こんなに違う世界のETC。DXは国情・国柄の鏡

こんなに違う世界のETC。DXは国情・国柄の鏡

 

「来月からはもう来なくていいです」

突然アルバイトをクビになった帰り道、自分がもう世の中に必要ないと言われたようなショックに打ちひしがれていました。まだ学生だった私は就職活動の経験もなく、否定されることに慣れていなかったのです。

クビになったアルバイトは、高速道路の料金収集でした。

高速道路にある狭いブースは、夏はアスファルトの照り返しで灼熱、冬は風が吹き抜けて極寒です。渋滞時にはイライラした利用者に怒鳴られ、逆に道路が空いている時には、強行突破する車両もあります。

しかし、肉体労働であると同時に瞬時に料金やお釣りを計算する必要があるためか、1時間働くと1時間の休憩があり、休憩中も時給が発生して読書も進むので、このアルバイトが好きでした。

気づけば3年間もこのアルバイトをしていましたが、その終わりはあまりにあっけないものでした。当時の私のアルバイトを奪ったものの正体を知ったのはずいぶん後のことです。それが当時導入が決定されたETC(Electronic Toll Collection System)でした。

当時の日本道路公団(現NEXCO)は、ETC導入までの人員削減を計画し、真っ先に切られたのがアルバイトの私だったのです。もう少し詳しく解雇理由を教えてくれれば、あれほど暗い気持ちにはならなかったのですが。

各国のETC、日本のシステムはレア

このような個人的な理由で、今でもETCシステムには特別な思い入れがあり、海外旅行のたびにドライブしては、さまざまな国の料金収集システムを観察しています。ご存じのように、日本のETCは電波による無線通信で車両情報や入り口の料金所の情報などを読み込み、バーを開閉する仕組みです。

ETCは、それまで人がおこなっていた、料金の計算やおつりのやりとりをはじめとする料金収集の自動化と効率化により、渋滞緩和に貢献しています。私の経験では、左ハンドルの車からスムーズに料金を受け取るのは割と難しいのですが、ETCではそのような心配もありません。

デメリットがあるとすれば、ETCゲートの設置費用や各車にETC車載端末を付けるためのコストがかさむことくらいでしょう。

ETCには、日本のような無線通信方式の他にも、タッチアンドゴー、カメラ型、GPS型などがあります。それぞれについてもう少し詳しくみてみましょう。

電波型

電波型は、フランス、イタリア、スペイン、アメリカ、オーストラリアなど、多くの国で採用されています。*1

日本のように比較的大きな車載端末を付ける方式と、電池式のマッチ箱サイズの小型端末をフロントガラスに貼り付ける方式があります。小型端末の場合には、端末は無料かごくごく安い値段で配布されます。

 

図1 日本のETCシステム  ▲出典:名古屋高速「ETCとは?」  https://www.nagoya-expressway.or.jp/etc/etc-guide-a.html

図1 日本のETCシステム
▲出典:名古屋高速「ETCとは?」

 

図2 アメリカ ニューヨーク州で使用されている車載端末の例(筆者撮影)

図2 アメリカ ニューヨーク州で使用されている車載端末の例(筆者撮影)

 

図3 アメリカ メリーランド州で使用されている料金収集システムの例(筆者撮影)

図3 アメリカ メリーランド州で使用されている料金収集システムの例(筆者撮影)

 

日本のような数万円する車載端末を付け、そこに電源を配線するシステムは稀です。また、トールゲートにバーがあり、速度を大幅に落とす必要があることも珍しいと言えます。

タッチアンドゴー型

タッチアンドゴー型は、鉄道改札と同様に、PASMO(パスモ)やSuica(スイカ)のようなICカードを、料金所の読み取り装置にかざす方式で、マレーシアなどで用いられています。*2

 

図4 マレーシアで利用されているICカード(タッチアンドゴー)     出典:Touch 'n Go「タッチアンドゴーの紹介」

図4 マレーシアで利用されているICカード(タッチアンドゴー)
▲出典:Touch 'n Go「タッチアンドゴーの紹介」

 

車載器とクレジットカード情報等を紐付ける必要がなく、事前にカードに料金をチャージしておけばよく、車載器も不要なので導入が簡単で、費用も少なくすみます。また、同じカードを買い物や鉄道、バスの乗り降りなどにも利用できて便利です。

ただし、料金所で車を一旦止めなければならないのはデメリットでしょう。

カメラ型

カメラ型は、路上に設置したカメラで自動車のナンバーを読み取る方式です。車両に端末をつける必要がなく、車を減速させる必要もありません。イギリスやドイツなどで採用されています。*3

