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元サッカー日本代表・鈴木啓太さん率いるヘルステック企業「AuB」 データが変える腸内環境

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健康はあらゆる領域のプロフェッショナルにとって、高いパフォーマンスを維持するための前提条件といえる。元サッカー日本代表であり、16年間のプロ人生を浦和レッズ一筋に捧げた鈴木 啓太さんは、それを実感する1人だ。鈴木さんは幼少期より調理師である母親から「人間は腸が一番大事」と教わり、まだ腸活という言葉が出る前から腸を中心としたコンディショニングを実践してきた。現在、鈴木さんはヘルステック領域のスタートアップ「AuB株式会社」(以下、AuB)を率いている。アスリートの枠を超え「すべての人を、ベストコンディションに。」をミッションに掲げる同社での取り組みや今後の展望を聞いた。

鈴木 啓太(すずき けいた)さん プロフィール

サッカーどころ静岡県に生まれ育ち、小学校時代に全国準優勝、中学校時代に全国制覇を成し遂げ、東海大翔洋高校へ進学。その後、2000年に浦和レッズに加入。2015シーズンを最後に引退するまで、浦和レッズにとって欠かせない選手として活躍。2006年、オシム氏が日本代表監督に就任すると、日本代表にも選出され、初戦でスタメン出場。以後、オシムジャパンでは、唯一全試合先発出場を果たす。現在はサッカーの普及に携わるとともに、腸内細菌の研究をベースに腸ケア商品を開発・販売する AuB株式会社を立ち上げ「すべての人を、ベストコンディションに。」をミッションとして日々研究に取り組むなど、スポーツビジネス、健康の分野でも幅広く活動。

『腸』を起点としたコンディションメイクで起業

2015年、1人のアスリートが選手生活に別れを告げた。鈴木 啓太さんだ。2000年に浦和レッズ加入、引退まで同チームに所属し続けたバンディエラ(フランチャイズ・プレーヤー)であり、2002年には U-23 日本代表に初招集。2006年には A代表入りを果たし、オシムジャパンの中核を担った。豊富な運動量とリーダーシップを持ってチームをけん引する鈴木さんの姿に、浦和レッズのサポーターのみならず、日本中のサッカーファンが魅了された。

ユニフォームを脱いだとき、鈴木さんはビジネスという新たなピッチへと走り出していた。同年、鈴木さんは AuB を起業したのだ。なぜ起業という選択肢を選んだのか、鈴木さんに聞いた。

「私は幸いなことに18歳で浦和レッズに入って、結局34歳まで現役を全うすることができました。当時、『サッカー界は現役で30歳までやれたら、幸せなキャリア。35歳までできたらすごい世界だ』といわれていましたが、35歳から残りの人生を考えたらまだまだ先は長い。『人生100年時代といわれているときに、あと65年何をするんだ』という話になります。自分のサッカー選手としてのキャリアは必ず終わる。そこから何をするのか、現役時代からつねに考えていました。

漠然と『こういう風に生きたい』や『こういう社会ができたらいいな』と考えたとき、その実現のための1つの手段として、起業がありました。サッカー界に留まることではなかったんです」

「すべての人を、ベストコンディションに。」AuB が掲げるミッションこそ、鈴木さんが目指すべき社会の姿だった。現役時代を通して、鈴木さんはコンディションメイクに定評のある選手だった。長期間の日程となるリーグ戦でパフォーマンスを維持し、高いモチベーションでチームを鼓舞しつづける姿は、現在もサッカーファンの脳裏に刻まれている。コンディション維持の秘訣は、幼少期から調理師である鈴木さんの母親に教わった。それが現在の事業の原点につながる。

「幼少のころから母親に『人間は腸が1番大事』と教わり、腸を中心にコンディションを作ってきたので、体感として腸の重要性を認知していたというのが出発点です。アスリートはコンディション調整をするからこそ、高いパフォーマンスが発揮できます。もちろん身体的な能力はありますが、能力やスキルの土台となるのはコンディションがあってこそ。

一方で、社会全体を考えると、自身のコンディションを気にかけている人は少ないと感じました。いまの状態がある意味で当たり前になっていて、本当の意味での健康の大切さを認知していない。逆に考えると、これまでコンディションについて気にしていなかった人が、本当に良いコンディションを作ったら、どれだけのパフォーマンスを発揮できるのだろうとも思ったんです。

