コロナ禍でリモートワークが普及し、ペーパーレス化やリモート会議などデジタル化が加速した企業が多いのではないだろうか。
いままで遅々として進まなかったデジタル化、これを機に一気に改革するぞ!
……なんて息まいている声が聞こえてきそうだ。
でもちょっと待ってほしい。
デジタル化を進めるにあたって、「つながらない権利」を忘れてはいないだろうか?
メールチェックは欠かせない! 休めない休暇
還暦を迎えたいまはそれほどでもないが、わたしが子どものころ、父は仕事用の携帯が鳴るとすぐに出ていた。
電話をする父の声は家での声とまったくちがったから、とても印象に残っている。
夫はといえば、休暇中も1日1度はメールチェックをし、気になることがあると同僚に電話をかけていた。
なにやら大きなトラブルが発生し、「家にいても気になっちゃうから」と数日出勤したこともある。
わたしはフリーランスだから「休暇」という概念がないが、企業勤めの父や夫が、休暇中でも電話がかかってきたりメールをチェックしたりするのを見ると、「気が休まらないだろうなぁ」と思う。
もちろんそれは、だれかに強制されたものではないだろう。だって、休暇中だし。
でも会社用の携帯を持っていたり、家のパソコンから仕事用メールにアクセスできたりするとなれば、気になってしまうものだ。
連絡が取れる状態であれば、まわりも「不慣れな人よりこの人に聞いたほうがいい」と休暇中の人をアテにして連絡してしまうのも、理解できる。
自分自身が休暇中の人に連絡するから、自分の休暇中に連絡がきても「返事をしなければ」という気持ちになるのもまた、自然なことだろう。
こうやって、休めない休暇になっていくのだ。
フランスで法制化された「つながらない権利」とは
Expedia の調査によると、「以前にも増して、休暇を大切にするようになりましたか?」という質問に対して「はい」と答えたのは 82%。前回の 2021年の調査時は 77%だったから、5ポイントも上昇している。
また、「次の休暇に求めていること」の1位は「満足感やウェルビーイング」で 33%、「責任や義務からの解放」の 29%が続く。*1
「24時間戦えますか」は過去のものとなり、「休めない国」といわれがちな日本でも、「休暇をいかに楽しみ仕事とのメリハリをつけるか」が重視されはじめているのだ。
「休暇と仕事の区別」という考えはすでにヨーロッパでは広まっており、その1つが「つながらない権利」である。
つながらない権利とはその名のとおり、勤務時間外に電話やメールの応答を拒否する権利のことだ。
労働時間外に連絡を取ることを禁止するものではなく、あくまで個人が「対応を拒否できる」という意味である。
フランスでは 2016年に法制化され、多くの国がつながらない権利に注目するきっかけとなった。*2
さらに 2022年、ベルギー政府も従業員 20人以上の企業で、勤務時間外に連絡を拒否できる権利を導入するという方針を示している。*3
この動きは、今後も広がっていくだろう。
時間外の業務連絡はルール化が推奨されている日本
では、日本はどうか。
2020年に開かれた第5回「これからのテレワークでの働き方に関する検討会」では、以下のような話し合いがおこなわれた。
テレワークは働く時間や場所を有効に活用でき、育児等がしやすい利点がある反面、生活と仕事の時間の区別が難しいという特性がある。このため、労働者が「この時間はつながらない」と希望し、企業もそのような希望を尊重しつつ、時間外・休日・深夜の業務連絡の在り方について労使で話し合い、使用者はメールを送付する時間等について一定のルールを設けることも有効である。例えば、始業と終業の時間を明示することで、連絡しない時間を作ることや、時間外の業務連絡に対する返信は次の日でよいとする等の手法をとることがありうる。
また、翌年の 2021年、厚生労働省が「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」を定め、
- 時間外、休日又は所定外深夜のメール等に対応しなかったことを理由に不利益な人事評価をおこなうことは適切ではない
- 役職者、上司、同僚、部下等から時間外にメールすることの自粛を命じることが有効
- メールのみならず電話等での連絡も含め、時間外等の業務指示や報告の要否について、ルールを設けるとよい
などが明記された。*4
要するに「労働者がつながりたくないと思っているならそれを尊重しよう。時間外に連絡取れなくてもマイナス査定しちゃダメだよ。時間外の業務連絡をどう扱うか、ルール化しておこうね」ということだ。
まだガイドラインではあるが、日本でも時間外の業務連絡を問題視しており、つながらない権利に注目していることがわかる。
つながらない権利=フォロー体制の確立
しかしこういった話をすると、必ずといっていいほど「その人にしかできない仕事がある(だから連絡が取れないと困る)」という人が現れる。
ではその人が病気になったら、どうするのだろう?
