子育ての不安と負担を減らしたい。お母さん、お父さんたちに寄り添い、少しでも子育ての悩みを小さくしたい。楽しく子育てができるようにしてあげられたら。いま、子育ての分野へICTの活用が広がっている。母子手帳アプリを開発し、DXで子育ての支援を進める母子モ株式会社代表取締役CEO宮本 大樹さんに話を聞いた。
宮本 大樹(みやもと ひろき)さん プロフィール
1970年生まれ。株式会社エムティーアイで女性の健康情報サービス「ルナルナ」などを提供するヘルスケア部門を統括する。子会社の母子モ株式会社では母子手帳アプリ「母子モ」と、妊娠から子育て期に係る行政サービスのデジタルトランスフォーメーションを支援するサービス「母子モ 子育てDX」のサービスを通じて社会課題の解決と新たな価値創造を目指している。株式会社エムティーアイ 常務執行役員 ヘルスケア事業本部長 兼 母子モ株式会社 代表取締役CEO(現職)
母子モ株式会社が提供するサービス
そもそも、母子手帳アプリ「母子モ」が誕生した背景はなんだろうか。宮本さんに聞いた。
「妊娠期、子育て期に関わる情報は氾濫しています。一方で『何が正しいのかわからない』という声も多くありました。自治体が発信している情報をいかに正確につかむ必要がありますが、その情報は印刷物が多く、実際に庁舎を訪れなければ確認できないものもあります。
そのような中で、『自治体からの案内がスマホに届いたらいいよね』といった声は非常に多くありました」
予防接種は生後2か月から始まるが、接種1本につき予診票1枚を手書きで記入する必要があり、接種の回数も多い。子育て中の保護者の負担は大きかった。これらの課題解決のため、母子モ株式会社では2つのサービスを開発し提供している。
1つめはICTを活用した母子手帳アプリ「母子モ」。2つめは子育てに係る自治体の手続きのDX化を支援する「母子モ 子育てDX」だ。
1つめの母子手帳アプリ 「母子モ」は母子の健康データの記録などができる、スマホのアプリとして利用できる。妊娠から出産、育児までサポートする子育て支援アプリだ。法律上、紙の母子健康手帳はなくせない。そのため、母子手帳アプリ母子モは紙の母子健康手帳と併用するサービスとなっている。2022年10月現在、母子モを利用する自治体は500以上まで広がった。なお、2022年1月1日時点の全国の自治体の数は1,794となっており、約28%の自治体で利用されていることになる。
このアプリには「予防接種のスケジュール管理&通知」「身長や体重などの数値の自動グラフ化」
「住んでいる地域の情報が手元に届く」機能がある。さらに、家族に寄り添う機能として「できたよ記念日」や「ファミリー共有機能」もある。
2つめの「母子モ 子育てDX」では、妊娠から子育て期に係るさまざまな手続き・行政サービスのDX推進を支援する。ICTを活用し、予防接種、乳幼児健診、新生児訪問などの事業や妊娠届出などの手続き、自治体が実施する各種事業の予約などをオンライン化するサービスだ。
このサービスでは紙によるアナログな手続きをデジタル化し、子育て世帯、自治体双方の負担軽減を目指している。
予防接種のスケジュール管理はとっても大変!
子どもの予防接種は生後2か月目の誕生日からはじまる。接種が必要なワクチンは10種類以上。接種回数も多く、接種の完了期日が決まっているワクチンもある。接種間隔も決まっている。
接種に行こうにも、子どもが体調を崩し予定通りに行けないときもある。育児で忙しい保護者は、うっかり忘れてしまうこともあるかもしれない。「接種していないけれど、大丈夫だろうか」と、心配になってしまう。
「『いつ何の予防接種を打ったら良いのかわからない』そのような声を数多く聞いています。ワクチンは接種の間隔が定められています。接種できる本数も、法的には6本まで同時に打てますが、医療機関によっては3本しか打たない場合もあり、接種のスケジュール組みは極めて難しいのです」宮本さんはそう話す。
予防接種だけでない。乳幼児健診もある。生後1か月の健診からはじまり、3~4か月児健康診査、6~7か月児健康診査と続く。母子健康法により「1歳6か月」と「3歳」の健診は法的義務となっている。
保護者は育児に追われながら、予防接種、乳幼児健診と極めて多くのイベントをこなさなければならない。その負荷たるや、プロジェクトを進める会社のタスク管理に匹敵するかもしれない。
母子手帳アプリ 「母子モ 」でできる課題解決
いままでの自治体からの情報は、保護者が情報を取りに行かねばならないプル型(ユーザー自ら能動的に情報を取りに行く形式)だった。
自治体のサイトにアクセスしなければ、必要な情報は得られないことが多かった。紙ベースの情報も多い。母子モだと必要な情報が、必要なときに手元のスマホに届くのだ。
母子モでは複雑な予防接種のスケジュールをスマホで管理できる。加えて、接種のタイミングも通知をしてくれる。プッシュ型(発信者側がユーザーに伝えることで、ユーザーは受動的に必要な情報を受け取れる形式)の情報提供がされるので、「うっかり忘れた」も防げる。予防接種のスケジュール管理だけでなく、さまざまな機能がある。
「『身長や体重などの数値の自動グラフ化』の機能は、母子モが子どもの体重や身長の変化を自動的にグラフ化するものです。早産の場合には修正月齢で補正する機能があり、『うちの子はまだまだ小さいけれど大丈夫?』そういった不安を和らげることができたら、と考えました。保護者の気持ちに寄り添いニーズを汲みあげるようにしています」
