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シリコンバレー流イノベーションハブ拠点「FUSE」信用金庫職員が起こした変革

2015年、静岡県浜松市の衰退は、静かに、しかし確実に進み始めていた。同年の会社廃業率は開業率を上回り、今後30年間で市内の人口は80万人から60万人程度まで減少するとの予測。地元を支える自動車産業にも、電気自動車の登場による暗い影が迫っていた。

 

そんな状況に誰よりも危機感を抱いていたのは、浜松市と一蓮托生の運命をたどる地元の金融機関・浜松いわた信用金庫だ。

 

2017年、そうした現状を打開する策として、浜松いわた信用金庫はとんでもない計画を打ち出した。米国・カリフォルニア州シリコンバレーにあるスタンフォード大学に職員を派遣する。そこから知識を持ち帰り、シリコンバレー流イノベーションハブ拠点を浜松に作るというものだ。それが日本最大級のコワーキングスペース「FUSE」(フューズ)創設に繋がる。そして現在、FUSEには、毎日のように中央官庁や地方自治体からの視察が訪れているという。

 

当時、浜松では誰ひとり理解していなかった DX(デジタルトランスフォーメーション)や、エコシステム構築に挑み、FUSE を誕生させた浜松いわた信用金庫の渡邉 迅人さん、寺田 賢人さんに話を聞いた。

右:渡邉 迅人さん、左:寺田 賢人さん

渡邉 迅人(わたなべ はやと)さん プロフィール

浜松いわた信用金庫 ソリューション支援部 新産業創造室 副調査役。

2002年入社。営業店勤務、国際業務課等を経て、2017年に地方創生戦略推進センターからスタンフォード大学アジア太平洋研究所客員研究員となる。2019年、起業家支援拠点 FUSE へ異動。

寺田 賢人(てらだ よしと)さん プロフフィール

浜松いわた信用金庫 ソリューション支援部 新産業創造室 副調査役。

2003年入社。2019年にスタンフォード大学アメリカ・アジア技術経営センター客員研究員となる。2021年浜松市デジタルスマートシティ推進事業本部へ出向。2022年起業家支援拠点 FUSE へ異動。

シリコンバレーでの焦り「いま、イノベーションを起こさなければ」

「なぜそんなことを信用金庫がやるの? うちはお金を貸す、預金する、振り込みをする機関でしょう?」

 

新しいことを始めようとする2人に対し、社内からは当初、不安の声も多かったという。シリコンバレーに職員を送り、そこで学んだことを浜松に落とし込む。そのプロジェクトは、当時の理事長・御室 健一郎氏(現会長)の発案から始まった。

 

「とにかくチャンスがあれば手を挙げようと思っていました」

当時、国際業務課で企業の海外進出支援をしていた渡邉さんは、チャンスがあれば臆せずに自分から意思表示をしようと心に決めていた。

 

「私は、いつか信用金庫が英語圏で仕事をする日が来るんじゃないかと、入社当初から予想していました」

寺田さんはその日が来ることを信じ、英語だけは欠かさずに勉強してきたという。

 

社内公募に応募した渡邉さんと寺田さんが選ばれ、2017年に渡邉さんが、さらにその2年後には寺田さんが渡米した。彼らが派遣されたのは、シリコンバレーにあるスタンフォード大学アジア太平洋研究所。かつて政治経済学者の櫛田 健児氏(現カーネギー国際平和財団シニアフェロー)も在籍していた研究所だ。

 

「御室(会長)の発想は、シリコンバレーのスタートアップと浜松のものづくり企業を繋げるというものでした。しかし、行ってみたらそこには『イノベーション』や『エコシステム』の世界がありました」

 

DX が進んだ米国・シリコンバレーでは、あらゆる業種の優秀な人材がコワーキングスペースに集まり、パソコン1台だけで仕事をしていた。そこでは異業種間での偶発的な出逢いから新しい事業の種が生まれ、毎日のようにイノベーションが起こる。夜には異業種同士のミートアップも頻繁におこなわれ、誰もが挑戦を語り、それに対して自由な意見が飛び交う。まさに異業種同士が協業・連携して変革を生み出す「エコシステム」ができあがっていた。

