一見、コンピュータのサーバーかと見紛うようなデザインの冷凍機がある。デイブレイク株式会社(以下、デイブレイク)が展開する特殊冷凍機「アートロックフリーザー」だ。この先進的な冷凍機は、2022年にマイクロソフトが提供するスタートアップ支援プログラム「Microsoft for Startups」にも採択された。日本食糧新聞社が主催する「第26回業務用加工食品ヒット賞/外食産業貢献賞」(後援=農林水産省)も受賞した。特殊冷凍技術が提供する価値とはなんだろうか。デイブレイク株式会社の松本 知世さんに話を聞いた。
松本 知世(まつもと ともよ)さん プロフィール
兵庫県生まれ。PR会社にてメディアプロモーターとして主にテレビで多数の実績を積み、事業会社の広報を経てフリーランスへ転身。当時出会ったデイブレイク株式会社へ初代広報として入社。情報発信全般の責任を担い、広報主導のプロダクトも企画進行を務めるなど、積極的な広報活動に挑む。デイブレイクPR/ARTLOCKFOOD セールス(現職)
おいしいものを、おいしい状態のまま届けたい
フードテックとは最新のテクノロジーを駆使して、新しい調理法や食品を開発する技術だ。今までの常識や固定概念をアップデートし、社会課題の解決を図り新しい市場を創出する。特殊冷凍機で新時代の冷凍をリードするデイブレイクは、代表の木下 昌之さんがタイで経験した思いから始まった。
露店でマンゴスチンが山盛りで売られていた。みずみずしくて、とてもおいしい果肉に「日本でもこの味を再び食べられないだろうか」。現地では買う人は少なく、ほとんど廃棄され”ロス”になると聞いた。自分がもつ冷凍の知見で「おいしいものを、おいしい状態のまま世界中に届けたい。ロスを減らし、生産者を豊かにできないだろうか」木下さんに湧いたインスピレーションだった。
デイブレイクが提供する特殊冷凍技術とはなんだろうか。
「普通に食品を冷凍すると、食材内部の細胞内に大きな氷の結晶ができてしまいます。細胞膜が破壊されて、解凍時に旨味成分がドリップ(食材の水分が流れでたもの)となって出てしまうのです。
素早く冷凍すれば細胞の中の水分が細かい結晶となり、細胞膜が破壊されません。解凍時に旨味成分が流れでません。本来の旨み成分を閉じ込めた状態で、冷凍できること。それが急速冷凍の仕組みです。デイブレイクの特殊冷凍技術はマイナス35度以下の微細な冷気で急速冷凍をしています」松本さんはそう説明する。
ゆでたてのラーメンや、揚げたての天ぷらもそのままの状態で凍結
氷結晶が生成される温度帯(0〜マイナス5度)の通過速度が遅いと結晶が大きくなり、解凍時に旨味も一緒に流れでてしまう。デイブレイクの特殊冷凍機「アートロックフリーザー」の急速冷凍技術は0〜マイナス5度の温度帯の通過時間が短く、氷の結晶を小さくできる。食材へのダメージが少ない。
加えて冷凍庫内の複数のファンによって、均一に冷風が当たるような設計がされている。従来型の冷凍庫では、風速を強くし、極限まで温度を下げて急速冷凍をおこなう。そのため、冷凍のムラや食材へのダメージが起こりがちだった。
「さまざまな特殊冷凍の方法があります。例えば液体(アルコール)を利用した凍結方法は熱伝導率が高く凍結スピードが速いことが特長です。けれども、液体に浸す前に真空する必要があるため、形が壊れてしまうことがあります。
一方、『アートロックフリーザー』では、お刺身のきれいな盛り合わせや、ローストビーフやしゃぶしゃぶ肉などの『華盛り』も、綺麗な盛り付けを保ったまま状態で凍結できます」
アートロックフリーザーはゆでたてのラーメンや、揚げたての天ぷらもそのままの状態で凍結させ、解凍時には作りたての状態に再現できる。作りたての状態で、時間を止めることができるのだ。
冷凍への意識改革と課題解決
デイブレイクは単に特殊冷凍機を開発、販売するだけではない。冷凍した食材のおいしさを提供するには、冷凍の前後工程も含めたトータルの課題解決が必要だと、松本さんは話す。
「冷凍の意識改革が必要だと考えています。例えばお寿司。今まで冷凍することは不可能と思われてきました。しかし、ご飯の加水量を調整したり酢の量を変える工夫をし、特殊冷凍技術を利用することで冷凍寿司が販売されるようになりました。
サンドイッチもそうです。野菜の水分量が多いので、生の状態に戻せない食材です。しかし、野菜の緑の色合いを残すのであれば、ペースト状の野菜(豆類)を入れるなどの方法で冷凍用のサンドイッチを新しく開発できます」
「この食材は冷凍に不向きだから冷凍しません。冷凍すると美味しくなくなるから冷凍しません」今まではそうした固定概念があったという。
天ぷらの衣も配合を変えることで揚げたての食感を再現できる。冷凍に対する意識改革をすることで新たな価値を生み出せる。できたものをただ単に冷凍するのではない。レシピを変え、材料を変え、保管方法を適正に整える。
