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母の経営相談に乗って「マジでセンスがない」と確信した DX の現場

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母の経営相談に乗った。母は 22歳で飲食店を経営してから、ずっと自営業で生計を立てている。かつては年収○千万円もあったらしい。しがない平社員だった父の給与明細を見て「なにこれ、お小遣い?」と、ちぎって捨てた逸話がある(モラハラ)。

 

それだけ成功した実績があるのだから、さぞや私も裕福な生まれだと思われるかもしれない。ところが、母はスピリチュアル系だった。「神さまがお店を辞めろと言っている」と、お告げを理由に飲食店をクローズしてしまったのだ。

 

それからフラワーアレンジメントをやってみたり、吹きガラスを学ぶため留学したりと、それまでに稼いだお金を趣味に注ぎ込んだ。そんなこんながあって、いまは手作りの墓標を売っている。なぜ? 聞かないでほしい。すべては神のお告げである。

 

ま、お金を稼いだ人間がセカンドライフを楽しんでいると思えばいいか。借金さえしないでくれればね。……というのが冷めきった私の目線だが、当人は必死で営業にひた走っている。百貨店にも置いてもらった。寺院にも伺った。それでも売れないものは売れない。実家の一室には、新品の墓標が 40個も並んでいる。どう見ても過剰在庫だ。

 

さあ、どうする? そんなとき、母は娘がマーケターであることを知った。そうだ、経営相談しよう。娘ならタダだし。そんなわけで、めったに実家へ帰らない親子が会議を設定したわけである。

70代が直面する DX の現場はこれだ

さて。墓標を営業して回るにも、いまはインターネット上で検索される時代である。分厚い製品パンフレットを持ち込んだところで、重くて受け取ってもらえない。それよりも「○○墓標」で検索したときに、母の作った墓標が出てくることが大切だ。

 

そこで、母のサービス名で検索した。何もヒットしなかった。ウケる。

「おかしいな、Instagram に登録したはずなんだけど」

 

なるほどね。Instagram で「○○墓標」を検索してみる。何も出てこない。

「あれ、おかしいな。ずっと Instagram を頑張ってるんだけど」

 

母の タブレット から、Instagram へログインしてみた。

これは、本物の母のアカウントだ。

 

ブランド名やサービス名を書くべきところに、堂々と書かれている母の本名。そこに続く「おしゃれガラスが、大好きです。」の自己紹介文。これでは個人が黙々と謎のガラス板を生産しているページにしか見えない。

 

Instagram では、ユーザー名の部分にサービス名を書かなければ、検索しても出てこない。サービス名ではなく作家名を書いても、意味がないのである。

 

「なんか、 Instagram をやれば、誰でも商品を見られるって聞いたからぁ」

母はブツブツつぶやいている。

 

私はため息をついた。

そうだ、これが 70代の DX だ。

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「サービスを最低限使いこなす」までが難しい

そこからも、苦戦は続く。母の Instagramアカウントに投稿された、各写真を見てみよう。一応 Instagram 非ユーザーにお伝えしておくと、写真ごとにコメントを書き込める。コメントにはハッシュタグで検索用のキーワードを入れ込むことができる。それができなくとも、たとえば商品の名前、寸法、説明、価格くらいは書いてほしいものだ。

これが、母の投稿である。

コメント冒頭の「百合のブーケ」がかろうじて商品名であることはわかる。

 

が、その後に続くのは謎の文章だ。

“花弁の前後を表現するために奥の花弁をピンクにした。

薄いピンクを作った予定が、またもや『停電』のおかげか、予定にない色に仕上がってしまった。色ガラスは難しい。100年持たなくていいから、裏切るなんて、バカもん!!!!!”

