近年、AI技術が急速に発展したことに伴い、人間による労働が AI に代替されるのではないかと危惧されています。
日本の労働法では解雇が厳しく制限されていますが、AI の導入に伴って従業員を解雇することは可能なのでしょうか?
今回は AI による労働の代替と、日本における解雇規制の関係性について検討・解説します。
AI技術が急速に発展。多くの労働者が代替される可能性あり
質問に対して AI が自動で回答を生成する「ChatGPT」や、精巧なイラストを自動生成する画像生成AI が、ここ1年足らずの間で急速に普及しました。
これらの AI にはディープラーニング(深層学習)の技術が導入されており、大量の文章データや画像データを機械的に学習したうえで、人間が生み出すものと非常に近い文章や画像を生成できるようになっています。
AI技術の進展は利便性の向上をもたらす一方で、人間の労働者を失業の危機に晒す側面があります。
AI によって人間の労働を代替できれば、企業にとっては人件費の大幅な削減が可能となり、中長期的な収益の向上に繋がります。AI による「仕事」のクオリティは急速に進歩しており、人間の得意分野と思われていた領域についても、加速度的に AI への代替が進むことは想像に難くありません。
すでに海外では、ICT企業を中心に労働者を大量解雇する事例が報道されている状況です。日本でも、早晩このような動きが生じることが想定されます。
日本では解雇が難しい? 労働法による解雇規制
しかしながら、日本の労働法では解雇が厳しく制限されています。そのため、AI を導入した企業が労働者を解雇しようとしても、スムーズに人員整理が進むとは限りません。
会社が労働者を解雇するためには、以下の要件を満たす必要があります。
(1)解雇の種類に応じた要件を満たすこと
(2)解雇禁止に該当しないこと
(3)解雇権の濫用に当たらないこと
要件(1)解雇の種類に応じた要件を満たすこと
解雇には、懲戒解雇・整理解雇・普通解雇の3種類があります。会社が労働者を解雇する際には、解雇の種類に応じた要件を満たすことが必要です。
(a)懲戒解雇
就業規則違反の非違行為を理由とする解雇です。就業規則上の懲戒事由に該当している必要があります。
(b)整理解雇
経営上の都合による人員整理を目的とした解雇です。整理解雇の4要件(後述)を総合的に考慮して、解雇の有効性が判断されます。
(c)普通解雇
懲戒解雇と整理解雇を除く解雇です。労働契約または就業規則に定められた解雇事由に該当している必要があります。
AI の導入によって不要となった労働者を解雇することは、上記のうち「整理解雇」に当たります。この場合、後述する「整理解雇の4要件」が検討されますが、解雇のハードルはかなり高いと考えられます。
要件(2)解雇禁止に該当しないこと
労働基準法などの法律では、会社が労働者を解雇できない場合を定めています。
たとえば以下の場合には、会社による労働者の解雇は違法です。整理解雇の対象者を選定する際には、これらの解雇禁止に該当しないようにする必要があります。
・国籍、信条、社会的身分を理由に行われる解雇(労働基準法3条)
・業務災害(労災)による療養休業期間、およびその後30日間に行われる解雇(同法19条第1項)
・産前産後休業期間、およびその後30日間に行われる解雇(同)
・解雇予告または解雇予告手当の支払いを怠って行われる解雇(同法20条1項)
・労働基準監督署への申告を理由に行われる解雇(同法104条2項)
・労働組合員であること、労働組合への加入、結成、労働組合の正当な行為をしたことを理由に行われる解雇(労働組合法7条1号)
・不当労働行為の救済申立てなどを理由に行われる解雇(同条4号)
・妊娠や出産に関連する差別的な解雇(男女雇用機会均等法9条2項、3項)
・育児休業または介護休業の申出、取得を理由に行われる解雇(育児・介護休業法10条、16条)
など
要件(3)解雇権の濫用に当たらないこと
客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない解雇は無効となります(労働契約法16条)。これを「解雇権濫用の法理」といいます。
解雇権濫用の法理は、労使関係において不利な立場に置かれがちな労働者につき、生活保障を図る目的で定められたものです。
整理解雇の場合は、後述する4要件を検討・判断するに当たって、解雇権濫用の法理の考え方が適用されます。
AI導入による解雇のハードル 整理解雇の4要件
AIの導入に伴い、会社が労働者を解雇するためには、以下の整理解雇の4要件を総合的に考慮したうえで、その客観的かつ合理的な理由と社会的相当性が認められなければなりません。
(1)人員削減の必要性
解雇によって人員を削減することにつき、経営上高度の必要性が求められます。
(2)解雇回避努力義務の履行
配置転換・ワークシェアリング・希望退職者の募集など、人件費などを削減し得るほかの取り組みを尽くしたうえで、なお整理解雇がやむを得ないと評価される必要があります。
(3)被解雇者選定の合理性
整理解雇の対象者は、合理的かつ公平な基準を策定したうえで、その基準を合理的に適用して選定する必要があります。
(4)解雇手続きの妥当性
整理解雇の必要性や内容について、労働者本人や労働組合に対して説明を尽くし、納得を得られるように努力することが必要です。
AI導入に伴う整理解雇について、とくに大きなハードルとなるのが「人員削減の必要性」の要件です。
業績不振で経営危機状態にある会社であれば、人員削減の必要性が認められやすい傾向にあります。
しかし、AI導入によって人員削減を図ろうとする企業の多くは、業績好調であるケースもあるでしょう。
たとえ大きな人件費カットの効果が見込めるとしても、業績好調の場合には、人員削減の必要性が認められるハードルは高いと考えられます。
業績好調の企業において、AI導入に伴う整理解雇を進めようとする場合は、その他の要件(解雇回避努力義務の履行・被解雇者選定の合理性・解雇手続きの妥当性)について十分な取り組みをおこなうべきです。
具体的には、以下のような取り組みが最低限必要でしょう。
(a)ワークシェアリングや希望退職者の募集など、解雇以外の方法による人件費削減を図る
(b)十分な告知期間を設けて整理解雇の計画を明示し、労働者側に対して説明を尽くす
(c)公平かつ合理的な選定基準を設け、透明性が確保された形で整理解雇対象者を選定する
まとめ
日本において、「AI を導入したから」というだけでは、労働者を解雇する理由として不十分で、外堀を埋めるさまざまな手続きが必要と考えられます。
日本企業に勤務する労働者だけでなく、外国企業の日本の事業所で勤務する労働者についても同様です。
解雇に関する規制は、日本における労使関係の根幹に関わるため、少なくとも短期間で大幅に緩和される可能性は低いと思われます。その一方で、AI技術が急速に発展する中、日本企業だけが過剰な人員を抱え続けなければならないとすれば、国際競争力のさらなる低下に繋がりかねません。
AI のように、人間社会のパラダイムシフトを引き起こし得る革新的な技術については、実務と法整備の両輪による迅速・柔軟な対応が求められます。
日本の各企業が AI技術にどう対応するのかに加えて、AI に関連する法整備がどのように進展するのかについても、引き続き注目すべきでしょう。