数ヶ月で働き方が根本から変わる時代に中小企業は DX をどうすべきか

誰でも使える AI のチャットシステム「ChatGPT」が発表されたのは2022年11月30日。この原稿を書いているのはそれからわずか半年後だが、ユーザー数は1億人を突破している。*1

 

日本は実のところ、ChatGPTユーザー数の世界トップ3にランクインしており、*2 その注目度がうかがえる。2023年3月には ChatGPT の最新バージョンである「GPT-4」が公開され、数段勝る AI のチャット回答に舌を巻く反応も増えてきた。

数ヶ月で働き方が一変する AI時代の DX

ChatGPT の凄まじさは、技術そのものよりも普及速度にある。わずか半年でバーの客同士で、学校の教室で、あるいはオフィスの雑談で「ChatGPT って知ってます?」と話題にのぼり、誰もが会員登録へこぎつけた。SNS では「ChatGPT で◯◯をしてみた」と利用体験を語る投稿が拡散される。

 

この数ヶ月で提案された ChatGPT の活用方法は、

  • 冷蔵庫の残り物を活用したレシピの提案
  • 自問自答するかたちでのセルフカウンセリング
  • 相手を苛立たせない形で苦情を伝えるメール文章の作成

など、どれも身近で便利なものばかりだ。

 

ChatGPT を皮切りに、ほかの AIツールも一気に知られるようになった。ITリテラシーが高いとはいえない筆者が、ここ半年で試しに使ってみたものだけでも、

  • 自動で SEO記事を作成できる Frase
  • 動画の文字起こしを自動で行う voitra
  • オンライン会議中のノイズを消す Krisp
  • 質問に答えるだけでロゴ画像が作れる Looka
  • 音声コンテンツを自分の声で自動生成する Podcastle

と、膨大な量にのぼる。つい数ヶ月前まで専門技術を持つ人のツールだった AI が、ここにきて急速に誰もが使える身近なものへと変化しているのだ。

DX人材の育成をする前にツールが一変

ここで課題になるのが、社内の人材育成だ。これまで、DXツールは導入するまで数ヶ月から数年単位の稟議、そして研修の実施を前提としていた。「それでは海外の競合に勝てない」という声もあったが、それ以上に AI導入に対する社員の説得に労力がかかる現実があったからだ。

 

だが、これほど急速に AIツールが導入された2023年はそうもいかない。「DX とは何か?」をプレゼンしようか、しまいかというタイミングで、日本のブログサービスは AI を使い、自動で記事の構成案を作成するサービスを提案し、表データ作成は AI に依頼するだけで可能となった。社内の研修準備を追い越す速度で、AIツールが生まれている。

 

その結果、研修制度が整う前に安易にネット上で公開されている AIツールを使ってしまい、会社の機密情報をセキュリティ面で不安が残る AI へ放り込んでしまったり、信憑性の低い ChatGPT の出した情報を鵜呑みにしてしまったりするトラブルは相次いでいる。韓国系企業の Samsung(サムスン)では、社員がプログラムの修正を ChatGPT に依頼したことで、機密情報が流出した。*3 流出を受けて Samsung では機密を保持できる自社 AI開発を急ぎ進めている。こういった課題は ITリテラシーが低い層にもツールの知名度が急拡大するうえで、避けられないリスクだ。

 

もっとも、AI の急速な普及には良い面もある。DX に反対しがちなシニア・古参社員も「へえ、ChatGPT が話題なのか。ちょっと使ってみるか」と、試しに使ってみるチャンスも増えているからだ。プレゼンでわけのわからないツールの説明を聞かされるのに比べ、実際に触れてから導入の可否を決めてもらうほうが圧倒的に説明コストも低い。流行にあかるいシニア社員が多い企業であれば、DXツールの導入コストは格段に下がっただろう。