 

シリコンバレーの事情を知るにつれ、渡邉さんと寺田さんの中に焦りが生まれた。5年どころじゃない、浜松は10年遅れている。いまイノベーションを起こさなければ、浜松どころか日本が沈没してしまう。そこで2人は、「トランスフォーメーション」に着手する。

現地 VC への投資で生の情報を掴む

「これは『シリコンバレーあるある』なのですが、ただ駐在するだけだと、動物園に来た見学者で終わってしまうんです。結局、誰でも取れる情報しか取れない。生の情報を得るためには、現地にお金・人・情報を入れるしかない」

渡邉さんは当時を振り返ってそう語る。

 

金融機関というアドバンテージを活かし、渡邉さんと寺田さんは現地のベンチャーキャピタル(以下、VC)に投資をすることで、内部から生の情報を手に入れる作戦に出た。

 

シリコンバレーでは、VC やエンジェル投資家が、ベンチャー起業家のアイデアに投資をする。資金援助を受けたベンチャー企業は、上場するか大企業に事業買収されるかして、大きな利益を生む。上場して大企業になったかつての起業家は、再びベンチャー起業家に戻り新しい事業を起こすか、エンジェル投資家として若い起業家を支援する側に回る。

 

1950年代からこのようなサイクルが続き、アメリカは産業革新を繰り返してきたのだと、渡邉さんは言う。

「VC に投資すれば、彼らのやり方がわかります。現在のエコシステムプレイヤーはどんな人たちで、VC は彼らをどのように支援しているか。投資、発展、利益還元をどのように循環させているかがわかるし、いま起きている産業革新を目の当たりにできるんです」

 

この循環を、浜松に落とし込めないか。

浜松いわた信用金庫/ FUSE が目指す姿(寺田さん提供)

情報の「ピッチャー」と「キャッチャー」。駐在を1人にしないバッテリーを組む

かつて多くの企業が駐在員をシリコンバレーに派遣しているにも関わらず、情報を日本に持ち帰り、変革を起こすことまではできなかった。駐在員がどれだけ現地から情報を投げても、日本側でそれを受け止める役がいないため、結局会社にトランスフォーメーションは起きないのだ。

 

「いままで、さまざまな日本企業がそれでさんざん失敗しているんですよ。そういう話を聞いていたから、我々は情報を投げる側、受ける側でバッテリーを組んだんです」

 

最初はピッチャー渡邉、キャッチャー寺田というバッテリーで、渡邉さんが投げる情報を寺田さんが日本で受け取り、それを社内でどう展開していくのかを検討する。2年後には今度はピッチャー寺田、キャッチャー渡邉体制で、現地で得た情報を確実に社内に展開していった。

 

「日本で情報を受け取って事業として展開する人材がいないと、駐在員が疲弊してしまうんです。情報の投げ手と受け手をセットで作り、そのバッテリーを組織として支えていくことが大切だと思います」

寺田さんは力強くそう語った。

浜松で挑戦者を支える「フーリッシュ」になる

シリコンバレーでは、世界を変えるアイデアを持った起業家を支援する人を「フーリッシュ(馬鹿者)」と呼ぶそうだ。アイデアを持つ起業家を信じてくれるのは100人に1人。それがフーリッシュとなり、アイデアに投資することでイノベーションの種が生まれる。

 

自分たちも、浜松の「フーリッシュ」になることで、イノベーションを起こしたい。

 

世間がまだ深刻なコロナ禍にあった2020年7月、スタートアップ支援、中小企業の新事業支援、そして大企業の新事業開発支援を掲げ、日本最大級のイノベーションハブ拠点 FUSE  が「着火」した。

FUSE 入口。地下を感じさせないよう、施設内は緑であふれている(写真提供:FUSE)

「FUSE がほかのコワーキングスペースと違うところは、浜松いわた信用金庫の正職員10名が常駐し施設を直営していることです。それもみんな、出向を繰り返して専門性を身につけた者ばかりです」

寺田さんはそう言って周囲を見回しながら、常駐する職員一人ひとりを紹介してくれた。ラフなパーカー、スニーカー姿の彼らは、一見して信用金庫の職員には見えない。

 

