障がい者支援の場に DX。業務効率化と多様な働き方の実現へ

仙台市内で障がい者向けのグループホームを運営している株式会社EGAO(以下、EGAO)。2019年12月に設立された同社は、翌年の春頃に業務改善プラットフォーム「kintone(キントーン)」を導入。紙ベースで管理・処理されていた入居者のデータを、デジタル化することで業務の効率化をはかった。今回は「高齢者介護市場と比較すると、障がい者福祉の市場にはまだまだデジタル化が浸透していない」と語る、代表取締役の齋藤 聡(さいとう さとし)さんにインタビュー。kintone 導入の経緯や、障がい者支援の場における DX の意義について話を聞いた。

齋藤 聡(さいとう さとし)さん プロフィール

1960年、山形県山形市生まれ。中央大学商学部卒業後、理想科学工業株式会社に営業職として入社。転勤で仙台に移住。その後転職し、半導体・電子デバイスのメーカー(生産管理・購買)、損害保険会社(営業)に勤務。
2019年、障がい者福祉サービス事業をおこなう株式会社EGAOを設立。障がい者グループホーム8棟(関連会社含む)、就労継続支援1事業所を立ち上げる。「共生社会」の実現に向けて、働きづらさや生きづらさを感じる人々に伴走している。

グループホームの DX の3つの目的

EGAO が運営するグループホーム(画像提供:EGAO)

もともと「業務のデジタル化は必須」だと考えていた齋藤さん。会社設立から kintone を導入するまでの数か月の間にも、アナログに頼ったやり方にさまざまな問題を感じたという。

デジタル化を推進する目的は、大きく3つ。「情報の共有化」「確実にエビデンスを残すこと」「バックオフィスの軽量化」だ。

障がい者支援をおこなうスタッフは、24時間交代勤務のシフト制だ。毎日同じスタッフが同じ入居者の支援をするわけではないため、入居者の状態を確実に記録し、引き継ぐ必要がある。

もともとその記録は紙でおこなわれていた。それは現場スタッフから管理者の手に渡り、また管理者から次のスタッフへ引き継がれるという流れとなっている。しかしこの場合、「紙が保管されている場所に行って確認する」アクションが必須だ。また、不測の事態で管理者がその場にいなかった場合、適切に引き継ぎがおこなわれない可能性もある。kintone を利用しデータをクラウド上で閲覧できるようになれば、こうした問題は回避できると、齋藤さんは考えたのだ。

 

「必要な情報を自分で『取りにいける』ことが大きなメリットです。また、手書きのメモでは情報が十分に伝わらないこともありますが、データ化することで支援の質を平準化することもできます」

グループホームのような支援施設では、現場の支援状況を記録しエビデンス化することが求められる。行政からの給付金の受け取りにも、その記録の提出が必要になるからだ。

このように、支援状況の記録は大切な業務の1つである。しかしこの作業は現場スタッフにとって手間や負担が大きく、それでいて確実に記録しなければ給付金が受け取れないというリスクもあるのが実情だ。

 

「これまで紙に文章で書いていたものを、kintone上にリストを作って、それにチェックを入れる仕様にしました。スタッフによって記録内容にばらつきが出ることがなくなり、支援内容を把握する意味でも、行政への提出の意味でも効率化できました」

kintone はタブレットで使用しているため、画面をタップするだけで簡単にチェックできる。手書きしていたときと比べ、時間の短縮にもつながったという。

気づいたことがあればすぐに入力できる

EGAO で働くスタッフには、現場作業を主とする人と事務作業を主とする人がいる。完全に分業化されているわけではなく、事務作業をする人も現場に入ることがあるそうだ。

デジタル化を進めることで、バックオフィス業務の効率化に成功。その分、スタッフが現場で障がい者支援をおこなう時間を増やすことが可能となった。

会社設立時から積極的に DX を推進

必要な情報の確認も入力も、簡単な操作で完了できる

「DX の推進は、会社設立時から決めていました」

齋藤さんは、EGAO の設立当初から、グループホーム運営の支援ソフトを探していたのだという。しかし、介護(高齢者介護)の支援ソフトはあっても福祉(障がい者支援)の支援ソフトはほとんど市場に出回っていなかった。高齢者介護と障がい者支援は、支援する内容も行政に提出する情報もまったく異なる。そこで齋藤さんは、自社の業務にあわせてカスタマイズできる、拡張性に優れた kintone を導入することに決めたのだという。

まず2020年の春、5つあるグループホームのうち1棟に、試験的に kintone を導入。業務に合わせてカスタマイズしたり、スタッフに教育したりと1年ほど試用したあと、2021年3月にグループホーム全棟に導入したそうだ。

「タブレットはスマホと親和性が高く、操作がしやすい。スタッフが直感的に扱えるのがいいですね」と齋藤さん

「設立時からゆくゆくはデジタル化すると公言していましたから、とくに社内から反発はありませんでした」

また、導入当時は少なかった福祉系支援ツールだが、ここ最近は徐々に増えてきていると齋藤さんは話す。

「kintone は便利ですが、やはり福祉に特化した専用のツールのほうが、かゆいところに手が届きます。デジタル化は今後も強化していくべき課題です。あくまで業務を効率的に、簡単にするための DX ですから、もっとよいものがあればほかのツールも導入するつもりです」

用途に応じたツールを活用

「タブレットを使って不便なことはない?」スタッフと和やかに会話する齋藤さん

EGAO では、kintone 以外にもデジタルツールを導入している。社内間の連絡は「Chatwork」を、Word や Excel、PDF など kintone ではやり取りしにくいファイルの共有はクラウドストレージサービスの「Box」を使用しているそうだ。

Chatwork は、全社やグループホームごと、管理者専用など、いくつかのグループを作成して運用している。情報の見える化ができるので、一人ひとりに個別に連絡するより手間が省けるようになったという。

Box は、たとえばベースとなるファイルの日付だけを変えて作成していくような場合に役立つ。

「いままでは、メールにファイルを添付して、それを上書きして作っていました。それが、各自が Box からダウンロードして新しいファイルを作成し、終わったら格納すればよくなった。楽になったし、ミスも減りましたね」

デジタルを活用したダイバーシティ経営で「共生社会」を実現

就労継続支援事業「結っ人」で作業する人たちの様子(画像提供:EGAO)

EGAO はグループホーム経営のほか、2020年4月から障がい者の就労継続支援事業もおこなっている。障がいの程度に応じた作業と作業場所を用意することで、就労の機会を提供している。EGAO はこうした事業を通して、ダイバーシティ経営にも力を入れているという。

厚生労働省による「障害福祉分野の最近の動向(2022年3月)」によると、障がい者の総数は964.7万人であり、これは日本の人口の約7.6%に相当する。また、障がい者の数が増加傾向にあることも示されている。

たとえば、PC を使った ECサイトの運営や、カメラでの商品撮影など、就労継続支援の場でも、以前に比べ作業の種類や量が増えているという。社会全体でデジタル化が進むことで、多様な人にとっての働きやすさも増しているといえそうだ。

PC を使って作業をする人たち(画像提供:EGAO)

「高齢化が進み、今後ますます働き手不足が深刻化していくことが予想されます。障がい者、とくに精神障がい者のなかには『働けないわけではなく、働きづらいだけ』『業務能力には問題ないが、人と話すのが苦手で会社に行けない』といった人も少なくありません。こうした人が社会とつながり、貢献できる機会をもっと増やしていきたい。デジタルの力も使いながら、いろいろな人が共生できる社会を目指したいですね」

 

株式会社EGAO