日本は自然災害が多く、古来から災害の被害軽減に向けて、地震や台風に強い建築工法などが発展しています。そのため、法整備と相まって災害による建物倒壊の被害は減ってきました。
今後さらに災害の被害を減らすためには、災害に強い建物などのハードの整備だけでなく、ソフトの整備が不可欠です。防災における DX を進めることにより、迅速かつ正確な情報収集や対応をおこなうことで、逃げ遅れる人を減らしたり、復旧を早めたりすることが、減災につながります。
防災DX の必要性
国土技術研究センターによると、日本の国土面積は、全世界のたった 0.28% しかありません。しかし、全世界で起こったマグニチュード 6 以上の地震の 20.5% が日本で起こり、世界の活火山の 7% が日本にあります。全世界の災害で受けた被害額の 11.9% が日本でのものです。また近年では、夏場の気温が極端に高くなったり、強い雨や雪が一時期に集中したりするなどの極端な気象現象の発生頻度が増加しています。
災害対応で重要なことは、被害を減らし、復旧にかかる時間を短くして、災害以前の状況にできるだけ早く復旧することです。現状の課題として、災害の発生予測が難しいことや、情報の精度が不十分であること、事前に適切な情報を発信しても避難が進まないなどの問題があります。
また、政府が行政や民間の災害対応能力を十分に把握できないと、効率的な支援ができません。加えて大規模な災害においては、広範囲で電気や通信などのインフラが途絶し、復旧の妨げとなったり、本来なら復旧の指示を出す行政機関自体が機能不全になったりすることが考えられます。
これらはいずれも情報通信に関連しており、防災関連の情報のやりとりを円滑におこなうための DX の促進は、被害を減らすために極めて重要です。
【参考資料】
防災分野における IT の導入メリット
防災には、「平時」「切迫時」「応急対応」「復旧・復興」の 4つの局面で適切な対応が求められます。
そのための解決策として、IT により情報を一元管理し、被災時のシミュレーションや避難訓練を事前におこなうこと、被災時の効果的な情報共有、行政機関をデジタル移転して機能を補うことなどが検討されています。
防災分野に IT を導入するメリットについて、もう少しくわしく解説します。
【参考資料】
データの活用で被害を軽減
災害被害を減らす第一歩は、いま自分がいる場所でどのような災害が起こりうるか、さらに災害が発生した時にどう対処するか知っておくことです。
下図に示すような、ハザードマップによって災害のリスク情報や道路災害情報などを閲覧できます。
平時において、ハザードマップによって起こりうる災害を事前に知り、避難訓練をすることで災害被害は減少します。しかしショッピングモールやオフィスなど、人の出入りが多い場所において、繰り返し訓練するのは現実的ではありません。
そこで防災エリアマネジメント DX による事前シミュレーションを用いた、災害マネジメントが検討されています。
下図は品川駅周辺の 3D 都市モデルを活用した大規模誘導・避難シミュレーションの例です。都市を 3次元的に詳細に模擬した仮想空間でシミュレーションし、災害時の人流の把握、災害リスクの共有や適切な避難方法の検討などをおこないます。
こちらの図では、避難時に建物内がどのような状況になるかを示しています。避難経路が限られることで、出入り口に行列ができていることがわかります。
事前シミュレーションで災害時の避難がどの程度円滑におこなえるかを検討したり、避難経路を変更した場合の効果を確認できます。
このように防災分野における IT の活用は、災害の被害予測、被害軽減のための計画策定、避難訓練など、災害発生以前においても効果的です。
アプリによるリスクマネジメント
災害時の被害軽減のために、避難支援のためのアプリの開発も行われています。
下図は、避難支援アプリの表示イメージです。スマートフォンの画面に、予想される津波の高さや避難所が表示され、避難を促すと同時に適切な経路の判断に役立てられます。警報などの文字をタップすることで、より詳細な情報を見ることができます。
情報を一元化し復興のリソースを効率化
クラウドなどを活用して情報を一元化することで、被災者の捜索、輸送路の確保、避難所への効率的な物資輸送など支援のリソースを有効活用できます。
下図は、災害時に必要な情報のやりとりを模式化したものです。図中の矢印で示されるさまざまな情報のやりとりにより、災害対策本部に情報が集約され、そこから適切に指示が伝わることではじめて円滑な対応が可能になります。
