美容師という職業が、AI に取って代わられる時代は来るのか?!

恋人や友だち以外の人間と、密室かつ至近距離で2時間近く会話をするシチュエーションといえば、「ヘアサロンで施術を受ける時間」が挙げられる。

美容センサス2022年上期*1によると、「サロン利用にかかった時間」の平均は、女性85分、男性51分となり、過去5年間で最も短かった。対する2012年の集計*2では、女性102.6分、男性62.3分ということで、ここ10年でかなり短縮されているものの、女性の滞在時間は男性に比べてかなり長いことがうかがえる。

ちなみに、理容室と美容室の違いといえば、「理容師はひげ剃りと顔剃りができるが、美容師はできない」ということだが、もう1つ、「美容師はトークが多いが、理容師はわりと無言」という、勝手なイメージがある。

理容師が寡黙な傾向の理由として、「シェービングにおける顔の固定と安全確保のため」が考えられる。そんな事情も相まってか、店内には凛とした静寂が漂う……などと想像するわけだ。

それに比べて美容室は、賑やかな音楽を背景に会話の絶えない空間が広がる。しかも、人によっては月に一度のペースでカットやカラーをするため、行きつけの美容室は「月イチ近況報告会」の場となる。

 

「中学生の頃からのお客さんが、気づいたら社会人になってて、それから結婚して子どもまで生まれて、今では3児の母だからね。その人の人生を一緒に歩んでる気分だよ」

美容師の友人の言葉だ。かくいう私も彼との付き合いは15年を超えるわけで、振り返ればさまざまな変化とともに、今日まで私の髪の毛を任せてきた。

そんな「ヒト対ヒト」がベースの美容業界にも、DX の波は訪れているのだそう。

さらば、聖子ちゃんカット

あまり髪型を気にしない私は、「好きにやっちゃって!」と他人任せなオーダーをする。相手が友人だからという信頼もあるが、自分に似合う髪型・髪色など自分ではわからないため、プロに委ねることにしているのだ。

そもそも、自分がどんなに気に入っている髪型だとしても、はたから見てそれが似合っているかどうかは別物。であれば、他人から見てベストな髪型にするのが正解だろう。

しかし、多くの顧客はそうではないらしい。それこそ昔は、雑誌の切り抜きを持参して、「この髪型にしてください!」というオーダー方法が主流だった。80年代の「聖子ちゃんカット(アイドルである松田聖子さんの当時の髪型)」がその象徴で、街行く女性はみな、聖子ちゃんカットだったというからおもしろい。きっと、憧れの芸能人と同じ髪型にすることで、自分自身もその人に近づいた気分になれるのだろう。

そしてこの習慣は、今では雑誌からインスタグラムなどのSNS に替わった。さらに著名人だけでなく、SNS 上で見つけた一般人の髪型でも、理想のイメージを伝える手段として利用できるから便利だ。

 

ところが昨年、驚くべき「鏡」が登場した。その名も「ミラーロイド」という、スマートミラーである。

「ミラーロイドを使えば、自分の顔に好きな髪型を合わせられるんだ」

一見、美容室によくある大型ミラーだが、内部に Android OS が搭載されているため、さまざまなサービスの提供が可能とのこと。

なかでも興味深いのは「ヘアシミュレーション機能」だ。ミラーロイドに内蔵されたカメラで顧客の顔を撮影し、ヘアカタログから好みの髪型を選ぶことで、デジタルウィッグによる髪型の着せ替えができるという優れもの。さらに、指でタッチすれば長さやボリュームを調整できたり、髪の毛の色を変えたりと、仕上がりのイメージをかなり明確に共有することができるのだ。

これならば、松田聖子さんを目指して同じ髪型にしたはいいが、イメージとかけ離れた現実を突きつけられるリスクを未然に回避できる。また美容師側としても、顧客の過度な期待を抑える手段として有効だろう。

