デジタル社会の現在、スマートフォンアプリ(以下、スマホアプリ)は日常生活を営む重要なインフラとなっている。企業にとっても、スマホアプリのリリースは自社の事業構造をアップデートさせる一手であり、経営戦略としても重要な位置付けとなっている。そのような中、スマホアプリの開発・運用で大きな存在感を放つ企業がある。フラー株式会社(以下、フラー)だ。大企業、自治体を中心に幅広く支持される同社の強みを、CTO の伊津惇さんに聞いた。
伊津 惇(いづ あつし)さん プロフィール
フラー株式会社 執行役員CTO兼エンジニアグループ長。1989年生。新潟県出身。国立長岡工業高等専門学校卒業。卒業後は、自動車部品メーカーにて、組み込みソフトウェア開発をおこなう。2017年4月にフラーに参画し、エンジニアとして「長岡花火公式アプリ」「Snow Peak公式アプリ」の開発をおこなう。2021年執行役員CTO兼エンジニアリンググループ長、フラーの開発組織の拡大に携わる。ユメは世界を変えるプロダクトを創ること。
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「リリースはゴールではなくスタートライン」
近年、多くの企業がスマホアプリの開発に乗り出している。自社の知見やノウハウを活かしたサービス展開や自社EC による売上拡大、顧客エンゲージメント向上に向けた会員サービスなど、種類・用途も幅広くなっている。また、スマホアプリでは利用者の属性データも収集できるため、マーケティングとして有益なデータ獲得にもつながるメリットもある。
一方で、スマホアプリは開発することが目的ではなく、リリース後、いかに多くのユーザーに継続的に利用されるかが重要だ。一定数ユーザーを獲得できなければ投資対効果が低く、有益な顧客インサイトを得ることもできない。開発段階からリリース後を見据えたサービス設計が不可欠だ。
「当社では『リリースはゴールではなくスタートライン』と考えています。アプリはとにかくつくればいいというものではなく、リリース後、いかに成長させ、ユーザーを獲得していくかが重要です。お客さまの視点に立てば、スマホアプリのリリースは大きな投資であり、それに見合った成果は必ず求められます。開発の時点で運用やアップデートを見越した技術選定やシステム構築をしていく必要があります」
そう説明するのが、フラーCTO の伊津さんだ。同社は日本でスマホが普及し始めた 2011年に創業。現在では「デジタルパートナー事業」という名で事業を展開し、アプリを中心としたデジタル領域全般のソリューションと、スマホアプリ市場・競合分析サービスの「App Ape(アップ・エイプ)」を提供している。同社の事業展開の経緯を見ると、アプリ開発のソリューションに先行して 2013年から App Ape の原型となるサービスを展開しているが、同サービスではどういった価値を提供しているのだろうか。
「App Apeは、独自に取得したスマホアプリの利用データを統計処理し、市場・競合分析に活用できる利用動向データを提供するサービスです。具体的には特定のアプリのユーザー規模やユーザー構成、利用パターンなどの指標をシンプルな UI で可視化しています。また、競合となるアプリのユーザー数や利用時間、上昇・下降トレンドもわかります。アプリ開発や運用に必要なデータが分析でき、よりスピーディな意思決定が可能になります」
原型となるサービスを含めれば、フラーは 10年にわたり App Ape によるデータ分析をおこなっている。同社がクライアントワークを開始したのは 2017年のこと。これまでの自社プロダクト開発で培った技術力、そして App Ape によるアプリ利用動向データの知見やデータ分析のノウハウが揃う同社にスマホアプリ開発のニーズが寄せられたのは、自然な流れといえるだろう。
「開発しようとしているスマホアプリの競合が、どのようなユーザーがどのように利用されているのかは、表層的な情報では掴みづらいものです。