人々のコンディション作りに対する意識を変えたい。私自身が経験してきた、腸内環境を基にしたコンディション作りへの知見を活かして、 健康とは何かを見直すいい機会だと思っていただきたい。それを事業にするために設立したのが、AuB です」

苦節4年 アスリート腸内細菌の研究成果が結実

AuB のスタートは、まず鈴木さんの経験知を実証知とすること、つまりデータの集積と研究からだった。

「客観的に見て、私はサッカー畑にいた人間です。腸内環境がコンディション作りに密接な関係があることを知見として持っていますが、データがなにもない状態では説得力はありません。まずはデータを正しく取ることからスタートする必要があったんです。私たちはまず『一般の方とアスリートとでは腸内環境が違う』という仮説を立てました。 それを自分たちが実際にデータとして持たない限りは、プロダクトを出せない。そのため、綿密な研究をおこなうことにしたんです」

AuB が第一弾の商品を開発するまで研究に費やした期間は4年、地道な研究の日々が続いた。データから仮説を立証するためには、多くのアスリートから便の検体を集める必要がある。文字通り、東奔西走の日々だった。

「まずは検体を集めるのが大変でした。当時は『腸内細菌』や『腸活』という言葉もそれほど普及していなかったので、検体をもらうときに『何のために便を?』と困惑されたものです(笑)。さらに、その検体をただ集めるだけでなく、データの解析、研究をして、その結果が出てくるまでにも時間かかる。とにかく実直に進めていくしかないという日々でした」

それでも、あらゆる競技のアスリートに、AuB のビジョンや研究の意義を語っていき、2019年3月時点で500人、検体数は1,000以上(現在では約2,200)を確保。アスリートの腸内環境データの集積数では世界でも類を見ない多さになった。研究は大手企業や香川大学、京都大学などの産学連携で実施。学会での発表や AI による競技別の腸内環境分析などをおこない、着実に成果を積み上げていった。

地道な取り組みの結果、新たな展開が見え始めてきた。解析したデータに基づくプロダクト開発だ。しかし同時期、AuB には大きな壁が立ち塞がっていた。資金難だ。スタートアップ、とくにデータビジネスを展開するテック系企業にとって、研究開発の期間と資金調達のシーソーゲームはもっとも悩ましい。タイムリミットが迫っていた。

「とても大変でした。当時まだ販売するプロダクトがなかったため、自分たちにはマネタイズする方法がなく、資金調達しなければ会社が終わる。本当にショートするまで残り1、2か月ぐらいまで資金調達が難航し、眠れない日々もありました。ただ、そのとき、支援者に『悩む時間があるなら、行動しなさい』と言われたんです。それで、資金調達の交渉に100社弱を周り、なんとか成功したわけです。

正直、なぜ資金調達が成功したのか、いまでも説明がつきません。何か物事が前に進むとき、理屈では説明できないことが起こります。なぜ自分がサッカー選手になれたのかというのも、いろいろなことが積み重なって、関係し合った結果だと思っているんです。資金調達の成功も、実直に研究に向き合ったり、『本当にこういうものを作りたい』という想いが通じたのではないかとは思うんです。一方で、努力やマインドが成功要因かというと、それもまた難しい。現にうまくいかなかったスタートアップのほうが多いと思います。

ただ、私たちの事業や研究は、世の中に必要なことだと信じています。そう思えたのは、私だけではなく、AuB のメンバーたちの頑張りが支えてくれたからというのは当然ありますね」

耐え忍ぶ日々は過ぎ去った。大正製薬などによる大規模資金調達により、危機を脱したのだ。AuB は同年、フードテック事業による第一弾の製品「aub BASE」を発売開始。4年間の研究による実証データの結晶である同製品は、瞬く間に話題となった。クラウドファンディングでおこなった先行予約には支援者が1,000人以上集まり、目標達成率906%を叩き出した。さらに、発売から9か月目には販売総数1万個を突破した。

左からプロテイン「aub MAKE(オーブメイク)」、サプリメント「aub BASE(オーブベース)」、粉末食品「aub GROW(オーブグロウ)」、2023年3月に新リリースの粉末食品「kids base(キッズベース)」。各プロダクトは公式ECサイト「aub store」等で購入できる

