いまのご時世、携帯電話や腕時計は本来の用途以外の機能を備えるようになった。
たとえば携帯電話ならば、文字どおり「携帯できる電話機」であれば、その役割を果たすこととなる。しかしいまとなってはスマートフォンが主流であり、その本質は「電話機能付き小型パソコン」である。
同様に、腕時計も時間を確認するだけにとどまらず、通信機能や体調管理機能が搭載された「スマートウォッチ」を装着する人が増えてきた。
「時間に縛られるのが嫌いだから、俺は腕時計を着けない」
こう偉そうに語っていた友人が、いつの間にかスマートウォッチを着けているのには笑えた。理由を聞くと、
「睡眠の状態を計測してみたかったんだ」
とのこと。
スマートウォッチならば、就寝中の心拍数を計測したり、寝返りを打った際の身体の動きを検出したりと、光学式センサーや3軸加速度センサーの仕組みにより、睡眠中の状態をデータ化して分析することができる。
これに目を付けた友人は、あれほど頑なに拒否していた腕時計の存在を、あっさりと受け入れたのである。
われわれ人間の生活を豊かにしてくれる、ウェアラブルデバイスという相棒。しかしときには、予想だにしない「活躍」をすることもある。
真剣勝負に水を差した「相棒」
学生時代を振り返ると、どう考えても麻雀の思い出しか浮かんでこない。卒業に5年かかった原因も、麻雀以外には考えられないわけで。
大学の裏にある雀荘でアルバイトを始めた私は、麻雀牌を洗ったり、大量のカップ麺を作ったりと、忙しい毎日を送っていた。
ちなみに麻雀は、夜中にじっくりと打つものである。
なぜなら、実力だけでなく運やツキが関係する勝負事は、短期決戦ではつまらないからだ。
そして、夜どおし麻雀をすることを「徹マン」と呼び、私はこの徹マン専門のアルバイト要員として働いていたのである。
アルバイトを始めた当初、麻雀を知らない私は本を読んだりゲームをしたりしながら、少しずつ麻雀を覚えていった。そして数か月が過ぎるころには、なんとか先輩たちと卓を囲めるようになった。
*
麻雀というのはその人の本質が現れる。
己の手牌を完成させるだけでなく、ほかの3人がどのような作戦を立てているのかを探り、自分はいま進むべきなのか止まるべきなのかを決断する。
――これこそがセンスであり経験であり、勝負でもあるのだ。
さらに人間たるもの、無意識に現れる「クセ」がある。集中しているときには出ないが、気が緩んだり安心したりしたとき、ふと出てしまう「動き」があるのだ。
たとえば、いま正面に座っている先輩は、自分の手牌が完成するとソファにどっかりともたれかかり、他人の捨て牌に目をやるようになる。
こんなわかりやすい行動をとる人は少ないだろうが、極度の集中から解き放たれた瞬間に、ついホッとしてしまうのはわからなくもない。
そして右側に座る先輩は、あと1つか2つで役が完成するはずだ。右端の二牌をカチャカチャと入れ替えながら、ほしい牌が手元に来るのを待っている。
……あ!いま完成した。この人は自分の役ができあがると、勢いよく牌を捨てる習慣があるからだ。
ターンと軽快な音を響かせながら、最後の牌を捨てた先輩を横目で確認する。
問題は左側に座る先輩だ。明らかに挙動がおかしい。おまけにさっきから、前かがみになって両手で牌を並べ替えている。
――これはデカい手だな。
この人にアガられるくらいなら、ほかのだれかに低い点数でアガってもらいたい。私はまるで追いつかないので、今回はベタオリを決めている。
たのむ、だれか千点くらいの安い手でアガってくれ――。
このように、麻雀における勝負の1つに「人間観察」がある。よって、何があろうとポーカーフェイスを貫ける人は勝負に強い。
