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1990年代の終わりに開始された遠隔診療を端緒として、日本でもオンライン診療が徐々に広げられてきた1。本格的な普及が始まったのは、新型コロナウイルスの影響を受けた2020年。対面診療が難しくなったことから、特例措置としてオンライン診療の要件が大幅に緩和され、初診からのオンライン診療が可能となった2。この緩和が、多くの医療機関がオンライン診療を導入するきっかけとなり、現在では多数の事業者がオンライン診療サービスに参入している。
そのなかで、アトピー性皮膚炎に特化したサービス「ヒフメド」を展開しているのが、株式会社Genonだ。2023年3月にベータ版をローンチし、2024年6月10日に正式リリースされたヒフメドは、わずか1年3か月で2,200人の利用者を獲得。アトピー患者の日常に寄り添い、新しい医療体験を提供している。株式会社Genonの代表取締役社長 高原千晶さんに、ヒフメドの開発経緯や現状、今後の展望について聞いた。
高原 千晶(たかはら ちあき)さん プロフィール
大阪府出身。大阪調理製菓専門学校の栄養学部を卒業後、重度のアトピー性皮膚炎を患い、治療のために離職。他社で商品開発やCS部門での業務に携わり、病院勤務も経験。2022年に、共同代表の高砂好さんとともに株式会社Genonを設立。
パーソナルヘルスレコードで個別化医療を推進
自身もアトピー性皮膚炎の患者である高原さんは、現在の皮膚科診療の問題点をこう語る。
「皮膚科診療の現場では、いわゆる『3分診療』が定番になってしまっています。そのため、診療時間不足によるミスコミュニケーションが頻発したり、患者や家族が医師への不信感を募らせたりする事態が発生しています。毎回決まった薬が出されるだけで、減薬や寛解の見込みもわからない。そういう不安や不満を抱いている患者さんが多数おられるのが現状です」
ヒフメドではこの問題を解決するために、1回の診察時間を10分に設定。また、患者は診察前に、患部の写真や症状の記録、診察への要望や症状の生活への影響度などを申告する。これを元にヒフメドがレポートを作成し、患者と医師の双方に送付。医師はレポートを参照しながら診察をおこない、患者に応じた治療プランを提供する。
「医師が患者さんの情報を事前に把握しているため、診察を効率化できます。そのうえで、患者さんは10分間を使って、聞きたいことをしっかりと聞け、納得したうえで治療を進められるのです」
コミュニケーションがスムーズになることで医師への信頼感が醸成され、治療の質も向上するという。治療開始後も、患者は定期的に症状を記録する。パーソナルヘルスレコード(PHR:Personal Health Record)を医師と共有することで、個別化医療を推進することが狙いだ。
「アトピー性皮膚炎は、外部要因やストレスによって症状が悪化することがあります。そのため、日々の症状記録や適切な治療が非常に重要です。ヒフメドは、この日々の管理をサポートする役割を果たしています」
薬については、患者が処方箋と薬のどちらかを選んで送付を依頼する。処方箋を選んだ場合、クリニックから処方箋が送付される。そして薬を選んだ場合は、薬剤師とビデオ通話をおこない、薬の説明を受ける。処方箋と薬のどちらも、診察の当日または翌日には発送される仕組みだ。
ヒフメドの利用者は、2024年6月末現在で約2,200名。0~10歳が40%、11歳以上が60%で、男女ほぼ同数とのことだ。Genonが実施した満足度調査3では、「非常に満足」「満足」が約90%に及んだ。利用者からは多くの肯定的な声が寄せられ、毎月約10%ずつユーザー数が増加しているという。
また、ヒフメドは、一般向けのサービスの他に「ヒフメド for ホスピタル」という医療機関向けのサービスも提供している。導入先の京都大学医学部附属病院形成外科では、その有用性が認められ、関西形成外科学会学術集会で発表されている。
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ユーザーの声を集め、サービスに反映
ヒフメドは、UIのプラットフォームとしてLINEを利用しており、患者とのやり取りはLINEを通じておこなう。LINEを採用したのは、ユーザーからの要望もあってのこと。結果的に、ユーザーの行動変容を促しやすくなったという。
「アトピー性皮膚炎の治療では、毎日の症状記録が非常に重要です。一旦は独自のアプリを開発してみましたが、習慣化が難しく、症状の記録を継続的におこなっていただくことが困難でした。LINEならば、ユーザーの日常生活のなかに自然に組み込むことができ、継続的な利用を促せます」
なお、 LINEのリッチメニュー(トーク画面下部に固定で表示されるタイル状のメニュー)の内容は、日本皮膚科学会のガイドラインに基づいて設計されている。
「エビデンスに基づいたサービス設計を心がけています。LINEのリッチメニューの設計も、ガイドライン作成に携わられた先生方からアドバイスもいただきながら進めました」
ヒフメドは、LINEの活用以外にもユーザーからのフィードバックを積極的に取り入れ、サービスの改善を重ねている。これまでに100名以上のユーザーからヒアリングをおこない、多くの改善要望に応えてきた。診察時間を10分に設定したのも、特定の医師を指名して予約できる機能も、ユーザーの声に基づいている。「ユーザー要望はできる限り取り入れたいと思っています」と高原さんは語る。
また、オンライン診療では、患者の個人情報や医療データの保護が極めて重要だ。ヒフメドも、セキュリティ対策に注力している。
「UIにLINEを利用していますが、ヒフメドをご利用いただくために登録していただいた個人情報は、全て弊社側で保存しています。患者さんの症状写真には、顔や胸、デリケートゾーンなどが含まれることもあるため、クレジットカード決済を扱う企業と同レベルのセキュリティを確保し、顔認証なども導入予定です」