研究の成果はプロダクトの発売だけではなかった。新しいビフィズス菌を発見したのだ。腸内でこれまで知られていなかった新たな機能を持つビフィズス菌は「AuB-001」と命名され、国際特許を申請中。以降 AuB では新たなプロダクトも増え、現在では腸ケアプロダクトとして「aub BASE(サプリメント)」に加え、「aub MAKE(プロテイン)」「aub GROW(粉末食品)」を発売している。それぞれの特徴を鈴木さんに聞いた。

「まず、それぞれのプロダクトは『菌を摂る、育てる、守るのサイクルを回していくことが重要』という、私たちが提唱する正しい腸活のメソッドに基づき、腸内細菌を育むために開発されたプロダクトです。

『aub BASE』は一般の方とアスリートの腸内環境の違いという、私たちが発見した知見をベースに作ったプロダクトです。アスリートは、腸内細菌に多様性があり、酪酸菌の数が一般の方よりも2倍以上多い。そのようなアスリートの特徴的な腸内細菌叢(腸内フローラ)を再現した独自開発菌素材「アスリート・ビオ・ミックス®︎」を配合しています。

『aub MAKE』はアスリートたちからの『AuB のデータや研究成果を活用して、自分たちに理想的なプロテインを作ってほしい』という声から生まれたものです。私たちは新たに研究し直して、腸をケアしたうえで体づくりをサポートできるプロテイン作りに着手。アスリートに試してもらいながら開発を進めたところ、一般の方たちにも十分に使ってもらえるものができあがりました。

『aub GROW』は腸内細菌を育むために開発されたプロダクトです。菌を育むには食物繊維やオリゴ糖が重要ですが、食物繊維はビタミンと同じように、その種類は多様です。『aub GROW』は50種類以上の食品由来の原料から抽出した食物繊維を中心に形成しています」

プロダクト開発と並行して、腸内環境分析サービス「BENTRE(ベントレ)」を展開。これは便のサンプルと食事記録、アンケートを AuB に提出することで、腸内環境の分析結果やパーソナライズされたアドバイスを提案するものだ。さらに、AuB では現在、京セラと AI を活用した共同研究を実施している。便の匂いの臭気に応じて、腸内環境をモニタリングするデバイスを開発しているという。

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子どもの未来のための「腸育」新ブランドを展開

新ブランド「aub for kids」のブランドマネージャーであり、「kids base」の商品企画責任者を務める山本 大貴さん

2023年2月、AuB は新たな取り組みをスタートさせた。子どものおなかケアに特化した新ブランド「aub for kids」の展開だ。この新規事業に踏み切ったのには、どのような想いがあるのだろうか。

「2歳から6歳くらいまでの幼児期というのは、発育にとても重要な時期といわれていますが、じつは腸内細菌叢の土台が作られるのもこの時期なのです。私たちはミッションに『すべての人を、ベストコンディションに。』を掲げています。そのためには、発育ということも含めて、ライフステージやライフサイクルを考慮してプロダクトを作る必要がある。そうやって、私たちやプロダクトが人生に寄り添うものでありたいと考えているんです」

「aub for kids」のブランドマネージャーであり、最初のプロダクトである「kids base」の商品企画責任者である山本 大貴さんに話を聞いた。山本さん自身、2歳の娘を育てる現役の子育て世代だ。子ども向けプロダクトの開発には、思い入れが強かったという。

「私たちが未来をサポートしていくために、何をするべきか。そう考えたとき、やはり子どもの健康、体づくりにコミットしたいということは AuB としても考えていました。私たちに何ができるのかを考えたときに、子どもの腸内環境をサポートしていこうというのが、まず大きな起点になっています。私自身、子どもが生まれてからは子どもの将来のこと、とくに健康や成長を誰よりも考えるようになりました。そのために自分が何ができるのか。 そう思ったとき、私はこのような事業を立ち上げて、責任者という立場で携わりたいと考えたんです」

山本さんは責任者として、自身の子どもにも与えたいと思えるようなクオリティのプロダクトに仕上げたという。ベースは既存プロダクトと変わらないが、腸内細菌のバランスが決まるといわれてる幼児期に、もっともバランスが良くなる配合にした。一方で、多くの親が気にかけるのは安全性だ。とくに子どもが摂取するプロダクトには万全を期したい。

