日本では、少子高齢化による人口減少を原因とした、企業の働き手不足が問題視されている。労働者の高齢化が進むなか、深刻な課題となっているのが、中小企業の経営者の高齢化と事業承継問題だ。東京商工リサーチの調査によれば、2022年時点での経営者の平均年齢は63.02歳(※1)。同年に休廃業・解散した企業で経営者の年齢が60代以上だった割合は86.4%に達する(※2)。廃業の原因は経営不振だけではない。近年は、黒字でありながら後継者不在によって事業継続が困難になり、廃業を決断する企業が増えているのだ。
そんななか、家業を継ぎ、新規事業などにより企業の成長に挑戦する後継者「アトツギベンチャー」が増えてきている。そして、このような事業承継と次世代の挑戦を後押ししているのが、一般社団法人ベンチャー型事業承継(以下、ベンチャー型事業承継)だ。今回は、代表理事の山野 千枝さんにインタビューを実施。長年中小企業の経営と事業承継の支援に携わってきた山野氏が描く、事業承継のあり方やその可能性を聞いた。
(※1)東京商工リサーチ「2022年「全国社長の年齢」調査」
(※2)東京商⼯リサーチ「2022年「休廃業・解散企業」動向調査」
山野 千枝(やまの ちえ)さん プロフィール
1969年生まれ、岡山県出身。専門はファミリービジネスの事業承継、広報ブランディング。関西学院大学卒業後、ベンチャー企業、コンサルティング会社を経て、大阪市経済戦略局の中小企業支援拠点「大阪産業創造館」の創業メンバーとして2000年より参画。ビジネス情報誌『Bplatz』の編集長として多くの経営者取材に携わるなかで、ファミリービジネスの経済合理性に着目。2018年、同族企業の承継予定者に特化した新規事業開発や業務改善を支援する「一般社団法人ベンチャー型事業承継」を設立し、代表理事に就任する。
優れた中小企業が黒字倒産する負のインパクト
中小企業庁の調査によれば、2016年時点での日本における中小企業・小規模事業者の数は約360万。日本企業全体の99.7%を占めている(※3)。
これらの企業のなかには、卓越した技術で長年日本を支えてきた老舗企業も多く存在する。しかし、現在ではそのような自社の強みを持ち、黒字決算を重ねてきた企業が倒産する事例が増えてきている。その理由の1つが後継者不在による廃業だ。ベンチャー型事業承継の代表理事を務める山野さんは、後継者不在の原因は「若い世代にとって、中小企業の経営を継ぐことが魅力的に映っていない」ことにあると語る。
「1世代前ぐらいまでは『家が商売をやっていたら継ぐのが基本』という風潮がありましたが、現代は『誰もがなりたいものを目指せるし、なりたいものになれる時代』です。中小企業の経営者になるという道をわざわざ選びたくないと考える若い世代が増えている。これが、後継者不在の問題が起きているそもそもの原因と考えています」
後継者不在による倒産は個々の企業の問題ではなく、日本経済全体の問題でもある。
「日本は技術やノウハウ、人のサービスといったもので経済大国になった国です。企業の倒産は雇用機会の喪失を招くだけでなく、技術やノウハウの喪失にもつながります。つまり、グローバル市場における日本の競争力低下を招くことになるんです。そういった意味でも、事業承継問題は深刻な社会課題といえるでしょう。一方で、事業承継の意義は、会社や技術を残すというだけではありません。変わりゆく時代のなかで、事業や技術に新しい価値を与え、生まれ変わらせていくことにもあります。そのような可能性を未来に繋げられなくなるという意味でも、損失は大きいのです」
後継者がもっとワクワクする世界を作りたい
山野さんは、2000年より中小企業支援拠点「大阪産業創造館」の創業メンバーとして大阪市経済戦略局に参画。スタートアップを含む中小企業の支援のかたわら、ビジネス情報誌『Bplatz』の創刊編集長として、大阪の経営者たちと接してきた。参画当時、経営者たちは家業に対する矜持と、存続にコミットする自信を持っていたという。しかし2008年にリーマンショックが起こったことで、経営者たちの顔色は変わってしまった。
「大阪市内の中小企業で、革新的なイノベーションを起こしている企業を調べてみたら、代表が家業を継いだ方だったというケースがとても多かったんですよね。そういった方々にお話を聴くと、みなさん『事業を存続するために社内を改革していったら、それがイノベーションになっていた』と言うんです。また先代に話を聴くと、家業を継がせた理由について『戦後焼け野原でスクラップを集めていた頃から始まっている会社を、自分の代で消すわけにいかないと思った』と力強く話していました。しかし、リーマンショックのあとではこのような空気が変わり、経営者の方々が弱気になり始めました。『こんな苦労を子どもにはさせられない。会社を継いでくれなんて、とても言えない』という人が増えてきたんです」
