SNS、はじめました
僕は食品業界の中小企業で働く営業部長。上下左右からの有形無形の圧力に押しつぶされそうになりながら日々、生きている。最近、若手社員グループから「SNS などのメディア展開を積極的に仕掛けていくべきではないか」という動きが出てきた。これまで、そちら方面にはまったく力を入れていなかった古い体質の会社なので、世間一般からは10周遅れだが、こういう動きは大歓迎である。
彼らが立ち上げた SNSマーケティング研究会は速攻で会社から認められた。だが、会社の偉い人たちが SNS を理解しているのかは疑わしい。「SNS て LINE だよな。私もやっているよ」「SNS は一度に大勢に送ることができるメールだろ」「ソーシャルニュースサービス」といった、微妙に間違っていて、聞いている側が恥ずかしさと不安を覚えてしまう彼らの言葉から判断するかぎり、十中八九わかっていないだろう。
なぜ、会社の偉い人が SNSマーケティング研究会を認めたのか? それは彼らが有用性を理解しているのではなく、《自分たちは時代の流れに乗っている》という現役感アピールのためである。延命のためである。そういう意味では今回の若手のアクションは、会社上層部を延命させ、世代交代のチャンスを先延ばしてしまったともいえる。残念だ。
絶賛放置中のアカウントを復活させました
会社は Facebook と Twitter のアカウントをすでに持っていた。それらは2010年代から絶賛放置中である。研究会の当面の目標は、このアカウントを正常に稼働させることになった。これらを積極的に活用することで全世界に向けて発信して世界的規模で会社のファンを増やし海外を視野に入れたビジネスチャンスにつなげていく、という中小企業特有の夢物語を描いたのである。
僕も研究会に参加することになった。弊社の商品とサービスのメインターゲットは中高年のおじさんおばさんである。僕はごくごく一般的な中高年に訴求する SNS を目指すために、モルモットオジサンとして抜擢されたのだ。いわば、世間一般のおじさんは何を考えているのかのサンプルである。
だが、この文章を読んでおられる方はご存じのとおり、僕は長年ブログを書き、SNS を活用しており、なおかつ、Webメディアの連載を持っている。たいした経験ではない。けれども、SNS やインターネットに疎いおじさんからはほど遠い存在だと自覚している。僕はその経歴を会社では隠している。昼間は中間管理職、夜はネット世界で暗躍する、バットマンだ。しかし会社の発展のために、SNS素人に徹しようと神に誓った。犯人がわかっているのに「あれ~~」とわざとらしく話す江戸川コナン君のごときプロの仕事を見せてやろうと誓ったのだ。
中途半端な経験と知識が SNS運用を迷走させる
SNS研究会は会議室の使用と勤務時間内での開催が認められた。認められたが予算はない。それゆえ学生時代から SNS に慣れ親しんできた若手の経験をベースに進めることになった。これが迷走の一因であった。彼らは企業アカウントを周知させるためのさまざまな案を出した。「炎上」「成りすまし」「有名人アカウントを追いまわして言及してもらう」「SHARP のようなセンスある面白企業アカウントを目指す」云々。打合せの末席でうーんと頭を抱えてしまった。いかにも素人が思いつきそうな、再現性の低い、一攫千金を狙うような、YouTuber にあこがれる子供が出してきそうなアイデアだったからだ。
僕は「普通のオジサンは過激なアカウントを見ようとは思わないよ。炎上とか条件反射的に逃げようとするはず」「拡散なんて考えずに、有益な情報を地道に発信していったほうがいいのでは」と助言した。だが若手たちは「部長は素人ですからここは私たちにまかせてください」と聞く耳持たずであった。
《素人》《経験のない者》の意見は聞き入れられない。普段の仕事においては彼らのような若手の意見を会社側が取り入れてこなかったのと同じだ。経験がないのにといって相手にされないことは、僕も若い頃から数えきれないほど経験してきた。今回の SNS については立場が変わっただけなのだ。
「いやいやまずは拡散されないと」
「有益な情報を発信しても埋没したら存在しないのと一緒」
「インフルエンサーに届くようにしなければならないのですよ」