「大きく製造とプロダクトそのものに分けて説明させていただくと、まず製造に関して、OEM の委託先は上場企業であり、コンプライスや品質保証の観点では日本トップレベルの会社です。また、製造する工場は GMP(適正製造規範)認定という、国から審査を受けて、その基準を満たした工場でのみ、製造をおこなっています。

プロダクトに関しては、大きく2つポイントがあります。1つ目が乳児用規格適用食品という厚生労働省が定めた基準をクリアしていること。そして2つ目が、ヒ素などの毒素や鉛、水銀といった重金属、放射線などの有害物質の検査を厳格におこない、分析結果を公表していることです。『kids base』は乳製品や大豆製品を使用しているため、アレルギーについて注意が必要ですが、それ以外の安心・安全には十分配慮しています」

取材時点でリリースから3週間ほど(2023年3月時点)経過しているが、順調に売り上げを伸ばしているという。AuB ではプロダクトの販売とともにモニター調査を実施。フィードバックを分析し、新たなプロダクト開発へと活用していく。

『すべての人を、ベストコンディションに。』

プロダクトの発売開始から4年目を迎え、AuB の事業フェーズは拡大期に向かっている。今後はどのような展開を見越しているのだろうか。ヘルステックという分野は、普遍的な課題へのソリューションであるだけに、そのポテンシャルは幅広い。今後の展望を鈴木さんに尋ねると、「まずは国内市場における課題意識をクリアにしたい」と語った。

「確かに、健康とかヘルスケア、さらにはヘルステックといわれる分野は、Well-being という領域を含めて、非常に幅広く考える必要があると思います。そういった意味では、多くの可能性が存在します。しかし、私たちとしては、どのようなセグメントに特化していくのかという点が重要だと思っています。選択肢として、海外展開やプロダクトを増やしていくこともあると思いますが、それらはあくまで選択肢に過ぎない。私たちが考えている『すべての人を、ベストコンディションに。』という世界を作るためには、 どのような順序で事業を展開していくかのほうが重要です。

段階として、まず私たちがすべきことは、まずは皆さんに腸の大切さを知っていただくことです。健康であることの重要性や、なぜ腸内環境が大事なのかをきちんと伝えていき、自分ごととして捉えていただくことが課題だと感じています。そして、私たちのプロダクトやコンテンツを通して日々の生活の中で実感してもらいたいと考えています」

AuB では YouTubeチャンネルや自社オウンドメディアを通して、健康や腸内環境を整えることの重要さを発信している。その先にあるのは「すべての人を、ベストコンディションに。」というミッションの実現だが、同時にそれは、新たな市場の創出であるともいえる。

「私たちは『腸活2.0』と提唱しています。いままではただ単に腸活といわていたものを、よりデータやテクノロジーを取り入れて実証的に、論理的な取り組みにしていく。そういった市場を作っていきたいと思っています」

サッカー選手としてピッチを縦横無尽に駆け回った鈴木さん。その勇姿はいま、AuB という企業を背負い、ビジネスというフィールドで躍動している。最後に、鈴木さんの「『やりたいこと』を『できる』に変える」ための心得を聞いた。

「突き詰めて考えると『自分の人生って、何のためにあるんだろう』というところからではないでしょうか。人は幸せになりたいわけで、それが目的じゃないですか。そのための手段として何を取るのかという話になってきます。

私は、どうせやるなら良いパフォーマンスで仕事をしたい。人生は1度きりだし、やれることはやりたいなと思います。人間はいつ死ぬかもわからないじゃないですか。それだったら、私は『やる』の一択なんです。
そして、できないことを嘆くよりも、できるように努力するほうが楽しいんですよ。仮にできなかったとしても、チャレンジすることに意味があって、失敗すること自体が不確実性を潰すことになります。だからこそ、健康でモリモリ働いて、チャレンジしていけばいいと思いますよ」

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(撮影:いのうえのぞみ)

執筆

川島 大雅

編集者・ライター。ビジネス系のコンテンツ制作をメインに行っています。大学では美術史専攻。一時ワイン屋に就職してたくらいにはワイン好き(詳しくはない)。

※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。

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