実際、お客さまが若年層と予想していたスマホアプリのメインユーザーが、じつは 30〜40代であることがわかり驚かれることもあります。想定ユーザーを見誤るとリリース後の収益化プランに大きな影響を与えます。マーケティング施策としても、スマホアプリの開発・運用にはデータドリブンな意思決定が非常に重要になります。
当社の場合、App Apeに蓄積する長年のデータから、運用を見据えた適切な提案をデータサイエンスに立脚した視点からおこなうことができます。一方で、お客さまのニーズを聞くと、そもそもアプリを開発したいが、信頼できる企業に依頼ができず困っているという場合も多い。そういったところから、私たちが長年培った技術力を活かしてクライアントワークもするようになりました」
開発・運用で重視する「当事者意識」
伊津さんが説明するように、同社の強みはデータ活用の知見とスマホアプリに関する高い技術力がシナジーを発揮している点にある。初めて手がけたクライアントワークであり、現在まで 6年に渡り運用しているのが、新潟県長岡市で開催される「長岡まつり大花火大会(以下、長岡花火)」(主催:一般財団法人長岡花火財団)の公式スマホアプリだ。
「長岡花火大会は毎年 8月初旬の 2日間、合計で約4時間開催されます。公式スマホアプリは、年間でもごく限られた時間のみ使いますが、その 2日間は非常にアクセスが集中し、利用シーンもインターネットへの接続がしづらい屋外の場合も多いです。
このアプリは、長岡花火大会をより便利で楽しいものにするようにサポートすることが目的ですが、もしも運用面に不備があれば真逆の効果を生んでしまいます。開発としても運用を見据えた対応を随所にしています。
たとえば、機能の中には会場のマップや当日のプログラムが表示されるようになっていますが、リリース 1年目はインターネットから常に情報をダウンロードして表示されるようにしていました。しかし、それではインターネットに接続しにくい場合、肝心の情報が表示されにくいことがわかりました。その反省を活かし、現在ではマップやプログラムの建付を改修し、オフラインでも常に表示するようにしました」
デザイン面でも配慮をおこなった。花火大会という性質上、利用は夜となる。そのため、デザインはダークモードをデフォルトとして、黒を基調として夜間でも見やすく、使いやすい UI を実現している。
「私たちは『当事者意識』と呼んでいますが、ユーザー体験を自分ごととした開発・運用をおこなっていることもフラーの特徴です。自身をユーザーの一部と捉えて、まず自分たちがユーザーとして体験してからアプリをつくっていくことを重視しています。
また、当社の社長である山﨑将司は国際的なプロダクトデザイン賞である「iF DESIGN AWARD」を受賞した UI/UX のエキスパートであり、全社的にユーザー体験を向上させるデザイン構築への意識が高いことも強みです。
いくらよい機能を備えていても、使われなければ意味がありません。逆にデザインがよくても利便性の高い機能がなければ長く使ってもらえない。このような機能とデザインのバランスを適切に取れていることが他社との競合優位性になっていると感じます」
たしかな技術力を持ちながら、ユーザーが使いやすいデザインを念頭に置いた開発をおこなう。加えて同社はデータ分析に強みを持ち、事業開発の段階から伴走して支援する。スマホアプリに関するすべてのプロセスを一気通貫で依頼ができるため、顧客としての利便性は高い。では、同社のエンジニア組織はどのような体制をとっているのだろうか。
「当社の場合は一般的にいうマトリックス型組織をとっています。担当する職種ごとにチームを分け、プロジェクトチームが発足するとそれぞれのチームからメンバーがアサインされる仕組みです。具体的には iOS と Android、フロントエンド、サーバーサイド、データサイエンティストの 5つのチームに分かれています」
フラーは働き方の柔軟性が高く、エンジニアの場合、約7割のメンバーがリモートワークで勤務しているという。一方で、リモートワークでは連携のしづらさを課題視する企業も多い。CTO としてエンジニア組織をまとめる伊津さんは、マネジメントではどのような点を意識しているのだろうか。
