夏の暑い日の夜のこと。遅くまで仕事をして疲れも溜まっている。家についたらこのまま横になって寝てしまいたい。お風呂に入りたいが、面倒だ。何より眠いし、お風呂に入るまでのステップが面倒だ。
お風呂場に行く、お湯を入れる、湯がはるのを部屋で待つ、再度お風呂場に行く、服を脱ぐ。これらを経てようやくお風呂に入れる。分解すると、お風呂に入ることには結構手間なことがわかる。では、実際お風呂に入ってみるとどうか。
確かにお風呂に入るのを面倒に感じるときはありますが、不思議なもので実際お風呂に入ると、後悔することはまずなく、むしろさっぱりとして気持ちよく感じます。
実は世の中、やる前は面倒だと感じても、実際にやってみると後悔するどころかむしろ手間をかけてでもやったかいがあると感じることが多いものです。その1つが多くの企業が取り組もうとしているデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)です。
今回は請求書のDXを事例に、請求をDXすることで、どのぐらい企業の経営が変わるかをご紹介します。
請求書なんてワードやエクセルの管理で十分では?
「請求書のDXってさすがに地味すぎないか」
「請求書なんてワードやエクセルで十分じゃないか」
今回のテーマとして請求書を扱っているという点で、正直なところスケールが小さく地味に感じられた読者もいらっしゃるかもしれません。私も、実際に請求書をDX化する前はそのように感じていましたし、ワードやエクセルの管理で十分だと思っていました。ですが、請求書1つをDX化することで、実際のところ、企業の経営や業務プロセスは圧倒的に変わるのです。
ここで、BtoB向けのコンサルティングをおこなっている会社を想定しましょう。それなりにITツールは使っているものの、請求書はエクセルで管理をしているという状況です。具体的には担当者ごとにエクセルで請求書を作成して、担当者が直接クライアントに月末に請求書を発行しているとします。
各自が勝手にエクセルで作っていることから、担当者しかエクセルの請求書の保管場所がわからないという状況です。また、担当者によっては、過去のエクセルを上書きしてしまい、過去の請求書の履歴を適切に見られないとしましょう。
不思議なもので、これでも現場、少なくとも営業担当者は何も問題なく、実務を回せます。なぜならば、営業担当者の目的は、エクセルで作った請求書をクライアントに送りさえすれば良いからです。
実際に現場から聞こえてきた声
クラウド会計ソフトを導入するとしましょう。すると、こんな声が現場からは上がってくるかもしれません。
「今のエクセルのままでも十分現場は回っている」
「これまでエクセルでやっていたのに、クラウド会計ソフトで請求書を管理すると、業務プロセスがかわり、むしろ混乱する」
「クライアントが請求書の雛形を提示しているので、クラウド会計ソフトの請求書フォーマットではそもそも対応が出来ない」
これらの声は私が財務やファイナンスの支援をおこなうにあたり、クラウド会計ソフトを使って請求書のDXをしようとした際に実際に聞こえてきた声です。
エクセルで作成する請求書の問題点
ですが、実際のところ、本当にエクセルの請求書で現場は回っているのでしょうか。エクセルの請求書を作成したことで次のような問題が実は起こっていました。
第一に、担当者が請求書をクライアントに直接送っていて、そのことが経理に共有されたりされなかったりしていたために、実際にクライアントから入金があった際に、どの案件の入金かすぐにはわからないこと。
第二に、請求書の発送が漏れていてしまった際に、請求書を作成したエクセルの保存場所が他の人はわからないため、担当者以外気がつかず、請求漏れがあったこと。
第三に、営業担当者は営業の受注に注力することで、請求書の発送や入金の管理が適切におこなわれておらず、会社の売上や資金繰りが適切に把握できなかったこと。
請求書というのは、クライアントと自社の取引から発生する入金の橋渡しをするものです。それが適切に管理されていないと、実は大きな問題が起こりうるのです。中でも一番重要なのが、「資金繰り」です。中小企業やスタートアップ企業においては、単純な売上よりも、「受注した案件の入金がいつあるか」のほうが重要なのです。
この「入金がいつあるか」を教えてくれるのが請求書なのですが、現場が強すぎる企業では、この請求書が経理や財務担当に適切に共有されず、資金繰りに混乱が起きてしまう可能性があります。