「あなたと松田聖子さんとでは、顔の形や雰囲気が違うので、この髪型は似合わないと思いますよ!」などと、なかなか言いにくい。しかしミラーロイドでヘアシミュレーションをすれば、髪型を変える前に自分自身で確認ができるため、本人が満足すればその髪型でトラブルになることはない。逆に、顧客本人が違和感を覚えるようであれば、その時点でアレンジを加えた髪型をミラーロイドで表示すればいいので、美容師にとっても顧客にとっても Win-Win な結果となるわけだ。

 

「だけどさ、この先 AI が進化したら、その人に似合う髪型を提案するようになるんじゃない? あなたの魅力を最大限に引き出す髪型はこれです! みたいに」

うれしいような皮肉なような、美容師という職業が AI に取って代わられる可能性について言及したところ、友人はしばらく考えてからそれを否定した。果たしてその理由とは?

人間ならではの「会話力」

昨年末、アメリカの人工知能研究所である OpenAI が、ChatGPT という人工知能によるチャットボットを世に送り出した。

驚くべきは対話のスムーズさだ。これまでのチャットボットは、定型文のような決まり文句でしか対話ができなかったが、ChatGPT はまるで違う。「自然言語処理のための、大規模な言語モデル」と ChatGPT 本人(?)が主張するように、多種多様な受け答えが可能となった。

しかも、質問に対する答えが短文ではなく、結論を補足するかのようにある程度の長文であるため、それ以上の追加質問はほぼ不要となる。まるで賢い友人とチャットをしているかのような、スムーズかつ充実した対話が成立するのだ。

ここまで AI の進化が著しいとなると、世の中のほとんどの仕事が彼らに取って代わられるのも、そう遠い未来の話ではない。となると、先ほどの私の発言である「AI がその人に似合う髪型を提案し、自動的にカットやカラーを施すようになるのでは?」という内容も、信憑性が増すわけだ。

 

「プライベートで嫌なことがあったと、落ち込んでいるお客さんが来たんだ。しばらく話を聞くうちに思い浮かんだのが、前髪に大胆なハイライトを入れて、圧倒的なイメージチェンジを図ることだった。そんな奇抜な髪型に最初は驚いていたけど、帰り際にすごくいい笑顔でお礼を言ってくれてね」

私の髪の毛を切りながら、友人が話しはじめた。

「輪郭や顔のパーツ、頭の形、髪の量や生え方から、その人にベストな髪型を提案することは、AI ならばできると思う。だけど、その人の人生観や心境の変化を感じ取って、笑顔を引き出す施術ができるのは、人間ならではの技術だと思うんだ」

 

たしかにその通りかもしれない。だからこそ、情報収集の一環としておしゃべりが重要なのだ。恋人にフラれた、試験に落ちた、仕事でミスをした……トラブルの大小にかかわらず、落ち込んだ気分で美容室を訪れる顧客のほとんどは、少なからず現状打破を希望しているはず。

その思いを汲み取って、背中を後押しできるような会話と髪型を提供できるのは、優秀な AI ではなく人間の美容師なのだ。

あらためて、私が友人の美容室へ足を運ぶ理由を考えてみた。もちろん、髪型を整えるのが第一の目的だが、ならば近所の美容室や評判のヘアサロンでもいいだろう。それでもこうして彼の元を訪れるのは、やはり会話が弾むからにほかならない。

 

そういえば誰かがこんなことを言っていた。

「食事の味なんて、実際はそんなに変わらない。食器や盛り付け、店の雰囲気、テーブルを囲むメンバー、店員の対応など、食べ物以外の要素がおいしさを決める」

この発言にはうなずける。どんなに高級で美味しい料理だとしても、紙皿に乱雑に盛られていたのでは、味への期待も半減する。同様に、店員から不愉快な態度で接客をされたら、やはり楽しい気分は萎えるだろう。

きっと髪型も同じなのだ。

 

私たちはすてきな髪型を求めて美容室へ向かうと同時に、そこで過ごす時間にも期待をしている。そして目の前の大きな鏡越しに、馴染みの美容師と近況報告をし合うことで、非日常的な現実を楽しんでいる。

無感情にスマホへ目を落とすよりも、顔を上げて会話をするほうが表情豊かで人間らしい。そんな「魅力的なあなた」に似合う髪型を、美容師は提供してくれるのだ。