「会社全体としては、『世界一、ヒトを惹きつける会社を創る。』をユメ(ビジョン)に掲げています。それを体現するように、エンジニアに限らず非常に多様で優秀な人材が在籍し、部署を横断しながら自身の強みや得意領域を発揮して活躍していることが強みになっています。
カルチャーとしても役職や部署にかかわらず交流ができるような制度を設けています。誰とでも気軽に話せることが心理的安全性にもつながり、仕事にも好影響が出ていると思います。私としてもこのカルチャーは非常に重視していて、リモート中心のメンバーでも気軽に会話ができる機会を積極的に作っています。
私がエンジニアになったきっかけでもありますが、やはりエンジニアは『開発することが楽しい』という気持ちが根底にあると思っています。エンジニア一人ひとりにその気持ちを大事にしてほしいです。そのためにもチーム全体で会社が持つカルチャーを損なわず、自身の能力がしっかりと発揮できる環境を整備したいと心がけています」
スマホアプリの運用で「ImageFlux」を活用するメリット
フラーでは、 iOS と Android といった各環境に合わせた専用アプリをそれぞれ開発する「ネイティブ開発」と呼ばれる手法をとっている。現在では Flutter などマルチプラットフォーム開発が行えるフレームワークもあるが、ネイティブ開発にこだわるのにはどのような理由があるのだろうか。
「Flutter 自体は当社でも取り入れる場合もありますが、中心に据えるのはネイティブ開発です。その理由には、やはりリリース後の運用を考慮しているところが大きく、開発では Flutter が有利であることは多いのですが、それぞれの環境に向けたネイティブな機能の改修では手間が増えることもあります。
また、ネイティブ開発は初期コストは高くなる傾向にあるものの、中長期的にアップデートを重ねていく運用を考えたときには、コスト的にもメリットが大きいです」
リリースはゴールではなくスタートライン。冒頭の言葉はフラーの開発姿勢にも現れている。安定した運用とアップデートのしやすさを考慮した技術選定やツールを導入しているからこそ、フラーが手がけるスマホアプリは成長曲線を描けるのだ。
フラーは現在、さくらインターネットの画像変換・ライブ配信クラウドサービス「ImageFlux」を活用しているという。スマホアプリの開発に、ImageFlux はどのような利便性があるのだろうか。
「ImageFlux は画像やライブ映像を、配信先端末に合わせて簡単に最適化できるサービスです。フラーでは5年ほど前からスマホアプリの開発によく活用させてもらっています。
当社の場合は画像の最適化に利用する場合が多いですが、とくに ECサイトと連携したスマホアプリの場合、スマホアプリに合わせたサイズの最適化が必要です。ImageFlux は ECサイトに上げた画像を自動で最適化してくれるので、サイズの大きな画像でも品質を損なわずに高速で表示できます。スマホアプリは表示速度が非常に重要なので、手間なく自動でサイズを最適化してくれるのは大きなメリットですね」
スマホアプリは運用を続けるごとにコンテンツ数が増加し、画像点数も膨大になる。知らず知らずのうちにサーバーの負担が増え、表示速度が遅くなりユーザーの利便性が下がることも多い。ImageFlux はサーバー側の運用リスクを下げ、ユーザー体験の向上に寄与できる。
「加えて、サーバーサイドやバックエンドは非常に重要な職種ですが、現在業界全体でエンジニアが不足している状況です。当社が ImageFlux を導入したときも、現在と比べればエンジニアの人数が少なく、どうにかサーバーを見るエンジニアの負担を減らしたいと考えていました。ImageFlux はお客さまやユーザーの利便性向上だけでなく、エンジニアの負担軽減にも役立っています。
さくらインターネットは自社でサーバーやクラウドに関係するサービスを多く展開していて、バックエンドに関する信頼感は非常に高いです」
【さくらインターネット株式会社の画像変換・配信エンジン「ImageFlux」】