会計ソフトで管理をするとこんなにも企業の経営は変わる
では、次に会計ソフトで請求書を管理することにしましょう。すると、お風呂に入るのが面倒なように、最初次のようなステップを踏む必要があります。
まずは、請求書はどの案件でもすべて会計ソフトで作成をして、PDFをダウンロードしてクライアントに送るようにすること。次に、請求書番号のルールを作成し、それに則って請求書を作成すること。
最後に、会計ソフトの請求書のフォーマットに従って請求書を発行すること。仮にクライアントが請求書の雛形を用意してきた際には、その雛形で請求書を作成しつつも、クラウド会計ソフトで同じ請求書を作成する。
以上です。エクセルとの違いでいえば、これまで別々のエクセルファイルで管理していたものが、同じ会計ソフトで管理されただけです。
「これなら1つのエクセルファイルで請求書を作ればいい。実際、前はそうやっていた。人が増える中で、各人がエクセルで勝手に請求書を作り始めてしまったが、統一のエクセルで作ればいいじゃないか」
こういった反論が聞こえてきそうです。ですが、エクセルで作る請求書と会計ソフトで作る請求書では、経営に与えるインパクトは全く異なります。どういうことか具体的に解説していきましょう。
会計ソフトを使えば自動で反映される
まず、クラウド会計ソフトで請求書を作ると、請求書の作成に伴い自動的に経理上の仕訳が発生します。例えば10万円の案件の請求書をクラウド会計ソフトで作ると、売掛金と売上の仕訳が会計ソフトに反映されるのです。
そのうえ、売掛金がクラウド会計ソフトに反映されるということは、売掛金による入金見込みが自動的にクラウド会計上に反映されることになります。つまり、請求書の発行から見込まれる入金予定金額が、クラウド会計上に自動で反映されるようになるのです。
これがエクセルの場合だと、シートごとに分かれた請求金額をそれぞれ合計しなければいけないという手間がかかります。さらに、請求書に書かれた金額をそれぞれ仕訳するというような手間も発生します。場合によってはどこかのタイミングで請求書をすべてまとめて、手作業で仕訳をする必要さえ出てきます。
これがクラウド会計ソフトならば、請求書を作成するだけで自動的に入金予定額がわかるようになるのです。それだけではありません。請求書に紐づく入金についても、クラウド会計ソフトで管理できます。
仮に請求書に関連する入金がなければ、すぐにどの案件の入金がないかがわかります。逆に請求書がないにも関わらず、入金があった場合は、どの案件なのかをすぐに担当者に確認できます。また、請求書の作成漏れがあった場合でも、クラウド会計ソフトで一元管理をしていることで、他のメンバーがすぐにフォローできるようになります。
このように請求書をクラウド会計ソフトで管理することで、請求書の発行→仕訳→入金管理が一気通貫でできるようになるのです。
経理担当だけではなく営業担当にもメリットがある
ただ、これだけだと、経理担当等のバックオフィス業務担当にしかメリットがないように見えます。
しかし必ずしもそうではありません。クラウド会計ソフトの請求書管理では、多くの場合顧客管理と紐付きます。すなわち、請求書をクライアント別で発行することで、自動的に顧客別の売上高や入金履歴が一発で管理できるようになるのです。これは営業担当者にとっても、過去のトラックを調べるに当たり、重宝する情報となります。
これがエクセルで請求書を管理するとなると、このようにはいきません。エクセルの場合は、請求書の役割は請求書だけにとどまり、顧客管理は別のエクセルでおこなうことになるからです。
もちろん、本格的な顧客管理を分析するならば、請求書で管理をするのではなく、本格的な顧客管理ツールを入れたほうがよいでしょう。とはいえ、顧客管理ツールの導入にはそれなりに費用がかかりますし、簡易的な顧客管理の分析をするならば、会計ソフトを通じて請求書を作成することで、顧客管理はできるのです。
実際、私が支援している企業では、クラウド会計ソフトで請求書を一元管理することで、顧客管理も自動的に同時におこなえています。
個人の確定申告にも活用できるクラウド会計での請求書
ここまでの話はすべて企業の話でした。ですが、クラウド会計ソフトにおける請求書の応用範囲は、企業だけではなく、個人でも可能です。最近は、副業をおこなう人も増えたのではないかと思います。そういった方は、初めて請求書を発行するケースも多いのではないでしょうか。
