「全員が楽しく働ける環境づくり」DX で社内コミュニケーションを豊かに

2020年4月に初めて発出された緊急事態宣言。これをきっかけに多くの企業・団体でリモートワークが導入されたが、慣れない環境でコミュニケーションの問題を抱えた例も少なくない。そんな中、2年間リモートワークベースの勤務体制を続け、以前よりもコミュニケーションが活性化した企業がある。企業・団体のインナーブランディングを支援する glassy株式会社(以下、glassy)だ。

 

同社の DX の進め方、具体的な施策と効果、グループ企業への展開について、社長室マネジャーの吉本 香織(よしもと かおり)さんに話を聞いた。

吉本 香織(よしもと かおり)さん プロフィール

新卒で企業イベント・ブライダルの企画会社に入社。その後、大手アパレルメーカーにて販売職の採用担当、BtoB通販会社での採用や研修担当を経て、2019年2月に glassy株式会社へ入社。社長室のマネジャーとして人事、広報、DX推進、その他業務を担っている。

Slackの「日報」が生んだエネルギー

社内報の企画・制作を中心に、企業・団体のインナーブランディング支援を事業の柱に据える glassy。印刷業を営む株式会社明祥をコアとする明祥グループの企画・制作部門として、1996年に設立された。現在の社員数は34名(取材時)。

 

経営企画とバックオフィス、両方の役割を担う社長室でマネジャーを務める吉本さんは、自社のDXを「スムーズなコミュニケーションにつながるもの」だという。

 

「デジタルツールができることはツールに任せて、人でなければできない業務やコミュニケーションに社員が集中できるようにしています。また、コミュニケーションそのものを広げたり、深めたり、円滑化するために、デジタルツールを活用するケースもありますね」

 

後者の例の1つが、Slackで全社共有している各従業員の「日報」。業務内容報告ではなく、気づいたことや思ったことを書くものだ。Twitter のつぶやきのように、140文字程度で投稿するのが原則だが、思いがあふれそうな日は長くなってもいい。その日の各自の状況に合わせて書いている。

ある日の日報の一部(画像提供:glassy株式会社)

この日報を始めたのは、2020年春。2020年2月中旬にマネジャー陣が始め、3月1日より全社展開した。4月の緊急事態宣言発出により、全社員がリモートワークベースの勤務体制に移行した後、オンラインコミュニケーションに慣れない状況で、顔を合わせないことによるコミュニケーション不足を補う役割を果たした。

 

全員が Slack で日報を書き、共有することで、想定を上回る効果が得られたと吉本さんは語る。

 

「若い人はほかの人の日報を読んで刺激を受けたり、学んだりできます。自分の日報にスタンプやコメントで反応をもらうことで励まされることもある。マネジャーの立場としては、メンバーの状態を把握できるというメリットがあります。また、他部署の状況もわかるので部署間での連携も取りやすくなりましたね。社長室としては全社員の様子を把握できるので、全社イベントの感想などを集めやすくなりました」

 

新入社員をはじめ、若いメンバーの日報にはたくさんのリアクションがつく。他部署のメンバーは若手の成長を見守ると同時に、「自分ももっと成長しよう」というエネルギーをもらっている。

 

現在は出社がベースの勤務体制になっているが、日報は、距離や部署の境を越えたコミュニケーションを豊かにする仕組みとして、形態を変えずに継続中だ。

リモートワークが拠点間の距離を埋めた

リモートワークをきっかけに、コミュニケーションが活性化したもう1つの事例は、拠点間での情報共有と対話だ。glassy の本社は東京だが、大阪と名古屋に拠点があり、月に1回全社会議をおこなっている。コロナ禍前までは、東京本社のメンバーは一堂に会し、大阪・名古屋はカメラとスピーカーで繋いでいた。

 

「東京は全員リアルで集まっているのに、大阪・名古屋はモニター越し。人数の違いもあり、距離を感じていたと思います。でも、全員リモートワークになったことで、勤務地に関係なくも同じ距離感でフラットに感じられるようになりました。日ごろの業務で連携しやすくなったのに加え、全社プロジェクトのメンバー募集に本社以外からも手を挙げてもらいやすくなったことなど、さまざまな効果を感じています」

 

新型コロナウイルスの感染状況に応じて出社率上限の目安を変更しながらもリモートワークを基本としていたのを2022年春には一旦全員出社する体制に戻した。その後もプロジェクトに他拠点のメンバーが1人でもいればミーティングは 一人一人がZoomに繋ぎながらおこなっている。「自分1人のためにカメラとスピーカーを繋いでもらうのは申し訳ない」という遠慮がなくなった、と吉本さんはうなずく。

自宅からでも遠方のオフィスからでも同じ距離感で話せる(写真提供:glassy株式会社)

全員が楽しく働ける環境を作るためのDX

glassy は、最初の緊急事態宣言発出のときから、比較的スムーズにリモートワーク体制に移行できた。従前から環境整備をおこない、デジタルツールの導入を進めていた結果だ。

 

「私が2019年2月に glassy に入社して間もなく、Web会議システムや複数のクラウドサービスを順次導入しました。DX を進めるためには、サーバーの入れ替えやネットワーク環境の強化も必要と考え、繁忙期が一段落する2020年3月末に実施する計画でした。それが功を奏して、4月には全社員がリモートワークできる環境を整えられたのです」

 

コロナ禍を見越して準備していたわけではなく、単なる偶然だったと吉本さんは笑う。

 