「冷凍の前後工程に対するしっかりとした知見が必要です。私たちは5つの意識改革といっていますが、食材の切り方や水分の取り方、加工や冷凍後の適切な保管の仕方など。食べてほしい人に一番おいしい状態で提供したい。そのためにはどうしたら良いのかを考えています」
デイブレイクのラボを見学したときに驚いたことがある。スタッフが山盛りのジャガイモの皮を剥いていた。
特殊冷凍機によって労働環境が改善される
「さまざまな食材を加工して、おいしい冷凍状態にするにはどうするか。日々研究しているんです。得られた知見はメンバーでシェアし、冷凍機の改善にもフィードバックされます」松本さんはそう話す。
一方、アートロックフリーザーのユーザーにとって、どのような課題が解決されたのだろうか。
仕出し弁当会社の朝は早い。早朝の4時から、ときには夜中の3時から弁当作りが始まる。受注量が多いほど、作業開始が夜中に食い込む。3K職場で人も集まりにくい。受注が増えて売上が上がるほど、夜間の人件費も増加していた。
デイブレイクの特殊冷凍機を使用すれば、空いた時間に調理しそのまま冷凍できる。出荷の当日は盛り付けだけで済む。計画生産が可能になり、労働環境が改善された。スタッフのシフトも平準化できるようになり、夜間の人件費も削減できる。
松本さんは旬のフルーツについても話してくれた。
「日本には四季があります。四季折々のフルーツは旬が一番おいしい。例えばイチゴ。季節に縛られていたビジネスも、年間を通して同じおいしさを提供できたら、生産者にとっても販売チャネルが広がるでしょう。収穫の時期しか収入がない。特殊冷凍技術で年間を通して安定収入を得られることは生産者にとっても良いことだと思います」
石垣島でマンゴーを育てる生産者によると、アートロックフリーザーは「地方に不可欠なタイムマシン」だという。実は石垣島のマンゴーは6月、7月しか収穫できない。一方、暖かい石垣島を訪れる人たちは年間を通して食べられると思っている。季節性とニーズのギャップを埋めるのが特殊冷凍技術のインフラだ。
食べ物には賞味期限という足がある。冷凍で時を止め、足を伸ばす。おいしさをそのままに距離と時間を越えられる。
冷凍 x IoTで作るフードテック
2022年3月、デイブレイクはMicrosoft Corporation(本社:米国ワシントン州)が提供するスタートアップ支援プログラム「Microsoft for Startups」に採択されたと発表。特殊冷凍機「アートロックフリーザー」のIoT化を開始した。
クラウドを活用した冷凍庫内のリアルタイムモニタリングや、凍結データのビッグデータ処理等の開発に着手。デイブレイクが蓄積してきた食材研究データと掛け合わせ、冷凍 x IoTによる新たな価値創造を目指している。
「IoT化によってボタン1つで簡単に操作できるようなものを作っていきたいと考えています。そのためには食材の種類や凍結時間、冷凍状態のデータを吸い上げたビッグデータが必要になってきます。お客さまがいちいち入力することは負担になってしまう。センサーをつけたアートロックフリーザーをリースして、自動的にデータが集まるようにしていきたいですね」
特殊冷凍機が1つの大きなデバイスとしてネットにつながり、クラウド上にビッグデータが蓄積されるイメージだ。ビッグデータによって、提供できる品質の精度も上がる。飲食店のユーザーへ裾野を広げていくと、より簡便性や使い易さが要求される。
「今後は国内だけでなく海外でも、デイブレイクの特殊冷凍機を遠隔でつなぐ環境が必要になってきます。リモートでサポートできる環境が求められます」
冷凍ソリューションのDX化の一環として、ホログラフィックコンピューター「Hololens」を使ったリモートメンテナンスサービスも計画している。「Hololens」は、ヘッドマウントディスプレイ方式のホログラフィックコンピュータだ。ディスプレイを通して空間をスクリーン化し、リモートで円滑なオペレーションやメンテナンスを目指す。
「やりたいことをできるに変える」 作る人も食べる人も豊かになる世界
松本さんに、デイブレイクがこれから目指していくことを聞いた。
「一番目指していることは高品質なおいしい冷凍食品、食材が世の中にたくさん流通していくこと。作る人も豊かになり、食べる人も無添加でおいしいものを食べて健康的な食生活ができる。そうした豊かな世界を目指していきたいですね」
デイブレイクでは特殊冷凍機を販売し、使いやすい冷凍機を開発していくために、細かいアップデートを繰り返していくこと。さらに導入されたお客さまがうまく使いこなせて、ビジネスになるような仕組みを作っていくこと。そうしたことに対しコンサルティングをおこなって、お客さまに伴走していく。
今までの冷凍とは保存するための技術だった。食材の賞味期限をのばし廃棄を減らす守りの冷凍だ。しかし、デイブレイクが提供するのは、創業者の木下さんの熱き思いが現実化した冷凍の新たな価値創造。目指すのはIoTと掛け算し社会課題を解決する攻めの冷凍だ。