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有名漫画家の仕事術が学べる名著。書評家がおすすめするビジネス書

クリエイターが「使える」ビジネス書を紹介していく本連載。

今回紹介したいのが、『読者ハ読ムナ(笑)~ いかにして藤田和日郎の新人アシスタントは漫画家になったか~』(小学館)。『うしおととら』などで知られる有名漫画家・藤田和日郎が書いたビジネス書だ。

 

……というと「え、めっちゃ有名な漫画家さんが書いたビジネス書? そんな超才能ありそうな人が書いた本なんて、普通の人の役に立つの? ていうか漫画家って特殊な才能ある仕事だし、ほかの職業の人にとって参考になる部分は少ないんじゃないの?」と思われるかもしれない。実際、私も少しそう思いながら本書を手に取った。

 

だがこの本は「藤田和日郎がいかにしてヒット漫画を連発しているか」という方法論に留まるビジネス書ではないのだ。じつは、「藤田和日郎がどうやってアシスタントの新人さんを指導しているのか?」がまるまる理解できるのだ!

なぜ「人の話を聞く」のが大事なのか

藤田和日郎は、『うしおととら』や『からくりサーカス』で知られる超有名漫画家なのだが……それとともにすごいのが、じつは、彼のアシスタントたちから有名な漫画家を多数輩出していることなのだという。

週刊漫画誌の連載をしているような漫画家さんのもとでは、「アシスタント」と呼ばれる、アルバイト漫画家のような方々が存在している。彼らが背景を書いたり、色を貼ったり、要は絵を完成させる手伝いをするのだ。漫画家を目指す人はこの「アシスタント」のバイトをプロの漫画家のもとで経験し、その技術を学んでいく。さしずめ漫画の工房で修行するようなものなのだ(いまはコロナの影響もあり、遠隔で手伝う人も多そうではある)。

 

本書も、そんな「新人アシスタント」が主役。なぜなら、「藤田先生のもとではじめてアシスタントをすることになった新人に、藤田先生とその編集者がさまざまな指導をしていく」様子が描かれているからだ。読者は新人アシスタントになったつもりで藤田先生の指導について読むことができるので、ちょっとした漫画家気分を味わえる……のかもしれない。

 

この指導方法が面白い。絵の描き方を教える前に、藤田先生はどうやって他人とコミュニケーションを取るべきか」を教えるのだ。

私は読んでいて、まるきり会社と同じだなあ、とぼんやり感じた。一般的な会社員の場合でも、まずはほかの社員とのコミュニケーションが大事になってくる。そのために、懇親会やらランチやらが設定されるのだ。実際におこなう業務の内容はおいおい覚えていけばいい。

 

同様に、藤田先生の漫画工房でも、コミュニケーションのコツを教えられる。このコツがかなり的を得ていて、読んでいて「そのとおりっ、だけど自分はできてるかな……(できてなさそう……)」と胸が痛くなるほどなのだ……。

 

たとえば、

ひとが話しているときには、そのひとの話を聞け。

ここの仕事場でキミがしなきゃいけないことは「思ったとおりのことをすぐ言う」というコトじゃなくて「相手と会話のキャッチボールをしろ」だって、言ったよね。

 ん?聞いてた?ほんとに?

 じゃあ、あいつが今言ってたこと、もう1回言ってみ?いいから言ってみろって。

 ……ほら、言えないだろ。ちゃんと聞いてないから、言えないんだ。

 (中略)

 キミが、ここで自分の居場所を確保したくて必死なのはわかるよ。だけど、ひとの話も聞かないやつがいくら主張したとしても、相手がキミの話を聞きたいと思うか? そんな態度じゃ、誰もキミに親切にしてやろうとか、そういう気にならないよ。キミはこれから漫画業界の中に入っていかないといかない新人なわけだろ?

 

出典:『読者ハ読ムナ(笑)~いかにして藤田和日郎の新人アシスタントは漫画家になったか~』藤田和日郎、小学館(2016年)

いやはや、胸にぶっ刺さった人も多いのではないだろうか。ちなみに私もぶっ刺さった。

人の話を聞け、ということはよく言われるけれど、こんなにも具体的に「なぜそれが重要なのか」「どうしたらできるのか」を言ってくれる人は、なかなかいない。

自分の ”好き” と “人格への批判” を分離する

ちなみに藤田先生は「ひとが話していたら、まず受け止めて、咀嚼しな」という旨を伝えたあと、「みんなで映画の話をするのがなぜ漫画家の仕事場で重要なのか」を説いていく。

 

たとえば最近は、「人の好きな作品は批判しない、なぜなら批判によって傷つく人がいるから」という風潮が強くなってきた。プライベートな場はそれでもちろんいいのだが、仕事となるとそうはいかない。漫画家のように感性を使って仕事をする人なら尚更だ。自分の ”好き” と ”他人の主張” を分離したうえで、理解し、コミュニケーションを取る――そんな作業を取り続けなくてはいけない。

 

仕事では、”作業への批判” と、”人格への批判” を分ける必要がある。が、なかなかこれが分離できない。私もいまだに難しいと感じている。でも、それを分離させないと、人の話を聞くことはできない。というか、人の話を聞いたうえでそれを自分に取り入れるかどうかを判断することもできないのだ。

 

藤田先生は「どうすればプロの漫画家になるためのコミュニケーション技術を身に着けられるか」を一冊かけて丁寧に教えてくれている。そのコミュニケーション技術の学び方だけでも、さまざまな職業の人に役立つ名著だ。もちろん、そのコミュニケーション技術がストーリーやキャラの作り方といった漫画家的技術にどうすれば繋がるのかも本書には書かれている。

 

どんな仕事でも、たぶんまずは人の話を聞かないといけない。そのためには、いま自分のなかでぱんぱんに膨れ上がっている自我を、オフにしなければいけない。そのうえで、自分のモチベーションを保たなければやっていけない。

……けっこう難しい作業だ。が、その難しい作業を成立させる方法を、本書で藤田先生は教えてくれる。

こんな貴重な本ないわ!! とびっくりしながら読んでしまう。普遍的なビジネス書として、本当に名著なのだ。

 

執筆

三宅 香帆

書評家・文筆家。1994年生まれ。 『人生を狂わす名著50』『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』『(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』などの著作がある。

※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。

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