「私と渡邉を含め、職員がいつでも起業や新規事業創設の相談に乗れる体制を整えています。実際、いまもうちのスタッフがスタートアップから資金調達の相談を受け付けています」

寺田さんの示す先、ガラス張りのミーティングルームでは、数人の男性が会議をしていた。日本において、スタートアップの創業支援ができる金融機関はまだ少ないという。しかし、FUSE ではこのような光景が日常茶飯事だ。

 

1人で仕事に集中できるスペースだけでなく、ラウンジを設けているのもシリコンバレー流。異業種同士で気軽にコーヒーチャットができる。そうすることで視野が変化し、イノベーションが生まれるという偶然を狙ってのことだ。

異業種同士で交流しやすい解放的なラウンジ(写真提供:FUSE)

キッチンも設置されており、自由に料理を楽しめる(写真提供:FUSE)

モノづくりの町・浜松らしく、 Fab スペースも充実。レーザーカッターや 3Dプリンターも自由に使え、アイデアをすぐに形に出来る

「FUSE は、単なるコワーキングスペースではなく、信用金庫としての役割である伴走型支援をするための施設でもあるんです。経営や借り入れの相談を始め、利用者からのあらゆる相談に応じることで、信用金庫として本来の役割が果たせているかという観点で運営をおこなっています」

コトを起こす、すべての挑戦者へ

FUSE は現在、毎日のように中央官庁や地方公共団体からの視察を受け入れている。この形をモデルケースとして、ほかの都市でもイノベーションが起こる仕組みを取り入れようとしているのだ。

FUSE に集まった「挑戦者」は現在236人(2023年2月時点)

それだけの注目を集めるようになった要因の1つとして、浜松市の協力も大きいという。鈴木康友市長はスタートアップ支援を大きく打ち出し、「浜松バレー構想」と銘打ってさまざまな政策を実施している。それが FUSE にとって追い風となったと、寺田さんは続ける。

 

「今までホテルの大ホールでおこなっていたような起業家向けのイベントを、FUSE  で開催してくれるようになりました。浜松市の取り組みと私たちのやりたいことが重なって、相乗効果を生んだのです」

 

浜松いわた信用金庫では、「やらまいかファンド」というスタートアップに出資可能なファンドも保有。FUSE を中心に新しい種を発掘している。「やらまいか」とは浜松市の方言で、「やってやろうじゃないか」という意味だ。

 

今後はさらに規模を拡大し、より早いステージから地域発のスタートアップへ投資していきたいという。信用金庫としての融資との組み合わせも可能で、資金調達においても FUSE が地域のエコシステムの中心となっているといえる。

「やらまいかファンド」の体制図(寺田さん提供)

コトを起こそうとする挑戦者たちを、市と FUSE が投資家として支援する。やがて彼らが大きく育ち、新たな挑戦者を支援するだろう。

 

そして、渡邉さん、寺田さん自身もまた、始めはどこにでもいる信用金庫の職員にすぎなかった。当初、衰退する浜松市に危機感を抱き、信用金庫の業務を変えようとコトを起こした彼らに、共感する者は少なかった。現在の平井専務や御室会長がフーリッシュとなり、彼らを信じ、励ましてくれたからこそ、挑戦できたのだ。

 

「私たちは信用金庫ですから。地域の発展に貢献することが使命なんです」

 

寺田さんは FUSE を見回し、誇らしげに言う。一方、インタビュー中にも何度も呼ばれて走り回っていた渡邉さんは、席に戻るたび申し訳なさそうに額の汗を拭っていた。

 

静岡県浜松市のコワーキングスペース「FUSE」では、ネクタイを外し、背広を脱いだ信用金庫の職員たちが、スニーカーとパーカー姿で今日も新たな挑戦者支援に奔走している。

 

__FUSE【Hyūzu】:融合させる、取り混ぜる、導線、着火

 

浜松いわた信用金庫

FUSE

 

執筆

宮﨑 まきこ

フリーライター・リーガルライター。静岡県浜松市在住。13年間パラリーガルとして法律事務所に勤務。ライターとして独立後はインタビュー取材や法律メディアを中心に活動中。

※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。

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