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人と暮らすことと、「書く仕事」のバランス

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人と暮らすようになって、はや2ヶ月になる。

なんせ大学入学の時からまるまる10年間、一人暮らしを謳歌してきた。その私は戸惑っている。戸惑っているどころの話ではない。どうすればいいか分からない。オヨオヨしながら毎日過ごしている。

なにがいちばん戸惑うって、やっぱり、書く仕事をどうやっていくかという話である。

私は作家のエッセイを読むのが好きなのだが、最近は読んでいると「い、いいなあ~~~」と思わず声が漏れてしまうことが多い。

書斎がある。いいな~~~!

仕事場がある。すっごい、いいな~~~!

そもそも一人暮らしである。あああ、いいな~~~!!

などなど、その暮らしぶりについて羨ましさがこみあげてしまうのである。

もちろん人のことを羨ましがっても意味がないのは百も承知なのだが。それにしたって羨ましい。

今回は、人と暮らすことと、書く仕事のバランスについて語ってみたいと思う。

夜更かしし放題だった一人暮らし

私の場合、そもそも幼少期から一人の部屋でこもっていたタイプだった。

小さい頃から本や漫画が好きだった。そしてそれは自分の部屋で読むことがいちばん多かった。

長女だったので、昔から一人部屋を与えてもらっていたのである。はじめて一人の部屋をもらったのは小学一年生のとき。自分の机と椅子と、好きな柄のカーテンを買ってもらったことが何よりうれしかった。

小学生の自分に「今一番幸せな時間はいつか」と聞いたら、おそらく「土曜の夜にひとりで部屋にこもっている時」と答えていたのではないだろうか……。さすがに夜更かしするようになったのは小学校高学年になってからだったが。

週末の夜、机に向かって、好きな漫画の絵をかいたり友達と貸し借りした漫画雑誌を読んだりするのは、異様なまでに幸福で、あの幸福感だけが私の人生を支えているのではないかと今も思う。

そしてそのまま大きくなり大学生になった私は、一人暮らしが楽しすぎて高揚した。

なにより、誰にも邪魔されずに本や漫画が読めるのが嬉しかった。深夜に書店へ行ったり、漫画喫茶で夜を明かしたり、はっきり言ってやりたい放題していた。

社会人になったものの、一年間を除くとあとはずっと在宅勤務で、みなさんご存じの通り兼業していた。

すると、昼に会社仕事、そして朝か夜に原稿を書く生活になる。この場合、朝といっても健康的な朝ではまったくない。倒れるように22時ごろばたんと寝て、4時にガッと起きて原稿を書く、みたいなこともよくあった。逆に、夜4時ごろまで原稿を書いて、そして10時ごろ始業ぎりぎりに起きて会社仕事を始める、ということもあった。

つまりは不規則な生活をしていた。

これは完全に私の体質の問題なのだが、私は基本的にいつでもどこでも眠れるのが特技である。というか、常に眠い。なので眠ろうと思えばいつでも眠れる。

そのため一人暮らしではずっと、夜更かしし放題だった。

自分にやる気を出させる方法

……が、そんな生活も終わりを迎える。

今年の夏から、結婚のために人と暮らすようになったのだ。

そしてやって来たのが、規則的な生活である。

夜は遅くとも1時半くらいまでには寝て、そして朝は遅くとも8時くらいには起きる。正直、こんな生活をしたのは10代の時以来初めてである。

読みたい本を夜通し読むこともなくなり、そしてなにより徹夜で原稿を書くこともなくなった。

すると問題なのが、「書けない原稿」が現れた時である。

正直、夜更かしできなくて私が今一番困っているのが、「書けない原稿」のときだ。

ぶっちゃけ、とくに悩まなくても書ける原稿の時はいいのだ。昼でも夜でも、その時間さえ取れればいつでも書ける。でも、問題は、うんうん悩んでもどうしたって書けない原稿だ。

たとえば、けっこう字数が長くて、そのわりにどこをどうやって切り取っていいか分からない書評の原稿。

たとえば、なかなか腰が上がらない、指摘を受けた原稿の修正。

たとえば、まだ全く全貌が見えていない、本の原稿の書き始め。

こういう、いつかはやらなくてはいけないのだが、しかし腰が重くなってしまう、とりあえず心を無にして書き始めるべき仕事というものがこの世にはある。

誤解しないでほしいのだが、こういう類の仕事を私はやりたくないと思っているのではなくて、とにかく始めるのに腰が重くなってしまうのである。

やらなければいけないが、つい後回しになってしまう仕事。――誰にでもそういう仕事はあるんじゃないか、と私は思っている。

夜更かしができたときには、この「書けない原稿」を、とにかくもう書かないと眠れないという状態まで持って行って、観念して書かせる作戦を取っていった。

眠い、だからとりあえず書かないと。今日中にこれは終わらせないと。自分をそう鼓舞することで、書かせていた。今日中に絶対にこれを終わらせるぞというプレッシャーをもって、重い腰を上げていたのである。

だが、今は夜更かしができない。するとどうなるか。後回しになりがちな原稿が、ひたすら、後に回されてしまうのである……。

今日中に書くぞ、と思っていても、集中力がないまま、ハッと気がついたらタイムリミットがやってきている。危機感のないまま一日が終わる。ああ、今日も書けなかった……。そんなことが続いてしまって、夜更かしできない日々の功罪を考えてしまうのだった。

いや、分かっている。そもそも生活リズムはちゃんとしていたほうがいい。夜更かしなんてそもそもしてはいけない。昼間に集中して原稿をやるべきなのだ。

が、なかなかやる気が起きない仕事というものに対して、なにか「どうにかしてやる気を出させる方法」をほかに見つけなければ。できれば健康的な方法で。

今もっとも重大な課題はそれなのである。

他人と暮らしながら書くことの難しさ

他人のペースに合わせながら、自分のやるべきことをやるのは難しい。たぶんそれは私だけじゃなくて、みんなそうなんだと思う。

でも、たとえば会社仕事の場合は、私の場合は基本的にやるべきことが既に決まっていて、モチベーションやテンションに左右されずに時間通りにやることができていた。

が、書く仕事は、自分の内側からひねり出さなくてはいけないので、余計に難しいなあと思う。

やるべきことが決まっていなくて、まずやるべきこと――つまりは書くべきことを内側から作り出すところから、仕事が始まる。だからこそ、こんなにも他人と暮らしながら書くことの難しさに戸惑っているのだろう。

まあでも、他人と暮らすどころの話ではない負担を強いる「子育て」というものをされながら書いている作家さんたちもこの世にはたくさんいるわけだし……。恐ろしい事実であるが、見習いつつ頑張りたい……と今は思っている。

自分のペースを、他人のペースに合わせる難しさ。なにか答えが見つかったらこちらの連載で報告します!!

執筆

三宅 香帆

書評家・文筆家。1994年生まれ。 『人生を狂わす名著50』『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』『(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』などの著作がある。

編集

武田 伸子

2014年に中途でさくらインターネットに入社。「さくらのユーザ通信」(メルマガ)やさくマガの編集を担当している。1児の母。おいしいごはんとお酒が好き。

※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。

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