「セキュリティの話をすると止まらなくて」という高原さん。クレジットカードやデビッドカードの基幹システムを担う大手IT企業と協力して、つねに最新のセキュリティ対策を講じているそうだ。
医師の働き方改革やアトピー性皮膚炎研究にも貢献
質の高い医療を持続的に提供するためには、患者だけでなく医師にとってもメリットのあるサービスであることが必要。高原さんたちは、そう考えて、医師の働き方や待遇の改善も目指している。とくに力を入れているのが、育児中の女性医師に働く場を提供することだ。
「多くの女性医師は、出産を機に病院を辞めざるを得ない状況に置かれています。そして、復帰するまでの期間が長くなってしまうのです。子どもが中学生になるまで、つまり10年以上もキャリアにブランクができてしまうこともめずらしくありません。ヒフメドは、そういった女性医師たちに新たな働き方を提供しています」
現在ヒフメドには男女合わせて8名の医師が在籍しており、そのうち3名が常勤、5名が非常勤として働いている。常勤の3名の中にも育児中の医師がおり、自宅で診療をおこなう。また、土日や平日夜に診療する医師もいるため、結果として平日日中の受診が難しい患者も受診可能となっている。
ヒフメドでは、報酬面でも医師の待遇改善を目指す。
「2024年現在は、1回につき1,650円の診察料をいただいていますが、これは他社に比べて高額です。しかし、この価格設定により、質の高い医師と十分な診察時間を確保できています。『丁寧に診る』というヒフメドのコンセプトに共感してくださる医師だけに、参画していただいています。 罹患歴の長い患者さんの間では、よく知られている先生もおられます」
ヒフメドがアトピー性皮膚炎に特化したサービスを展開している背景には、複雑な要因が絡み合い原因がわからず、治療法も確立していないという、この疾患の特殊性がある。この特殊性を高原さん自身が患者の立場で痛感したことが、ヒフメド開発の動機になった。
「製菓専門学校を卒業して、パティシエとして働いていました。しかし、アトピーが重症化して1年ほど自宅療養せざるを得なくなり、パティシエの道を諦めたのです」
その後、一般企業で営業職などに就くが、症状は安定しない。治療を続けながら、アトピー性皮膚炎の診断や治療にはまだ多くの課題があると感じたという。そこで問題解決を目指し、皮膚疾患を抱える仲間とともに起業した。
「アトピー性皮膚炎という言葉は広く知られるようになってきましたが、その研究はまだ途上です。たとえば、遺伝的要因に加えて、アレルゲン、ストレス、気候などの環境要因や生活習慣も大きく影響するため、発症には複数の要因が絡み合っていますが、患者ごとに合わせた治療は難しいことが多いです」
高原さんはヒフメドを通じて、アトピー性皮膚炎の患者ごとの原因解明と個別化医療にも貢献していきたいと考えている。
「ヒフメド for ホスピタル」を導入している大学病院では、「ヒフメド for ホスピタル」を利用する患者からデータ利用に関する了解を得ており、蓄積されたデータを研究に活用している。将来的には、個人を対象としたヒフメドについても、利用者の同意が得られれば、匿名化されたデータをビッグデータとして研究に活用することも検討していきたいとのことだ。
「アトピー性皮膚炎の遺伝的要因や環境要因の解明に向けた研究に力を入れたいと考えています。将来的には、個人の遺伝子情報や生活環境を考慮した、よりパーソナライズされた治療法の開発につながる可能性があります」
より多くの患者に、より適切な治療を
ヒフメドは、今後2年間で利用者数を20万人まで拡大することを目標としている。
「日本の人口の約3分の1が何らかの皮膚疾患を経験しているという統計があります。現在、ヒフメドはアトピー性皮膚炎に特化していますが、今後は他の皮膚疾患にも対応していく予定です。20万人という数字は、その潜在的な需要を考慮したうえでの目標です」
この目標を達成するために、ヒフメドの認知度向上、オンライン診療に対する不安の払拭などを進めていく。
また、最新技術を活かした診断支援にも取り組む。
「京都大学と共同で、画像解析やAIを活用した診断支援システムの開発を進めています。たとえば、患者さんが撮影した症状の写真を解析し、炎症の程度を客観的に評価するシステムの開発を考えています。これにより医師の診断をサポートし、より正確な治療につなげることが狙いです」
皮膚疾患は命に関わることはなくとも、患者の人生を大きく左右する。高原さん同様、志した道を諦めざるを得なかった人も少なくない。一方で、医療業界も働き方改革をはじめ、さまざまな課題を抱えている。
患者と医療者、双方の幸福を願い課題解決に挑む Genon。これまで数々の賞を受賞し、2023年末には累計1.2億円の資金調達を完了。高原さんと仲間たちの挑戦に、大きな期待が寄せられている。
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- オンライン診療の過去・現在・未来(日大医学雑誌) ↩︎
- 新型コロナウイルス感染症の感染拡大を踏まえたオンライン診療について(厚生労働省ウェブサイト) ↩︎
- 【満足度調査】皮膚科専門オンライン診療サービス「ヒフメド」診察満足度89.97%を獲得! ↩︎
執筆
ひらばやし ふさこ
インタビューが好きなライター。ビジネス系メディアを中心に、記事の企画・取材・執筆・編集に携わる。元IT系企業の広報・広告担当。宅地建物取引士。趣味は散歩。
※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。
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