そんな反応をされた。僕はモルモットだ。普通のおじさんがどういう反応を見せるのかのサンプルだった。SNS運営の意見は求められていなかった。プロ失格だ。
僕の普通のおじさん演技に疑問を抱いたのだろうか「部長は Twitter をやっていますか?」と質問された。「やっているよ」「私は大学時代から Twitter を運営していてフォロワー数は3桁です。部長のフォロワー数はおいくつですか」。僕はプロだ。正体がばれないように、また正体がばれたときに嘘を言ったと非難されるのを避けなければならない。「私のフォロワー数は3(万)だ」と答えた。「3ではまだまだ初心者ですね。会社では上司ですけれどこの件に関しては私たちに任せてください。まずはフォロワーが2桁になるまで頑張ってみましょう。世界が変わりますよ」。2桁で変わる人生…。そんなものがあったとは知らなかった。
結果を生まない努力はもったいない
SNSマーケティング研究会は、積極的に活動した。Twitter や Facebook に会社の近況をアップして、新商品の情報を流した。リツイートした方から抽選で会社パンフレット的なものが当たるキャンペーンは3リツイートという記録的な大成功をおさめた。3リツイートはサクラによるものだった。
僕もメインターゲットである中高年という立場から「難しいなあ。たぶん SNS に疎い人たちはリツイートもわからないと思うぞー。ウチみたいな地味な会社は地道にやるしかないぞー」と助言した。面白企業アカウントのような、センスがあれば面白くできるけれどキミたちでは無理だ、とは言わなかった。若手は「いやいや。バズを狙っていくしかないんですよ。SNS は」と言ってきかなかった。
試行錯誤を続けるうちに、
「アカウントを買ってみてはどうでしょう」
若手から禁断のワードが飛び出した。
しかし、企業の公式アカウントで、しかもウチの会社のような中小企業でフォロワーが少ない状況で、Dream012、Dream453、Dream998、のような英字プラス数字の似たような文字列が並び、なぜかツイートが英語で占められていたら…。「こいつら買ってやがる」「不正しそう」と思われ、企業としての信頼を損なわれるだけだ。頭の中がフォロワー獲得とバズで支配されている若手グループは、信頼を担保にして危険な橋を渡ろうとしていた。
自問自答した。
《SNS素人のおじさんが「アカウントを買う」ムーブを知っているだろうか》《素人おじさんがその危険性と副作用を正確に把握しているだろうか》《指摘することで「こいつ素人じゃないのでは?」と疑われて、現在運営しているアカウント(Delete_All)を特定されないだろうか》。バットマンであることがバレ、怨念と欲望に塗れたツイートが露見したら、社内での命運が断たれてしまう。
一方、若手グループがアカウントを買うという行為に走り、それが社会に明らかになり社の信用が失墜したら…。SNS の運用を任されている研究会が責任を追及されるのは免れない。最悪なのは、研究会の参加メンバーのうちもっとも役職が高いのは僕であること。最下層モルモットなのに役職があるがために僕が責任を取らされる公算大。きっつー。
身バレ覚悟で若手社員の暴走を止めるほかなかった。若手社員の良心と、財布に訴える作戦を決行した。
「アカウントを買うということは賄賂だ。選挙で票を買うのは禁じられているだろう? それと似たようなものだ」
「仮に法的倫理的に許されるとしても、購入費用は会社の経費からは出ない」
僕の身バレ覚悟の助言は、若手社員たちのハートに届いた。彼らは「自分の金は出したくありません」と言ってくれた。こうして会社の危機は回避されたのである。
SNSマーケティング研究会の試行錯誤はいまも続いているが、結果は出ていない。研究会のモルモットである僕は、若手社員から Twitter運用術を教わっている。
「目にしたツイートには【勉強になりました】【参考になります】と付けてください。詳しい説明は必要ありません」
「フォロー数はフォロワー数よりも少なく抑えてください。私の経験では3分の1以下。フォロワー数が多いほうが映えますから」
「著名人のツイートには積極的に絡んでください。【ご結婚おめでとうございます】【赤ちゃんかわいいですね】【舞台最高でした】みたいな、内容はなくてもいいです。著名人は承認欲求の塊ですから賞賛コメントに悪い気はしません。あわよくば数百万フォロワーを持つ有名人からリツイートされるかもしれません」