「コロナ禍をきっかけに慌ててリモートワークの環境を整えようとしていたら、移行できるまでにかなりの期間が必要だったと思います。早期から取り組んでいてよかったと思いましたね」

 

DX を推進する原動力は、社長室として「全員が楽しく働ける環境を作りたい」という思いだと吉本さんはいう。

 

「たとえば、新しく入った人でもほしい情報がすぐに手に入るようにしたい。どこにあるのかわからなくて聞いて回るのは、時間と労力の無駄ですしストレスですよね。また、面倒で嫌だと感じる作業も、デジタルツールを活用することでスムーズにできたら、クリエイティブなことに取り組める時間が増え、もっと楽しく働けると考えています」

 

全員が楽しく働ける組織を目指して、DX 以外にも「ミッション・ビジョン・バリュー」の浸透などさまざまな施策を実施した。その結果、2021年、2022年連続で、Great Place to Work® が認定する「日本における働きがいのある会社」に選ばれている。

DX を積極的に進めている glassy だが、やみくもにデジタル化しているわけではない。環境整備やツールの導入にあたっては、試験期間を設け、自社で役立つ感触を掴んでから実導入に進める。ツール導入後も惰性で続けず、定期的に見直し、棚卸をおこなっている。

 

「たとえば、国産の Web会議システムと Zoom を併用していたのを、棚卸の結果、Zoom に一本化しました。Slack の日報も例外ではなく、勤務体制が変わったタイミングで『それでも続ける価値があるか』と検討してから、継続を決めています」

自社で試して、グループに広げる

デジタルツールを使った仕組みをある程度運用してみて、役立ちそうなものはグループ会社に広げることもある。現在グループ全体で活用している Slack もその1つだ。まずは工藤 太一代表と吉本さんで試してから glassy 全社で使い始め、その後グループ内で横展開した。見積請求管理システムも glassy 社長室内でスモールスタートし、2か月ほど前にglassy全社で本格運用を始めたところだ。既にグループ会社1社でも導入を終えており、今後もグループ内で導入する会社は増える見込みとのこと。

「システム導入前に、資料を見たり説明を聞いたりして、できる限り慎重に検討しても、使ってみないとわからないこともあります。自社には合わないとわかることも少なくありませんから、いきなり大規模に導入するのはリスクが高いと思います」

人数規模が34名とまだ小回りが利く glassy で試し、自社に適した運用方法を見つける。「ほかでもいけそうだね」となったら、グループ内のほかの会社にも広げる。そのときには、吉本さんがレクチャー役を務めることもあるという。

 

「glassy 発でデジタルツールの導入が進み、グループ全体でも『紙文化からデジタル活用へのシフト』という良い流れができている実感があります」と微笑む吉本さん。「ただし、glassyとしてはいつまでもいまの人数のままでいるつもりはなく、早い段階で 100名規模に成長することを目指しています」と表情を引き締めた。

 

成長した暁には、現在グループ全体のバックオフィス部門が担ってもらっている業務を自社に引き取る可能性もある。その際、社員数の増加に比例してバックオフィスの人数も増やすのではなく、できるだけ少人数で賄えるよう、いまから準備を進めている。

 

「glassy の初めての人事担当として入社しましたが、実際には人事だけでなくさまざまな業務に携わっています。それでも人事の役割が存分に果たせるような仕組みづくりをおこなっています。たとえば人事評価に関しては、あまり人手をかけなくても短いサイクルで評価制度を回せるよう、専用のクラウドサービスを導入しました。現在は四半期単位で目標設定や面談をおこなっていますが、このサービスがなければ実現できなかったと思います」

働き方の多様化へ向けてさらなる DX を進める

「2020年春から、ほぼフルリモートで2022年3月末まで滞りなく事業を進めてこられたのは、クラウドツールの支えがあったから」と語る吉本さん。

 

2022年4月に全員出社する体制に戻した理由は、業務に支障があったからではなく、正式な制度を整えるためだったという。

「リモートワークはあくまでコロナ禍での臨時対応だったので、正式な制度ではありませんでした。リモートワークベースの勤務体制を続けて行く中で、制度化の話も出ましたが、2022年4月に新入社員3名が入社することになったのです。入社直後から先輩社員の出社がバラバラでは業務を覚えるのも人間関係づくりも大変だろうという声もあり、そのタイミングで全員出社する体制に切り替えました」

 

出社勤務しながら、リモートワークをどのように制度化するか検討した。9月~11月の3か月を試行期間として、在宅勤務とワーケーションの試験運用をおこなったところ、ワーケーションはまったく使われず、多くの社員が在宅勤務を利用していることがわかった。この結果を受けて、12月から在宅勤務を正式な制度として運用開始した。

 

現在の在宅勤務制度は、事前申請で月5日まで。本運用後も活用されているという。

 

「高精度のプリンターを使う必要があるデザイナーは出社を避けられません。ただ、スケジュールを調整して企画に集中する日を作り、在宅勤務でじっくり取り組むなどの形で制度を活用していますね」

 

今後も社会環境やメンバーのニーズの変化に応じて制度を拡充し、全員が楽しく働ける環境を整え続けることが吉本さんの目標だ。

 

「現在の glassy には、育児や介護のために短時間勤務やフルリモートワークを必要とするメンバーはいません。今後そういったケースが出てくることは間違いないので、そのための制度や環境も作っていく必要があります。そのためにも glassy らしい DX をさらに進めていきたいですね」

glassy株式会社