実際に異動を経験した方や異動を受け入れた方、キャリアコンサルタントの方などにお話をうかがいます。
今回は、株式会社ワーク・ライフバランス 共同創業者の大塚万紀子さんにインタビューしました。
大塚 万紀子(おおつか まきこ)さん プロフィール
大学院卒業後、楽天株式会社に新卒入社。その後、2006年に株式会社ワーク・ライフバランスを共同創業。大企業から中小企業まで、多くの企業へワーク・ライフバランスコンサルティングを提供。企業のワーク・ライフバランスへの意識改革、長時間残業の削減やマネジメント層の意識改革等のサポートをおこなうほか、行政・民間企業のワーク・ライフバランスに関する講演や研修の講師を数多く担当している。
さくらインターネットとの関わり
――本日はよろしくお願いします。ワーク・ライフバランス社もしくは大塚さんと、さくらインターネットとの関わりについて教えてください。
たくさんありますよ! もともとは田中社長と小室(株式会社ワーク・ライフバランス共同創業者、代表取締役社長)が何かのイベントでご一緒し、そのとき働き方について意気投合したのがきっかけです。御社の大阪本社で100人くらい集めて、シンポジウムもしましたね。
コロナ禍ではMBTI※(ユングのタイプ論をもとにした、世界45カ国以上で活用されている国際規格に基づいた性格検査)のワークショップを、さくらインターネットの社員さん向けにオンラインでおこないました。
人材の流動性について
――人材の流動性についてのお考えを聞きたいです。循環があったほうがいいですかね?
やり方は何でもいいと思うんですけど、循環はとても大事だと思っています。「セレンディピティ」という言葉があります。偶然に幸運を発見するという意味です。偶然の出会いから何かを得ることは確実にあると思うので、それを仕組みの中で作っていくのはとても大事です。
コロナ前であれば、転勤や転居を伴っての人材流動が主流だったと思うんですけど、コロナ禍になり、オンラインでいろいろ進められることが当たり前になりました。対面でお会いしつつ、オンラインで補完できるようになったので、いままでよりは偶発性を起こしやすい時代になったと思います。
それでいうと、副業する方もいままで以上に増えてくるでしょうし、多様な働き方も増えるはずです。
それが雇用の流動性と一致しているとは思わないんですけど、場所や一緒に働く相手が変わっていくのは、とくに創造性を求められるお仕事においては大事になってくるんじゃないですかね。
――大塚さんご自身もワーク・ライフバランス社とは別に、「合同会社てにをは」に参画されていますね。これも偶発性を意識されているのでしょうか?
まさにそうです。ワーク・ライフバランスもすごく楽しくて勉強になる仕事が多いですし、とっても居心地がいいんですけど、どこかで違う刺激といいますか、違う役割で新たに能力開発するきっかけを作らないといけないと考えました。今の仕事の価値を高めていくためにも、さまざまな刺激を自分から取りに行こうと考えたんです。
キャリアでも職場の中でも、ターニングポイントはどこなんだろう? という感触を確かめていくのは、大事だと思います。
私は冒険好きかと言われると決してそうではなくて、みんなで楽しく過ごせたらいいよねという気持ちがベースにあります。そういう人間からすると、いきなりキャリアチェンジしてくださいって言われると戸惑いますよね。会社に属しながら副業や人材交流する中で、自分の得手不得手や新しい可能性を考えられる時間、言語化する時間を持てるのはとても大事です。安心して次にチャレンジできる準備になると思います。
――違う刺激という意味で、異動や出向などについてはどうお考えでしょうか?
人事異動や出向は、それなりに意味があると思います。新しい出会いが向こうからやってきてくれるわけじゃないですか。それって最高だと思います。
私自身も楽天時代、営業や人事、総務や法務などを経験しました。ただ、反省点もあります。もう少し殻に閉じこもらずに、いろいろな部署の方と関われば良かったですね。
大切なのは異動や出向といった機会を、自分なりにどのように捉えるか、そのために内省する時間を持つことだと思います。活かすも殺すも自分次第なところはありますよね。
ワークライフバランスは福利厚生ではなく、成果を出す枠組み
――ワークライフバランスという言葉が社会に浸透してきたと感じたのはいつ頃ですか?