1枚の画像をもとに画像の拡大縮小、切り抜き、合成などによりデバイスに最適化された画像を簡単に生成し、高速かつ高品質で配信することができるクラウドサービスです。ECサイトや電子書籍サービス、口コミアプリケーションといった画像ファイルを多用するサービスにて、デバイスに合わせた画像変換および画像にまつわるサーバー管理や脆弱性対応などの運用コストを抑えることができます。
地域への貢献が新たなシナジーを生む
同社では 2020年より、新潟本社(新潟県新潟市)と柏の葉本社(千葉県柏市)で 2本社体制をとっている。現在会長を務める渋谷さんや社長の山﨑さん、そして伊津さんなど、フラーには新潟県出身のメンバーが多い。
「2017年から新潟に置いていた拠点を2020年に本社化し、2本社体制としました。これには、地元に対して恩返しがしたいという想いを持つメンバーが多かったことが背景にあります。これに加えて、実感としてデジタル領域に課題を抱えている新潟県の企業が多く、現在社会課題になっている地方のデジタル格差を解決していきたいという思いもありました。
IT企業は都心に集中していて、地方企業においては、スマホアプリの開発などデジタル技術を活用した事業展開などがしたくても、相談できる会社が少ないという状況があります。都会と地方では IT企業の数という面でも明確な格差があります。
新潟県には魅力的なコンテンツがあり、デジタル領域で強みを出せる分野も多いです。フラーとしても新潟県がポテンシャルを発揮するサポートをしていきたい。そんな想いから新潟本社を設置しています」
柏の葉本社は都心へのアクセスがよく、大企業のプロジェクト窓口を担うことが多い。都心でのトレンドをキャッチアップしつつ、新潟本社と連携することで全社としての技術力を底上げしている。また、両本社では地域貢献にも取り組んでいる。
新潟本社では前述の長岡花火大会の運営にも参画し、アプリの運用・保守だけではなく会場のゴミ拾い活動にも取り組んでいる。柏の葉本社では三井不動産株式会社との協働によりおすすめランニングコースを紹介するサイト「柏の葉ロードマップガイド」を制作。地域の発展や魅力の発信に積極的に携わっている。そのほか、会長の渋谷さんと伊津さんの母校である長岡工業高等専門学校などと連携し、IT人材の育成や起業家創出のためのプログラムを提供している。
「こういった取り組みは企業としてすべきことだと考えています。フラーのように新潟や柏の葉といった地域に根ざし、スマホアプリの開発をしている IT企業はまだ珍しいです。当社のような会社や働き方があり、仕事を通じて地域に貢献することができることを知ってもらうことで、地域の方々ともより大きなシナジーが生まれると考えています。
高専に教育プログラムを提供しているのも、高専出身のメンバーが創業した当社ならでは視点からお話しできることも多いと考え、積極的に携わっています。高専生が培っているものづくりの力に加えて、IT の技術力が加われば大きな可能性があり、さらには会社をつくることでできる広がりも知ってほしいです。そういった教育支援を通してフラーに興味持っていただき、就職を希望される高専生も非常に多いので、連携いただいている高専の方々にはとても感謝しています」
創業から 12年が経った現在、フラーはどのような事業展開を見込んでいるのだろうか。最後に CTO の視点から伊津さんの展望を聞いた。
「創業から現在まで、スマホアプリにかかわる事業を展開し、企業の成長とともに対応できる領域も増えていきました。今後も企業としての経験を積みつつ、さまざまな領域へと展開できる体制を整えていきたいですね。
一方で、当社がクライアントワークでのスマホアプリの開発に乗り出したのは 6年ほどで、他社に比べるとまだ実績の数としては少ないと感じています。今後は実績数も増やしていきつつ、これまで積み上げてきた知見やノウハウを活かしながら独自のプロダクトソリューションをつくっていきたいです」
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