「住んでいる地域情報が手元に届く」機能もある。自治体が発信する情報がスマホに届くため、紙ベースの情報や掲示板だけを頼りにしなくてもよい。
赤ちゃんが初めて歩いた日はとりわけ感慨深い。「できたよ記念日」では、そのような光景を画像に残せ、共有機能でおじいちゃんもおばあちゃんも、みんなで見ることができる。
「『ファミリー共有機能』では、同居の家族だけでなく、離れたところに住んでいるおじいちゃん、おばあちゃんともスマホでデータを共有できます。アプリに登録したデータを共有できるので、お母さんが予防接種に連れていけないときは、お父さんやおばあちゃんにも代わってもらうことも可能です」
水害で、母子手帳が流されてしまった人がいる。しかし、母子モは大切なデータをデジタル化することでバックアップもできるのだ。
子育てDX、市原市と北九州市で進むICTの活用
一方、母子モ 子育てDXを利用した新しい取り組みがはじまっている。2021年11月1日、千葉県市原市で全国初の取り組みがスタートした。母子モ 子育てDXの「小児予防接種サービス」を活用し、保護者と自治体と医療機関を連携。紙の予診票と接種記録をデジタル化する取り組みだ。予防接種前に記入する予診票の作成や提出などの手続きをオンラインでおこなえる。
「たとえば、ワクチンを1度に6本接種するのであれば6枚、もし双子の赤ちゃんなら12枚の予診票に記入が必要です。保護者と子どもの名前、体温などの同じ質問を枚数分回答しなくてはなりません。ワクチンの接種回数分、繰り返し作業が続くとしたら、それだけでも大変な作業になります」
睡眠も十分に取れない大変な時期に、保護者が乳児を抱えながら書類を書く手間は大変だ。少しでも楽にできたら…。スマホの母子モのアプリを利用すれば、1度に必要枚数分の予診票の提出ができ、手書きの作業を削減できる。市原市では2021年11月の開始からわずか5カ月後の2022年2月にはスマホで予診票を提示する住民の割合が8割を超えたという。
「『スマホから入力できて、本当に楽になりました』そのようなユーザーの声が多数届きました」
当初、母子モと連携した医療機関は4か所だった。新しい取り組みに対して懐疑的だった医療機関も変化した。「もう元の仕組みには戻れない」と医師からも非常に好評だそうだ。紙の予診票に何枚もサインする医師の負担も大きかった。
ユーザーの声におされて、利用できる医療機関も増加した。自治体においても紙ベースの確認作業や、データ入力の事務作業が大幅に削減された。
一方、北九州市ではデジタルを活用した妊娠、出産、子育て期の市民へのサービス向上と、行政の効率化が進む。2022年4月4日に、北九州市と株式会社母子モの間で「『母子モ 子育てDX』による妊娠、出産、子育てに関する手続きや業務のデジタル・トランスフォーメーションの推進に関する連携協定」が締結された。
妊娠した女性は母子健康手帳の交付を受けるため、自治体の庁舎に出向く。庁舎に到着後、妊娠届出書を提出し保健師が確認する。その後、アンケートを記入し面談をへて母子健康手帳が交付される。庁舎到着後からスタートするアナログの手続きは時間がかかっていた。
「子育て中の方々の不安や負担、記入の手間や時間を減らすことで、子どもと向きあう時間をもっと作ることができれば、笑顔の時間を増やせるはず。そうしたことは社内で言い続けてきました。一方、自治体ではデータの転記や入力の時間を削減することで、他に支援が必要な人たちへの時間を作りだすことができると考えています」宮本さんは導入の効果についてこう話す。
いまでは事前にスマホの母子手帳アプリ「母子モ」から、妊娠届出書とアンケートの提出ができる。庁舎に到着後からスタートしていた手続きと確認の時間が、スマホの事前入力で大幅に削減された。負担の軽減は住民、自治体双方にとっても大きなメリットだ。4月からのサービス開始で、利用者は既に9割(北九州市の年間出生数の人数に対し)を越えたという。
「やりたいことをできるに変える」母子モが目指すビジョン
これから進めていきたいビジョンについて、宮本さんは2つあるという。
1つめは手間をなくすこと。子育てを取り巻く現状には、まだまだ行政のサービスと住民のニーズのギャップがある。煩雑で手間がかかる手続きはまだまだ多い。
「いかに本当のあるべき姿に近づけていけるかだと思います」
2つめは提供しているサービスの蓄積されたデータを利用して、適時に適切な支援の橋渡しをできるようにすることだ。2030年頃の目標として掲げている。
「妊娠がわかった女性がいるとします。現在、妊娠届出書はその女性が自治体の庁舎を訪問して提出することが一般的です。一方、妊娠届出書が提出されないと、自治体は必要な支援をおこなうことができません。しかし、産科や婦人科から妊娠届出書をデジタルで自治体に送ることができるようになれば、自治体は妊娠が分かった時点ですぐに妊婦の存在を確認でき、その女性に対してタイムロスなく必要な支援を進めることができます。本当に支援が必要な人たちに対して、いかに適切なタイミングで適切な支援をしていくか。それを蓄積されたデータを使って実現していきたいと思っています」
宮本さんは、女性のヘルスケアの分野で培ってきた知見と経験にテクノロジーを活用し、次のステージを目指している。
※役職や記事中の数値はインタビュー当時のものになります。