 

図5 イギリスで利用されている、カメラを用いた料金収集システム  出典:Liverpool City Region Combined Authority「マージー トンネル電子決済システム、ビデオ技術にアップグレードへ」

図5 イギリスで利用されている、カメラを用いた料金収集システム
▲出典:Liverpool City Region Combined Authority「マージー トンネル電子決済システム、ビデオ技術にアップグレードへ」

 

同様のカメラを駐車場の入り口に取り付け、駐車場の料金収集に利用しているケースもあります。

GPS型

GPSを搭載した端末で、定期的に走行距離をセンターに送り課金する方法です。この方法は、ドイツやシンガポールなどで採用されています。*4

 

図6 ドイツで用いられているGPSを利用した料金収集システム  出典:国土交通省「新しい物流システムに対応した高速道路インフラの活用に関する検討会」 p.2

図6 ドイツで用いられているGPSを利用した料金収集システム
▲出典:国土交通省「新しい物流システムに対応した高速道路インフラの活用に関する検討会」 p.2

 

電波型をはじめとする方式では、読み取り装置を路上に設置する必要があり、コストが掛かりますが、GPS型ではそれを回避できます。また課金を避けるために、一部の車両が住宅地などを抜け道にすることを避けることもできます。*5

最近ではGPSを搭載したスマートフォンとアプリを利用することで、初期費用が抑えられるようになってきました。

ETCの異なる進化

このようにETCには大きく4種類ありますが、どうしてこのようになったのでしょうか?

車載器を充実させるか、路上の読み取り機を充実させるか、取りこぼしをどうするか、高速道路の料金収集システムをそれだけに特化させるのではなく幅広く利用できないか、などの考え方の違いが反映されているようです。

また、後発の国ほど、スマートフォンアプリなどを利用して、車載器を簡素化する方法が採用される傾向にあります。

一方、日本のETCはかなり贅沢な仕様です。車載器も高額で、路上の読み取り装置にはゲートまであるのです。さらに2016年に導入されたETC 2.0では、無線通信が双方向になり車側も多くの情報を得られるように改良されました。

得られる情報には、渋滞回避支援、滑りやすい路面などの注意喚起、地震発生時などの災害時の支援情報などがあります。ただしこれらは対応したカーナビゲーションシステムと連携しなければ役に立ちません。また、これらの情報はETCに特化したものではなく、スマートフォンアプリでも得られるものです。さらに、これまでのETCの改良版であるために、車載器も高額です。

 

筆者は現在アメリカを拠点に生活しているのですが、アメリカでは州ごとにETCシステムが異なります。広い州の真ん中に住んでいれば問題ないのですが、州の端や狭い州では異なるETCシステムを併用する必要がありとても不便です。

アメリカで利用されているETCシステムのメーカーを見てみると、オーストリアのKapsch社の製品などが多く採用され、特にアメリカ企業へのこだわりは無いようです。

同じ傾向は他のさまざまな国でも見られ、料金収集をおこなう行政や企業が、料金収集システムを自前で開発しているケースは稀です。日本のETCが独自に高度化しているのに対して、多くの国が汎用性の高いシステムを導入していることがわかります。

DXは柔軟に

これまでみてきたように、ETCのシステムは国によりさまざまです。

日本でDXを推進しようとするとどうしても意気込んでしまい、真剣に取り組むほど「ゼロから作るのが当然」という流れになることが多いようですが、DXだからと肩肘を張らず、一度は立ち止まることをオススメします。

DXそのものが目的ではなく、既存のシステムを効率化して、競争力を高めるのが本来の目的で、そこに注力すべきです。

たとえそれが日本にない新しいシステムでも、同じ課題を抱えている国や企業はたくさんあると考えたほうがよいでしょう。そのためDXを進める段階で、ゼロから作る、既存のシステムを改良する、海外も含め他所から購入するという選択肢を検討するのが得策です。

ゼロから作る方法は日本のローカルな特性を反映しやすい反面、開発に時間が掛かり、運用までのコストが高くなるというデメリットがあります。誰でも同じようなアイデアを思いつくことを前提として、必要なシステムがすでに開発されていないか調査し、先行事例がある場合には、既存のシステムを購入して素早く適用する方法もあるでしょう。

一方でゼロから作る場合には、開発した製品を販売することも選択肢に含めることが、DXの本来の目的である「DXを推進し、日本企業の国際競争力を高めること」につながるのではないでしょうか。

日本のETCは各国と比べると非常に高品質です。ここまでやるなら海外に販売することも視野に入れてほしかったと、かつてETCに仕事を奪われた私は恨めしく思うのです。