10年くらい前からですかね。それまではワークライフバランスという言葉は福利厚生の一環みたいな文脈でしたけど、少しずつ正しい意味で広がったと思います。育児休業できるようにとか、企業の中に託児所を作るといいんじゃないかとか。少しずつ残業問題にも目線が行き始めたと思います。
私や小室もそうですが、私たちの会社には子育てしているメンバーや多様な働き方をしている人が多いです。みんなが働きやすいように「新しい休み」という制度があります。有給休暇とは別に、理由を問わずに年間36日休める制度です。通常の有給休暇と合わせれば、週休3日で働くことも可能です。副業に使う社員もいれば、不妊治療だったり、家族の看護・介護に充てたり、大学に通い直す人もいるんですよ。
――ワークライフバランスという言葉が浸透していない時代は、女性が産休を取るための福利厚生のように間違った解釈をされることも多かったと思います。正しい定義を広めるためにどのような行動をしましたか?
ワークライフバランスは「ワークファミリーバランス」ではありませんよ、とずっと言っています。「あなたも当事者です」と伝えてきました。福利厚生ではなくて、しっかりとした労働の枠組みの話ですし、成果を上げるための仕組みでもあります。働きづめ、そしてそれを放置することは経営者の責任としてあってはなりません。
ワークライフバランスって、すごく厳しい考え方だなと思います。限られた時間で成果を出さなければいけませんから。常に自分自身を磨かないといけないんですよね。コンディションを整えていくのも1つの責任になるので、じつはすごく厳しい考え方です。それを柔らかなニュアンスにしたのがワークライフバランスです。
以前は「ワークライフバランスをとるべきだ」と強く発信していたのですが、途中から発信方法を変えました。義務感ややらされ感で取り組む働き方改革やワークライフバランスだと一時的には変化があっても、継続することが難しいんです。
楽しみながら働き方を変えるほうが続くな、と。そのためにはまず自分が楽しむ。私が楽しみながら働き方を変えている様子を見た人が、あんなに楽しそうってことはワークライフバランスは素敵なんだ、大事なんだ、自社でも取り入れよう、と思ってくださったらいいな、と。”べき論”から”楽しむ”に方向転換したことで、より浸透したと思います。
生産性を高めるために大事なこと
――大塚さんは2人のお子さんを育てながら起業をして、別の会社でも仕事をしています。同時にいろいろなことをするうえで、意識していることは何でしょうか?
苦手なこととできないことは諦めました(笑)。私は家事の中で洗濯は好きなんですけど、料理するのがあまり好きじゃないんですね。でも母親として、手作りしないといけないと思っていて、ずっとつらかったんです。
ある日、子どもたちに「ママ、プリプリしながらご飯作ってる。そんなご飯、美味しくない」って言われました。そうしたら夫が「楽しく食べるほうが大切だから、つらいなら宅配サービスを使おうよ」と言ってくれたんです。
「え? お金で解決していいの?」と思ったんですけど、そこからすごく気が楽になりました。心理的に理想の母親像として、毎日栄養バランスのしっかりしたものを自分の手で作らないといけないと思っていたんですけど、頑張りすぎることをやめました。
苦手なことやできないことはアウトソースして、得意なことで貢献すればいいんです。別の手段もあるんだ! と思えるようになってからは、不思議とご飯を自分で作ることが苦ではない日が増えました。これは仕事でも同じだと思います。
――生産性を高めるために意識したほうがいいことを教えてください。
最近、3つの意識を向けることが大事なんだろうなと思っています。1つは時間の意識です。24時間は誰にでも平等に与えられている資源なので、この24時間を何にどのように投資するのか。これがポイントです。
2つめは自分自身を理解すること。自分自身、何が好きなのか、何をやってきたのか、どこでだったら誰かに貢献できるのか。こうしたことを謙虚に、でもネガティブにならないように客観視する術を身につけることが大事です。苦手なことを一生懸命時間かけてやる必要はありません。
3つめがチームです。2つめの自己理解を進めれば進めるほど、苦手なことがわかってしまいます。その苦手なところを埋めてくれる人を探してチームを作ってください。
時間を意識する、自分自身のことを理解する、お互い助け合えるチームを作る。この3つが生産性を上げるために大事になると思っています。
(撮影:ナカムラヨシノーブ)