熊本市東区健軍に「ちょっと変わったデザイン会社」がある。Webサイトや出版物を制作するのが一般的なデザイン会社だが、同社が手掛けるデザインは人の成長までもが対象だ。2022年より「DX学校熊本校」をスタート。IT導入に悩む中小企業の人たちに向け、DXを体系的に学んだIT担当者を育成している。DX学校は教室そのものがオンライン上にあり、参加者はDXを自らが体験しながらIT導入のノウハウを身につけていく。そもそもなぜデザイン会社がDXを教えるのか? 代表の福間 暁さんと、DX学校の講師を務める福間 のぞみさん夫妻に話を聞いた。
福間 暁(ふくま あきら)さん プロフィール
1981年生まれ。国立熊本電波工業高等専門学校情報工学科卒業。システム開発会社、Web制作会社への勤務を経て、2007年に合同会社smartWeblabを友人と2人で設立。Webコンサルティング、Web企画・制作・運営事業を開始する。2009年にシドニーに留学し、語学や美術を学ぶ。2015年に“あいだをより良くする”がコンセプトのデザイン会社、株式会社あいだDESIGNを創業。同社代表取締役、DX学校熊本校代表。
福間 のぞみ(ふくま のぞみ)さん プロフィール
1985年生まれ。携帯電話販売会社に6年間勤務したのち、介護福祉士として5年間介護施設に勤務する。育児休暇中の2020年、動画クリエイター育成講座を受講したことをきっかけに、個人事業主として起業。6ヶ月で100本の動画を作成する。2021年あいだDESIGN入社。中小企業向けにSNSや動画を活用したデジタルマーケティング、IT導入支援をおこなっている。同社副社長、IT導入診断士。
中小企業のHP制作から始まったデザイン会社
DX学校熊本校を運営しているのは、熊本市東区にある株式会社あいだDESIGN。代表の福間 暁さんは、企業の抱える課題を解決するため奔走するデザイナーだ。IT化が進む時代に対応したいという企業のニーズに応えるため、Webサイトの黎明期からWeb制作に携わってきた。
福間暁さん(以下、暁さん)「僕らの会社は企業のHP制作から始まりました。創業以前は個人事業主として依頼主である企業の方たちと関わってきました。中小企業がまず目標とするのは自社の売り上げアップです。そのためには自分たちの商品やサービスの価値を多くの人に知ってもらいたい、だからWebサイトをつくるんだ。その相談内容そのものは昔も今も変わりません」
中小企業との情報格差がジレンマに
しかし、ITに詳しくない企業との間にある情報格差に、もどかしい思いを抱いていたとも語る。
暁さん「『自社のホームページをつくろう!』と思い立って相談に訪れる方の中には、ITやパソコンそのものに詳しくない人もたくさんいます。ITを活用することが当たり前の業界で長年働いてきた僕にとって、彼らとのやり取りはある意味衝撃的なものでした。例えばインターネットにつながらない、メールの送受信ができないなど、僕らの感覚では非常に初歩的なトラブルで電話がかかってくることもありました」
ホームページの運用は中小企業が自らおこなわなくてはならない。しかし、実際には企業の中にホームページを運用できる人がいないため、せっかく制作したWebサイトが事実上“つくりっぱなし”になるケースも多かったという。
暁さん「ホームページの運用者がいないのであれば、代わりに。それがお客さまの困りごとの解決になるのならばと、お客さまのWeb運用を代行したり、PCやインターネットのトラブル対応をしてきました。でも、あるとき本当にそれでいいのかなと考えたんです。本来はお客さま自身が主体的に運用をしなければならないのでは? と気づいたんです」
思い切ってWeb運用代行をやめてみた
創業して間もないころは依頼主からの些細な問い合わせにも対応し、Web運用代行までおこなっていたが、次第に自分たちの姿勢について疑問を持つようになる。自社の本当の魅力や、ユーザーに伝えたいメッセージを持っているのは、中小企業の人たち自身にほかならないからだ。外部企業の制作会社は、あくまで部外者に過ぎない。
暁さん 「ITやパソコンのことを、誰に相談したらいいかがきっとわからないんですよね。だから、ホームページをつくった僕に相談が来るわけです。でも、僕がずっと運用代行やトラブルの処理をしていたら、いつまでたってもその人はデジタル人材になれない。
そうした長年の課題を解決するために、思い切ってWeb運用代行をやめてみることにしました。その代わり、僕ら自身がデジタル人材を育てる企業になる、そして何より彼らの気持ちを理解すること。中小企業が持つニーズへの自分たちなりの答えとして、DX学校を始めました」
今でも企業からWebサイト制作についての相談は寄せられるが、デジタル人材の有無が企業にとって重要な課題だと指摘する。
暁さん「ホームページをつくってほしいと依頼される企業の方には、僕の方から『運営ができる人材はいますか?』と尋ねるようにしています。そして社内にIT担当者がいない場合、『運用できる人材がいないとホームページをつくっても無駄に終わります』とお伝えします」
Web制作会社からDX教育会社へ変革
2022年よりIT導入診断士を育成する「DX学校熊本校」をスタート。講師の1人を務めるのは暁さんの妻、福間のぞみさん。介護福祉士の実務経験もある異色の経歴を持つ映像クリエイターだ。
あいだDESIGNには、Webデザインの制作、教育研修、コンサルティングの3つの柱がある。2021年にのぞみさんが入社し、IT導入支援士の資格を得たことも「DX学校」を始める後押しとなった。
現在のあいだDESIGNは、制作に充てていたエネルギーを教育研修、コンサルティングの方向に注ぐ会社へと変革した。「成長をデザインする」をコンセプトに、ITに苦手意識を持つ人でもデジタル人材として活躍できるよう、人の成長過程をデザインするのが彼らのDX学校だ。
DX学校では何をするのか?
