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「当たり前」に新たな視点を。お賽銭の DXに取り組む「亀岳林 万松寺」

お寺での参拝では「お賽銭」が欠かせない。しかしキャッシュレス決済が普及する今日では、小銭を持っていない、そもそも現金を持ち歩かない人も珍しくなくなってきているのが現状だ。

 

ここに注目したのが、愛知県名古屋市にある寺院「亀岳林 万松寺」の住職 大藤 元裕さん。キャッシュレス決済で購入できるオリジナルのコイン「Banshoji Coin」を導入し、小銭がなくてもお賽銭を納められる仕組みを作り上げた。その導入の背景や反響を聞いた。

大藤 元裕(だいとう げんゆう)さん プロフィール

1958年生まれ。県内の大学の宗教学科を卒業したのち、民間企業への就職を経て、2006年12月に万松寺四十二世住職に就任。万松寺が商店街に面する寺であることから、「街との相互繁栄」を願い、日々さまざまな取り組みをおこなっている。もともと IT技術にくわしかったこともあり、DX の推進にも積極的に取り組んでいる。

インパクト抜群!にぎわう商店街に位置する近代的な寺院

万松寺は、大須商店街の中心部に位置する。白い龍のモニュメント(写真右)が目を引く

万松寺があるのは、愛知県名古屋市にある「大須商店街」。電化製品から古着店や雑貨、飲食店・カフェなど、大小さまざまな店舗が約1,200軒連なっている、「ごった煮」の商店街だ。*1 名古屋市の観光スポットとしても親しまれて おり、外国人観光客が多い場所でもある。

 

万松寺は1540年、織田信長の父・信秀が、織田家の菩提寺として建立した。以降も織田信長や徳川家康を始め、多くの戦国武将にゆかりのある寺としてこの地に根付いた。

 

この万松寺は、近代的な取り組みを多数おこなっていることでも有名だ。個性豊かな納骨堂を複数設けている ほか、*2お守りなどのクレジットカード購入も可能にしている。今回紹介する「Banshoji Coin」も、そのユニークな取り組みの 1つだ。

導入目的は、「参拝のこころ」を外国人観光客に伝えること

「Banshoji Coin」には、寺の本尊である十一面観世音菩薩が描かれている(写真提供:万松寺)

Banshoji Coinは、お賽銭として納められる万松寺オリジナルのコイン。1枚 500円で、境内に設置されているキャッシュレス決済専用の自動販売機で購入できる。

 

万松寺がこの Banshoji Coin を導入したきっかけは、コロナ禍突入前のインバウンド対策ーーもっと言えば、「お賽銭対策」だった。

 

立地上、万松寺には外国人参拝客も多い。東南アジア圏からの参拝客は寺社の存在も身近で、「お賽銭」にもスムーズに対応できる。日本円の貨幣ではなく、自国の硬貨をお賽銭として納める人も一定数いたという。

 

しかしネックとなっていたのは、欧米圏からの外国人参拝客だ。キリスト教を信仰する彼らは、各々が親しむ教会へ寄付や献金をおこなうことが一般的だが、「自ら神仏に金銭を納める」というお賽銭の文化は、馴染みがない。また、観光旅行で訪れた外国人参拝客は硬貨を持っていないことも多く、「お賽銭ができなくて残念」と話す人もいたそうだ。

 

「そもそもお賽銭を納める理由は、『祀られている神仏への挨拶』のようなもの。仏教の世界では、自分が持ち歩いている金銭には自身の『気』が入っていると考えられています。その金銭をお賽銭として納めることで、参拝に来たことを示すのです。せっかく参拝してくださるのですから、なんとかお賽銭を納めていただける仕組みを用意したいと感じていました」

 

訪れたすべての人に、「参拝」のこころを伝えたいーーこうした背景から、どんな参拝客にも身近なコイン状で、かつ現金がなくても購入できる Banshoji Coin の導入に思い至ったのだ。