後継者にとっても、および腰になってしまう理由がある。山野さんがそのことを思い知らされたのが2011年、関西学院大学で講義をしていたときのことだった。
「世間一般での後継者のイメージは、ドラマに出てくるような、いわゆる『金持ちのボンボン』か、とても貧しいかのいずれか。会社の後継ぎだと思われたくないため、家業のことを隠したがる学生もいました。そして、企業を継ぐことを『仕方なく』と犠牲的に捉えている後継者もいました。主観的に、また客観的に見ても、家業を継ぐことは、ネガティブなイメージが大きかったんです。
そこで、そういった意識が変わればと思い、親が事業を営む学生を集めて、集中講義をおこないました。それは、事業承継後に新たな取り組みを立ち上げ、事業を拡大している後継者『アトツギベンチャー』をゲストに呼んで、お話いただくというものです」
講義に参加した学生たちの反響は大きかった。ただ親と同じことをするのが事業承継ではない。自分のやりたい方向に事業を変えていくことも可能だと気づいたためだ。手応えを覚えた山野さんは、2017年に大阪市におけるベンチャー政策への提言に「中小企業の後継者」に関する事項を盛り込んだ。そして翌2018年、後継者の支援を全国に拡大するため、一般社団法人としてベンチャー型事業承継を設立した。
「事業を継ぐ側の人たちが、もっとワクワクする世界を作りたい。そう思ったのが、いまの活動の原点です」
地域にコミットし企業を成長させていく人材
ベンチャー型事業承継では、アトツギベンチャーをどのように定義しているのだろうか。山野さんに尋ねると、アトツギベンチャーには「3つのタイプ」があるという。
「家業の経営資源と自身の強みを掛け合わせて、新しい事業領域や市場、価値を創出していく。世代交代のタイミングで、こうした取り組みにより会社を成長させている若手後継者のことを『アトツギベンチャー』と呼んでいます。そして、私たちはその成長タイプを3つに分類していて、1つ目は『Exit型』という、IPO(新規上場株式)などによる急成長を目指すもの。2つ目は『地方豪族型』で、持続的イノベーションと地域での雇用創出に注力するもの。そして3つ目が『ランチェスター型』で、規模ではなく収益性を求め、独自性の強いビジネスモデルを構築していくものです」
一方で、地方都市に目を向けると、自治体主導による企業誘致や M&A(合併買収)という形で、事業や技術・ノウハウを第三者に引き継ぐ手法も進められている。また、近年では地方自治体でもスタートアップ支援が積極的におこなわれている。そんななか、アトツギベンチャーを支援することには、どのようなメリットがあるのだろうか。
「たしかに、そのような地域創生のあり方も有効であり、私たちは否定していません。しかし、企業の誘致や M&A によって承継できても、その後、社会情勢が変わって撤退してしまう可能性は十分あり得るでしょう。経営戦略として当然の判断だからです。そうなってしまえば、地域の技術や雇用は失われてしまいます。また、地域の財源を活用してスタートアップを支援しても、事業化のタイミングで東京に進出するケースが多々あります。事業をドライブさせていくためには投資家や大企業が多い東京のほうがメリットは多いですから、それもまた企業として正しい判断なんです。
それに対してアトツギベンチャーは、企業の歴史と長年働いてくれている社員の人生を背負っています。そのため、地域にコミットして企業を成長させていこうという気概を持っている方が多いんです。そうしたアトツギベンチャーを支援することは、地域創成の視点からも有効であり、力を入れるメリットがあると考えています」
全国で「アトツギベンチャー」が生まれる仕組み
ベンチャー型事業承継では、アトツギベンチャーの早期育成をおこなっている。すでに事業承継を済ませたアトツギベンチャーだけでなく、事業承継の準備期間の段階から支援するためだ。ベンチャー型事業承継の事業の柱は2つ。1つはアトツギベンチャーのためのオンラインコミュニティ「アトツギファースト」の運営だ。この事業のポイントは、同じ境遇のアトツギベンチャーをつなぎ、体験を共有することにあるという。
「私たちのオンラインコミュニティ『アトツギファースト』の会員は、30代までの若い後継者に絞っていて、現在では全国で900人ほどいます。