「この人がいないからこの仕事は凍結です」なんてことにはならないはずだ。その状況ならきっと、なんとかするだろう。
ならば休暇でも同じだ。なんとかすればいい。
また、「自分に断りを入れずに勝手に進められたくない」「しっかり状況を把握しておかないと」と、休暇中でも自分の仕事を手放せない人もいる。
使命感や責任感があるのは結構なことだが、任せるのもひとつのスキルであり、なんでも自分でやらないと納得できないのは問題である。
プロジェクトにおいて大事な人は存在するが、この人がいないと成り立たないは基本的にあってはならない。それは仕事の体制として、あまりに脆弱すぎる。
つながらない権利を保証できないとはつまり、「全員が予定どおり毎日働けることを前提にしなきゃ仕事できません」と言っているようなもの。
そんな状況では、業務外の連絡どうこう以前に、そもそも有給休暇取得や育児との両立などもむずかしいだろう。
つながらない権利を確保できるかどうかは、フォロー体制が確立されている働きやすい環境かの判断基準にもなりうるのだ。
ドイツで感じたつながらない権利の広まり
わたしはドイツに住んでおり、つながらない権利の意識が高まっていることを肌で感じている。
いままでは「担当者は休暇中です」という自動返信だったが、最近は「担当者が休暇中なので臨時担当者である〇〇に自動転送されます」「担当者が休暇中なので、お急ぎの方はこちらの窓口にご連絡ください」といったものも多い。
わたしとしては、余計な手間がかからないので、ほかの担当者に自動転送してくれるのが一番楽だ。
そもそも連絡がこないので休暇中の担当者は休めるし、臨時担当者は自動的にメールを受け取れるので引継ぎ作業も少なく、つながらない権利確保としては有効な方法だと思う。
とはいえ、時間がかかってもいいから担当者から返事がほしいときもある。
それを考えると、「急いでる人のみこっちに連絡してください」という方法も現実的だ。
このやり方だと、臨時担当者の負担を軽減しつつ、差出人は担当者からの返事を待つか、臨時担当者でもいいから早く連絡したいか、選ぶことができる。
休暇中の人は「いま自分に来ている連絡は急用じゃないから対応しなくていい」と思えるのでストレスが少ないし、休暇後すぐに自分の仕事を再開できる。
どちらの方法であっても、注目すべきは、「休暇中に返事をしなくてもいいシステム」になっていることだ。
たとえ上司に「休暇中は電話に出なくてもいい」と言われても、プロジェクトチームのメンバーからの電話を無視して旅行を楽しめるかと言われると、なかなかむずかしい。
つながらない権利自体は「連絡することが禁止」ではなく、あくまで「対応を拒否できる」ものではあるが、頻繁に連絡がくる状況では休暇を満喫できない。
だから、そもそも返事する必要がない状況にすることが大切だと思う。
新しい働き方導入にはワークライフバランスチェックが必須
ご存じかもしれないが、休憩時間は自由に使える時間であるべきだから、電話番させることはできない、というルールがある。*5
休憩中の電話番が NG なら、同じ理論で、休暇中のメールチェックも NG になるのがふつうじゃないか?
休憩中の電話番はダメなのに休暇中のメールチェックは OK というのは、おかしいんじゃないか?
「ちょっと電話をかけるだけ」
「とりあえずメールで聞いてみよう」
そうやって休暇中の人からの返事を期待する人がいるかぎり、休暇は休暇ではなくなる。自分が休暇中の人に連絡するから、自分が休暇中も連絡を返すべきだという気持ちになる。
これでは、悪循環だ。
リモートワーク普及により、いつでもどこでも働ける環境が広がったからこそ、「いつでもどこでも働ける状態であるべき」という方向に進んでしまわないよう、気を配らなきゃいけない。
たとえば、新しいエネルギー技術が開発されたら、環境への悪影響を減らす方法も同時に検討されるのがふつうだ。
新しいものの導入には予期せぬトラブルがつきものだし、当然ネガティブな側面もある。それを減らすための努力は、開発・改革とセットである。
働き方も同じで、デジタル化という新しい働き方を導入するなら、その負の側面を減らすためのつながらない権利は、セットで考えていくべきだと思う。
もちろん、つながらない権利は、あくまで一例にすぎない。
新しい働き方を導入するときは、ワークライフバランス視点でのチェックが求められる時代なのだ。
*1:Expedia「世界16地域 有給休暇・国際比較調査 2022」
*2:青山学院大学「フランス発『つながらない権利』をふまえたウィズ・コロナ時代の新しい働き方とは」
*3:テレ東BIZ「『つながらない権利』導入する方針 ベルギー政府 新労働協定(2022年2月16日)」