このようなバカバカしい助言を聞きながら、正体がバレないように「はじめてのリツイートできたぞ」とフレッシュな意見をときどき述べて研究会では与えられた役をやりすごしている。プロに徹している。
中小企業だからこそ本気で取り組む必要がある
多くの中小企業の SNS活用はこのように「予算をかけない」「社内の経験者の意見で運営」「片手間」でやっているところがほとんどだろう。かけられる労力と金が限られているからだ。だが、限られたマンパワーとカネを溶かしてしまっているのが実態ではなかろうか。実際、我が社の研究会は時間を溶かしているばかりで結果が出ていない。時間を無駄にしているのは、金(人件費)を無駄にしているのと同義である。
なぜか。それは自分たちで何とかしなければならないという中小企業特有の DIY精神だろう。予算に余裕のある大きな会社なら、専門業者への外注、専任部署の設置という施策になるが、余裕のない中小は DIY で乗り越えようと考える。ところがすでにレッドオーシャン化している SNS は中途半端な知識と経験で乗り越えられるほど甘くはないのだ。
では中小企業は SNS活用を諦めなければならないのか。それは違う。中小ならではの活用方法がある。基本的には、若手社員にはまったくウケなかったが、地道に会社の商品やサービスを投稿し続けていくことだろう。継続が大事なのだ。活動していない企業アカウントは昨今、死んでいる、あるいはやる気がないととらえられる。何かのきっかけに、会社名で検索をかけられて公式会社アカウントに辿りついても、放置されていたらそこで終わってしまう可能性がある。また、中小企業アカウントが有名人のアカウントをリツイートばかりしていると「ふざけているの?」と敬遠される可能性もあるかもしれない。
中の人がセンスあふれる人ならば、面白・個性的ツイートで人気を得られる可能性もある。だが、多くの中小アカウントの中の人は凡人である。いいとこダジャレおじさんである。面白個性的ツイートを目指しても寒い結果が待っている。それならば粛々と活動をツイートしたほうがいい。ニッチな内容がよい。業界内や社内では当たり前になっているが、外にいる人間には知られていないことは多い。そういう内容を投稿していれば、ネットで発見されて小爆発するかもしれない。
中小企業には限界がある。だからこそ、片手間ではなく、多少は本気を出して取り組んだほうがいい。中途半端な取り組みは塵も積もれば山となる的で大きな無駄になってしまう。まずは、ボランティア精神に頼った研究会ではなく、業務として SNS に取り組むこと。専門業者に外注するほどの予算がなくても、1回くらいは有識者のレクチャーを受けてみるのもありだろう。ある程度の方向性が見つかるだけでも、ウチの会社のような迷走は避けられて、無駄はなくせるはずだ。
SNS の運営について AI を活用してみてはどうだろう? ChatGPT にツイートの内容のアイデアを出してもらい、それをヒントに運営してみる。素人の中途半端な知識と経験に頼って SNSビジネスに取り組むよりはずっとよい結果が期待できる。
実際問題、会社の若手のレクチャーを受けて、フォロワー3桁を目指している僕の裏アカウント「湘南おじさん」は運用開始から1か月を過ぎた時点でフォロワー数は3に留まっている。すこしかじった程度の知識としょぼい経験にもとづいた施策がこのうえなく頼りないものであることの活きた証明である。なお、そのアカウントは探さないでくださいね!
執筆
フミコ・フミオ
大学卒業後、営業職として働き続けるサラリーマン。
食品会社の営業部長サンという表の顔とは別に、20世紀末よりネット上に「日記」を公開して以来約20年間ウェブに文章を吐き続けている裏の顔を持つ。
現在は、はてなブログEverything you’ve
ever Dreamedを主戦場に行き恥をさらす
Everything you've ever Dreamed : https://delete-all.hatenablog.com/
2021年12月にKADOKAWAより『神・文章術』を発売。
※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。
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