なれていない方は、webで請求書の雛形を探してきてダウンロードをして、そこから請求書を作成することになるでしょう。請求書の役割を果たすだけならばこれで終わりです。
しかしながら、実際にはこの後に入金確認や確定申告という作業も待っています。仮に請求書をエクセルで管理していると、その後のプロセスに発生する入金管理や確定申告はすべて手作業でおこなう必要が出てきます。ですが、クラウド会計ソフトを使うとどうでしょうか。
企業の経理と同様に、クラウド会計ソフトで請求書を作ると、自動的に売掛金と売上の仕訳が連携されます。そして、請求書に入金があれば、消込の作業をおこなうだけで、自動的に売上の入金の仕訳も完成します。
この作業を1年続けると、自動的に確定申告における収入が計算できるのです。最近のクラウド会計ソフトは自動で、確定申告と連携をしてくれます。そのため、請求書をクラウド会計ソフトで作るだけで、入金管理、仕訳、確定申告づくりまでもが終えているのです。
実際、私も個人事業主としてクラウド会計ソフトを通じて、請求書発行することで、その後の経理や確定申告の作業が劇的に楽になりました。
請求書をDX化するとお風呂の後のさっぱりさが永続する
今回は「請求書のDX」といういささか地味なテーマだと思われたかもしれませんが、実は請求書のDXを通じて、会計の仕訳、入金管理、顧客管理までもが一気通貫でできるようになるのです。
経産省はDXを次のように定義をしています。
企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること
引用:経済産業省 「デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン」p.2
この定義に従った場合、ここまで書いてきた請求書のDXは経産省のDXの定義に当てはまるでしょうか。筆者は当てはまると考えます。顧客に関する請求書には、顧客分析に有用な情報がたくさん入っています。
それがエクセルだと十分に活用できないですが、クラウド会計ソフトを使うことで、データの分析がしやすくなるのです。加えて、これまで現場主導だったクライアントの請求書情報が、バックオフィスまでも含めて一気通貫で管理できるようになります。
つまり、請求書のDXを通じて、顧客分析、資金繰りの可視化、業務効率化を通じて、競争優位につながるようになるのです。
ただ、課題もあります。それは、クラウド会計ソフトを通じた請求書を入れるのは「面倒」だということです。個人ならばともかく、組織に入れるとなると、組織のメンバー全員がクラウド会計ソフトで請求書を作成してもらう必要が出てきます。
これは冒頭のお風呂に入る例と同じく、最初は確かに面倒なのは間違いないですが、請求書をDX化して後悔することはないと私自身は確信をしています。お風呂との違いといえば、お風呂は一度入ってさっぱりしても、また次にお風呂に入る際には面倒になる一方で、請求書のDXは一度してしまえば、永続的に効果が続くというものです。まだエクセルやワードで請求書を管理している場合は、風呂上がりのような気持ちよさが永続する請求書のDX化を是非検討してみてください。
執筆
村上 茂久
株式会社ファインディールズ 代表取締役
iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。
経済学研究科の大学院修了後、2006年4月に新卒で株式会社新生銀行に入行。
新生銀行では、ストラクチャード・ファイナンス業務を中心に、証券化、
不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。その後、新規事業開発支援、スタートアップファイナンスの調達支援業務、そして中小企業のファイナンス支援業務等を手掛け、2021年1月に財務コンサルティング及びファイナンスに関するメディア事業等を行う株式会社ファインディールズを創業。著書に「決算書ナゾトキトレーニング」(PHP研究所)がある。
※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。
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