とあるフィットネスのコンテストに友人が出場するとのこと、さっそく観戦チケットを申し込んだ。流れとしては、ネット上で座席の指定と個人情報の入力をし、数日以内に指定のコンビニで支払い・発券をおこなうことでチケットを入手できる。
このようなチケット制のイベントについて、私には苦い思い出がある。大切なチケットを失くすまい…と、どこかへしまいこんだあげく、当日になってもその場所を思い出せない経験が何度もある。
大事なものゆえに厳重に保管することで安心し、その保管場所を忘れるという失態を、幾度となく繰り返してきたのだ。
そして今回は、「少しでも発券を遅らせることで、紛失のリスクを減らそう」などという余計な気を回したせいで、今度はコンビニへ行くことを忘れ、気づくと支払期限が過ぎていたのだ(しまった!急いで買い直さなければ)。
再びネットを開くと、前回同様に発券番号の画面まで進む。するとなぜか、「お申込みいただける回数の制限を超えております」というエラーメッセージが表示された。途中で不手際があったのだろうか? 再度、はじめから入力し直すも、同じメッセージが現れて強制終了させられる。
検索サイトでこの現象について調べると、同じように強制終了させられた仲間がたくさん現れた。そして全員、私と同じミスを犯していたのだ。そう、「期限内に支払い・発券をしないと、同じイベントのチケットは購入できない」
という暗黙のルールが存在し、約束を破った裏切り者へはチケットなど売らぬ! ということらしい。このご時世において、なぜネット決済ができないのか? デジタル全盛期の今、わざわざ紙ベースのチケットを発券するために、コンビニまで足を運ばなければならないのか?
憤りを覚えた私は、mogily(モギリー)というデジタル整理券のSaaSを提供する友人に、この不満をぶちまけた。
順風満帆な起業となるはずが…
大手インターネットサービス会社を退職し、昨年、自ら会社を立ち上げた友人がいる。彼は長年勤めた会社の退職を機に、某企業からヘッドハントされるも諸事情から離脱。結果として、己の力でカネを稼がなければ生きていけない状況となった。
友人の名は小出諭(こいでさとし)。このままでは、彼も家族も路頭に迷う運命となるのは必至。そこで小出氏は、システムエンジニアの知人らと運命共同体を結成し、今までにない電子チケットの仕組みを作ろうと一念発起したのであった。
「古巣時代、僕は音楽業界での電子チケット開発に携わってきた。その頃から、『イベントで使う整理券を独立させたサービスがあったら、流行るんじゃないか』と思っていたんだ。その流れから、関係者用のチケットをDXすることで一発逆転を狙ったのが、起業のきっかけだったよ」(小出氏)
――関係者用のチケット?
「あぁ、これは音楽業界の内部事情になるね。コンサートのチケットって、今では電子チケットが主流。でも、たとえばメディアやレーベル、アーティストの家族や友人らに配られる『関係者チケット』は、未だに紙なんだ。
しかもその紙チケットをさばくのに時間がかかって、開演時間が遅れることがあったりなかったり(笑)。そこで、どの企業も手を出していない『関係者チケットシステム』というブルーオーシャンを狙ったんだ」(小出氏)
長年、音楽業界を相手に仕事をしてきた、小出氏ならではの経験とアイデアである。さらに「業界」というものは、我々が思っている以上に狭い人間関係で構成されている様子。そのため、小出氏はいつしか「システム関連の相談窓口」として名前が挙がるようになり、そのアドバンテージもシステム開発を後押しする形となった。
「昔は、チケットの半券をバイトの子がもぎ取って渡していた。そんなアナログ作業は消えたとしても、もぎりという文化は継承していこうと、サービス名をmogily(モギリー)にしたんだ」(小出氏)
ニッチながらも確実にブルーオーシャンである、「関係者チケットのデジタル化」というアイデア。ところが、順風満帆なスタートとはいかなかったのだ――。
ブルーオーシャンで溺れかけた末にたどり着いたもの
「関係者チケットのシステムを作ってみて分かったのは、一言でいうと『システム化は難しい』ということだった。関係者チケットの座席って、じつは公演当日に決まったりするんだ。たとえば当日になってからの人数変更とか、管理不可能なパラメータが存在する。
僕は完璧にデジタルでコントロールする設計にしていたんだけど、こういう場合は逆にアナログの方が対応できるんだよね。色々と模索した結果、スケールしそうにないビジネスだと判断してすぐさまピボット。僕も、生活がかかっていたんでね(笑)」(小出氏)
このように時間も資金も余裕がない小出氏の元に、かつての取引先であるコンサート制作会社から、一本の着信があった。
「アーティストのグッズ販売をおこなう際の、整理券システムを作れませんか?」
ブルーオーシャンで溺れかけた小出氏は、藁にもすがる思いでこのオファーを快諾した。そして死に物狂いで開発に没頭したのであった。
「チケットエージェンシー、いわゆるプレイガイドは、チケットを売ることも含めた手数料ビジネス。だけど、単なる整理券のような無料チケットには力を入れていない。そこで、決済機能を持たないデジタル整理券の仕組み、しかも音楽業界とイベント業界に特化したサービスに、的を絞ったんだ」(小出氏)
この「デジタル整理券」という仕組みは、既に多くの企業がリリースしている。だが、音楽業界に限ってはmogily(モギリー)一択だと、小出氏は力強く語る。
「企業秘密もあるので詳細は伏せるね。ただ、音楽業界ならではのしきたりや常識のようなものが結構あるんだ。たとえばファンクラブの存在や業界用語とか。
こういう『目に見えないルール』を完璧に理解して対応するだけでも、業界を知らない競合他社には出せないバリューになる。その上で、ファン心理を反映させたデジタル整理券サービスを提案できる、というのが僕たちの強みだね」(小出氏)
mogily(モギリー)誕生の裏には、関係者チケットというたたき台があったからこそ、スムーズな展開につながったのである。
物理的なリスクをデジタルで回避
mogily(モギリー)があれば、スマホ1つでイベントの受付を済ませられる。そして整理券取得にかかる時間は、LINEアカウントを通じてわずか10秒。その後もLINEにて整理券に関する通知やQRコードの取得ができるため、当日はQRコードをかざすだけでチェックインできる手軽さだ。
この仕組みならば、チケットを失くすこともなければ、真夏の炎天下や真冬の寒空の下で行列をつくる必要もない。加えて、コロナ禍における密集回避にも貢献できる。
「物をなくす」などの物理的リスクは、デジタル化することで軽減が可能。DXにより、さらに便利で豊かな社会が実現することを願いたい。
執筆
URABE(ウラベ)
早稲田卒。学生時代は雀荘のアルバイトに精を出しすぎて留年。生業はライターと社労士。ブラジリアン柔術茶帯、クレー射撃元日本代表。
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