 

この文章が、「ガラス板の表面に百合のブーケの絵柄を作ろうとして色を調合していたが、思ったような発色ができなかった。悔しい」という意味であることを理解するまでに、3回読んだ。

 

ほかの投稿も、似たようなものだった。丹念に読んでくれる人は文意を理解してくれるだろうが、普通の読者は無理である。そして Instagram には、これが墓石の前に置かれる手作りのガラス板であると一切書かれていない。つまり、何がなんだかわからない。

 

そう、普段私たちがインターネットで見ている商品を紹介する文章は、あくまでインターネットにこなれた人間だから書けるものなのだ。

 

「ここからかあ……」

私は、ため息をついた。

無理にデジタル化しても、目的がなければ無意味

ここまでご覧になって「そこまでひどいケースは例外でしょう」と思った方は、日本の DX を甘く見ている。日本人の平均年齢は 48歳で、65歳以上の高齢者は 3,627万人 いる。*1 パソコンを現役時代に使っていた団塊世代も、SNS には親和性がない。さきほどの、Instagram でユーザー名を間違えるというのは「あるある」の失敗例だ。

 

まして、彼ら・彼女らは元気である。日本史上最高に、高齢者は元気だといっても過言ではない。男性は 72歳、女性は 75歳まで、介助を必要とせず健康に生きられる ことが多い。*2 定年が 60歳の時代だったから、あと 15年も何かをやる時間があるわけだ。そこには再就職や自営業で、新しいチャンスを見出す人も少なくない。

 

LINE は子どもや孫と繋がるために使っている。だが、アプリというものの概念はつかんでいないし、SNS が一体どういうものかは、聞きかじった程度だ。だが、”それ”をやらないといまは商売にならないという。母が置かれている状況は、平均的な日本のシニアの姿なのかもしれない。

 

さらに、母は「やっぱり、このガラス板は玄関や門にはめ込むために売りたい」と言い出した。おいおい、それだと売る相手は建築業界になるぞ。いままでの石材店に売る話は何だったんだ。

 

「でも、やっぱり建築関係にも売りたいんだもん」

「あ、でも石材店にも売りたい!」

たった 2時間の話し合いで、売る相手まで変わってしまった。それまで墓石と母のガラス板を合成加工してくれるデザイナーを探していた私は脱力。お見積りを依頼した相手へ「やっぱりさっきの画像加工依頼、ナシでお願いします……」と、謝罪のメッセージを書いた。母の気まぐれに振り回されて、販売戦略も何もあったものではない。

 

こんな状態でやれ Instagram だ、リスティング広告だとツールだけ与えても無駄である。

無理に DX するよりも、コンセプトを練る

販売戦略がフラフラするのも、母だけの現象ではない。「狭く絞ったターゲットに向けてメッセージを考えて、商品を売る」というのは、いまや当たり前のマーケティング知識かもしれない。だが、これが一般の人にまで浸透したのはつい最近のことだ。

 

シニア層の多くはいまでも「いいものを作れば、自然と売れる」と信じている。なにしろ、そうやって高品質な製品を作り、メイド・イン・ジャパンとして世界で売ってきた実績がある世代である。

 

「まずは知ってもらわないと、話にならない」

「誰に売るか、ターゲットを考える」

「そのターゲットにふさわしいメッセージを作るべき」

「ターゲットが使っている媒体に露出できるような形で、DXツールを導入する」

 

というマーケティングの流れは、どうもしっくりこないらしい。「何がなんだかわからないけど、みんな Instagram やっているんだって? いまの子たちは、YouTube? それとも TikTok?」と、ツールに振り回されてしまう。母をこのまま放置すれば、TikTok で墓標を売りかねないが、これではキワモノとしてバズる以外の道がない。

 

だが、これぞ私たち中年が見る未来でもある。将来は子ども世代から知らないツールを教えられ、そこに露出すれば売れるといわれて、何がなんだかわからないまま、ユーザー名を本名に設定してしまうかもしれない。50年後の「売れる商品説明の書き方」なんて、想像もつかない。

引用元:「本読むヒトデ」学習雑誌『中一時代』1973年12月号

この画像は、1973年……いまから50年前の広告である。いま、私たちがよく目にする広告や PR で使われるフレーズとは少しギャップを感じないだろうか。

 

「子供叱るな来た道だもの 年寄り笑うな行く道だもの」という言葉があるが、まさにそのとおりだ。これから DXツールを導入するなら、相手が当たり前の知識を持っていると思わないほうがいい。

 

とくに、誰もが使うツールを導入したいならば、「Instagram で商品PR をしたいならば、商品名をアカウントの名前にしなくてはならない」が通じない世界があると、知っておくべきだろう。

 

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執筆

トイアンナ

ライター。外資系企業に勤めてのち、独立。恋愛とキャリアを中心に執筆しており、書籍に『モテたいわけではないのだが』『確実内定』『やっぱり結婚しなきゃ!と思ったら読む本』など。

※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。

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