですか?

 

フリーランスにはメリットとデメリット両方あると思うんですけど、私はメリットのほうが大きかったです。時間関係なくマイペースに仕事ができるのは、すごくいいところですね。

最近は朝6時に起きて、7時か8時くらいから仕事を始めて16時には終わりにしています。朝のほうが元気なタイプなので、午前中に仕事をしたほうが効率いいんですよ。

仕事したぶんだけ報酬があるのもいいところですね。税金の高さには驚きましたが(笑)。

塩谷さんの「やりたいこと」

塩谷さんの「やりたいこと」

 

――メディアのコンセプトが「やりたいことをできるに変える」なのですが、塩谷さんがやりたいことを教えてください。また、それをできるに変えるためにおこなっていることを教えてほしいです。

 

海外の建築の図解を描いてみたいですね。教会のような大変そうなものも描いてみたいし、最近できた大きなホテルとかも描いてみたいです。描きたい建築はまだまだたくさんありますね。

あとはもっと絵が上手くなりたいっていう純粋な気持ちが大きいです。まだまだ建築も人も上手く描けていないから、もっと上手くなりたい。ただその気持ちだけですね。

そのために、いまは筋肉や骨格の勉強をしています。あとは、これまでは透明水彩を使っているだけだったので、そろそろ日本画とか他の表現方法を勉強しないとなと思っています。それをやることですごく可能性が広がるんですね。

美術史や建築の歴史ももう一回勉強したいし、そもそも物事をどう見ていくかを知るために哲学も学びたいし、やらなきゃいけないことが多いんですよ。

――やりたいことが見つからないという方に向けてアドバイスをいただきたいです。

 

自分のことって結構自分ではわからないものなので、身近な人に聞いてみてはどうでしょうか。私もいまだに自分のことがよくわからなくて、友達に聞いてみると思いもよらないアドバイスを貰えることが多いです。絵を好きだと自覚できたのも、友達に相談したことがきっかけでした。

でも、別に好きなことをやらなくてもいいと思うんですよね。人生で大切なことって、その人によっていろいろあるじゃないですか。私は好きなことを仕事にできて幸せだなと思うんですけど、なんでもかんでも仕事につなげるのは、逆に不自由なこともあると思います。それよりも自分が幸せでいられることは何だろう? って考えることのほうが大事じゃないでしょうか。

すでにやりたいことがあるなら、がむしゃらにやるしかないと思います。私も絵をやりたいと気づいてからは、たくさん絵を描いて、それをすぐにSNSで発信していました。早めに発信することは、大事かもしれません。まだ努力の段階だから見せたくないと思うかもしれませんが、早めに発信したほうがフィードバックをもらえます。恥ずかしくてもいいから発信して、フィードバックをもらって、また頑張る。そうすれば成長できると思います。

 

(撮影:いのうえのぞみ)

 

執筆

川崎 博則

1986年生まれ。2019年4月に中途でさくらインターネット株式会社に入社。さくマガ立ち上げメンバー。さくマガ編集長を務める。WEBマーケティングの仕事に10年以上たずさわっている。

※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。

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