めったに完成しない役満(高い点数の役)をテンパイしても、表情一つ変えずに淡々と打ち進める姿には脅威すら感じる。
そんなヒリヒリした時間を過ごすことに、麻雀の醍醐味があるわけだ。
ところが時代は変わり、いまとなっては「人間観察」など不要らしい。
昨年7月、とあるツイートがバズった。野瀬大樹氏がつぶやいた一言が、なんと13万超のいいねを記録したのである。
その中身とは、
「こないだ友達と麻雀打ってた時、でかい手が入った瞬間に友達のAppleウォッチが『心拍数が上がっています』って表示したの本当に面白かった。」
というものだった。
これには腹を抱えて笑った。勝手な想像だが、野瀬氏の右側に座る友人のApple Watchに、高い心拍数が続いていることの警告が表示されたのだろう。
健康管理の目的で装着しているスマートウォッチが、まさか勝負の邪魔をするとは、思いもよらぬ皮肉である。
顔の表情や体の動作だけでなく、心拍数までをもコントロールしなければ、おちおち麻雀も打てない世の中になってしまったのだ。
現代麻雀の鉄則として、「スマートウォッチを外すこと」が、新たな注意事項として加わる日もそう遠くないだろう。
「赤い呪縛」から解き放たれた方法とは?
冒頭で触れた「睡眠状態の計測」について、ある友人はとんでもない目に遭った。
夜眠れない傾向にある彼女は、自分の睡眠状態がどのようになっているのかを確認するため、スマートウォッチを使って睡眠の深さや時間を調べることにした。
未知の世界である「就寝中の自分」を覗けるとあり、少しワクワクしながら友人は布団へと潜り込んだ。
――そして翌朝。
昨夜の睡眠データを確認したところ、なんと、画面には不快な赤色の円グラフが示されており、睡眠の評価は30点台と低く、「今日の快適さ」は星5つ中1という最低のものだった。
この睡眠アプリは「色」で評価がわかるため、合格スコアとなる「青」を目指して睡眠の質を改善するのが目的らしい。
しかし友人の場合、毎日毎日「赤」で画面が埋めつくされており、1週間を振り返っても真っ赤な円が不穏な血痕を残しているだけだった。
(どうにかしなくちゃ……)
危機感を覚えた彼女は、その日から睡眠の質を上げるべくさまざまな努力をした。
YouTube でヨガを検索し、睡眠前のリラックスとして試したり、15時以降はカフェインを摂らないように気を付けたりと、睡眠の質を向上させるべく全力で生活改善に取り組んだのだ。
その結果――。
「それでも毎日、円グラフは真っ赤。さすがにこのままじゃヤバいと思って、心療内科で睡眠導入剤を処方してもらったわよ」
アプリが示す赤いグラフがストレスとなり、彼女は半分ノイローゼへと追い込まれたのだ。
しかし現在、睡眠に対する不安は解消されたとのこと。生活改善が功を奏したのかもしれないが、もっとも大きな原因は何だったのだろうか?
「スマートウォッチを外したことかな(笑)」
なるほど。真っ赤なグラフの呪縛から解き放たれた彼女は、いつの間にか睡眠不足の悩みからも解放されたわけだ。
コンピューターが分析した睡眠状態に翻弄され、なおさら睡眠不足になるくらいならば、自然に身を任せて眠るのが一番の治療法なのかもしれない。
とはいえ深読みすると、スマートウォッチが「コンピューターに頼るな!」ということを教えてくれたのかもしれない。……いや、そんなはずはないか。
これからの人間社会を管理するのは・・・
ウェアラブルデバイスは、われわれが豊かで快適な暮らしを送るために、必要不可欠な存在といえる。
しかし、テクノロジーにより体内まで丸裸にされた人間は、いったいだれに管理されるのだろうか。
感情までもがデータ化される世の中になれば、それはそれで生きにくい社会になるのではないかと、一抹の不安を覚えるのである。