いま多くの企業が、デジタル化に腐心しています。
日々進化する技術をどんどん取り入れなければ、他社から置いていかれてしまう。でもデジタルスキルをもった人材がいない。困った困った……。
どこもこんな感じではないでしょうか。
デジタル化を考えるとき、わたしがまっさきにイメージするのは、巨大な多面モニターとにらめっこしながら現場で働く若い社員です。
みなさんも、大きなモニターに囲まれてひたすらキーボードを打っている人たち、いわば「現場で作業する人」を想像するのではないでしょうか。
でもよく考えてみると、デジタル化にはそういった「現場で作業する人」が必要なのはもちろんですが、まず「リーダー」を先に据えるべきなんですよね……。
デジタル人材の半数が「仕事にやりがいを感じない」衝撃
まず最初に、「デジタル人材の不満」という統計を紹介させてください。
デジタル人材が抱く不満のトップは「やりがいを感じない」で、なんと50%。半数のデジタル人材が、仕事にやりがいを感じていないのです。どの企業もほしがる貴重な存在なのに……!
そして「会社や上司の行動・姿勢に疑問を感じる」の48.1%、「成果を正当に評価してくれない」の39.6%が続きます。*1
企業としては、貴重なデジタル人材には、長く楽しく働いてもらいたいですよね。でも現場の人たちは仕事にあまりやりがいを感じていないようで……。
いったい、なぜこのような状況になっているのでしょうか。
門外漢が上に立つボトムアップ形式は最悪
その理由として、『デジタル人材育成宣言』という本のなかには、こう書かれています。
デジタル化の取り組みを始めるにあたり、多くの日本企業では専門組織を立ち上げました。(……)
多くの経営者は専門組織の部長として、次期役員候補の「会社のエース」を配置しました。経営者としては「エースクラスを抜擢したぞ」と自画自賛です。
しかし、日本企業の次期役員候補ともなれば、会社の本業である事業部門を渡り歩いてきた生粋のゼネラリストです。(……)
しかし、会社のエースはデジタル化に対して何のこだわりもなく、強い思いもありません。それゆえ、経営者から丸投げされた専門組織の部長は、必然的にそれをそのまま部下へ丸投げします。「デジタル技術を使った素晴らしいアイデアを考えてくれ。責任はオレが取る」というわけです。
出典:「デジタル人材育成宣言」角田仁(クロスメディア・パブリッシング)
これ、ものすごく容易に想像できますよね。
とりあえず部署を立ち上げ、だれかをトップに据える。でもその人は、デジタル分野のプロフェッショナルではない。とりあえずその人の下に部下をそろえてはみたものの、ちゃんとした指揮を執れるはずもなく……。
デジタル音痴の上司のOKをもらうために、「これはこうでこうなっていて、そのためにはこれが必要で」と説明する作業が発生。しかも、説明すれば相手が理解してくれるともかぎりません。
そのうえ、リーダーは門外漢なので、アリエナイ納期を設定したり、きつい仕事を安請け合いしたり……なんてこともありえます。
ほら、エンジニア界隈でよく聞くじゃないですか。上司が無理な仕様変更を受けて現場が大混乱とか。そういうのも、「上」がわかっていないから起こることですよね。
逆に、「本当にそんなプログラムが必要なのか」「セキュリティはいまのままでも十分だろう」と、部下たちの提案や働きをなかなか受け入れない人もいます。
結局のところ、「上」がデジタル分野にくわしくないと、現場が疲弊するんですよね。上がゴーサインを出さなければ、現場は作業を進められませんから。
「門外漢がトップに立つボトムアップ形式」は、下で働く人にとって、ストレスでしかないのです。
操縦できない船長の船に乗っている「デジタル部署」
たとえば経理部長で、経理のことがさっぱりわからない、という人はまずいません。たいてい、経理やそれに準する部署で経験を積んだ人が就きます。どの部署だって、基本的にはそうです。
一方、デジタル化を担う部署では、デジタル分野にくわしくない人がリーダーになることが往々にしてあります。
門外漢がリーダーの新設デジタル部署は、操縦できない船長の船に乗っているようなもの。
船のことをなにも知らない船長が舵取りしても、目的地にはたどり着けません。将来有望で引く手あまたの貴重なデジタル人材たちは、そんな船長を見て、不満を募らせる。
これが、「デジタル人材の半数が仕事にやりがいを感じない」統計結果の背景だと思います。
デジタル音痴な上司が採用した「デジタル人材」の正体
そうそう、友人がちょうど、「デジタルをよくわかっていない上司のせいで現場が大迷惑」というケースに遭遇していました。
友人の企業も例によって積極的にDXを進めており、デジタルに強い人を新たに採用しようという話になったそうです。
そこでやってきたのが、アラサーのとある男性。
彼は、まわりから大きな期待を寄せられつつ、チーム内のデジタル系の作業を一手に担うことになりました。
が、どうにもおかしい。
要領が悪いというか、結果に結びついていないというか、質問に対する答えがちぐはぐというか……。かんたんにいえば、「役立たず」。
疑問をもったひとりが経歴を聞いてみると、なんと、デジタル系の仕事はほとんどしたことがないとのこと!