自治体や大企業すらも迅速に動く AI時代の DX

前述の状況を受け、本来ならば機動力に劣ると批判されがちな自治体や大企業においても、急ピッチで AIツールの導入を検討開始している。2023年2月までに楽天、リクルート、パナソニックは ChatGPT の導入を検討しはじめた。*4 親会社であるパナソニックの意向も受け、パナソニックのグループ会社であるパナソニックコネクトでは国内1万2,500人の全社員へ独自AIチャットボット「ConnectGPT」の導入を決め、すでに利用を開始している。*5

 

自治体の例では神奈川県横須賀市が、2023年4月20日から ChatGPT の試験的導入を発表した。*6 非常勤も含め 4,000人の全職員へ利用許可を出す見込みで、行政サービスの大幅な効率化が想定される。

 

4月には大和証券、東京都、農水省も ChatGPT の導入を決めた。従来であれば慎重にツール導入を決めていた大企業や自治体でも、大急ぎで DX を進めていることがうかがえる。伝統的な組織で迅速に AIツールを導入できたのは、おそらく DX を推進できる権限を持つ経営層が、いちはやく ChatGPT を触る機会を得たことにあるだろう。DX の障壁になるのはつねに経営・シニア層の説得だが、知名度が急上昇した ChatGPT においては、この障壁が存在しなかったと思われる。

 

また、この段階での AIツール導入は注目されやすく、広報におけるメリットがある。現場における活用の有無以上に、各社が先進性のアピールをする目的で ChatGPT をうまく活用できたといえるだろう。

中小企業が DX で勝つには

ここで対応を迫られるのが、中小企業だ。本来、中小企業やベンチャー企業は、大企業と比べて小回りのきく迅速な決断力で差別化を図ってきた。大企業が最新ツールの導入で年単位の根回しを必要とするのに対し、中小企業であれば上長、すなわち社長のゴーサインだけで動けるからだ。

 

ところが、今回の事例では事情が異なる。大企業のトップが一気に ChatGPT をはじめとする AIツールの導入を決定した。これにより事務作業は一気に効率化することが予測される。そうなれば営業の決済や提案も加速し、中小企業と肩を並べてしまう。

DX をルールベースで「楽しむ」余裕を持とう

では、中小企業は急に訪れた「日本の AI元年」をどのように勝ち抜いていくべきか。中小企業がさらに AI を通じた DX で勝つならば、「特定ツールの導入可否」を決めるのはもうやめたほうがいい。日進月歩で AIツールがつぎつぎと生まれる現在、各ツールの導入を検討する段階で、技術革新が起きてしまう。現在これだけ話題になっている ChatGPT すら、半年後には「化石」になっているかもしれない。

 

それよりも、各種 AIツールを使ううえでの「ルール」を定めて、どのツールを使うかは社員の裁量に任せるべきだろう。具体的なルールとしては、

  • 機密情報を外部ツールに入力しない。データ作成を依頼する場合は、AI へダミー情報を記入して資料を作ってもらう
  • 活用してみて使い勝手がいいと判断した AIツールは、社内導入を提案してもらう。提案における手順をルールで定め、セキュリティ面で問題がなければシンプルに稟議が通る仕組みにする
  • AIツールの導入を提案してくれた社員に報奨や、表彰をおこなうことで導入へのモチベーションを上げる
  • 導入後の AIツール活用率を上げるために、経営層自ら積極的にツールを使ってみる。社長とコミュニケーションを取るには、AIツールを導入せざるを得ない状況にする

これらのルールを定めておけば、あとは社員が自由にツールを触れるようにする。むしろ、遊び感覚で就業時間に AIツールを試してもらうことで、DX への抵抗感をなくす。幸いにも、多くの AIツールの導入費用は数千円/月単位だ。予算を割り当てて「何かは知らんが、とにかく DX を進めるぞ」と宣言するよりも、よほど効率的だろう。

 

日本は現在、DX で大きな遅れをとっている。しかし、それも今年までだろう。ChatGPT は日本の重い DX の扉をあけた。そこで中小企業が勝つには、大企業や自治体の何歩も先を歩くしかない。そのためには、ツールごとの可否を検討するのではなく「ルールベースの AIツール導入」を今こそ考えるときだろう。