DX学校の受講者は3ヶ月間、週1回の授業で学び、社内のIT担当者を目指す。Google Workspaceを使いこなすスキルを身に付けることが受講者たちの目標だ。
まずはITの基礎・基本について、動画教材を見ながら学んでいく。動画を見終えた後には課題も出され、講師と受講者はZoom会議をしながら本人の理解度をその都度確かめる体制だ。受講者の疑問には講師がZoomでリアルタイムに答えてくれる。
講師とのやり取りだけではなく、受講者同士の交流もZoomを通じておこなわれる。お互いの近況や小さな悩みごとなど、ちょっとした雑談もリモートワークでのコミュニケーションには欠かせない。オンライン上の“教室”で、仲間との交流を深める体験そのものもDX学校の醍醐味だ。
カリキュラムの総仕上げは、自社の課題を解決するためのプランを立てること。これこそが、中小企業の人たちが持つ本質的な課題ともいえる。自分が学んだGoogle Workspaceの活用方法や、職場への導入プランをプレゼン資料にまとめ上げ、受講者同士でプレゼン発表をおこなうのがDX学校の最後の授業だ。
DXの楽しさを体験してほしい
DX学校で講師を務めるのぞみさんは、受講者の成長を目の当たりにする瞬間が何より好きだと語ってくれた。
のぞみさん「DX学校を通して伝えたいのはDX化の楽しさなんです。例えばGoogleドキュメントをグループで編集する作業、リアルタイムで仕事が進んでいくのを見るだけでもワクワクしますよね。進捗状況もその場で目に見えてわかるし、人と人とのリアルタイムのつながりを実感してもらえると思うんです」
のぞみさん「DXと聞くと流行りのビジネス用語でとっつきにくい、といった印象を持たれるかもしれません。でも、私たちと一緒に使ってみると案外身近で、想像より簡単にできるんだな、と実感してもらえるはず。
DX学校の授業では、できることが増えるたびに『楽しいですね!』と皆さんに言ってもらえるんですよ。私たちもその人の気持ちに共感して、本当に嬉しい気持ちになります」
IT導入支援士の資格を持つ彼女はITツールの使い方だけではなく、補助金の相談にも積極的に応じている。
のぞみさん「IT導入補助金は2017年からある制度ですが、その存在すら知らない人もいらっしゃいます。補助金を使ってDX化を考える方のニーズに応えようと、毎回5名で開催するオンラインセミナーを始めました。全国各地からいろんな方が参加してくださるんですよ」
ITが苦手な人も、そうでない人も“共通言語”で話をしたい
DX学校での一連のカリキュラムを通じて、価値観の違う人同士をつなぐ“共通言語”を広めるのが福間さん夫妻の夢でもある。
暁さん「ITに縁遠い企業の経営者とお話しすると、IT用語そのものが通じないこともあります。コロナ禍になって2年経つけど、Zoom未体験の方だっている。僕らが経営者の方と本当に話したいのはITツールの使い方ではありません。
効果的なWebマーケティングの戦略も立てたいし、本気で売上アップに貢献できるホームページをつくりたい。本来の目的を見失わないためにも、お互いのITへの理解度は明確にするべきです」
経営陣にDX化の意義を理解してもらう役割を、IT担当者が担ってほしい。それこそ彼らがIT担当者を育成したいと思った動機でもある。
暁さん「経営判断をするのはあくまでも経営者です。お金を動かす人がDX化の意義を理解していないと、優れた判断は難しい。現場の担当者と経営陣とのギャップをまずはなくしていきたいんです。
制作会社、IT担当者、そして経営者が対等に話ができれば、より良い結果になると考えています。英語を勉強して外国の方と話すように、ITのことも知ってもらえたらいいですね。デジタルツールがお互いの共通言語になればいいと僕は思います」
のぞみさん「経営陣と社員、企業と顧客、そして私たちをつなぐIT担当者を、私たちがこれからもっと増やしていきたいですね」
執筆
桑原 由布
1987年生まれ、熊本県出身。フリーライター、編集者。企業、観光、医療などをテーマに地元で暮らす人たちを取材している。趣味は写真撮影、生きがいは愛猫たちと過ごす時間。
※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。
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