どうやら、独学でちょっと勉強しただけで実務経験はなく、専門学校で体系的に学んだこともなかったらしいのです。
でも友人曰く、「そいつは口がうまい陽キャで、『自分できます』アピールが得意」な人だそうで。デジタルなんてちんぷんかんぷんな上司や人事たちが、「この人は頼りになりそうだ! 採用!」と決めてしまったらしいのです。
現場としてはたまったものではありませんが、上に立つ人がわかっていないと、こんなことも起こってしまいます。
「デジタル化に積極的」と「抵抗感が強い」が拮抗する現状
そもそも、「デジタル化を推進する」という方針を決めたとして、働いている従業員たちに、それを理解してもらっているのでしょうか。推進している人たち自身は、理解しているのでしょうか。
デジタル化に対する社内意識は、「デジタル化に積極的に取り組む文化が醸成されつつある」のが42.3%に対し、「デジタル化に取り組む風潮もあるが、抵抗感も強い」が40.3%と、いまだ拮抗しています。
そのうえ、デジタル化の取組全体を統括できる人材が確保できていない企業は、なんと半数以上の55.2%。
しかもこれ、かなり驚いたのですが、デジタル化を総括できる人材にほかの従業員よりも高い報酬を払っている企業は、たったの33.9%。64.4%の企業が、ほかの従業員と同じ報酬を払っているのだそうです。*2
多くの企業が欲しているデジタル分野のリーダーに対し、「いい条件」を出している企業が少ないこと少ないこと……。これで「人材確保がむずかしい」と言われても、そりゃそうだろって感じですよね。
わたし自身、もしそんな貴重なスキルを持っていたら、ドーンと札束積んでくれるような外資系なんかを狙うと思います。まぁ、そんなスキルはないんですけど。
事実、IT人材を採用するにあたっての阻害要因は、「要求水準を満たす人材がいない」がトップですが、次に続くのは「採用予算や人件費の制約」。*3
ざっくりまとめれば、4割の企業がデジタル化への抵抗感が強い社内環境という状況で、5割を超える企業にデジタル化リーダー不在、数少ないリーダーはそこまでいい待遇を受けていない、ということです。
そりゃ、うまくいくはずがありません。
DXに必要なのは、デジタル分野にくわしいリーダー
あなたがデジタル人材として現場で働くとしたら、デジタルのことをなんにもわかっていない上司にアレコレ説明して、調整をお願いして、コストがどうのと渋ったら説得して……なんて、やりたいですか?
どうせ働くなら、デジタル系に強く、物分かりのいい上司がいる企業で働きたい、と思いませんか? DXに積極的で理解している社員が多い企業を選びませんか?
そういった環境にするためには、速いスピード感でモノゴトを判断し、部署を横断してデジタル化を実行できるような、パワー系のリーダーが必要です。頼りになるリーダーがいてはじめて、現場は本領発揮できますから。
デジタル化は、ボトムアップより、トップダウンのほうがいいのです。下からはじめていては、いつまでも抵抗感はなくなりませんし、上への説得に骨が折れます。
日本では、情報処理・通信に携わる人材の72%がIT系の企業に勤めており、それ以外の企業に勤めるのは28%ほど。*4
IT企業外にはデジタル人材自体が少なく、さらにリーダーともなれば、もっと人数はかぎられます。だから門外漢がリーダーに就くしかなく、現場が混乱して、部下の不満が募るわけです。
つまり、デジタル化を進めたいのであれば、「デジタル分野にくわしいリーダーの確保」が最優先。
「そんな人材なかなかいない!」と言うのであれば、貴重な存在が来てくれるような条件を提示する、もしくはかなりの投資をして社内で育てるしかありません。
予算のやりくりの大変さも想像できますが、需要のあるモノが高くつくのは、どの世界でも同じです。本格的にデジタル化したいのであれば、必要な出費だと思います。
リーダーがしっかりまとめられないと、せっかく採用した現場のデジタル人材たちも離れてしまい、最終的により多くのカネと時間がかかる可能性もありますしね。
記事内で紹介した「役立たずのデジタル人材を採用」してしまった友人の企業は、結局その人にはたいした仕事を任せられず、必要に応じて外注しているそうですし……。
というわけで、デジタル化を進めたいのであれば、局所的に現場の人材を補充していくより、全体をきっちり率いることができるリーダーをまず据えること。
デジタル化の第一歩は、「リーダー確保」なのです。
*2:野村総合研究所「令和2年度中小企業のデジタル化に関する調査に係る委託事業報告書」p29, 30, 31
*4:情報処理推進機構「IT人材白書2017」p13