このコミュニティのコンセプトは『自走』です。じつは、事業承継前の後継者は、社内での立場があまり高くないんですよ。身近に同じ境遇の人がいることも稀で、既存の仕事を覚えながら、孤軍奮闘で事業承継後の未来を考えなければならない。そのため、コンサルタントや専門家などによるメンタリングではなく、会員である後継者たちが相互に自身の体験をシェアし、学び合うことを主体としているのです。後継者にとって、こういったコミュニティは心理的安全性を確保するサードプレイスにもなります。悩みや苦労、そして自社の未来について、胸襟を開いて話し合える。『同じような境遇の人たちが同じようなステージで苦労している。自分も頑張ろう』と思えることも参加するメリットです」
もう1つの柱は、官公庁や自治体、金融機関との共創による新規事業開発の研修やピッチイベントの受託開発だ。自身の新規事業アイデアの共有や、切磋琢磨する場の提供を意識した事業である。
「事業承継前の後継者の場合、まだ意思決定権がなく、予算や人材などのリソースを動かすことや、外からお金も借りることもできません。だからこそテクニックだけで新規事業開発をしようとしても、絵に描いた餅になりやすい。まずは自分1人で始めて結果を出すことが求められるので、熱量を維持しづらいためです。研修やピッチイベントをおこなうと、自身の現在地が可視化されると同時に、自分が目指したい企業像も少しずつ見えてきます」
これら2つの事業に共通するのは、同じ境遇の後継者が自身の現状と未来を共有し、切磋琢磨することで、最終的には自走するアトツギベンチャーを育てようとしていることだ。こうした取り組みにより、アトツギベンチャーは全国で続々と生まれている。ベンチャー型事業承継は、こうした後継者たちを「A1000」(エー・サウザンド)として認定し、ロールモデルとして公開している。A1000のメンバーは「アトツギファースト」のメンターも兼任し、アトツギベンチャーの創出を加速させている。
アトツギベンチャーは新しいセクターになれる
「アトツギファースト」では、基本的に仕事終わりの夜間に交流がおこなわれる。後継者たちが主体的にテーマを設定し、ミートアップを開催。関心のあるテーマには自由に参加でき、それぞれのミートアップで活発な情報交換がなされている。
「たとえば、ある後継者が『建設業での新規事業開発を考えている』と発信すると、関心を持つ後継者が数人集まって、それでミートアップが開催されます。もちろん異業種も参加可能で、多様な視点が集まるからこそ、アイデアがブラッシュアップされていくんです」
このような後継者同士の交流をきっかけに、新しいビジネスが生まれることもあるという。
「『アトツギファースト』での交流が起点となり、コラボ商品の販売や新規事業が生まれる事例は多いです。私たちが掲げるコンセプトは『自走』であり、将来的にアトツギベンチャーとなったあとは各々の両脚で走っていかなければなりません。一方で、交流を通じて、志や方向性が似ている後継者同士の『伴走』を促すのも狙いの1つです。地方の中小企業にとっても、これからは関係人口の時代になると考えています。社内の雇用も重要ですが、社外の、それもその地域の外にいる仲間と手を携えることで、双方に大きなシナジーが生まれます」
現在、アトツギベンチャーの存在は徐々に存在感を増している。注目が集まるにつれて、ベンチャー型事業承継にも多くのパートナー、顧問が参画するようになった。
「パートナーや顧問の方々には、私たちの活動の意義についてきちんと説明しており、そのうえで共感していただけている方が多いです。とくにパートナーには、自治体や地方金融機関だけでなく、大手企業やメディアからも参画いただいています。やはり日本の未来を考えたときには、中小企業によるイノベーションは欠かせません。ある顧問の方は『アトツギベンチャーは次代を創る新たなセクターになる』と言ってくださっています」
最近では、地方金融機関との関係を強化し、地域単位でのアトツギベンチャーを生み出すエコシステム構築を支援しているベンチャー型事業承継。後継者コミュニティとしてのインフラ機能を、さらに強化していく予定だという。
最後に、こうした取り組みをリードしている山野さんに今後の展望を聞いた。
「地方銀行や信用金庫は、地域の企業と運命共同体の関係にあります。だからこそ、そういった地方金融機関にも関わっていくことで、地域に根ざしたアトツギベンチャーのエコシステムを構築したいんです。最近だと、私たちが持っている機能やインフラを、ホワイトラベル的に提供するサービスの構築を進めています。いずれは、そのサービスを活用した地域オリジナルの後継者コミュニティが生まれてほしいですね。私たちは、地域の金融機関と、アトツギベンチャーが協力することで、社会的にも大きな影響力が波及していくと考えています。これからはそういった環境作りにも注力していきたいですね」