情報の発信方法の改善
災害の危険がある場合に一斉に情報を発信する「Jアラート」は、ミサイル飛来時の警報などでも運用されています(下図)。
携帯電話の普及率は高く、普段から持ち運ばれるため、多くの人に情報を発信するのに有効です。Jアラートの不具合解消対策などの運用改善や、連携する情報伝達手段の多重化が進められています。
同様にスマートフォンの普及により、被災者が簡単に写真を撮れるようになり、情報収集力も過去と比べて飛躍的に向上しています。
しかし災害時に、通信基地局が被災してしまうと、現地で撮影した写真など、大切な情報を発信できなくなる可能性があります。
そこで総務省は、必要な機材がすべて搭載されたアタッシュケース程度の大きさの情報端末セットを 2016年度から総合通信局などに順次配備し、地方公共団体などの要請に応じて貸し出し、必要な通信手段の確保を支援する体制を整えつつあります。
上記はおもに被災時に役所の機能を補うものですが、「スマホdeリレー」というシステムは、スマートフォンの Wi-fi や Bluetooth を利用して、情報をバケツリレーのように送ることで、付近の基地局が失われた場合の情報通信を補います。
DX で災害時の行政機能を補う
災害において、行政そのものが被災してしまうと、情報を集めたり、指示を出す機能が失われ統制がとれなくなります。
東日本大震災では、南三陸町役場の防災対策庁舎が津波の被害にあい、すべての壁が破壊されて骨組みだけになりました。
このような事態を想定して平時から IT を利用することで、災害時の行政システムの機能の低下や、行政に関わる方々の負担を軽減できます。
現状の課題
防災分野における DX には期待が大きいのですが、防災教育や統一的なデータ形式、デマへの対策などいくつかの課題が指摘されており、さらなる対応が求められます。
防災教育の難しさ
学校では、授業科目の消化の難しさから、防災訓練を実施していない小学校が約20%、中学校が約30%、高校が約40% あるとの報告があり、心許ない状況です。
学校に限らず「これくらいなら、まだ大丈夫だろう」と異常が起きても正常の範囲内だと判断し(正常性バイアス)、避難をしない可能性もあります。
【参考資料】
情報の一元化を阻むデータ形式の標準化
災害時には「いまどこで何が起きているのか?」という情報を正確に把握して、適切に対処することが基本になります。しかし、災害対応に必要となるデータの項目や形式が関係各所で統一されておらず、これらを共有する枠組みも不十分なため整備が急がれます。
【参考資料】
SNS に代表されるデマへの対応
スマートフォンや SNS の普及は情報収集を容易にしましたが、同時にデマなどの間違った情報も短時間で拡がるようになりました。なかでもエコーチェンバー現象(※) により、人々が自分と似た意見、自分にとって都合のいい情報にしか触れられないようになり、行政からの情報が信用されなくなると、現状の理解に大きな偏りが生じます。これらの問題は近年顕著になってきたものであるため、その対策は十分とはいえません。
まとめ
防災においては、災害を的確に予測し、災害時には適切に対応することが求められます。DX の推進により、事前の防災計画の策定、実施やリスクマネジメントの強化が図られ、行政と地域住民とのコミュニケーションが効果的におこなわれるようになれば、円滑な避難ができます。
さらに発災後においても、情報の一元化によるマネジメントの効率化や市町村庁舎の機能の損失を減らすなど、さまざまな領域で IT が役に立ちます。
一方、事前に訓練をおこなっていても、予想した災害の規模と実際の規模が異なれば、訓練の効果は減少します。また、スマートフォンなどでさまざまな情報を収集できても、それが行政の意思決定に効果的に利用できなければ、情報は活かされません。
これまで記してきたようなさまざまな防災分野における DX の取り組みが、相互に連携して効果的に運用されることで、災害被害の減少や復旧に役立つことが期待されます。
執筆
鯉渕幸生
Ph.D。米国標準技術研究所研究員、中央大学研究開発機構教授、Recora LLC 代表取締役CEOを兼務。米国を拠点に科学者として研究開発に従事している。ライターとしては、科学技術、環境問題、Webマーケティング、英語学習などのテーマで執筆している。
※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。
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