「DX は、人間の仕事の価値を高めるもの」
そう話すのは、愛知県を中心に全国に店舗を構えるフルーツ大福の専門店「覚王山フルーツ大福 弁才天」(以下、弁才天)の代表取締役・水鳥さんだ。
水鳥さんは代表取締役に就任する以前、同社でスタッフのシフト管理業務も担当。毎月、40時間を費やし、ほかの業務にも手が回らずにいた。しかし、シフト管理に使えるツールを取り入れたことで、「シフト管理の時間実質ゼロ」を実現。フランチャイズ先へのアドバイスや仕入れ先との交渉など、今まで取り組めていなかった業務にも着手できている。シフト管理の DX に至った背景を、くわしく聞いた。
水鳥 功雄(みずどり いさお)さん プロフィール
1984年、愛知県生まれ。大学を中退後、飲食店やアパレル、不動産業などを経て、居酒屋の店長を 10年務める。その際に知り合った株式会社弁才天(屋号:覚王山フルーツ大福 弁才天)の代表(当時)にスカウトされ、同社 1号店の店長に。2023年4月より、同社の代表取締役に就任。
個性的な食べ方で一躍人気となったフルーツ大福専門店
弁才天はフルーツ大福の専門店である。大ぶりのフルーツを白あんと求肥で包んでおり、付属の餅切り糸で切って食べるのが特徴だ。店頭には、旬に合わせて選んだフルーツの大福が 10種類前後並ぶ。
2019年、コロナ禍でのオープンだったが、「糸で切って食べる」という個性的な楽しみ方や SNS での発信などが功を奏し、瞬く間に人気が広がった。
もともとは愛知県名古屋市の 1店舗のみの予定であったものの、売り切れが続出。遠方から訪れる客の増加を受け、多店舗展開を開始した。フランチャイズ制度も導入し、現在は直営店・フランチャイズ先を合わせて全国に 50店舗以上を構えている。
フランチャイズ先のスタッフのシフト管理は、店長に一任。しかし、直営店については弁才天の本部が担当している。この体制が、多店舗展開の開始時に大きな課題となっていたのだ。
直営店のスタッフ 150人分のシフト管理を 1人で担当
創業当時の弁才天の社内体制は、いわば「少数精鋭」で、社員一人ひとりが多数の業務を担当していた。水鳥さんもその例に漏れず、ほかの業務とともに、直営店 7軒分のスタッフ 150人のシフト管理を 1人で担当していたのである。
水鳥さんは居酒屋の店長をしていたこともあり、シフト管理業務自体にはそれほど抵抗はなかったが、その人数が桁違いだった。
「居酒屋のようにスタッフが多数いる場合、急に 1人欠勤になっても、ほかのメンバーでフォローすれば店を回せます。でも弁才天は、対面販売が主です。スタッフが 1人抜けるだけで、現場には相当の負担がかかります」
居酒屋の店長時代、水鳥さんはスタッフ全員とコミュニケーションを取り、シフト収集・調整も比較的容易にできていた。しかし弁才天は、店舗数もスタッフの人数も多い。1人足りなくなるだけで、その調整には多くの時間を要したという。
「『LINE』を使って一人ひとりに連絡して出勤日を聞いては、Excel に落とし込んで共有する、急な欠勤者が出れば、その都度ほかのスタッフに連絡を取ってなんとか人員を確保する、という状態でした。正直、かなり負担でしたね」
また、細かな調整が求められる点も重荷となっていた。一般的にシフト管理は、店舗の状況や売上目標を踏まえたうえでおこなう必要がある。当然、スタッフが増えるほど手間がかかり、シフト管理を担当する人材の負担も増えてしまう。
こうしたことから、当時、シフト管理には毎月 40時間ほどかかっていた。1日 8時間労働とした場合、単純計算で 5日はシフト管理に割いていたことになる。社員としてほかに取り組みたい業務も多数あったものの、なかなか手が回らない日が続いていたという。
とはいえ、ほかの社員に業務の交代を頼める空気でもなかった。弁才天のフルーツ大福は、性質上、機械による大量生産が難しい。一部の店舗で製造し、工場を持たない複数の店舗に配送する体制を取っており、そこにも人手が必要だったのである。
加えて水鳥さん自身が、弁才天の店舗展開には関与していなかったことも大きかった。
「店舗展開をするのは当時の代表の仕事。僕たちは、管理業務のみを担当していました。とにかく急ピッチで展開していたので、スタッフの管理には本当に頭を悩ませていたんです」
シフト管理ツールの導入で、月 40時間の削減に成功
そんなとき、リクルートの「Airシフト」を知った。Airシフトは、シフト提出・調整・共有ができ、チャット機能も搭載したシフト管理ツールだ。スタッフは専用アプリからシフトを提出し、本部はその内容をもとにシフトを作成・共有。調整が必要になっても、同アプリ上で完結できる。
フランチャイズ先の店長が使っていたことで存在を知り、早々に導入を決めたそうだ。
「『これだ!』と思いましたね。その場で紹介してもらって、すぐに導入しました。とにかく、すぐにシフト管理を楽にできるツールならなんでも使いたかったんです」
弁才天のスタッフは、学生から 70代まで幅広い。導入段階こそ手間取ったものの、以降はスムーズに運用できているという。
「今はスタッフの 99% がこの Airシフトを使っています。一部、スマホを持っていない従業員もいるため、その方々には個別対応していますが、大多数のスタッフは Airシフトでシフト管理が完結しているので、ほとんど手間はかかりません」
Airシフトを導入したことで、業務の引き継ぎが容易になった点も見逃せない。現在スタッフは 400名に増加したが、本部の社員 5名のみで管理できている。社内外の評判も上々で、同業者からツールの紹介を頼まれることもあるそうだ。
「弁才天のフランチャイズに挑戦する方には、飲食業界未経験者もいます。そうした人にも紹介することで、店舗経営のハードルは下げられているのではないでしょうか」
かねてから課題に感じていた、フランチャイズ先へのアドバイスや仕入れ先との交渉にも着手できているという。
「現状、フランチャイズ先には採算がうまく取れていない店舗もあります。今後は店舗を回る時間を増やし、売り上げアップのサポートもしていくつもりです」
また水鳥さんは、新商品開発にも力を入れていきたいと話す。弁才天に新たな看板商品が生まれる日も、そう遠くないかもしれない。
DX は「人間の仕事の価値を高めるため」にある
水鳥さんは、「DXは、人間の仕事の価値を高めるものだ」と考える。
「労働力人口が減っている現在、『人にしかできないこと』をするために DX は必要だと思います。弁才天の大福は、機械で作ることはできません。『あなたに会いに来た』と思ってもらえるような対面での接客も、機械では難しいでしょう。だからこそ、『人にしかできないこと』に注力するために、電子化できるところはどんどんしていくべきだと思います」
総務省が発表している「労働力調査(基本集計)」によると、国内の労働力人口は2019年から減少傾向にある*1。企業における人材確保は、今後ますます大きな課題となるだろう。加えて、雇った人材が快適に働ける環境の整備や、企業側が手間なく人材管理ができる体制作りも必須といえそうだ。
今日では、AI も驚くべきスピードで存在感を増してきている。「生身の人間が行う仕事の価値」を上げる重要性を、弁才天は示唆させる。