導入までに立ちはだかった「お寺」というイメージが作る壁

Banshoji Coin の自動販売機。電子マネー・交通系ICカードなどさまざまな決済ブランドに対応している

しかし、Banshoji Coin の導入はスムーズに進んだわけではない。大きなハードルとなったのは 2つ。キャッシュレス決済に対応できる自動販売機の選定と、決済会社との契約だ。

 

Banshoji Coin のアイデアが固まった当初、キャッシュレス決済専用の自動販売機は世の中にほとんどなかった。現金と併用できるものはあったが、キャッシュレス決済のみに対応しているものは、2022年の夏に至るまで発見できなかったという。

 

また、決済会社とのやりとりも苦心した。そもそものイメージとして、「宗教活動」と「キャッシュレス決済」が結びつかない会社もあったそうだ。そのハードルを乗り越えたとしても、また次の課題に直面した。

 

「キャッシュレス決済の導入を申し込んだら、『マネーロンダリングが目的では』と疑われて断られたこともありました。決済会社には何度も丁寧に説明して、なんとか理解していただけたんです。Banshoji Coin の導入に反対する人、あるいは理解できないといった反応をする人もいましたね」

 

古くから人々に親しまれる「寺院」という施設ならではの固定観念が、かえって足かせとなったといえよう。結局、考案から導入までにかかった年数は約6年。紆余曲折を経て、2023年3月にようやく現在の Banshoji Coin のシステム導入が実現したのだ

「購入者の 8割が日本人」予想外の成果に見る導入の意義

数々の苦労を経て導入した Banshoji Coin だが、当初想定していた「外国人参拝客向けのお賽銭」としての反響はそれほど大きくないという。

 

現在は月 300枚ほど購入されているが、実際にお賽銭として賽銭箱に納められるのは 50枚ほど。おまけに購入者の 8割は日本人参拝客で、ある種、見込みとは異なる成果であるといえる。

 

しかし大藤さんは、そんな予想外の反響にも意義を感じている。

 

「お賽銭というより、記念コインや参拝のお土産のような感覚で Banshoji Coin を買っていく方が多いようですね。でも、それでも構いません。結果がどうであれ、人々が万松寺に来るきっかけの1つになったと思うので」

 

そこには、大藤さんの「デジタルツールは道具に過ぎない」という考えがある。

 

「『お寺にお参りする』という行為は、非常にアナログなもの。このデジタル全盛の時代に、みなさまがわざわざ、足を運んで参拝してくださることです。ですから寺社仏閣といえど、『来てくれる人に喜んでもらうためには、何ができるか?』を考え続けなくてはいけないと思っています。寺院だから、歴史があるから、観光地にあるからと、ただ待っているだけでは後世に残すことはできないでしょう」

「アナログ」に続けるために「デジタル」で縁を作る

大切なことは、アナログに人々を呼んで、「縁」を作るためにデジタルの力を使うこと。そして、それはどの業界にもいえることであると、大藤さんは説く。

 

「コンセプトは時代によって変わるものですから、固執しすぎる必要はないと思います。人々との縁を作るために、どのように地域と共存し、どこに視点を置いて順応していくのか。そのために、どういった『デジタル』を使うのか。それを忘れずに、これからも考え続けていきたいですね」

 

今後は、アバターを作って気軽に寺院への相談ができる「VR寺院」など、さらなる DX推進を検討している。既存の環境への依存ではなく、それらを踏まえた自発的な行動をすること。そのために必要なものが DX であり、Banshoji Coin はその優れた例の1つといえるだろう。

 

亀岳林 万松寺

執筆

シモカワヒロコ

愛知県名古屋市在住。月刊誌の編集者を経て、現在はフリーランスのライター・編集者としてWebメディアと雑誌で活動中。学生時代にまちづくり・都市政策を研究していたこともあり、ローカルネタに興味津々。

※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。

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